013-3
高さ3mはある公園の鉄製の遊具の上に、何事も無いように直立不動の姿勢をとっていた。
かと思うと、そのまま地面に羽毛のようにふわりと降り立つ。りおなの近くまで小走りに駆け寄った。
全く臆する様子も無く、虎の頭を持つ異形を見やり、女性は思った事をそのまま口にする。
「うわー凄い! 特撮とかじゃないよね。あっちがわるもの? で、そっちがいいもの?」
――見た感じ二十歳くらいじゃろうか。人見知りせんタイプじゃのう。
ブリーチした髪をポニーテールにしている。
顔の上半分が大きなバイカーゴーグルで覆われているが、顔の輪郭や口元は整った感じだ。
「うん、まあ多分こっちがいいもの」
「んじゃ、そっちに加勢した方がいい?」
りおなに屈託なく尋ねてくる。
――この状況でもなんか余裕じゃのう。そもそも何者じゃ?
りおなはヴァイスフィギュアを警戒しつつ、訝っていると女性は目前の異形に視線を向けた。
りおなの疑問に無言で応えるように、女性は腰の太いベルトに着けた大きなホルスターから、大きな装飾品を取り出した。
それは一見すると、刀身の無い、柄とナックルガードだけの剣のようにも見えた。
柄の長さは40cm程、右手を覆う部分は銀細工の薔薇と茨を象ってあり、刀身があるべき部分には大きめの水晶がはめ込んである。
隣にいる女性が謎の柄を目の前で軽く振った瞬間、りおなは場の雰囲気が一気に変わるのを感じた。
悪意の塊でしかないヴァイスフィギュアも、困惑の色を隠せない。
りおなは足元に異変を感じて下を見ると、砕石や砂利を敷きならした地面が小さく波打つ音が響くのが聞こえてきた。
無機質な石が、融けるように砂に変わり月光を受けて青白く輝く。
さらに女性が右腕を指揮棒のように振ると、砂は細長く凝り固まり絹糸を束ねたような綱に形を変える。
二条の綱は、意志を持ったように波打ち虎頭の異形に接近した。獲物を仕留める蛇のように絡みつきその巨体を締め付けだした。
太さ5cm、長さは優に20mはあるだろうか。
ガラスでできた太い綱は異形の身体や筋肉に激しく食い込み、その動きを止めた。
だが、悪意に満ちた異形は唯一動く右腕を女性に向けた。
轟音と共に撃ち出された円錐状の烏賊は、正確に女性の眉間を捉える。
だが女性は微動だにせず、右腕を逆袈裟に振り抜くと、一瞬で足元の砂が荒波のように打ちあがり、醜悪な砲弾を受け止める。
りおなはその攻防を横目に見ながら、レイピアを異形の右腕に構えた。
網状に編んだ光の糸を撃ち出し、砲撃を封じる。それを見た女性は高く口笛を吹いた。
移動と攻撃、両方を封じられたヴァイスフィギュアは自由を欲してもがくが、その試みは一瞬にして無駄な足掻きに終わる。
一気に距離を詰めて飛び上がり、ヴァイスの肩に乗ったりおなは渾身の力を込め、レイピアをその太い首に付きたてた。
そのまま自分の体重をかけ、胸、腹と一気に切り裂く。傷口からはオレンジ色の光が立ち昇る。
地面に降り立ってからも脇腹に剣針を刺し、身体の奥へ奥へとレイピアを押し込み続ける。
虎頭の異形が、最後の咆哮と共に虚空に消え、小さなトラのぬいぐるみが残された。
が、首元に憑いていた『種』と呼んでいる物体は消えずに残っている。
寄生主を失った虫のようなそれは、羽を動かし逃げ去ろうとした。
りおなは躊躇なく羽を片方切り落とした。地面に落ちた『種』はそれでも逃げようと、残った羽を激しく震わせる。
りおなは再度ソーイングレイピアを『種』に向け、ウェブショットで動きを封じる。続いてチーフが携帯電話を『種』に向けて操作した。
動きを停めた『種』は、縦のマトリクスに変換され虚空に消える。捕獲転送されたのだ。
「ふう」
何とか一段階目が達成できて、りおなは自然に息が洩れた。
「やったね」
