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019-1 装 備 issueeqip

「結局あんまし休憩にならんかったわ」


 青い車の後部座席でりおなは大いに愚痴る。聞き役はもちろん運転手のチーフだ。


「何かあったんですか」落ち着いた声でチーフは返す。


「うーーん、知り合いが変身するみたい」


 はりこグマを(ひざ)の上に載せてあやしながら答える。

 りおなの言う『知り合い』とはもちろんしおりの事だ。

 なんとなく友達と誰かに言うのは(チーフであっても)何となく気恥ずかしいし、同類と思われたくないという牽制もある。


「しおりさん、でしたか。春をもたらす『ラピッドメディスン』とか名乗ってましたね」


「え? チーフはなんで知っとうと?」


「まあ、色々と」チーフは相も変わらずしれっと答える。


「ほんで、午後は何やるっと? またぬいぐるみ創り?」


 ――ぬいぐるみが増える事自体はそんなにイヤでもないんじゃけど、その後のワッフル作りが少々めんどいにゃあ。

 ゲームとかだとエサやりとか選択するだけでいいけんど、そう簡単でもないにゃあーー。


「いえ、午後はりおなさん自身の衣装を創っていただきます」


「服なら『クローゼット』に山ほど入っちょうけど」


 ここでいう『クローゼット』とはりおなの変身アイテムのトランスフォンの機能の一つだ。

 洋服限定とはいえ、質量保存の法則を無視して大量に収納できるうえ、画面上で選択した服で決定をクリックするだけで瞬時にその服に着替えられる。

 これ幸いとばかりに、課長はりおなも知らないうちに在庫を増やしてくる。今のところ実害はないため黙認しているが、何事にも限度というものはある。


「いえ、普段着る洋服ではなく、りおなさんやソーイングレイピアの能力を高める戦闘衣装『イシュー・イクイップ』を創ってもらいます」


「……何種類くらい?」

 りおなは観念したように(あご)をはりこグマの頭の上に乗せる。


「現段階では設計図、ステンシルは四種類私たちの手元にあります。

 そのうち今日の今創れるのは『バーサーカー』ですね、あと『ホワイトヒーラー』、『コンフェクショナー』が今創れる装備になります。


「こんふぇくしょなー?」耳慣れない単語にりおなは首をかしげる。


「お菓子職人、いわゆるパティシエを英語でそう呼びます。これを装備するとお菓子作りの腕が上がります」


「そんなもん、今創らにゃいけんの?」りおなは眉をひそめる。


「それだけでなく、『コンフェクショナー・イシュー』を装備しているとお菓子魔法、トリッキートリートの性能が格段に上がります」


「そもそも装備ってなんで増やすっと?」


「ヴァイスフィギュアと戦う時の戦術の幅を広げるためです。

 初期装備、ファーストイシューは攻撃力や守備力、移動スピード、魔法などすべての能力のバランスが取れています。

 ですが、決め手に欠ける場面も多々出てくるはずです。

 その時各々(おのおの)一つ、もしくは二つの能力に特化したイシューに切り替えて戦うと有利になる局面が多くなります」


「ふーん、まあそこいらはチーフの言うとおりにするわ。なんじゃかんじゃでチーフの方が詳しいじゃろうし。

 その代わし、マンション行くまでちょっと遠回りして。お昼寝したいわ」


 満腹感と車の適度な揺れ、膝にはりこグマを抱いている暖かさでりおなはまぶたが重くなる。

 横に座っているエムクマも、りおなに寄りかかってすうすうと寝息を立てている。りおなは小さくあくびをして目を閉じた。


 チーフはそんな様子のりおなをバックミラーで確認すると、少し目を細めてハンドルを握りなおした。



 自分を包む振動が止まるのと同時に、りおなはまどろみから目覚める。

 もうマンションに着いたのか? と思い辺りをきょろきょろと見回すと、見慣れない小高い丘の駐車場に青い車は停まっていた。


 顔も人間のサラリーマンの姿になっているチーフは、車から出て携帯電話で誰かと話をしている。

 りおなもはりこグマを抱えて外に出た。駐車場の向こうには海が広がっている。髪を揺らす潮風が心地良い。


「んーーーーっ」


 りおなは胸いっぱいに新鮮な酸素を吸い込む。午前中は部屋の中でぬいぐるみ創りをしていたせいか、水平線が目にまぶしい。

 両腕で抱えたはりこグマは周りに人がいるためか動かない。


「りおなさん、起きましたか」通話を終えたチーフがりおなに向き直る。


「ああ、うん。いいところじゃのう、ここ」


「ええ、事務所からもそんなに離れていないので寄ってみました。午前中は少々ペースがきつすぎましたね」


「んや、この子らが出来たけ、気にはしちょらんけど。んでも縫うのより、綿を光らすイメージ保つのが疲れた」


「イメージトレーニングは心の端末操作ともいえる重要な要素です。普段から続けていれば効果も高まりますし、各魔法の精度も上がります。

 具体的にはチャクラ発光法、全身発光法などがありますね」


「それやると、りおなが光るっと?」りおなはいつかTVで見た夜中に波打ち際が青く光るのを連想した。


「いえ、あくまでイメージですから実際に光るわけではないです。ただ脳内、心で描くイメージが強いと自律神経も安定し風邪もひきにくくなります。

 それじゃあ、そろそろ戻りますか」チーフは腕時計を確認する。


「うん」りおなが車のドアを開けるとエムクマは眠ったままだった。エムクマを起こさないように注意してドアを閉めた。





「おっ、帰ってきたな」


 チーフたちの事務所のマンションに着くなりりおなは声をかけられた。

 振り向くと二足歩行の大きなウサギがいた。

 上着替わりに黒いタクティカルベスト、腰にはホルスター付きのベルトを締め拳銃を下げている。


「うん? 可愛いの連れてるな。俺はレプスだ、よろしくな。あんた、名前は」ウサギに名前を聞かれたりおなは反射的に「りおな」とだけ返す。


 エムクマ。


 はりこグマ。


 ふたりのクマは自己紹介をしレプスに腕を出す。握手を求めているらしい。

 レプスは口角を上げてクマたちと握手をしてから、着けているタクティカルベストから何かを取り出しエムクマとはりこグマに差し出した。


「動けるくらいだから物も食えるだろ、これ食うか?」


 ありがとう、これなあに?


