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015-2

「うん、わかった。本当は誰にも内緒なんだけど、二人には特別に教えるね」


「……うん、頼む」


 ルミがだいぶ間を開けて返事をする。

 ――もったいつけられると聞く気がなくなるにゃあ。ルミもおんなじ顔しよるし。


 しおりは、自分のノートとワッフルの置かれたトレイをわきによけると、バッグから卵のモチーフの小物を外し、テーブルに置いた。

 改めて見ると重量感があり、不思議な光沢がある。じっと見ていると吸い込まれそうだった。

 りおなは思わずバッグに手を入れ、トランスフォンに触れた。

 触れていると、テーブルに乗っている小物を見つめていた時と同じように胸に暖かいものが満ちてくる。


「実はこれはね」と、しおりが口を開きかけた時、りおなの携帯電話が鳴った。

 しおりたちに一言断って画面を見ると、チーフからのメールだった。


【『種』に関しての動きがありました。現在我々が把握している所有者の様子が変です。

 このメールを確認したら至急こちらに連絡してください。 富樫】


 とあった。慌ててトイレに向かい、チーフ宛に電話をかけるとワンコールでつながり【もしもし】と少し焦ったような声が聞こえた。


【もしもし、何があったと?】


【『種』を持った方ですが、彼が所持していた『種』をすべて持ったまま移動を始めました。

 現在課長が追跡、尾行していますが、どこへ向かうかは不明です。

 市街地や繁華街に向かった場合、被害が甚大なものになります】


【まじか】


【はい、まじです。

 とにかく事態を収拾させなければなりません。

 今マグナの店舗近くまで来ていますので、入り口まで来ていただけますか】


【………わかった、待っとるさけ、早く来て】


 チーフに居場所を把握されているのが若干気になったが、こちらを心配してのことだろう。

 と、自分を納得させてりおなは通話を切った。


 しおりとルミに、急用ができたから先に帰ると一言詫びると、バッグをつかんでりおなは出入り口に向かった。


 店を出ると、車道の路肩にハザードランプを点けた、青いミニが停まっている。

 その後部座席のドアを開けて手を挙げているのは、普通のサラリーマンの姿になっているチーフだ。

 りおなはすばやく車に乗り込んだ。

 チーフも続いて乗り込むとドアを閉める。

 ドアが閉まったのを確認すると、運転席の部長は車を発車させた。


「まったく、いわんこっちゃない。やつを拘束して『種』を巻き上げりゃ事は簡単に済んだんだ」


 開口一番、部長が不満を口にする。りおなも口には出さないが心情的には部長に賛成だ。


「だが、そうする理由があったんだろう? 富樫」


「はい、リスクは高いですが、下手に接触するより泳がせたほうが『種』の出どころを早くつかめると思いまして」


 と、普通に返す。

 ――考え方ひとつじゃけんど、そっちのが怖い考え方じゃなかろか?