女性が薔薇をあしらった柄を、ホルスターに入れた。
それと同時に、ヴァイスフィギュアを締め付けていた蛇のような綱は、角砂糖に水を垂らしたように融け、白い砂に戻った。
若い女性は両手を肩の高さまで上げ、帯状に敷かれた砂をシャリシャリと踏み鳴らしながらりおなに近づく。
「これ鳴き砂みたいに、踏むと音がするから毎回鳴らしちゃうんだよね」
と、誰に言うでもなくひとりごちる。
「情報交換の前にまず自己紹介、
私は陽子。フリーターだけど、合い間に宝探しやってる。まあ、トレジャーハンターだね。
宝って言っても金銀財宝じゃなくて、お金じゃ買えない物限定だけどね。それと冒険とスリルかな、それを求めてやってる。
そっちは? どういうお仕事?」
促されてりおなは答える。
「あー、私はりおな、大江りおな。仕事っていうかまあ、ソーイングフェンサーをやっとる」
「私は富樫といいます。役職は主任なのでチーフとお呼びください」
「ふうん、なんかよくわかんないけど凄そうだね」
陽子と名乗った女性は言いながら、顔からゴーグルを外し首に下げる。
現れた顔の第一印象は、目が大きな人だなとりおなは思った。間違いなく美人の部類に入る顔立ちだ。
改めて相手を見るとスタイルもいい。
つやの無い紺色の裾の短いワンピースに、手には革製の指無しグローブをはめている。
足元は、おそらくつま先を鉃で補強しているであろう、ごついブーツを履いている。
銀色の蝙蝠の羽と鳥の足に見えるアクセサリーでポ、ニーテールの結んだ部分を留めていた。
大きく開いた胸元と太ももが、月光に白く映える。
首にはシルバー製で、翼がハートマークを象ったライオンのネックレスを着けていた。
少しの間、胸の谷間に納まっていた、ネックレスのデザインに見入っていたりおなは、慌てて目を逸らし、相手に倣ってゴーグルを外した。
それを合図に陽子は話を始める。
「まずは、今戦ってたのって怪人? 普通の生き物じゃなかったみたいだけど」
りおなは返事をするのに少し迷う。
――今知っとる情報を全部いってもいいもんかのう。
りおなの代わりに、チーフが陽子に説明を始める。
「今の怪物は、『ヴァイスフィギュア』と我々が呼んでいる、『悪意』を注入された意志無き人形です。
例外もありますが、だいたいは自身の破壊衝動を満たすために暴れ回ります」
「なるほど、んであの首筋の緑のやつは?」
「あれを我々は『種』と呼んでいます。
詳細は調査中ですが、いたいけなぬいぐるみに憑りつき、『悪意』を吹き込んでヴァイスに変身させる、生物の特徴を持っている物体です」
チーフはいたいけなぬいぐるみ、という部分に力を込めて説明する。
「なるほど、悪の組織の未知のテクノロジーだね。
んで、えっとりおながその凄い剣と魔法で、人知れず成敗してる、と」
不意に、陽子の腰についているポーチが激しく動き、内側からキイキイと甲高い声が聞こえてきた。
「あー、もう! 静かにしてなって」
陽子がポーチの蓋を上からさすると、小さな動物が上半身を出した。
――うん? なんじゃ?
りおなは、その動物が何か解らなかった。
一見するとフェレットのようだが、耳が身体と同じくらい大きく、足もしっぽも細長い。
体色は淡い黄色で、鼻先は尖っていて目の下と耳の先端が黒い。リスよりは大きいが猫よりは小さい。
全体の印象は可愛らしいが、りおなは実物はもちろんの事、図鑑やTVでも見た事が無かった。
陽子のポーチから身を乗り出した生き物は、大きく伸びた耳を立て、首をせわしなく振りながら、辺りの匂いをすんすんと嗅ぎ出す。
「あー、しょうがない。せっかくだから紹介するね、コイツは……」
陽子が少し呆れながら説明を始めた次の瞬間、小さな動物はポーチを飛び出して、りおなのスカートにしがみついた。