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020-3

「んにゃあああぁーーーー、疲れた……」


 ダイニングのテーブルに上体を投げ出している少女がいる。もちろんりおなだ。


「お疲れ様りおなちゃん。疲労回復には甘酸っぱいものが一番効果的よ」

 課長がりおなによく冷えたレモネードを渡した。


「あー、ありがとう」りおなはグラスを受け取ると一息に飲み干した。


「大丈夫? りおなちゃん。だいぶ疲れてるみたいね」課長が空になったグラスを片付けながらりおなを労う。


「んーーーー、そうだにゃあ」疲れているため語尾が怪しくなる。


 りおなはイスに座ったまま、テーブルの上で上体だけでクロールを始める。完全にだらけモードだ。

 ぬいぐるみをソーイングレイピアで創るのはこれまででろくにんめだ。


 ――切るのも縫うのも基本レイピア任せじゃけど気が抜けんし、綿を詰めるのは作業でなくて、何かの儀式みたいじゃな。

 部屋いっぱいに光る綿がゆっくりと舞うんは(はた)から見てれば綺麗じゃろうけど、実際はイメージが途切れるとすぐに光も弱まるから気が抜けんし。

 普通に綿を手で詰めたら普通のぬいぐるみと一緒じゃし。


 『心の光』をぬいぐるみに詰めるからこそ価値があるのだとチーフから真顔で言われると、りおなには(いろんな意味で)返す言葉もなかったが、これだけはすぐに慣れそうもない。

 小一時間程休憩して構わないとチーフに言われたが、どうにも手持無沙汰だ。りおなはイスに座ったまま足をまっすぐに伸ばしてばたばたさせる。


「そうだりおなちゃん、息抜きにゲームでもしない?」


「ゲーム?」


「そう、昨日新しい装備創ったでしょ? その細かいスキルをシミュレーションできるように、新しくデータを更新したのもあるし」


「ああ、あれにゃーー」


 課長の言葉でりおなは思い出す。しおりとルミとで試作品のゲームという事にしてソーイングフェンサーの訓練用プログラムをプレイしたことがあった。

 アクション性が高くほかの二人のアバターが強かったため苦戦はしたが、移動や回避を繰り返せば意外と戦えることが分かった。


 最後にしおりのアバターめがけて威力が通常の4倍という触れ込みの『ネコキック』を繰り出して、しおりのアバターを派手に吹き飛ばし、三人ともドン引きしてしまったのがだいぶ昔の事のように思い出される。


「他にもミニゲームで『エムクマとはりこグマのワッフル工房』って言うのがあるわ」


「どんなの? それ」


「はりこグマがガス台の上のワッフル型に生地を流し込んでいくゲームよ。

 エムクマを操作してワッフル型をひっくり返したりしてはちのすワッフルを焼き上げていくの。

 黒コゲワッフルが一定数出来ちゃうとゲームオーバーになるわ」


「へえ、やってみたいそれ」


 課長に言われてりおなは二画面ある折りたたみタイプの携帯ゲームを取り出した。課長はノートパソコンを立ち上げプログラムをダウンロードする。


「さ、これでできるわよ」


 課長に言われ、りおなは早速プレイする。

 下画面の下部分で左右に動くはりこグマが、開いたワッフルの金型にワッフル生地を注ぎ込んでいく。

 りおなはエムクマを操作して順に金型を閉めて片面を焼き、十分火が通ったら金型をひっくり返して、両面焼けたら金型を開けはちのすワッフルを上部画面の大皿に移す。


 おおまかな流れはそんな感じだったが、りおなはぬいぐるみを創った時の疲労も忘れてはまってしまった。

 ゲームの初めの段階では金型は三つで、はりこグマのスピードもゆっくりだが、Lvが上がると金型の数やはりこグマのスピードだけでなく、金型に注がれるワッフルの生地の種類も増えて焼き上がりの時間差がついてくる。


