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012-3

 そのニュースは翌日の朝、ほぼ前触れなく報じられていた。

 りおなは昨晩部長、課長との邂逅を終え『種』の発生源やそれを操る人物を捜索しようと決め解散してそのまま床に就いた。


 そしていつも通り起床して家族と朝食を食べている間,つけてあったTVのニュースで「怪物」という不穏な響きを持つ単語が女性アナウンサーの口から告げられた。


 次の瞬間、半覚醒状態だったりおなの脳は一気に活動し、手に持っていたトーストを皿の上に置いてTV画面を食い入るように見た。


 報道されているニュースの内容は次の通りだ。

 昨夜未明、りおなの住んでいる市内からさほど離れていない郊外の造成地で男子高校生四名が何者かに襲撃されけがを負った。


 全員、命に別状は無いものの、全治数週間から二か月ほど、近くを通りかかった帰宅途中のサラリーマンが倒れている人影を暗がりで見つけ事件が発覚。


 犯人の特徴は、という警察の聞き取りに対して被害者たちは一様に「身長2mを超す怪物」、または「特撮番組に出てくるようなイカのような怪人」と答えている。


 警察はこれを受け、操作を開始したが事件発生から間もない事を差し引いても目撃情報は全く、といっていいぐらい無く捜査は難航、当局は広く情報を求めているとのことだった。


