058-1 鶴 岡 Domain-Unasaka
「おばあちゃん、うん、大丈夫じゃ。ちょっとふらついただけやけ心配いらん。
あんましクラゲと一心同体になったけ、そのせいかも」
「ほんとに大丈夫か? りおな」
大門がいつになく真剣な顔でりおなに尋ねた。
りおなは立ち上がると大きく伸びをした。かぶっているニット帽の端、ケモ耳のようにとがった部分を両手でぴんと張る。
「この通りじゃ」
「ならいいけどさ……」
「みんな、慣れない長距離を移動して少し疲れたんじゃろ。皆川さん、どっかで一休みしょうか」
「ええ、そうですね。さあこのはも もみじもどこかでひと休みしようか」
「はい」
「そうですね」
このはともみじは、クラゲのぬいぐるみをふたつずつ抱える。一行はハイエースに乗り込んだ。
◆
「――――俺が、ばあちゃんに聞かせてもらったのはこんな感じだ。参考になるかどうかはわかんねえがな」
「レプスさん、ありがとうございます。
今までは推論に過ぎませんでしたが、これで確信が持てました。
今現在わかっているのは、りおなさんに、しおりさん、それと陽子さん……」
「陽子って、あのおっぱい大きい姐ちゃんか?
あの子が持ってるのは……確かに強力だが、『七つ』の中には入ってないんじゃないか?
言うなれば『原型』というか試作品だろ。
絶対とは言い切れねえが、まずはあんたがたの敵にはならねえんじゃねえかな。
問題はその、あんたがたに直接敵対してる連中だな。
話を聞く限りじゃ……『二番目』だろうな」
「ええ、私もそう思います。
ただ、今後レプスさんやしおりさんに問題が飛び火しないか」
「そこは気にすんな。
俺はともかく、しおりの方は『弱いものを助ける正義の味方』だからな。
りおなちゃんには喜んで加勢するだろ。
俺の本音を言わせてもらえば、不本意っちゃ不本意だが、色々都合してもらってる。こっちは気にすんな。
ただ『二番目』の目的がなんなのか。
ただりおなちゃんを倒したいだけなのか。あんまり悠長に構えてもられないが、目的が分からないことには、あんたがたも動きが取れないな」
その時、アラーム電子音が鳴る。
チーフは片手を挙げて断りを入れてから、携帯電話の画面を確認する。わずかに眉間にしわを寄せた。
「噂をすれば、ですね。今部長からメールが来ました。『種』を介在したヴァイスフィギュアと交戦したと。
加えてぬいぐるみではなく、生きたクラゲを媒介にしてヴァイス化した、そうあります」
レプスのひくひく動く鼻が止まる。
「と、いうことは、だ」
「無生物のみならず生体にも『悪意』を注入して、ヴァイスにできるということになりますね。
以前に『種』で行動を操作された若者がいましたが……」
細いあごに手を当てて考え込むチーフを見て、レプスは立ち上がる。
「まあ、心配するのもわかるが、あんまし考え込むのもどうかと思うぜ。
化け物が出たっつっても嬢ちゃんは倒したんだろ?」
「ええ、そうですね」
チーフは、すっかり冷めたコーヒーを飲み干した。
そしてテーブルに置かれた土産物に目をやる。
りおなの好物のはんじゅくカスタードとくらやみブラウニーだ。
「まずは調査してもらったほうがいいですね。ただ、人選にりおなさんが納得してくれるかどうか」
◆
「やったーー、わたしゆうしゃーー」
「わたし、せんしーー」
もみじとこのはが、それぞれじゃんけんで勝った手を高々と上げる。
「んじゃりおなは『素の女』じゃ、三番目でいいかのう。
んで大門は魔法使いじゃから最後にゃ。
あーーーー、失敗した。ブロンドマッシュルームのかつら持って来ればよかった・
ぶちょー、『こんなこともあろうかと』って出されんか?」
「いや、ない。っていうか何の話だ?」
「うん、ロールプレイングゲームの低予算ドラマの話。
ここって映画のロケ地で有名じゃけど、りおなはこの場所ったらあのドラマやけん」
りおなは息を深く吸い、上体を回しながら感慨深げにつぶやく。
水族館から車で約40分。りおなたち一行は、映画ロケ地で有名な映画村に着いていた。農村や漁村の木造の集落が街道沿いに並んでいた。
杉林が多く涼しい風が吹き抜ける。
「あのドラマ私も見たよ。ゲームのパロディーがおもろかったねえ」
「え? おばあさん、ゲームとかドラマ知ってるんですか?」
大門の疑問に、櫻子はわが意を得たりとばかりにつぶやく。
「ああ、『ハミコン』とか『スーハミ』は昔からりおなとよく遊んでたけん、詳しかよ。
私はやっぱし、初期メンバーは盗賊と遊び人二人かねえ。
最初は回復役が勇者一人やけしんどいんじゃけど、三人同時に賢者にできるから実質最強パーテーじゃね。
最近の『スリーデーエス』のリメイク版のは、パーテーメンバーが増えたけ楽しかね。
でもあの緑と赤のおっちゃんの、マフラーがばさばさなびくんだけはどーも好かん」
櫻子は歩きながらとうとうと語っている。
りおなはうんうんとうなずくが、大門と部長は全く話についていけず、お互いに顔を見合わせた。
「あーー、天気いいと足も軽くなるねえ、ここには映画ファンも多いみたいじゃし」
「確かに。それにお侍さんもいるにゃあ」
村落のオープンセットには、かなりの観光客が来ていた。
各々カメラを構え、映画作品のカメラアングルを再現しようと撮影している。
ガイド役は職員当時の侍に扮していて、雰囲気づくりに一役買っていた。
「……ん?」
「どうした? りおな」
「んーー、なんか変な気配したけんど」
りおなは辺りを見回す。
「気のせいじゃろか。
あ、ここあれじゃろ、パーティーが一列に並んでツボとか探す家じゃ。
んじゃみんなで探索ごっこしよー。もみじちゃん先頭ね」
4人は、もみじを先頭にして一列に並ぶ。直立したまま家の中を整列して歩いては、ツボを抱えて割るしぐさをした。
「そうそうこれ。あのドラマ見て、現地来たらこれやろうと思ってたんじゃ。
――――ん? なんか表が騒がしいのう」
りおなが民家の障子戸から顔を出すと、双子も真似をして上半身だけをにゅっと出す。
見ると、他の観光客がざわついていた。
遥か向こう、家屋の近くに人影のようなものが見える。
「なんじゃろ? 新手のアトラクションか?