 刻々と変わっていく状況に対応していくのが適度な緊張感を伴って楽しく感じる。1プレイ5~6分で終わるため何度でも挑戦してしまう。


「……この12000点の壁が越えられん」りおなの中のワッフル職人魂(?)に火が付く。


 ――神経を研ぎ澄ませ。はちのすワッフルを焼くんじゃない、ワッフルそのものになるんだ―――


 などと、りおなが心の(うち)で盛り上がっていると、携帯ゲームの画面に影が落ちる。りおなが顔を上げるとそこにはチーフがいた。


「りおなさん、そろそろ休憩は終わりにしてぬいぐるみ創りを……」


 チーフが言い終わるより先にりおなは上目づかいでチーフをにらみながら下唇を突き出し抗議の表情を見せる。


「もう少し、もう少しで13000点越えられるけ、もうちょっと待っちょって」


「ダメです。いいかげんにしないと取り上げますよ」


「なんじゃと? じゃったら15000点越えられんのか?」りおなはあからさまに逆切れする。


「できますよ」


 売り言葉に買い言葉で、そこまで言うなら、とりおなはゲーム機をチーフに渡した。

 お手並み拝見とばかりにダイニングセットのイスに腰掛けるチーフのわきで彼が操作するゲーム機の画面を覗きこむ。


 そのあとすぐにりおなは驚愕の光景を目の当たりにする。

 チーフは一見すると物静かに、ともすればいつも通りの淡々とした調子で操作しているのに、明らかにりおなとワッフルを焼くペースが違う。

 動きに無駄が全くない。心なしか画面の中のエムクマとはりこグマも楽しそうにワッフルを焼いている。

 その様子をりおなはチーフの腕をつかんで見ていた。


 結局チーフはたった一回のプレイで16200点を叩きだした。

 呆然とするりおなに向けてチーフは気が済んだかと言わんばかりに、それでもいつもの静かな口調で「さあ、今日は、あと さんにん創りますよ」と用件だけ告げる。


「なんで!? ズルしたじゃろ!」と、りおなはあくまで食い下がる。


「違います、解説するとはりこグマはランダムに動いているように見えて、生地を金型に注ぐ優先順位には一定の法則があります。

 自分の一番近くの空いた金型に優先的に注いでいきます。


 それからはちのすワッフルは焼き上げてから、金型の中で黒コゲになるまで少し時間に余裕があります。

 焼きあがったらすぐに皿に移すのではなく、はりこグマが近くに来るまで待って、来たら金型を開けてワッフルを移すのが有効な場合も多々あります。

 

 意識してはりこグマを誘導すると、難易度が上がって生地の種類が増えた時にも柔軟に対応できます。

 それからりおなさんがやっていなかったので私も使いませんでしたが、ふたがとじた状態の金型はほかの空いたガス台に移せて、移した方のガス台が点火します」


「嘘!?」


「それにより、焼き加減順に並べたりできるので混線した時などに有効です。まあ注いだ順や生地の種類を把握していれば別ですが」


 本人にそんなつもりは全くないのだろうが、自慢しているようにりおなは感じた。


「わかった、今のアドバイスを踏まえてもっかいやるけん」


 携帯ゲーム機をチーフから取り返そうとした次の瞬間、ゲーム機を持ったチーフの右手が高く上がった。

 りおなが見上げた時、チーフの磨き上げたオニキスのような小さい目が冷たい光を宿す。


「ぬいぐるみをもうさんにん創ってからにしましょう」


 結局りおなはゲーム機を一時的に没収され、チーフに引きずられながらダイニングを後にした。


「ぬいぐるみ創りが終わったら新しいゲームをダウンロードしますから」


 ぬいぐるみ創りの作業場でむくれるりおなに、チーフはこう言ってなだめにかかる。


「コンテンツはまだたくさんあります。

 『エムクマとはりこグマの手押し車スライダー』

 『エムクマとはりこグマのハチミツ集め』

 『ながクマのピンクサーモン釣り』

 『ながクマのかいものおてつだい』

 『リバーシープのウールあつめ』

 『レオじいとポーラのペンギンカーリング』それから……」


「もういい、っていうかそんなに作ってんのか」


「はい、絵本の世界観に合わせて主だって課長が作って、私が多少手を加えています。

 ただ絵本の原作者に許可を取ったわけではないので一般に公開はできません」


「ふーん」りおなには彼らが何に気を遣っているかがわからなかった。


「では、始めましょうか」


 りおなは気を取り直しトランスフォンを耳に当てる。部屋に置いてある布と綿の量に少々めげつつも変身の文言を唱えた。



「あーーーー、疲れた」


 残りさんにんのぬいぐるみを創り終わって、りおなは完全にグロッキーだ。ダイニングテーブルに上半身を投げ出し突っ伏す。


「今回は完全にMPが尽きた」あくまで本人の主観でしかないが、りおな自身は本当にそう感じていた。


「にゃにゃにゃにゃにゃーーーー……」右手の人差し指と中指をテーブルの上で散歩させる。右腕が伸び切ったところで力尽きた。



 りおなは自分の頭の上に何かを置いた音がしたので、顔だけそちらに向けると大きなガラスの器に黒い何かがたっぷりと詰まっている。

 反射的に上体を起こすと、目の前に巨大なチョコレートパフェが置いてあった。

 思わず涙目になるりおなにパフェを持ってきた課長が説明する。


「これは富樫君から『お疲れパフェ』ですって。

 『エムクマとはりこグマ』の村の住人はあらかた創ったから、しばらくはぬいぐるみ創りは無いわ。お昼込みでゆっくり食べてくださいですって」


 課長の説明を聞く時間も惜しく、りおなは柄の長いスプーンを手に取りパフェを口に運ぶ。 

 チョコレートの香りとアイスクリームの冷たさ、そして自分ではおいそれと手出しできないボリュームのパフェが、だれていたりおなの心身をしゃっきりさせる。

 ものの十分も経たずにりおなはパフェを完食した。

 心が満たされたりおなに課長が新たな器を差し出す。


「りおなちゃん、順番が前後しちゃったけどお昼にしましょう。パフェがちょっと重たかったから軽めにおうどんと大根のホットサラダにしたわ」


 完璧なタイミングであれやこれやと出してくれる課長に礼を述べたあと、りおなはうどんに合掌してから七味唐辛子を振りかけ食べ始めた。

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