056-3
「あーーおーーいーーそーーらーー、しぃーーろーーいーーくぅーーもぉーー」
「……」
「よかったにゃ大門、初デートが晴れて」
「………………」
「でも、海のそばじゃからちょっと寒いにゃ。ちゃんと厚着してきてよかったわ」
「……………………」
「さ、待ちに待った水族館にれっつごーー」
「あのな、りおな、確かに海だし天気もいいけど」
「うん」
「なんで神奈川から山形県に来るんだよ。中学生が気楽に来られる所じゃないだろ?」
「まあ、たまにはいいじゃろ。それに中学生でも一泊二日で飛行機乗せてもらって、有名な水族館来られるんじゃ。人生楽しんだもの勝ちじゃろ」
「そりゃ、そうだけど……」
――なんで初デートが父兄同伴、それもおばあちゃんがついてきてるんだよ。
大門はのど元まで出かかった不満を途中で飲み込む。
りおなと大門は駐車場手すりによりかかり、間近の海を眺めていた。
日本海に面した白く平たい建物の周りには、休日だからか、かなりの車両が駐車場を埋め尽くしていた。
ほぼ並ばず、場内駐車場に駐車できたりおなたち一行は幸運だったといえる。
りおなはネコ耳のようにも見える黒いニット帽、カーディガンにサマーセーター、ギンガムチェックのスカートに、アクセサリー代わりのサスペンダーを下ろして着けている。
大門の方は中学生の私服らしくシャツに長袖Tシャツ、ジーンズといったカジュアルなものだ。
海の青と空の青が一直線に分けられたまぶしい光景は、りおなの気持ちも晴れやかにしてくれた。潮風を肺一杯に吸い込む。
「りおなさん、だいもんさん、入りましょう!」
「わたしたち、水族館ってはじめて、すごいたのしみ!」
双子のこのはともみじはよほど楽しいのか、車から降りるとスキップしてりおなに駆け寄る。
お揃いの青いラインが入ったセーラー服に帽子、ハーフパンツがなんとも愛らしい。背中のリュックには、エムクマとはりこグマをそれぞれ入れていた。
クマたちも、お揃いのセーラー服とキャップを着けている。
このはがりおなの右手、もみじが左手を引き館内に入ろうとするがりおながやんわりと制する。
「二人とも入場券は持ってる? お金払わんと入られんよ」
「あっ、そうですね」
「おじいちゃーーん」
双子が振り向いて手を振るとその先には、レンタカーから降りた部長がいた。
外出時によく着るジャケットにロープタイ、ハンチングと中年じみた服装で、頬が緩み切った笑顔で双子に手を振り返す。
――見た目は人間じゃけんど、鼻の下からあごまでひげがもっさりしとんな。ふだんのヨークシャーテリアみたいじゃ。
「ほんとに、晴れてよかったなあ。じいさんにいい土産話できるわ」
りおなの祖母、櫻子も車から降りて大きく伸びをする。
はつらつとした様子はまだ50代のようだ。
「んじゃ、みんな入ろか」
「おーー、これがクラネタリウムけ、きれいじゃのう」
りおなは、円形に区切られたアクリル板の向こうの景色にしばし見入っていた。
その向こう側は、重力が遮断されたかのように漂う無数のクラゲがいた。
「なんか、自分も浮かんでるみたいじゃのう。
今かかってる曲ってなんじゃったっけ、聞いたことあるけんど」
「ああ、オルゴールバージョンだけどあれだろ」
大門は二人組の男性デュオの名前を教える。
「ああ、思い出した。確かにクラゲと合うちょるのう」
「りおな、ここにだけあんまり長居すると他のお客さんに迷惑やけん、次 行くよ」
「ええーー、もーちょっとーー」
しばらく立ちつくしていたりおなに、櫻子がやんわりたしなめる。
りおなはごねようと思ったがさすがに相手が悪い。りおなは名残り惜し気に次の展示へ向かった。
◆
「さすがはギネス認定されただけはあるねえ、展示してあるだけじゃなくって出されるごはんまでクラゲ尽くしって」
昼、一行は館内のレストランで食事をとった。
