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018-2

 「これでひとり完成です」チーフが満足げにつぶやく。


 床にうつぶせの状態のクマのぬいぐるみは両手を床につき上体をむくりと起こした。そのまま片膝をついて立ち上がる。


 生命(いのち)を得たクマのぬいぐるみエムクマはあたりをきょろきょろと見回していたがすぐにりおなに気付いてひょこひょこと近づきぺこりと頭を下げる。


 こんにちは。


「ああ、はいこんにちは」


 エムクマ。


 自分の胸を指さしてそう言う。


「成功みたいですね。あとは信頼関係を着実に築いていけばカンパニーのランクが上がります」


「信頼?」


「ありていに言うと、食べ物をあげたりおねだりを聞いたりすると上がりますし、逆に放置すると下がります」


「ふーん」


 エムクマは両手をりおなに向けて上げてきた。


 だっこ。


 りおなは言われるままぬいぐるみの両脇を抱え持ち上げる。

 顔をすり寄せてきたので背中をぽんぽんとさすってやった。

 ――重さは5kgぐらいじゃろか、創って間がないのに、なんでか甘い匂いがするにゃあ。


 一度ほかの部屋に行っていたチーフが椅子を一脚抱えて戻ってきた。


「りおなさん、今日はもうふたりほど創るのでエムクマを椅子に座らせてください」


「おう、わかった」


 本音としてはあまりやりたくなかったがカンパニーシステムとやらに興味があったりおなはエムクマを椅子に座らせ、再びソーイングレイピアを手に取る。

 その後、20分ほどかけてりおなはふたりのぬいぐるみ、はりこグマとながクマを創った。


 作る工程そのものはさほど違いはなかったが、吹き込む綿の光の色がさんにんとも違っていた。

 ゴーグル越しでも目に入る光の量は相当に多く、ながクマを創り終えたりおなはゴーグルを外し指で目頭を少し抑えた。

 脳の酸素不足を感じたりおなは口を両手で押さえて大きくあくびをする。なんだか身体がだるい、これは生命を吹き込む時に生じる疲労だろうか。


「ねえ、チーフ」りおなは恐る恐る尋ねる。

「いまさらじゃけど、生命(いのち)を吹き込むときってなんかリスクとかあるっと?」


「特に無いですね」

 ミニチュアダックスの頭を持つぬいぐるみは即答する。

「生命を吹き込むといっても、ソーイングレイピアを介在してりおなさんの『心の光』を吹き込むものですから。

 例えばりおなさんの寿命を削って分け与えるとかではありません」


「そっか」りおなはほっとして一つ息を吐く。


「そんなリスクを負わせるようなことを私は、いえ我々はりおなさんにやらせたりはしません」


「え」


「いえ、リスクはありませんが心の中で強い光を思い描くのは慣れないと少し疲れたでしょうから、ぬいぐるみ創りはひとまず中断しましょう」


「わかった、やったー」

 部屋の掛け時計で時刻を確認すると午前11時を少し過ぎている。なんだかんだでぬいぐるみ創りに時間がかかった。


「うーん」

 りおなは大きく伸びをしてから変身を解いた。

「あー、慣れんことしたらお腹減ったわ。マグナ行ってなんか買ってくるけん」


「ちょっと待ってりおなちゃん」


 部屋を出ようとしたりおなに課長の巨体が立ちはだかった。手には大きなボウルとおたまを持って何かをかき混ぜている。


「まだ終わりじゃないわ、あなたが焼いたはちのすワッフルをこの子達に食べさせてあげて初めてちゃんとした信頼関係が生まれるのよ」


「あーー、そうじゃった」


 りおなはとぼけたふりをしていた。

 ――本当はちゃんと覚えてたけんど、何とか切り抜けられるかと思ったけどいかんかったか、ミッション失敗。

 やっぱし段ボールの箱かぶって出るべきじゃったな。


 りおなは無意識に唇を尖らせる。