 アナウンサーはすぐに次の記事を読み上げていたが、りおなは画面を見たまま今告げられたニュースの内容を頭の中で反芻していた。


「怪物とか怪人てなんなのかしらね?」


 りおなのママのつぶやきでりおなは我に返る。無意識的に止まっていた呼吸を元に戻す。


「りおな、あなたは大丈夫だと思うけど」 


「うん、わかっちょる。そんな人通りの無い所、りおな行かんけん。

 多分その人らプロレスラーにでもケンカ売って負けたんじゃろ」


「うん、どっちにせよここ何日か中学校とか病院で色々変な噂が流れてるから、りおなも気をつけなさい」


 りおなはパパから注意を受け「はーい」とだけ返事をする。

 ――まさか両方とも自分が絡んでるとは言えないし。


 朝食を終えて家族には「鳥のエサ」と言ってあるチーフのパンのかけらを手にして、二階にある自室に戻る。

 ドアを開けると学習机の上に手には携帯電話が握られている。りおなが話しかけるより先にチーフが切り出す。


「りおなさん、今朝のニュースはご覧になりましたか」


 質問ではなく確認といった口調で告げ、りおなの表情から肯定の(むね)をくみ取ると、チーフは話を続ける。


「今朝のニュース、『種』に関連した事件の可能性が高いようです。

 たった今課長に連絡して調査するよう言いました。早ければ放課後にでも相手の素性が解るでしょう」


「調査ってどうやるっと?」


「単純なネット検索などでは限界があるでしょうから、我々独自の方法で調査します。

 それよりりおなさん、着替えて学校に向かわれてはどうでしょう」


 独自の方法というのが少し気になったが、りおなはトーストの切れ端をチーフに渡すとチーフは「いつもごちそうさまです」と一礼し自室のプレハブに戻る。

 ドアを閉めるのを確認してから、りおなは大きく伸びをして制服に着替え始めた。

 りおなはいつも通り公園のベンチに座り、白猫の一家に牛乳を提供していたがその間、せわしなく辺りをうかがっていた。


 ――朝のニュースが『種』が原因か確認してもらっとるらしいけど、待ち合わせって待つ方はすごく時間が経つのが遅く感じるにゃあ。

 …………まだ来んのか。


 りおなは猫そっちのけで公園の外周の車道をあちこち見渡す。


 3分ほど待った所でフォルムは見た事のある中型のバスが公園脇に停まった。

 りおなは一瞬戸惑う。昨日、部長や課長に出会った時突然現れたのはモスグリーンの車体だったが、今目の前にあるのは赤い車体だ。


「あれ、じゃない……」


 りおなが言いかけた時バスの車体部分の窓が開いた。


「りおなちゃーん!」


 聞き覚えのある野太い声が公園に響く。

 バスの窓から身を乗り出して大きく手を振っているのは、忘れもしないセントバーナードの顔を持つ巨体、課長だ。

 ベストの上からエプロンを着けている。


 ――人の名前、大声で連呼せんでほしいわ。

 りおなは小走りにバスに近寄る。


「おはよう、りおなちゃん、うん、今日も可愛いわね」


「…………おはよう」


 どこかで聞いたようなフレーズをりおなめがけてよこしてくる。若干背中がむずがゆい。


「朝やけん、あんまり大っきい声出さんで」


「うん、そうね、ごめんなさい。そうだ、なんか飲む?」


「何かって?」


 バスに近づくとき何か違和感を覚えたがそれが今わかった。

 昨晩バスを見たとき昇降ドアの側の窓は上下に開閉するタイプの窓だった。

 だが今は中央から横にスライドさせるタイプのサッシ窓に変わっている。どう見ても移動屋台ワゴン車にしか見えなかった。


「今朝は少し肌寒かったでしょう? だから今日は移動式のホットドリンクバーを営業してるの。

 あ、これがメニューね、りおなちゃんはもちろんタダでいいわ」


 そういうと課長はラミネート加工されたメニューをりおなに差し出す。

 メニューはだいぶあり、ホットコーヒー、ココア、紅茶に加えて生姜(ショウガ)湯、(くず)湯、ホットかりん、ホットシナモン、甘酒、汁粉ドリンク。

 続けて、ホットワイン、ブランデー入りコーヒー、卵酒とあり、おろしショウガなどのトッピングは無料。他メニューも応相談と表示してある。


「…………」


 りおなは言葉通り閉口する。

 ――メニュー増やし過ぎじゃろ。最後の方のんは採算合うんか? 他人(ひと)事ながら心配になるわ。


「じゃあ、お汁粉にショウガ入れて」


 メニューをカウンターに戻して注文する。今まで試していない組み合わせだが、今朝は乾燥して空気がほこりっぽい。ショウガでのどを回復したかった。


「はい、お待たせしました。熱いから気を付けてね」


 課長はリトルリーグのキャッチャーミットぐらいの巨大な手で紙コップを差し出す。りおなは礼を言って両手で受け取る。

 紙コップを口に運び一口飲むと小豆の風味と抑えた甘みが口に広がり、呑み込むときのショウガの刺激がのどに心地よい。