「んやーー、さすがにギネスとるだけはあるねーー。まさかラーメンとか定食にまでクラゲ入っとるとは思わんかった。
あーー、ほら土産物屋さん。大門、なんかおそろいのもんでも買うけ?」
「あ、ああ」
店内には水族館の名前が入ったお菓子や小物や雑貨、おもちゃが多数並べられている。
少年は言われるまま陳列されている土産を吟味しだす。
「りおな、これなんかどうだ?」
「ぅわお!」
差し出されたものを見てりおなは軽くたじろぐ。
「そんなに驚くか? ただのぬいぐるみだろ?」
「いや、ちょっと前のこと思い出して」
――このぬいぐるみ、ここのじゃったか。まったく、むだにリアリティある造形にしやがって。
りおなは心の中で毒づく。
大門が見せたぬいぐるみは、りおなが以前病院の屋上で戦ったヴァイスフィギュア・ジェリーフィッシュマン。
その触媒になったぬいぐるみと全く同じ型だった。
「まあ、ここに来た思い出に買うか、お揃いで」
「いいのか?」
「うん、そんかし お金は大門持ちで」
「……ああ」
「やっぱしあれだ、せっかくじゃからみんなでおんなじの持とう。
このはちゃん、もみじちゃん、二人はどれがいいと?」
「わたしはりおなさんと同じくらげのがいいです」
「わたしも。このくらげかわいいです」
「んじゃ、二人には私が買うちゃるわ」
四人のやり取りを見ていた櫻子が提案する。そのあとりおなに耳打ちした。
『ここはおんなじのを、いっこずつ買ってお互いにプレゼントしい。男の子の顔立ててやるといいけん、そうすると長続きする』
◆
館内から出たりおなたちは、駐車場に止めてあるレンタカーに向かう。
双子はそれぞれ両手にクラゲのぬいぐるみを抱えてスキップしていた。
「たのしかったねー、もみじ」
「ほんと、くらげもきれいだったねーー、このは」
「ふう、楽しかったーー。部長、次はどこ行くと?」
「部長?」
レンタカーに乗り込む際、りおなの問いに対して大門が頭に疑問符を浮かべた。
りおなは苦いものを口に含んだような表情になる。
「あ、ああ、それは私が呼ばせてるんだ。皆川さんってのは他人行儀な感じがするからな、まあニックネームみたいなもんだ」
「ああ、なるほど」
「じゃあ次の場所に行こうか。みんな乗って」
「わかった」
りおながドアに手をかけた瞬間、背筋に冷たいものが走る。
「…………部長、スマホ開いて」
りおなは部長に言いつつ、自分もコンパクト型の携帯電話、トランスフォンを開く。
――こんな時まで。いやだからこそ、か。時と場所選ばん奴らじゃ。
「りおな、どうしたんだ?」
「大門、なんも言わんでおばあちゃんと車の中入っとって。今、『言われん事情』が発生したけん」
「でも……!」
「大門君、ここはなんも言わんと入っとこう。
……りおな」
櫻子は大門の手を引いて車の中に入れた。そのあとりおなの目を見て無言でうなずく。
りおなもうなずきを返してドアを閉めた。
上を向いてまなじりを吊り上げると、海の上には不釣り合いな、いやあり得ないものが浮かんでいた。
大きな種子から翼のように葉が生えている物体、通称『種』。
その体色は緑から、艶やかな黒に変色していた。
そして翼に当たる葉が四枚に増え、昆虫の節足のような根が4本伸びて何かをつかむように蠢く。
「まったく、ぬいぐるみ現地調達の上、中間パワーアップかい。
せっかくの思い出作りに水差しやがって。このはちゃんもみじちゃん、買ったばっかで悪いけんどぬいぐるみ貸してくれるけ?」
双子は異口同音に「「はい!」」と答え、クラゲのぬいぐるみを四つアスファルトに置いた。
『種』を注視しつつ、トランスフォンの新しい機能を展開させる。
「ノービスイシュー・イクイップ、ドレスアップ」
りおなは小さな声で変身の文言を唱えた。
が、りおなの着ている服は全く変わらない。
そのうちに4体の『種』はりおなの頭上に飛来する。それと同時にりおなの周りの風景が青灰色に染まりだした。