 表情で察したのか、りおなに対してチーフが付け加えた。


「ただし、部長や課長が張り込みを続けてくれていた、という前提がなければ今回の作戦は成立しません。

 りおなさんと私だけでではだめだったでしょう」


「そんなことより、目標はどこにいるんだ? こっちは手が離せねえんだ」


 三人が乗っている車は繁華街にほど近く、信号が乱立して車も多い。ことごとく赤信号につかまるため、部長はいらついた声を上げる。


「この動きや速度だと電車に乗っているようですね。

 行き先は―――首都圏から外れて郊外に向かっていますが、彼の目的地はどこなんでしょうね」


 チーフは携帯電話の画面を確認しながらつぶやく。


「知らん、さっさととっ捕まえて『種』を回収するぞ」


「一般市民に被害が及ぶようならそちらを優先しますが、第二、第三の犠牲者を出さないためにもここは我慢するしかありません」


「そうだ、課長はヴァイスフィギュアが出てきたらどうすっと?」


 りおなは車内の雰囲気が重いので二人の間に口を挟んだ。


「ああ、寺田か。あいつなら相当に腕が立つ。何よりあのガタイだ。そう簡単にくたばりゃしねえよ」


 部長は軽く返すが、りおなの気持ちは晴れない。文字通りの悪意の塊と闘ってきたりおなだ。その脅威は自分が一番よく知っている。

 その時、チーフの携帯電話が鳴った。


「ああ、噂をすれば影ですね。今課長からメールが来ました」


「なんて書いてある? やつは無事なのか?」


 部長がチーフに尋ねる。口ではああ言っていてもやはり心配らしい。


「ええ、今各駅停車から急行に乗り換えるようですね。

 相手の挙動に不審な感じはないようですが、何というか―――ぼーっとしている様子だと」


「ぼーーっと?」


「ええ、なんというか心ここにあらず、そんな感じだと書かれています。

 課長は引き続き、気づかれないように隣の車両から尾行を続けるようです」


 チーフは携帯電話の画面を地図に切り替えた。りおなはチーフに身体を乗り出すように近づけ画面をのぞき込む。

 そこには線路上を進む三つの緑色の点があった。

 緑は『種』が『種』の状態。つまりはぬいぐるみに憑りつき、ヴァイスフィギュアに変身してはいないが、いつ手近なぬいぐるみに寄生するかわからない。

 それを考えるとりおなは腹部に何か詰め込まれたように気分が重くなる。


「一対三か、何か必勝法は無いかのう?」


 考えても仕方がないのでチーフに尋ねてみた。


「必勝法ですか、何でしょうね」


 チーフは場の雰囲気を察したのか、軽い感じで返してくる。


「何、いざとなったら俺たちが足止めに加わる。それより、いきなり動いて捻挫とか無えように手足首でも回しとけ」


 部長の言うことももっともなので、両手首を回しだす。

 外の風景はすっかり変わり、丘陵に造られた高級住宅街の中を三人を乗せたミニは進んでいた。


「今課長からメールが来ました。対象が電車を降りたようです。

 りおなさん、ここから先は徒歩で向かいましょう。部長はいざという時に備えて車で待機してください」


「ああ、わかった。これが済めば張り込みやら尾行から解放されるな」


 部長はひとり呟くと車を交通量の少ない路肩に停めた。

 ハザードをつけて、スーツの胸ポケットから煙草を取り出して一本口にくわえる。


「では、りおなさん向かいましょう」


 チーフは言いながらドアを開け車を降りた。りおなもそれに続き道なりに小走りで進む。



 りおな達が降りた場所は、小高い丘を切り開いて住宅街や建築中のマンションがあちこちに建てられているが、林も多く残るのどかな場所だった。

 辺りを通る車もまばらで陽も落ちかけてきたが、暗くなるにはだいぶ間がある。道路わきには街路樹が並んでいて景観はいい所だった。


「もうすぐ相手が見えます。一旦隠れてやり過ごしましょう」


 チーフはりおなに携帯電話を見せる。目算で20mほど離れたところに緑の点が三つ固まってゆっくりと移動している。

 りおなたちは相手が進む方向に先回りして移動し、少し脇道に入ってそれとなく様子をうかがう。

 程なく以前に見た若い男が、精彩を欠いた動きでどこかに向かう。


 その表情は暗く疲労の色が濃い。

 髪はボサボサで、鼻の下やあごには無精ひげが目立つ。遠目に見ても何かに耐えて進んでいるようだった。

 距離が十分に取れたところで、尾行を続けていた長身で普通のサラリーマン姿の課長と合流する。


「りおなちゃん、富樫君大変だわ。

 この先に幼稚園から大学まで入ってる学園都市があるの! 今、私たちが追ってる彼、そこに向かってるかも」


「学園都市?」


「ええ、幼稚園、小中高、大学までエスカレーター式の女子校があるのよ。

 中には学生専用の寮まであるわ。そんな所でヴァイスフィギュアを解放されたら大惨事よ」


 課長は興奮しつつも小声で話す。そう言われると、車を降りてからすれ違う通行人は女子率がだいぶ高かった。


「『種』をばらまいて無差別に一般人、それも女性や児童を襲わせるつもりですかね」


 チーフが神妙な顔でつぶやく。それは現時点で考えられる最悪の状況だ。


「どうする? 富樫君。もう抑えたほうがいいのかしら」


 チーフは眉間にしわを寄せて、少し考える。


「りおなさん、相手の進路を先回りして迎え撃ちましょう。変身して移動すればすぐに回り込めます。

 課長は現状のまま、目視できる距離で尾行をお願いします。

 我々の考えが杞憂(きゆう)ならばそれで良し。被害者が出ないように迅速に行動しましょう」


「了解」


「わかったわ。りおなちゃん、くれぐれもムチャしちゃダメよ」


 りおなは一つうなずきを返し、トランスフォンを耳に当て文言を唱え、ソーイングフェンサーに変身する。

 チーフは携帯電話を操作し頭部をミニチュアダックスに戻し、身体のサイズも普段の人形サイズに戻った。そのままりおなの肩に飛び乗る。

 りおなはチーフが首元に下ろしてあるネコ耳フードに入ったのを確かめると、課長に軽く手を上げてから走り出した。

 追跡中の相手の背中を確認し、相手が通るであろうルートからそれて一気に駆け出す。



 課長が警戒していた学園都市は、すぐに視界に入ってきた。

 その外観はりおなが漠然と思い描いていた、高い塀に囲まれた要塞じみたものではなく、小高い丘に広がる、全体が北欧調に統一された開放的な所だった。

 校門が見えた所でりおなは立ち止まる。


「今追ってる人の目的って、ほんとに女の子を襲うことじゃろか」


 考えを整理するようにひとりつぶやく。


「ヴァイスフィギュア暴れさすだけなら、街中(まちなか)でもできるじゃろ? なんで本人が『種』三個も持って、出張(でば)って来るんじゃろうか」


「個人的に特定の人物に恨みがある。女性に執着している。ただの気まぐれ。色々考えられますね」


「うーーん」


 りおなは考え込む。相手の行動に対して、対症療法的な対応しかできないのがもどかしい。


 ――もういっそのこと、本人と直接会って話し合おうか。戦いになったらなったでそっちのほうがいいんじゃろか、それとも―――


 りおなが相手の行動の予測に意識を向けていると、チーフが携帯を耳の中に入れながら話す。


「りおなさん、『種』を持っている相手がルートを変えました。

 学園都市の敷地には向かわず隣接する森林公園に進んでいます。目的は依然不明」


 りおなのゴーグルの内側に、この付近の地図と三つの緑の点が表示される。りおなは少しだけほっとして行き先を裏手の林に変えた。


 公園の中は広葉樹林が多く植えられていた。

 学園都市よりも高い位置にあるため見晴らしはいいが、平日のためか人通りは少ない。

 学園の生徒であろう、制服姿の女子数人がベンチに座り話し込んでいる。その楽しげな様子を遠目に見つつ、茂みの中に姿を隠す。



 程なく、青白い顔をした青年が小高い丘の頂上に着き、肩から下げていたバッグをおろし中から何か取り出した。


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