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「りおなさん、右です!」

「ああ、わかっちょる!」


 りおなと呼ばれた少女は暗闇の中一歩踏み込み、持っていた突剣(レイピア)で相手ののど元をまっすぐ突く。

が、相手は跳躍してかわし鋭く突いた切っ先は虚しく空を切った。

 りおなの真上に巨大な影が降ってきた。りおなは地面を蹴り相手の攻撃をかわす。

降りてきた影は前傾姿勢で荒い息をする。その影は身長2m強もある巨体で身体は筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)な男のようだった。


 だがその頭部は虎、それも覆面などではなく生きているかのように動いていた。鼻筋にしわを寄せ牙をむき出しにして少女を威嚇する。

 巨大な影は小柄な少女に渾身の突きを繰り出すが、少女の方は意に介した様子もない。攻撃を素早い足さばきでかわし、レイピアでいなしつつ戦いの主導権を握っていく。


 りおなが相手の足元を攻撃すると影は不思議と動きを止めた。その場から離れようとしてもびくともしない。

 影が足元を見ると自分の足とアスファルトが光の糸でつながれている。『縫い付けられた』のだ。


「この『ストップショット』はもって数秒です」

「ああ、みなまで言うなって!」


 りおなは相手の脇腹に両手でレイピアを押し込み一気に切り裂いた。

 裂けた部分からはオレンジ色の光の粒子が噴き出す。暗闇の中で光の奔流はひときわ眩しくあたりを照らした。


 光が虚空へ消えるとりおなよりも大きな巨体は、手のひらから少しはみ出すくらいのゴム人形に大きさを変えていた。


「『悪意で満たされた人形(ヴァイスフィギュア)』のタイガーヘッド、なかなか強敵でしたね」


 りおなはアスファルトに転がっている人形を拾い上げてつぶやく。

「ふーーーー、今無理して倒さんでも、ほっといたら恵まれない子供にランドセルとかでっかいプレゼントとか人知れずこっそり配って回るんじゃなかと? そう思わん? チーフ」


 尋ねられた『チーフ』はりおなの首から下げられたフードから上半身を出した。 こちらも人形、ぬいぐるみなのだ。


「いえ、このヴァイスフィギュアは善行を行いません。

 その名前の通りに悪意を注入され、また暴れることでその悪意をまき散らします。

 2010年ごろからですか、年末にかけて何人もの『伊達直人』さんが無償のプレゼントをする光景がニュースやワイドショーで放送されています。

 これは近年だけのことではなく日本では古来より匿名で善行を施す方がいたようですね。

 時は1683年、天和の飢饉のさなかに出版された災害ルポタージュ『犬方丈記』には鴨長明『方丈記』のパロディーの著作がありました。

 この作品は著者も主人公も『今長明』という仮面を着けたままで、資金援助を(つの)る方たちがいた模様です。

 この書物を契機にして都市から都市へと援助の輪が広まっていきました――」


 りおなはチーフがいる側とは反対を向き変身時に(勝手に)着けられるネコ耳を触りながらおざなりに彼の説明を聞いていた。

 正確にはりおながいつもしているツインテールの結び目に装着されるネコ耳バレッタだ。

 だが、ただの飾りではなく戦う相手の次の行動をある程度予測する便利なものだ。

 耳の中は細い毛が密集していて触るとネコ耳がくすぐったがるように動く。

 りおなはその反応が面白くて少しの間みみげを触っていた。


「――りおなさん?」

「あーーはいはい、資金援助ね。それは大事だにゃーー」


「はい、それで今しがた言った『犬方丈記』ですが、調べてみたら現在国立国会図書館でも閲覧は可能で出版社は『山本七郎兵衛』とありましたから個人出版かもしれません――」


