008-2
「グミって反射できんの?」思いつくままチーフに尋ねる。
戦いの最中に
「相手の斜め後ろの樹めがけて撃ち込んでください。相手の死角から魔法弾が当たります」
と指示を受けた。
りおなは半信半疑だったが、他に有効な策も思いつかない。
言われるまま公園の周りを囲んでいる樹の一本に狙いを定めて、グミの弾丸を撃ち出す。
大きなグミは樹に当たると音もなく弾かれた。
プレデターラビットの真後ろに方向を変え、そのまま飛ぶ。もう一度樹に当たりグミは軌道を変える。
チーフはさらに「後ろに何歩か下がって相手を誘導して下さい」と続ける。
言われるままに下がると、猛獣は距離を詰めてきた。
その間ピンク色のグミは空中を進み、りおなの左前方の樹に当たりまた角度を変えて進む。
進んだ先は標的の脇腹があった。撃った魔法のグミは命中したわけだが。
「厳密には反射ではなく跳弾ですね。
まあ物理特性に左右されず、軌道を変えるので反射と言ってもいいかもしれません。
狙いを定めた目標以外には、傷はおろか跡も残りませんのでご心配なく」
りおなは最初にグミ弾を撃ち込んだ樹を見る。春には満開の桜を楽しんだが今は新緑が茂っている。
確かに傷どころか凹みも無い。
葉っぱ一枚落とさず、りおなが撃ったグミ弾の軌道を変えてくれた。
「そのお菓子魔法って他にもあると?」そこが今一番気になるところだ。
「そこはおいおい説明します。それよりりおなさん、腕を怪我しています。治さないと」
チーフが指さした左腕を見やると、慧ちゃんを助けに入る時、プレデターラビットから受けた傷があった。
肘のあたりに一筋赤い跡がある。
――痛かったけど傷自体は深くないけん、もう血は止まっているし。
うん、特に痛くはない。変身前とはいえりおなもけっこう度胸ついたわ。
「なんかオキシドール的なもんつけて、絆創膏はったら治るっちゃ」
「そうはいきません。乙女の肌に傷痕でも残ったら一大事です」
「…………」
チーフに真顔で返され、りおなは言葉を失う。
――乙女扱いするんじゃったら、ライオンよりおっかないフィギュアと戦わすのやめさせてほしいわ。
あーいうのと戦うのは格闘家か、トークで笑いが取れん芸人の役目じゃろ。
「んじゃ、なんか持っとうと? 回復薬にハチミツ足したやつとか」
りおなは大自然で、様々な物を現地調達するのを想像した。
「いえ、飲み薬ではなくレイピアによる回復魔法です」
「何? 剣先からゼリーかなんか出んの? りおなベトベトすんのイヤじゃけ」
「いえ、ゼリーは出ませんし、ベトベトしません。
回復魔法は、トリッキートリートとは系統が違います。
手順を説明します。まずはレイピアを両手で持って上に掲げて下さい」
言われたとおりに、両手で剣を構え両腕を伸ばす。
「そのままクローバーの花や葉をイメージして下さい」
「え」りおなは声を上げる。
――呪文じゃないんけ? てっきり何か言うんかと思ってたわ。
チーフの説明通り、頭の中でクローバー畑を思い浮かべる。
「続けてクローバーの花が光り輝く様子を、ありありと思い描いて下さい」
「む~~~~~ん」目を閉じて、言われた通りのイメージを思い描く。
するとレイピアの剣針が緑色に輝きだした。
「はい、OKです。これでソーイングレイピアに癒しの力が備わりました。この剣針を傷口にかざせば治せます」
さっそくレイピアの切っ先を左ひじの傷口にあてがうと、瞬時に赤く染まった部分が治っていく。
レイピアの輝きが消えるころには、肘のどこを傷つけられたか解らないほど前と変わらない状態に戻った。腕を振っても違和感は全くない。
「ふう、次はぬいぐるみじゃね」
りおなは、地面に落ちているウサギのぬいぐるみを拾い上げた。
少し埃で汚れてはいるが、変貌を遂げる前と同じ小さな愛らしいぬいぐるみに戻っている。
後ろ側を見るとスカーフの内側、首の付け根の縫い目の部分が少しほつれている。
「りおなさん」チーフがレイピアで治すように促す。言われるまでもない。
りおなは、ソーイングレイピアを肘をまげて構えた。ぬいぐるみを持った左手をめいっぱい伸ばす。
ソーイングレイピアの鍔、ミシンの背にあたる部分にあるスイッチを押す。
レイピアの剣針が輝き、ぬいぐるみのほつれが修復されこちらも元に戻った。
「これで無事慧ちゃんに返せるにゃ」
「最後はこちらですね」チーフはぬいぐるみの首に憑いていた、例の物体を指し示す。
先程まで濃い緑色だった物体は茶色く変色して萎びている。
りおなは確認のため剣先で何度か突っついたり転がしたりするが全く動かない。
「りおなさん手に取ってみて下さい」チーフが促す。
「えーー? 気持ち悪いーー」
りおなはおっかなびっくり手に取る。今まで見た事は無いが触った感じは枯れ草に似ている。
一応匂いも嗅いでみるが、匂いも枯れ草のようだった。
「なんか燃えるゴミっぽいけんど、そこのゴミ箱入れとっていい?」
「いえ、同じ課のぬいぐるみに送って分析してもらいます」
チーフはネコ耳フードの中から身を乗り出した。自前の携帯を取り出して何か操作を始める。