「ショウガには、ショウガオール、ジンゲロ-ルっていう薬効成分が含まれていて殺菌や食欲増進とか様々な効き目があるの。

 のどの痛みや風邪の予防には効果が高いわね」


 課長が注釈を加える。

 ――チーフも課長も、どうも業務用ぬいぐるみっちゅうんは蘊蓄(うんちく)傾けるのが好きらしいにゃあ。


「うん、おいしい……んでなくて」


 りおなはやんわりツッコミを入れる。今はほのぼのとくつろいでいる場合ではない。


「あんた方、何台もバス持っとんの? それに『種』の出所じゃけんど」


「あーそうね、じゃあ、一つずつ説明するわね。

 まず、このバスだけど、車体そのものは昨日りおなちゃんが見たのと一緒よ。

 ただ、塗装と内装は中に誰も入ってなければ自由に変更できるわ、これを使ってね」


 言いながら課長は携帯電話を取り出しりおなに見せる。チーフのプレハブといい、様々な事に使えるらしい。


「内装は、キャンピングカーに始まって移動図書室、子供部屋、茶室、天蓋付きベッド。

 屋台はラーメン、おそば、うどん、焼き鳥、おでん、スープバー、ピザのピース売り。

 調理パン、ケバブ、芋煮汁、玉こんにゃく、納豆汁、それから……」


「んや、納豆汁は絶対いらんし、んなことより『種』の方どうなりよる?」


 指折り数えて屋台の種類を確認する課長を手で制してりおなは一番気になっている事案を確認する。


「ああ、それだったら今捜査中、これを見て」


 課長は携帯電話を操作しりおなに手渡す。

 受け取った携帯画面をのぞきこむとりおなの立っている周辺の地図が表示され、あちこちに赤黒い点が表示され増減、明滅を繰り返している。


「その点々が人間が日々出してる『悪意』ね。その発生と流れを表示してるの。点が少なかったり動かなかったりするのは危険が少ないけど」


「このあちこち増えたり動いたりしてんのは危ない、と」


「そう、そこに『種』が向かう可能性が高いから、こうしてる間も私と部長で交代で調べてるの、

 ね、部長」


 課長はバスの運転席側に身を乗り出して声をかけた。

 ややあって部長がおっくうそうに窓を開け返事をする。


「そんなにでかい声出さんでも聞こえてる。少し寝かせろ」


 部長は昨日着けていたサングラスを外して目をショボショボさせている。 

 ヨークシャーテリアの顔は昨日以上にオヤジくさく見える。見た感じ眠そうだ。


「……おはよう」


「ん、ああ、『種』の出所だが、まあうまくいけば今日の夕方くらいにはわかるだろ。気にせずさっさとっ学校に行け」


 部長は「本当はやりたくないんだがな」と付け加えてまた車内に引っ込んだ。

 それを受けて課長は顔の近くに手を寄せて小声で話しだす。


「部長が昨日ほとんど寝ないで絞り込んでくれたからすぐにわかると思うわ。

 口ではああ言っていてもりおなちゃんをすごく心配してるから」


 りおなは無言でうなずく。

 そこに工事現場の夜勤明けだろうか、薄汚れた作業着を着て疲れ切った男たちが何人も屋台バスのカウンターに集まり、身体を温めたいのだろう、口々にショウガ湯やホットかりん、卵酒を課長にオーダーしている。

 思わぬところで需要と供給がかみ合っていた。


 課長はそれまでとは打って変わって無表情で(一般人には顔はマスクで通すらしい)手際よくオーダーをこなしながら、りおなに向かって小さく手を振る。

 りおなも手を上げて返事をし、その場を離れた。

 指定席のベンチに戻ってから空の皿を洗って、白い母猫ののど元を優しくなでた。

 十分満喫した後バッグを手に取り公園を後にした。


「『種』の発生源が解ったら」


 バッグに付けた麻袋に入ったチーフがりおなに声をかける。


「いきなりりおなさんが接触するのではなく、我々のうち誰かが近辺を調査して相手の人となりを確認します」


「あんたそのなりでうろうろしとったら、また猫とかに攻撃されんじゃなかと?」


 りおなはチーフに初めて会った時、猫に引っかかれてトランスフォンと一緒に落ちてきたのを思い出す。

 この人形のサイズで相手の素行調査をしたら猫だけじゃなく子供とかにも捕まるんじゃないかと心配になる。

 人間サイズで探偵行動をしたら犬のマスクをした男が徘徊していると通報されそうだ。

 りおなの疑問に対してチーフが答えを返す。


「それでしたら問題ありません、私を含め部長や課長、業務用ぬいぐるみは体のサイズだけでなく顔も変更できます。

 課長はともかく部長は体形的に目立ちにくいですから素行調査にはうってつけです。

 人手が足りない場合は私も調査に向かいますので」


「チーフも行くの?」


「一般人に被害が出ていますからね。なるべく穏便に済ませたいですが」


 りおなとチーフはお互いに沈黙する。


 ――ソーイングレイピアで人間を攻撃するっちゅうんは避けなきゃいけんことじゃ。

 りおなはいつもより足早に学校に向かった。


 

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