058-2
「こ、こら! 暴れちゃダメだ!! 一般の人に迷惑をかけるな!! うわっ!!」
イナゴの怪人が、真っ赤な焼き鳥の移動販売車に近づいた。なぜか赤いちょうちんを指ではじいている。
そしてどす赤い虫のような怪人が、近くにいて仁王立ちして駐車場内で吠えていた。
「なんだーーあれ? ヒーローショーが?」
周りの客は遠巻きに眺めていて誰も近づかない。
その中で一人、イナゴの怪人に後ろから羽交い絞めにしている青年がいた。医師や薬剤師のような白衣を着けている。
「あれ、さっき映画村にいたやつじゃないか?」
白衣を着た青年はイナゴの怪人の首元にしがみつくが、怪人に襟首をつかまれた。
細身の体は紙屑のように放り投げられる。
そこに赤い怪人が近づき、白衣の青年を踏んづけた。何度もにじるように踏むとさらに大声で叫ぶ。
周りのスーパーの客は、その様子をスマートフォンで撮影しだした。りおなは内心頭を抱える。
――あんにゃろ、性懲りもなくーー、行く先々でトラブル起こしやがって。あんなもん拡散されたら終わりじゃろが。
そうこうしているうちに部長もやって来る。
「あれは……さすがにごまかせないぞ。りおな……さんどうする?」
『どーもこーもないじゃろ、騒ぎになっとるけん、多少目立っても止めるわ』
りおなは店舗前のベンチまで下がりトランスフォンを構えた。人形を二体出すと小声で文言を唱える。
『従者召喚』。そんで『魂憑依』
二体のフィギュアは、怪人たち近くまで飛んだあと身長2mほどに膨れ上がる。
そのうちの一体は、均整の取れたいわゆる変身ヒーローのようだった。
濃紺色のボディーに白い線で体中に何か描かれている。
もう一体は後頭部に長い節足が何本も突き出していた。左腕には同じモチーフの手甲がはまっている。女性型蜘蛛の怪人のようだ。
怪人が動き出すのと同時に、りおな自身はベンチに座り込む。目を閉じてベンチにもたれかかり、身体に力が全く入っていない。
新たな怪人の登場に、スーパーや大型衣料品店の前の人だかりが歓声を上げる。
車を移動させていた客も、気を利かせて車を元の位置に戻して成り行きを見守っていた。
子供のうち何人かは近づこうとするが、母親に腕を掴まれ引き留められる。
身体中にラインが入った怪人は、赤茶色の怪人につかみかかる。子供たちは跳びあがって喜んだ。
「すんご意のーー! 怪人対怪人だーー!」
「どっち、いいもんだーー!? あれーー!!」
「やっぱし後がら来たほうだろーー!!」
「のーー? 飛び入りだろが――!?」
「スーパーでたのんだ人だぢだあんねーー!? よぐでぎっだごどのーー!」
子供たちや主婦は、思い思いに感想を述べる。
「うわあっ!! すみません! すみません! 今撤収させますから!!」
白衣を着た青年は慌てた様子で液晶タブレットを操作しだすが、イナゴの怪人に取り上げられた。
取り戻そうとジャンプするが、イナゴの怪人にタブレットを高々と上げられ、かすることもできない。
その様子に観客がどっと沸く。
と、そこへりおなが放ったフィギュアが白衣の青年を片手で抱え、一気に跳躍した。観客からは喝采が飛んだ。
「あれ、さらわいだーー!」
「あれ一般の人だあんねーーーー?」
「いや、怪人の人達ど一緒でスダッフの人だろーー」
そこへ、表の騒ぎを聞きつけたスーパーの男性従業員が駐車場に来た。
「あれ! なしたあんや!? 表で人騒いっださげ、見でみだら何、ヒーローショーが!?」
「なんだや、店員さん。あんだがだお店で人寄せで、怪人呼んだあんでねーんがや!?」
「いや、俺は聞いでねーのう。すたば、店長さ聞いでくっさげみんな近づぐなは」
どことなく、人ごとのように対応する店員や観客たちをよそに、怪人たちはその場を離れた。
少しの間期せずして始まった怪人ショーは、唐突に終わりを告げた。
観客たちは困惑していたようだったが、その後何もないとわかると、三々五々その場を離れていく。
「りおな? 大丈夫か? 寝てる?」
「だいもんさん、だいじょうぶです」
「わたしたちが見てますから」
ベンチに腰かけて目を閉じているりおなを、このはともみじが守るように両側に座る。
後から来た部長がりおなをおぶった。
「大門君、りおなちゃんは疲れてるみたいだ。ちょっと休ませよう。君はここで待ってなさい」
と、大門の返事を待たずに駆け出す。双子もあとに続いた。
『なにやっとんのじゃい! こんな田舎でヴァイスフィギュア暴れさしたら大騒ぎになるじゃろ!
あんたは自分らの異世界のこと自分でばらすんか!?』
「ああっ! すみません! すみません! あれはヴァイスじゃなく従者です。
新作のフィギュアができたんで真っ先にりおなさんに見てほしくて!
それに、人間世界にりおなさんの生命をつけ狙うやつがいて、天野がそれに従わされてるって芹沢さんに聞いたから、いてもたってもいられなくって。つい来てしまいました! 申し訳ないです!」
物産館から少し離れた小さな神社、周りには田植えを終えたばかりの水田が広がりさわやかな風が吹いている。
小さな社の裏に回り、ラインの入った怪人が白衣を着た青年の襟首をつかんで尋問している。
周りの景色とは明らかに不釣り合いな光景だった。蜘蛛の怪人はひと払いのため周りを監視している。
『このフィギュアに憑依すんのも疲れるんじゃけ、たいがいにしい!