 ――こいつはもう……バトルのサポートとかアドバイスしてくれるのはいいけんど、説明が毎回長いにゃあ。

 いつだかも『そんな話どこから仕入れんの?』とか聞いた日にゃあ『たまたま朝刊に載っていたのを見かけました』とかふつーーに返してくるからめんどいし。

 『ぬいぐるみが新聞読む必要があんのか?』とか聞いたら『私は〈業務用〉ぬいぐるみですから、社会情勢や文化に目を向けるのは至極当然です』と返してくるし。

 そもそもぬいぐるみっちゅうもんは飾ったり可愛がったりするもので働くもんじゃないじゃろ。


 仕方がないので彼が解説を始めたらりおなはツッコんだりせず聞き流すようにしている。


「では帰りましょうか。りおなさん、何か買うものがあったのでは?」

「ああー、そうじゃった。コンビニ寄らんと」


 りおなは夜中に家を出た最初の目的を思い出す。


 ――英語の宿題してたんじゃけどはかどらんさけ、気分転換にペン入れの中身全部開けて試し書きしとったんじゃった。

 んで書けんペンがあったさけ、気分転換もしたかっしたかったしコンビニに来たらチーフに『ヴァイスが出たから公園まで出動してください』って連絡あったんじゃったのう。

 ヴァイスフィギュア退治は―――ものの5分も経っとらんけど、ママに心配されるけん、買うもの買ってさっさと帰ろう。


「あ、そうだ。宿題が終わったら、ぬいぐるみ創りをお願いします」


「はぁ?」

 チーフの提案にりおなは反射的に声を上げる。

「今さっきヴァイス退治やったじゃん。

 そんで宿題片してぬいぐるみ創りって、りおなは『カニコーセン』か?」

 りおなは最近授業で聞いたばかりの小説のタイトルを口にする。


「それでしたら『あゝ野麦峠』や『女工哀史』の方が適切ですかね。ただ私たちはりおなさんにそんな過酷な事はさせません」

「中二女子には十分カコクだっつーの」

 りおなは公園に誰もいない事をいいことに唇を突き出し文句を言う。


「私たちの世界を再興するためにソーイングレイピアの『ぬいぐるみに生命を吹き込む』能力は最重要です。

 生きたぬいぐるみを増やしてもらえれば私たちの世界生きたおもちゃ(Rudiblium)たちの住まう箱(Capsa)も豊かになります。

 ヴァイス退治も大事ですが、ぬいぐるみ創りこそがソーイングフェンサーの一番の強みです」


「その『縫製剣士(ソーイングフェンサー)』っちゅうのがそもそも意味不明じゃ。斬るのか縫うのか全然わからん」


「エントロピーの増大に伴う破壊よりも再生、創生を司るこの剣こそが真の強さといえます。

 りおなさん、変身アイドルとしての自覚と自信を持ってください」


「それはわかったけん、宿題解らんところあったから手伝って。それくらいしてくれてもバチは当たらんじゃろ」


「それはできません」

「なんでじゃい!」

 即答するチーフにりおなは思わず噛みついた。


「心苦しいですが、私も仕事があるのでこれで失礼します。りおなさんは明日までにぬいぐるみをさんにん創ってください」


 車道に出る前にりおなは変身を解いた。歩くたびミニスカートのポケットに何かが太ももに当たる感触がする。

 そして出がけに買うのを忘れないようにとポケットに入れておいたのを思い出した。

 りおなはポケットに入れていた物――細い油性ペンを取り出した。

 きゅぽっ、と小気味よい音を立てキャップを外す。


 それを見た時チーフの顔が恐怖に歪んだ。

「りおなさん、それは……一体……?」


「なにもかにもないよ。りおな、前から思ってたんじゃけど、あんたキャラはまずまずじゃけど顔の印象薄いじゃろ?

 だから『マユゲ』描いてさらにキャラ立てようと思って。

 やっぱし変身アイドルのサポートキャラは目立たんと意味ないじゃろ。

 ぬいぐるみとかキャラクターグッズ展開せんとあっという間に忘れられるから積極的に打って出んといけんし。

 それにそろそろどっちが立場が上か(・・・・・)はっきりさせておこうと思ってにゃーー」


「いえ、私はそんなことでお金儲けしたくありませんし、悪目立ちしたくありません。ではこれで――」


 チーフはりおなから逃げ出した。だが身長17、5cmほどの身体では遠くに逃げようにも逃げられない。


「ふっふっふっふっ、無駄なあがきを」


 りおなは口の端を吊り上げ、右手を前にかざした。

 手のひらから光の柱が吹き出し、中からソーイングレイピアが現れる。変身しなくてもレイピアを出せるよう緊急時の対策に付けられた機能だ。


 (つば)の背の部分にあるスイッチを押すとレイピアの剣針(けんしん)が射出される。剣針はチーフの斜め前に刺さった。


 声を上げる間もなくチーフは剣針から伸びた光の糸に絡み取られた。

 剣針はカシンという音と共にチーフごとレイピアの柄に納まる。


「お帰りなさい、久しぶりだにゃー」


 りおなはチーフを左手でつかんで目の高さまでもってきた。

 小刻みに震えるチーフにりおなは微笑みを浮かべる。


「さて、何がいいかな。

 定番はやっぱり世界を股にかける一流スナイパーか、それとも派出所勤務のお巡りさんか。

 ああ、海賊一味の女好きのコックがいいかにゃーー……」


 チーフはただ首を左右に大きく振っている。

 りおながサインペンの先を近づけると哀れな業務用ぬいぐるみは白刃取りのように両手で持って顔をペン先からなるべく遠ざけるようにのけ反った。


「何がいいかな? 個人的にいいのがあったら言っておいて欲しいし。

 どれがいい? 『好きなのを選べ。俺には選べない、お前が選べ』」


 夜半過ぎの公園にチーフの声なき悲鳴が響いた。



 ――――うわぁぁぁああああああああーーーー!!! マユゲ、マユゲいやだぁぁぁあああああ!!!


 マ~~ユ~~ゲ~~~~~! きょう~~こ~~そ~~マ~~ユ~~ゲ~~だ~~~~~!


 りおなは絶妙な力加減でサインペンをチーフの顔ぎりぎりに近づけながら心の中でつぶやく。


「あとどれくらいで書けないのに気付くじゃろか」


 りおながチーフに向けているサインペンは、実は中のベンジンが切れて(かす)れて書けなかった。

 それこそが宿題を中断して気分転換にコンビニに出向いた理由だったがこんな形で役に(?)立つとは思っていなかった。


「もう30秒くらいしたらバラしてもいいじゃろ」


 りおなはしばらくマユゲを必死に嫌がるぬいぐるみを相手に、変身アイドル特有の責務のストレスを解消する。




 サインペンをチーフに向けながら上を見上げると、微かながら夜空に星が(またた)いていた。

 

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