――――っ!」
りおなは障子戸から斜めに出した身体を急に引っ込めた。
「どうした? りおな、なにかいたのか?」
「いえ、なにも(棒読み)」
「なんでもないよねーーもみじ」
「そうだよねーーこのは」
「ふーーん」
大門は民家から出てあちこち見回す。
「なんだあいつ、観光地来て医者みたいな白衣着てるぞ」
「ふぅん」
りおなは双子と一緒に民家の家具を調べている。明らかに興味がなさそうだ。
「やったーー、
『もみじはひのきのぼうをてにいれた!
ひのきのぼうをふくろにしまった』」
「いや、入れちゃダメだろ。っていうか表にさ」
「うん、準備は整った。魔王をやっつけにゃ平和は訪れん」
りおなと双子は表に出る。大門も首をかしげながらそれに倣った。
「もみじちゃん、勇者じゃからみんなに指示して」
「はい、じゃあ今日はけいけんちかせぎだーー!」
「おーー。HP、MPがきれるまでたたかうぞーー!」
「みんな、作戦は? 大門、かっこよくしめて」
「作戦? えーーと……『即時実行』?」
「「ちがいます! 『バッチリがんばれ』!」」
双子はクマたちを前に抱えて街道を駆けだす。りおなもそれに続いた。
◆
「はーーーー、いいとこじゃねえ山形は。おいしいもんいっぱいあって。お土産今買うてこうかいねえ」
国道沿いの物産館で、一行は買い物休憩に入った。
りおなと双子は、テント内のテーブル席へ腰かけてソフトクリームをほおばる。
「んーーおいしい」
「ほんとあまーい」
「んーー、やっぱし女子はソフト、それもコーンに限るにゃあ。
大門、あんた何食べてんの? カラスの卵け?」
「んなもんお店で売ってるわけないだろ、玉こんにゃくだよ」
発泡スチロール製の皿には串に刺さった玉こんにゃくが三本載せられている。
「玉こん? なんでそんな真っ黒なん? 墨汁?」
「違うよ、醤油が濃いからこういう色になるんだよ。……食うか?」
「うん食べる。ちょうだい、あーーーーん」
「わかった、しゅっ!」
「わっ!」
大門は、りおなの口元すれすれに玉こんにゃくの串を突き出した。
りおなは小さく叫んで首を傾ける。
「なにすんのじゃ、食べさせい」
りおなは大門の手首をつかんで玉こんをかじった。
そのまま無言でかむ。が、あわてて口と鼻を押さえた。
「うわ、辛! 鼻が痛い! なにこれ!?」
「あーー、それ練り辛子だ。口じゃなく鼻に来るんだよな」
「なにすんのじゃーー」
りおなは大門の肩をぽかぽかと叩く。
「えーーい、こうなったらにとうりゅうーー!」
りおなは玉こん串を一本奪うと、ソフトクリームと交互に食べだす。
「お前、その食べ方で合ってるのか? まずくね?」
「うん、このあつあつの玉こんを食べて、舌が熱くしょっぱくなったところにーー、
このソフトのつめた甘いのを食べるとーーーー!!!
…………普通に別々で食べるわ」
「だろ、食べていいから分けて食べろよ」
りおなの様子を見て双子が嬉しそうに笑う。
――と、道路を挟んだ物産館の向かい側、大型スーパーの駐車場で大きな物音がした。
りおなは反射的に立ち上がる。
――なんじゃーー、行く先々で騒がしいのう。
「あれって――――」
「うん、でも――――」
りおなは玉こん串を口に押し込みスーパーに駆け寄る。双子もあとに続いた。そこには、
「こ、こら! 暴れちゃダメだ!! 一般の人に迷惑をかけるな!! うわっ!!」
そこには――――のどかな地方都市にありえない光景があった。
イナゴの怪人が、真っ赤な焼き鳥の移動販売車に近づき、なぜか赤いちょうちんを指ではじいている。
そしてどす赤い虫のような怪人が近くにいて、仁王立ちして駐車場内で吠えていた。