017-2
「おい、話はあとだ! さっさとそいつにトドメを刺せ!」
そのまま手にした石を少女に向かって投げた。
少女は片手で卵形のきれいな石を受け取り、杖の先端部分を開いてはめ込み手で払う。
石をはめ込んだ部分が回転し光を放つ。杖は軽く折れ曲がり『く』の字の形に変形した。
少女は変形した杖を銃のように両手で構え、青灰色の怪物に狙いを定める。それと同時に少女の首の後ろの装飾が立ち上がりウサギの耳のようにぴんと立つ。
「あれは……」
チーフは思わず声を漏らす。
「すげえだろ、あれは俺の世界の最高傑作、『イースト・レボルバー』っていうんだ」
チーフの近くに来たウサギが自慢げに語る。
「プロミネンス・ショット!!!」
少女が一声叫ぶと、轟音とともにいく筋もの真っ赤な炎が怪物めがけて襲いかかった。
断末魔の叫びをあげて怪物が消えると、硬い物が落ちる音がした。
黒く焦げたコンクリートの床の上には卵形の石が三個出現していた。
すかさずウサギはいそいそと石に近づく。
「三個か、今回はぎりぎり黒字だな」
嬉しそうにぶつぶつ言いながら、卵形の石を胸のベストのポケットにしまう。
少女の方は杖をまっすぐに戻した後、りおなを抱えたチーフに向かって自信たっぷりに話し出した。
「礼には及ばないわ。弱い人たちを守って戦うのは、私、『ラピッド・メディスン』の使命だから」
「…………」
りおな以外の業務用ぬいぐるみの三人は一様に黙る、というか絶句する。
普段は笑顔を絶やさない課長でさえその表情は渋い。
少女は構わずに眠ったままのりおなに話しかける。
「その恰好からすると、あなたも私と同じ魔法戦士なんでしょう? でも強さも可愛らしさも私の方がはるかに上だから、安心して引退していいからね」
少女は全く悪気なくしゃべるが、その辛辣な内容に部長と課長の顔はさらに曇る。
一方、当のりおなは両肩をチーフに支えられ立ったまますやすやと眠っている。
ふと、何かに気付いたのか少女はりおなに顔を近づける。
「あれ? ひょっとして……」
顔の近くで声をかけられたりおなは顔をしかめて薄目を開けた。目の前の少女を見て一声もらす。
「…………しおり?」
それを聞いた少女は反射的に後ずさり、明らかにうろたえだす。
「あっ、ああ、そうだ! 冬将軍も倒したし、そろそろ帰らなくっちゃ! レプス、あとよろしくね!」
少女は言うだけ言うと踵を返した。
雑居ビルの柵に飛び乗り上体だけ振り返ると、精一杯虚勢を張りながらチーフたちに手を振って、そのままビルの向こうにふわりと飛び降りた。
さびれた雑居ビルの上には静寂が戻る。
チーフたち三人は何ともやりきれない表情でお互いを見やる。
「まずは、お詫びとお礼を言うべきですかね。なにか、そちらの獲物を横取りしかけたみたいで申し訳ないです」
チーフはウサギに対して一礼するが、レプスと呼ばれたウサギは手を振ってチーフの話に応じる。
「いや、おたくらが時間を稼いでくれたおかげで、ギリギリだが黒字になった。お互いプラマイゼロってことでいいだろ」
レプスと呼ばれた白ウサギは、ベストのポケットから先ほど拾った卵形の石を取り出しチーフたちにかざして見せる。
「さっきの化け物、『冬将軍』な、あんまり暴れさすとこいつを浪費して俺の実入りが減るんだよ。
そういや、俺らより早くこいつを見つけてたな、どんな手を使ったんだ?」
「ああ、それなら俺らが使ってる携帯の機能の一つだ。灰色で表示されてたから半信半疑だったんだが」
部長がレプスに説明する。
「ヴァイスフィギュアかもしれねえって俺が言ったんだ。
ああ、ヴァイスフィギュアっていうのは悪意を注入されて暴れまわる人形のことだ。んでそいつを呼ぶかどうかでモメてたんだが」
部長はりおなを顎をしゃくって示す。
「いざ、現場に来たらヴァイスと違ったんで、どうするか迷う間も無くな」
「そうなの、つかみかかられて困っちゃったわ。逃げるに逃げられないし、呼びたくなかったんだけどりおなちゃんを呼ぶことにしたの」
今度は課長が話を引き継ぐ。
「手はしもやけになりそうだったし、力は強いし散々だったわ」
「そうか、んでその表示するシステム、携帯電話か? それ譲ってくれねえか? もちろんタダとは言わねえ」
レプスは手に持っていた卵形の石をチーフたちに示す。
「これを一個やる。お互い損な取り引きじゃねえはずだ。見たところ、あんたが頭でやってるようだな」
レプスは石をチーフに放り投げた。チーフは片手でキャッチする。
「今、ここに予備が無いので事務所に来てもらえますか? まず、りおなさんを家に送ってからになりますが」
「ああ、構わねえよ。いろいろ聞きたいこともあるしな」
「それより今の方、ラピッドメディスン――――しおりさんでしたか。放っておいて大丈夫ですか?」
「ああ、心配いらねえ。積極的に戦ってくれんのはありがてえが、必要以上に正義の味方気取りで困る。
俺がやってほしいのは石の回収で、人々の平和を守るとかは二の次三の次でいいんだがな」
「同感だな」
部長がレプスに同意する。
「だいたい、『正義の味方』なんて名乗ってるヤツにろくなのいねえよ。要所要所でセコかったりな」
「俺もそう思う。なんだ、話が合うな。どうだ、この後飲みにいかねえか?」
レプスは杯を傾けるしぐさをする。
「おう、いいな。事務所に何本か置いてある。一緒に飲もうぜ」
ヨークシャーテリアの顔を持つぬいぐるみと直立歩行する三白眼のウサギは妙なところで意気投合する。
「さあ、話はそこまで。りおなちゃんが風邪ひいちゃうわ。早く降りて送りましょう」
課長に促され部長が屋上から離れた。課長もそれに続く。
廃ビルの屋上にはチーフとレプス、それにチーフにもたれかかって立ち寝しているりおなが残った。
「なあ」
「はい、なんです?」
「物は相談なんだがな、トレードってできねえか? 今降りていったしおりとその」
レプスは視線でチーフの前に抱えられているりおなを示す。
「そいつを交換出来たら、俺はすげえ助かるんだがな」