程なくりおなの手の上に会った物体は、ふわりと空中に浮かんだあと縦のマトリクスに変換され虚空に消えた。
「今戦ったヴァイスフィギュアは明らかに我々が知っているのと違うテクノロジーで変身しました。
今転送した物体を解析すれば何か解るかもしれません」
「違うテクノロジー?」
「はい、りおなさんが昨日まで戦った三体は悪意を注入される前の身体の素体は塩化ビニール製でした。ですが」
「今戦ったのは元がぬいぐるみじゃった」
「Rudiblium Capsaで造られたフィギュアにのみ悪意を注入できたのですが」
りおなは空中に浮いていた時の緑色の物体を思い出す。
公園の木立の上に浮かんだあれはネコ耳バレッタが無くても『悪意』を感じた。
「て、なると?」りおなは続きを聞く。
「Rudiblium以外に、ヴァイスフィギュアを作る技術を持った存在がいるか、Rudibliumで新たな技術が確立されたか。
どちらにせよ、少々厄介な事態かもしれません」
チーフは自分の細い顎に手を当てて、考え事をしている。
「ま、考えても仕方ないけん、ぬいぐるみ慧ちゃんに渡して、しおりとルミとマグナでゲームするけ」
りおなは、半分自分自身に言い聞かせるように言った。身の回りのぬいぐるみが変身して襲ってくる。否応なしに不安が募る。
それ以上にりおなが恐怖心を抱くのは、物言わぬ人形に注入されてその動力源になっている『悪意』そのものだった。
もとは誰が発して、誰に向けられたものかわからない。
それが姿形を成して、明確な暴力をりおなに振るう。
りおなが攻撃されたという事そのものもそうだが、その悪意の出所が解らないのがりおなに漠然とした恐怖心を抱かせた。
「今の所は」
考え事をしていたりおなに、チーフが声をかける。
「変身したフィギュアが、りおなさんの近くでしか現れないというのは救いかもしれません。もちろんこれからの事は解りませんが」
チーフはりおなの気持ちを代弁するように話す。保証は無いがそう考えれば気は楽だ。
りおなはバッグの置かれたベンチに戻り、変身を解除した。
チーフは、りおなの肩からベンチに飛び移る。
りおなはウサギのぬいぐるみをベンチに置いた。バッグから自分の携帯電話を取り出ししおり宛にメールを打つ。
ふと、携帯の画面から目を離しベンチでネクタイを直すチーフに尋ねる。
「そういえば、さっき撃った魔法一番威力が低いって言うちょったけんど、他にもあんの?」
――これから先怪人フィギュアと戦う時、使える戦力が増えるのは大歓迎じゃし、前もって何が出るか解ってればいちいち驚かずに済むっちゃ。
「はい、有効距離や威力、範囲は様々ですが大きく分けると三種類、グミ、チョコレート、パインに大別されます」
「グミチョコ?」
「はい、その三種類の中でもトリッキー・チョコレートが一番威力が大きいですが消耗も激しいですので乱用は控えるべきですね」
――グミ・チョコレート・パイン? それじゃったらりおなが小学生のころ神社とか歩道橋でやった遊びじゃろ。
今の説明でもっと聞きたい事が増えたけど、とりあえず一つだけ聞く事にするか。
「『パイン』ってお菓子なん?」
「イメージとしては、缶詰に入ったシロップ漬けの輪切りパインですね。
レイピアから射出されるのは直径80cmを超えるもので、最初のうちは三方向を同時に攻撃できます」
――あれか、テレビの特番でやってた、光の国の住人が宇宙忍者を輪切り真っ二つにするやつか。
「まあ、残りはあとで聞くわ」しおりあてのメールを送信しながら答える。
「はい、細かい区分や説明はトランスフォンのチュートリアルに随時更新します」
――また見にゃいけんやつが増えた。
りおなが先程まで戦っていたぬいぐるみの持ち主、慧ちゃんは家に帰っていた。
目の前で自分のぬいぐるみが凶悪な怪物に変貌を遂げたのだ。さぞかしショックを受けているだろうと内心思ったが、実際はそうでもなかった。
りおながぬいぐるみを渡したら、飛び跳ねて無邪気に喜んでいる。
変身していたとはいえ、このぬいぐるみとさっきまで戦っていたりおなだった。
だが、ここまで喜んでくれるなら少しは救われた気持ちになる。
「ツトム君、零戦にしちゃったからおこっちゃったの?」
慧ちゃんはぬいぐるみを持ち話しかける。
「あ!」幼児は歓声を上げた。
「いま、ツトム君、『ちがうよ』って手ふってくれた!」
りおなに向かってそう言う。
――今のは見間違いじゃない、少なくてもりおなはそう思う。
ソーイングレイピアで縫い付けられたぬいぐるみは命、心、魂を吹き込まれ生き物のように動くことができる。
りおなが変身しているかどうかで動ける時間が変わるらしいが、短い時間でも空想上の友達として楽しい時を一緒に過ごしたのならあるいは―――
「ツトム君、つれてきてくれてありがとう」
慧ちゃんは改めてりおなに礼を言う。
「いえいえ、どういたしまして」
――とりあえず一つ片付いた。早いとこしおりたちと一緒にマグナで一息つきたいわ。
後日、慧ちゃんのお祖母ちゃんから、いつかのお礼にとりおなの家に新巻鮭が熨斗を付けた状態で一本直接渡された。
が、それはまた別の話になる。