011-3
つつがなく本日の授業を終えたりおなはしおりとルミに『用事があるから』と告げ家路に着いた。
――ほんとは家帰ってからマグナ行って、しおりとルミと無駄話したかったんじゃが、チーフおらんときヴァイスフィギュアがやってきたら面倒やけにゃあ。
しゃあない、単独行動じゃ。
家にバッグを置いて私服に着替えてからママに『暗くなる前に戻る』と告げ、ハンドバッグとチーフ専用の麻袋を手にして自宅を出た。
りおなはトランスフォンの画面を操作しうろうろと歩く。書き置きにあった索敵機能を開いて使ってみる。
りおなを中心とした地図が表示されりおなの当面の相手ヴァイスフィギュアが表示されるはず、だったが幸いなことにりおなの周辺100mには変わった表示は特にない。
縮尺を操作して300m、500mと表示範囲をひろげる、が、やはり変化はない。
――あーー、集中して歩いてたらおなか減った。
夕飯まではまだ時間あるし、トランスフォンの『冷蔵庫』にチョコレートはあるけど、周り気にしながらお菓子バケツ出すのはめんどうじゃし、コンビニ行こう。
コンビニに着くとまずはじめに雑誌コーナー次にお菓子コーナーを賑やかす。長いコンビニ通いで身についたりおなの習性だ。
お菓子コーナーで一通り確認している内に見慣れない商品が目に留まる。
りおなはその商品を手にしてチーフが昨日言っていたのを思い出す。新製品のはちのこマシュマロだ。隣にはさなぎグミも並んでいる。
少しの間手に取ったはちのこマシュマロを眺めていたが無言で首を横に振り商品をそっと元の棚に戻した。
結局レジでフライドポテトとホットコーヒーを買い店を出た。
自然に人通りの少ない場所に足が向く。りおなは大きな川沿いの草が生えたゆるい斜面に腰掛け一息ついた。
続けてコーヒーを一口飲み、油汚れ対策のポケットティッシュをバッグから出し、フライドポテトを口に運ぶ。
人心地着いてから改めてトランスフォンの索敵機能を開く。
当然と言えば当然だが表示に変わったところは無い。
と思ったら画面の端に小さく青丸の表示が現れた。
距離は直線にして300m位だろうか。青い丸はりおなの方にゆっくり向かってくるようだった。
りおなは反射的に立ち上がった。慌てて体の向きを青い丸に向ける。
運がいいのか悪いのか青い丸は川沿いの道、直線状にある。
――この反応はヴァイスフィギュアじゃったな。
バッグを手に取り青い丸がある所へ駆け出す。
気は急くが思うように足が進んでくれない。
りおなの中ではすでに戦闘モードだったが、今の服装はチュニックにデニムスカート、スニーカーと、どこにでもいる普通の女子だ。
りおなは一旦立ち止まり認識阻害の機能をONに切り替えた。
続けて変身するためサービスセンターの番号を呼び出しコールボタンを押す。
【はい、こちらサービスセンターです。変身される方は希望の変身フォームを音声で発信して下さい】
――ん? チーフやないんけ? 電話機でよくある合成音声みたいじゃな。
いつも通りチーフが対応してくれると思っていたりおなは一瞬戸惑うが、ためらっている暇はない。できる限り小さい声で
「ファーストイシューイクイップ・ドレスアップ!」
とトランスフォンに唱える。次の瞬間りおなの身体は光に包まれ、ソーイングフェンサーの姿に変貌を遂げた。
そのまま画面に表示された青い丸に向かって走り出す。
りおな自身は意識せずとも駆け出す速度が一気に加速される。頬にあたる風が強い。程なく索敵機能で表示された青丸の地点に着く。
川沿いにある寂れた工場地帯だ。人通りは少ないが全くいないわけでは無い。
誰かが巻き込まれるかもしれないと考えると自然に気が逸る。
トランスフォンの画面と周りを交互に見てあの怪人じみたフィギュアが現れていないか目視で確認する。
不意に視界の上に違和感を覚えた。すぐに顔を上げるとりおなが何度か目にした禍々しい物体がそこにあった。
大きさは羽に見える部分は広げて15cm位、胴体らしき部分は5cm位か。
胴体の下にはペン先のような太い針が付いている。全体は植物のような緑色に染まっていた。
りおなが二度も遭遇したぬいぐるみをヴァイスフィギュアに変貌させる不気味な物体だ。
――様子が変じゃな。りおなが初めて見た時にはふわふわと浮いてたけど、今は、なんか苦しそうってか、なんかに抑えられてる感じじゃな。ジリジリと下りてくる。
トランスフォンの表示からすると青い丸はあの物体を指しているらしいがどうしたものか、りおなが逡巡していると物陰から聞き慣れた声がした。
「さすがはりおなさんです。ソーイングレイピアをあの物体へ向けて下さい」
りおなが声がした方を向くと電柱の陰にに出張すると書き置きを残して出かけた自称業務用ぬいぐるみ、富樫ことチーフがいた。
見慣れた小さいサイズで携帯電話を腕を上げて掲げている。
「あ、あんた」
りおなは思わず声をかける。
「話は後です。あの物体にレイピアを向け照準を合わせて下さい」