「もう生地は作ってあるからあとは焼くだけでいいわ。この子達もあなたが作ったのを食べたがってるしね」


 りおなが視線を上から下に向けると両脇にぬいぐるみが立っている。創ったばかりのエムクマとはりこグマだ。ふたりともりおなを見上げている。


 おなかへった。


 はちのすワッフル たべたい。


 よく見るとエムクマの方は基本的に表情に変化が無いが、はりこグマの表情はくるくるとよく変わる。

 ながクマは部屋の奥に立っていて巨漢の課長よりもさらに背が高く茫洋(ぼうよう)と立っている。


「わかった、焼いてやるけんちょっと待っちょって」


 りおなは差し出されたぬいぐるみ達の手を握り一緒にキッチンに向かった。


「生地はもうできてるからあとはもう焼くだけでいいわ」


 課長は嬉しそうにりおなにエプロンを着ける。当のりおなは両手を上げて無表情のままおとなしく従う。

 目の前のガス台には中火で熱せられたワッフルメーカーが置いてあった。


「同時に二枚焼けるから一気に焼いた方がいいわ」


 課長に言われるまま熱したワッフルメーカーに生地を注ぎ込んでから、もう片方の鉄枠を閉めしばらく待つ。

 キッチンには香ばしい匂いが漂ってきた。

 きっちり2分30秒待ってから取っ手を両手で持ってひっくり返す。

 その様子をエムクマとはりこグマは木製の踏み台に乗り、今か今かとわくわくした様子で待ち構えている。


「もういいようね」


 りおなは焼きあがったワッフルを大きな皿に空け、ナイフで切り分けてダイニングテーブルに運んだ。

 課長はミルクパンで温めた牛乳を三つのマグカップに注いだ。


「りおなちゃん、これをかけてあげて」

 課長ははちみつが入った陶器をりおなに渡す。りおなはそれぞれの皿のはちのすワッフルにはちみつをたっぷりかけた。


「はい、どうぞ食べて」


 いただきます。

 いただきます。


 フゥム、いただきます。


 りおなが勧めるとエムクマとはりこグマ、ながクマは合掌してから食べ始めた。

 エムクマとながクマは行儀がよかったが、はりこグマは少々散らかすように食べていた。

 本人は普通に食べているつもりだろうが、ワッフルのかけらを皿の外にこぼすし口の周りははちみつだらけになっていた。


 課長に絞った布巾を渡されたので口の周りを拭ってやるとはりこグマはにっこりほほ笑む。


 ありがとう。


「いや、どういたしまして」

 とりあえずそう返すしかない。

 あっという間にはちのすワッフルを食べ終えたエムクマは、満足げに黒いゴチック体の『M』の字が縫い付けられたお腹をさすりはりこグマは小さくあくびをした。

 ながクマはりおなに向かって


 フゥム、ごちそうさま。


 と落ち着いた声で言いテーブルの上の皿やフォーク、カップを集めてキッチンのシンクに運んだ。

 ――改めて見るとかなり独特な外見じゃな。ながクマという名前通り、ものすごい縦に長いわ。


 アルファベットの“A”の字を上下に引き伸ばした感じといえばわかりやすいだろうか。

 頂上部分に丸い耳が生えていて、朴訥(ぼくとつ)とした顔のすぐ下にCDと同じくらいの大きなボタンが二つ縫い合わせてあり、そこから薄くて長い腕が生えていた。


 胴体も横から見ると平べったく見える。変わった姿だったがりおなはその鷹揚(おうよう)な動きを見ていると不思議に心が落ち着いた。


「りおなちゃん、お腹空いたでしょう。お昼用意するけどどう?」洗い物をしながら肩越しに課長が尋ねる。


「うーん、いやマグナで食べる」


 部屋中ワッフルやはちみつの匂いで鼻の奥まで甘ったるい。りおなは何かスパイシーな物が食べたかった。



 玄関に向かおうとするとエムクマとはりこグマがひょこひょことついて来た。

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