 はりこグマが受け取ったお菓子を手に取り尋ねる。白い台形型のお菓子だ。


「俺の故郷(くに)で作ってるパスハって菓子だ。

 本当はめでたい日に食うもんだが、好きな味だから俺は普段から食ってる。あんたも食うか」

 レプスはりおなにも勧めてきた。ガラは悪いが気のいいヤンキーのようだ。


「うん、あとでおやつで食べるわ」

 せっかくだからとりおなは一つ受け取る。薄い紙でくるまれたそれは饅頭よりも大きく食べでがありそうだった。


「さ、りおなさん作業場に向かいましょう」チーフがりおなを促す。


「なあ、俺がこの子らと遊んでていいか?」レプスがふたりのクマを指してりおなに尋ねる。相当気に入ったようだ。


「うん、ちょっと頼むわ」


 あそんで。


 あそんで。


 エムクマとはりこグマはレプスに遊んでくれるようにせがむ。

 レプスは勝手知ったるといった風でふたりを連れリビングに向かった。


「あれ、そういや部長と課長は?」

 作業場と呼んでいる一室でりおなはチーフに尋ねる。


「ああ、二人なら『種』捕獲用の装置を作る資材を調達しに、電気街に向かいました。

 愛情を受けたぬいぐるみと同じ波動を出させて『種』をおびき寄せヴァイス化する前に順次捕まえていくようにします」


「ふーん、何やかんやで大変じゃのう」


「りおなさんには極力負担をかけないようにというのが我々三人の共通認識ですから」


「そりゃ助かるわ」


「では変身してソーイングレイピアを出してください」


「うん」


 りおなはトランスフォンを開いて耳に当ていつもの文言を唱えると瞬時に変身した。

 初期装備ファーストイシューは、原理こそ分からないが常にクリーニングから返ってきたかのように清潔に保たれているし、しわやよれも全くない。


 服からはほんのりせっけんの香りが漂う。

 人知れず誰かが(例えばチーフが)清潔に保ってアイロンがけをしてたら面白いな、などとりおなが考えているとチーフが話しを先に進める。


「りおなさん、まずはデザインや造りが簡単なバーサーカーにしましょう」


「ああ、うん」チーフの言葉で我に返る。


「ではトランスフォンでこのステンシルを撮影してください」


 チーフはB4程のサイズの紙を取り出した。りおなはトランスフォンを取り出しステンシルを撮影する。


「では始めましょう、この布にレイピアを向けてください」


 チーフは模様のついた大きな布をりおなに向け両腕で広げた。

 りおながソーイングレイピアの切っ先を布に向けると、大きな布は淡く光を帯びて浮かび上がった。

 ステンシルと同じ線が引かれていく。


 りおなが指揮棒(タクト)のようにレイピアを揮うと布のバーサーカーイシューを構成する部分だけ残して他は床に落ちた。

 続けて右手の親指で(つば)の背にあるスイッチを押す。ソーイングレイピアの『縫い付ける』能力を発動させ布同士を一つの形に縫い合わせていく。

 大まかな形が出来上がってきたらチーフから手渡される小物なども併せて各所に縫い付けていく。


「どうやら出来上がりですね。りおなさん、トランスフォンで新しい装備を撮影してください。

 イシューイクイップ・ハンガーに収納されて今以降はトランスフォンの音声認識システムで変身できます」


 いわれるままりおなはトランスフォンを取り出した。

 目の前に浮かんでいる装備を撮影すると新しい衣装は縦のマトリクスに変換され虚空に消える。トランスフォンに収納されたのだ。


「早速変身してみましょうか。トランスフォンのサービスセンターにコールして『バーサーカーイシューイクイップ・ドレスアップ』と唱えてください」


「今やんの?」とむくれるりおな。なぜか、作業の途中辺りから機嫌悪そうにしていた。


「ええ、動作確認も兼ねています。いざという時変身できないと困りますからね」


 チーフに促されりおなはしぶしぶトランスフォンを取り出す。

 ちなみにコールセンター機能はチーフが音声認識してからプログラムをダウンロードするのではタイムラグが生じるという理由で機械音声が対応する仕様に差し替えられていた。


「……『バーサーカーイシューイクイップ』・ドレスアップ」


 投げやりに発せられた声だったがトランスフォンはりおなの声を認識し初期装備のネコ耳バレッタとミニスカート姿が光り瞬時に今創ったばかりのバーサーカーに姿が変わる。


「はい、特に動作不良もなく変身できました。成功ですね」


「……あの、もしもし、富樫さん?」現状にたまりかねてりおなが声を上げる。


「いま、りおなが着てるのって……」


「ええ」




「ただの着ぐるみ寝間着じゃん!!! これのどこがバーサーカーじゃと?」

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