だいたいあんた異世界で研究しとったんちゃうんかい!!』
「すみません、説明しますから離してもらえますか?」
フィギュアは細身の青年、三浦をつかんでいた手を離す。当然のように顔は豆柴犬のそれではなく高校生くらいともとれる童顔だ。
髪をブリーチした気弱そうな青年は、せきこんだあとあと説明を始めた。
「富樫先輩に
『りおなさんはおばあさまたちと山形に行ってるから』
って言われてたんですけど、この白衣『ウェアラブルイクイップ』のおかげでアイディアが湯水のように湧いてきて。
その成果をなるべく早く見せたくって。でも試作品だからか暴走しちゃって。でも幸い、けが人とか出なくてよかったです」
『どこがじゃい、あんなんいい笑いもんじゃったろうが!』
りおなは自分の意識を二つに分断させフィギュアに憑依させ操っている。『心の光』を消費することはもちろん、精神的にも疲労していた。
――じゃからって、りおなが自分でコイツと話しすんのものう、なるべく異世界のやつと日本で話したくないにゃあ。
『りおな』(が憑依したフィギュア)は三浦を見下ろす。
だいたいなんじゃあのフィギュアは! イナゴはともかく赤いなのはなんじゃ!? 単純に怖いじゃろ!
「赤いのは……ツツガムシです。『山形県 虫』で検索したら出てきたので創ってみました。
イラストからモデリングできるツールがあるので、二時間あれば形にできます。
良かったら護身用にどうぞ」
『使えるかーー!! こんなもん、悪役決定じゃろうがーー!!』
そこへ、りおな自身をおぶってきた部長がやって来た。
りおなが文言を唱えると、二体のフィギュアは動きを止めた。代わりに部長におぶさっていたりおながむくりと顔を上げた。
「こんにゃろ、人の旅先でむちゃくちゃすんな――!!」
「いででっ! おい! 俺の首をつかむな!」
「あ、ごめん」
りおなは部長の背中から飛び降り五十嵐に詰め寄る。
「……まあいいや、悪いこと言わんさけRudiblium帰って。こっちはデー……おばあちゃんの旅行の付き添いやけん。
こっちは自分でなんとかするけん、あんたは異世界帰り」
ほどなく大門もりおなたちに合流した。それまで弱々しい態度だった三浦が大門に向き直る。
「お前っ、りおなさんにずっとつきまとってるようだが、一体りおなさんのなんなんだ!?」
突然の質問に大門は目を丸くする。
「なんだって……俺はりおなの……」
言いかけた大門にりおなは視線で合図を送る。
「……同級生、だけど……」
「そうか、でもな、りおなさんは僕にとって大事な人なんだ!
これからはりおなさんは僕が守る!」
その発言に大門だけでなく、部長とこのは、もみじも驚く。
当のりおなは目と口を閉じて内心『なんだかなーー』とつぶやく。
一方そのころ、櫻子は――――一人物産館で宅急便で自宅や近所に送る魚やカニを吟味していた。
◆
【ええ、私は止めたんですが、どうにも聞かなくて。はい、そこは富樫からも聞いています。
そうでしたか、それは予想できなかったですね、申し訳ないです。
まあ、人間世界に向かわせて研修させるのも悪くないと思ってたんですよ。
いえ、ちゃんと指導した上で反省文とレポートをあげさせます。
いえいえ、Rudibliumの復興に人員を割いてますから、そちらにまで手が回らないというのが本音でして。
でしたら、そうですね五十嵐をそちらに向かわせますが――――】
りおなは携帯電話を持ったまま空を仰ぐ。日が傾いてはいるが空はまだ明るい。
Rudiblium Capsa本社から『研修』という名目で勝手にやってきた開発部の三浦。
彼を何とか帰らせたいりおなはRudiblium本社に異世界にも通じる電話をかけた。
事実上の責任者である芹沢と通話しているが、結果はある意味予想通りだった。
【やつも曲がりなりにRudibliumの社員だ。フィギュアの件は明らかに過失だが、それでもあんたに敵対してるやつの足取りをつかむだろう。
もちろん、滞在費や食費はこちらで持つ。あいつにとってもいい機会だ、こき使ってやってくれ。
他に質問がないなら切るぞ】
ツー、ツー、という電子音が携帯電話から流れている。りおなは海を眺めて電源をオフにした。
「りおな、なんだって?」
「んーーーー、なんもかんもしばらく日本におるって。
課長に話しつけたけん、明日には引き取ってもらうとして、今日はこっちに泊まるって。なんだかなーー」
りおなは大門と二人で温泉街の砂浜にいた。
潮騒が絶え間なく響き渡り海と空の間をカモメが飛び交う。りおなは両手を高く上げ潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。
「部長さんて人もそうだけどあの人らって、その……」
「うーーん、どうゆったらいいんじゃろ。アトラクション関連……かな? そういうお仕事のヒト?」
「いや、聞かれても。……聞かない方がいい話なんだな? なら聞かないよ、聞きたいけどな」
「そーしてもらえると助かるわ。
あーー、きれいじゃねーー。海に夕日が沈むのって初めて見た。
あっ、あっこにも島がある。人住んでんのかな?」
「――――ああ、あっちはもう新潟県みたいだ。
……きれいだな」
りおなと大門は雲の間から海に注ぎ込まれる光の帯を見ていた。水面が陽射しで輝くさまを二人は無言で見つめる。りおなは水平線を見ながらつぶやいた。
「……キス、しょっか」