「照準?」
「はい、ゴーグルのレンズの左にボタンがあります。
あの物体を見ながらボタンを押すと自動で目標にロックオンされます」
言われたとおりにゴーグルの側面を押すと、ゴーグルを通してりおなの視点の先にある件の物体が円形の表示で囲われた。
「ロックオンされた状態でレイピアからウェブショットを放てばあの物体を生け捕りにできます。
鍔のボタンを押しながらレイピアをあの物体に向け『ウェブショット』と唱えて下さい。
レイピアの先端に網が生成されたらボタンを離すと網が射出されます」
りおなは指示されるまま、レイピアを上空でもがいている物体に向けボタンを押し「ウェブショット!」と唱えた。
次の瞬間、レイピアの剣針が小刻みに震え、網状の光が浮かび上がった。
そのまま鍔のボタンを離すと光の網が撃ち出され、緑の物体に当たると袋状に閉じた。
地面に落ちてきた物体は網から逃れようとじたばたともがきだす。
すぐにチーフは謎の物体に近づき携帯電話を操作すると、緑色の物体は縦のマトリクスに変換され空中にゆっくりと消えた。
「これでひとまず安心ですね」
携帯電話を折りたたみズボンのポケットに入れながらチーフが一息つく。
「あんた、出張はどうしたと?」
りおなはレイピアを肩に担ぎながら努めて普通にチーフに尋ねる。
「あ、はい。今の『種』を生きたまま回収できたので成功ですね。これで通常業務、りおなさんのサポートに戻れます」
「今捕まえたの『種』っていうと?」
「はい、便宜上我々はそう呼ぶことにしました。いたいけな子供たちに悪意と恐怖をまき散らす文字通りの悪夢の種子です」
「なるほど」
――言われりゃそうか、ぬいぐるみは遊び相手だけじゃなしに、癒しとかの役割りもあるからのう。チーフにしてみりゃ仲間が怪人フィギュアになるようなもんじゃから余計か。
りおなは前もって知ってるから戦えっけど、何も知らない子供のぬいぐるみがいきなし化け物になったらトラウマどころじゃすまんからのう。
「ですが、対抗手段、少なくても『種』がぬいぐるみに憑りつく前におびき寄せて捕獲する機能を開発しましたので、ひとまずは安心です」
「そういや、さっき捕まえたやつ殺虫スプレーかけられたみたいに弱っちくなっちょったけんど、あれがおびきよせるやつ?」
「はい、私の携帯電話やトランスフォンでも使用できますが、それだと一つ問題があります。
どうしても携帯電話に引き寄せられるので『種』を渡しやりおなさんに集中させてしまう恐れがあります。
かなり高い可能性として『種』を操っている存在は『種』一つ一つの行方やその周囲を把握、確認していると思われます。
『種』をおびきよせるのは私の同僚に任せてりおなさんは状況に応じて『種』を捕獲したり除去するのをお願いします」
「同僚って、前ゆってた粉もの担当とスイーツ担当ってやつ?」
「はい、ようやく段取りがついたのでRudibliumからこちらに来られるようになりました。
まあ詳しい話は後ですね、ご自宅に戻って一息ついてからお話しします」
言われてりおなは気付く。変身して来たからさほど苦にならなかったが、家からだいぶ離れたところに来てしまった。
「あー、せっかくじゃから、家の近くまで変身したままで戻るわ」
チーフをいつもの指定席、ネコ耳フードの中に入れる。
空を見上げると日はだいぶ傾きかけていたが、変身中の脚力ならそうはかからないだろう。
りおなは右足のつま先で地面を二回蹴ると、それを合図に駆け出した。
ソーイングフェンサーに変身している間、りおなの身体能力は非常に高くなる。 本人は小走り程度のつもりだが、実際には時速にして35kmは優に出ている。その上変身を解除しても身体の負担や疲労感はほとんどない。
トランスフォンの索敵機能で異常を確認した場所、元の河原まで戻ってりおなは変身を解除した。
緊張からひとまず解放された反動でりおなは大きく伸びをして猫のように優雅なあくびをする。
ほとんど走るだけだったが少し火照った身体に川沿いの冷えた風が心地よい。
りおなは河原の斜面に腰掛けもう一つの指定席、バッグに吊るした麻袋に入れたチーフにフライドポテトの残りを勧める。
チーフは「あ、どうもいただきます」と一本を手に取り、ぽくぽくと食べだす。
りおなはチーフが食べ終わるのを待ってから尋ねる。
「この索敵機能じゃけどフィギュアも『種』とかいうのと同じように表示されんの?」
「いえ、『種』は青、ヴァイスは赤で表示されます。
それに内包される悪意の大きさで表示される悪意の大きさも変わりますね」
「ふーん」
「ちなみにぬいぐるみや人間に擬態している状態からフィギュアに移行している場合は黄色で表示されます。
あと、私のは仕様で異常をバイブで報せてくれます」
「わかった、んじゃ帰ろっか」
りおなは立ち上がり腰のほこりを払う。辺りからは夕餉の匂いが漂う。りおなは出かけるときよりも少し軽い足取りで家路に着いた。