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作中作童話 『お菓子職人テオブロマとライオンになったチョコレート』

 テオブロマは長いたてがみのバーバリアンライオン。

 見かけは大きくて怖いですが、とてもおだやかで気立てのいいライオンです。

 何をするにも一生懸命。念願がかなって街の中ににお菓子屋さんを開くことができました。


「今日は開店初日だ、がんばるぞ」


 テオブロマは早起きして、じまんのたてがみをていねいにとかしてエプロンを着けました。

 店の中を丹念にそうじします。


 クッキーにキャンディー、ケーキにパイ。それに様々な形、大きさのチョコレート。

 ガラスケースにはたくさんのスイーツが並んでいます。


 テオブロマはお店のドアノブに【  OPEN  】のカードを提げました。


「さあ、開店だ。お客さんがたくさん来るぞ」


 ところが、一時間、二時間経ってもお客さんは一人も来ません。


「おかしいなあ」


 テオブロマはお店の外に出て広場を見渡します。表には大勢のひとたちが行きかっていますが

お店に近づくのは誰もいません。


「そうだ、お客さんをよびこむのはえがおだ」


 テオブロマは自分なりの最高の笑顔で、表通りに向かっていらっしゃいませとかけ声をかけました。


 ところが、彼の顔は鼻筋にしわが寄り、口の端がめくれ上がって牙がむきだしです。


 その様子に、ウサギもシマウマもヌーも、ハダカデバネズミでさえ震えあがり、表通りはだれもいなくなりました。


 その日の晩、テオブロマは肩を落としてエプロンを脱ぎました。


「ああ、ぜんぜん売れなかった。何がわるかったんだろう」


 テオブロマは壁にかかったお父さんの写真を見つめます。

 そして子供のころお父さんに言われたことを思い出しました。


『いいか、テオブロマ。ライオンというのは誇り高い動物だ。その誇りを忘れるな』


「そうだ、いいことを思いついた」


 テオブロマはわくわくした気持ちで眠りにつきました。



 あくる朝、ドアノブのプレートを【 CLOSED 】にしたまま、お菓子作りの準備をします。

 テオブロマはとてもたくさんのチョコレートを用意しました。

 そして木の板にくぎを打ちつけてとても大きな型を作りました。

 湯せんにかけて溶かしたチョコレートを大きな型に流し込んで固めていきます。

 テオブロマは汗だくになりながらも作業に集中します。


 夕方になって、チョコレートは冷えて固まり、とても大きなチョコレートができました。


「よし、これで次のだんかいに進める」


 テオブロマはわくわくした気持ちで眠りにつきました。



 あくる朝テオブロマはチョコレートのかたまりを店の外に出して、石畳の上に紙を敷きました。

 大きな台座の上にチョコレートのかたまりを乗せます。

 のこぎりとのみと木づち、ナイフややすりを店の中から持ってきました。

 ナイフで大まかに線を引いて形を決めます。

 そのあとのこぎりで角を落とし、下の部分をくりぬきます。

 細かい部分はのみと木づち、やすりでていねいに仕上げます。

 一月に入って表は冷たい風が吹いていても、テオブロマは汗をかきながら作業に没頭しました。

 街の住人たちも遠まきにその様子を見ています。


「やった、できたぞ!」


 テオブロマは大きな声をあげます。

 台座の上にあったのは――――本物と同じ大きさの、チョコレートでできたライオンの彫像(ちょうぞう)でした。

 その様子はとても雄々(おお)しく四本の足でぴんと立ち、街全体を見つめています。

 遠くから見ている住人たちから、ほう、という声がもれました。


「これをかんばん代わりに置いておけば、きっとこの店ははんじょうする。よし、がんばるぞ」


 テオブロマはチョコレートを削ったかたまりを、ふくろに入れながらそう思いました。


 そして店に入りごはんを食べ終わると事件が起こりました。


「あっ、こらっ!」


 せっかく作ったライオンの彫像の上にカラスが何羽もとまっていました。

 カラスは柔らかいチョコレートのたてがみに爪を立て、あちこちついばみます。


「こら! どっかに行け!!」


 追い払いますがカラスはどきません。テオブロマは思わず大声でほえました。


「………ォォォオオオオオーーーーン!!!」


 その吠え声は町中に響き渡りました。

 カラスたちは逃げましたが、それと一緒に街の住人たちもくもの子を散らすように広場からはなれてしまいました。テオブロマはしょんぼりします。


「ああ……ぼくはみんなにほえたわけじゃないのに」


 それでもテオブロマは湯せんで溶かしたチョコレートで彫像を補修しました。


「それでもカラスはまた来るだろうし、そうだ」


 テオブロマは彫像をガラスケースに入れ、鎖と南京錠で鍵をかけました。


「だいぶしゅっぴがかさんだけど、ちょうこくはできた。明日からははんじょうするぞ」


 テオブロマはわくわくした気持ちで眠りにつきました。

 ところが、あくる日もその次の日も、お菓子はさっぱり売れませんでした。



 しばらく経った後、おそるおそる買いに来たアビシニアコロブスに聞いてみました。


「表にあるチョコレートのライオンさんがすごく怖いってみんな言ってます。

 みんな大きい声では言わないけど『チョコレートを買うとあのライオンの彫像に食べられちゃう』って。そんなわけないのに」


 そう言っているアビシニアコロブスも、チョコレートは買っていませんでした。

 テオブロマは悲しくなって、その日はもうお店を閉めてしまいました。


「ああ、父さん。ぼくはなんてことをしてしまったんだ」


 写真を見てつぶやきますが、写真は何も答えてくれません。

 お菓子が少しも売れないので、小麦粉も砂糖も卵もほんの少ししかありません。

 あるのは牛乳と生クリームだけ。

 最近は売れ残りのお菓子を食べて過ごしていました。

 窓の外ではチョコレートでできたライオンが、ガラスケースに入ったまま広場を見つめています。

 テオブロマは、しょんぼりした気持ちで眠りにつきました。




   ***




 ――――きろ。


「……………?」


 ――――起きろ。


「誰だよ、ぼくはとても落ち込んでいる。それにとても眠いんだ」


 おれはお前に作られたチョコレートでできたライオンだ。


 ふと気がつくとテオブロマの枕元には、表にいるはずのチョコレートでできたライオンがいました。


「――――なんだ夢か。夢だからチョコレートのライオンが、ぼくに話しかけてくるんだ。

 どっちにせよこんな夜中に何の用だよ」


 お前は思い違いをしている。なんのためにおれを作った?


「それは……ぼくは父さんから『ライオンは誇り高い生き物だ』、そう言われて育ったんだ。だから……」


 それこそが思い違いだ。お前はその誇りとやらを表に置いて、ガラスケースの中に飾っていないと自分を保てないのか?


「…………」


 ましてやこの身体はチョコレートだ。今はまだ寒いからいいが、夏になったら溶けてしまう。

 それに白く粉がふいて食べられたもんじゃない。


「どうせ、ぼくは……」


 まあいい、状況はそう遠くなく変わる。

 問題はそのとき、自分自身とおれをどうするかだ。

 じゃあな。


「じょうきょうが変わるってなんだよ――――」




   ***




 テオブロマは不意に目が覚めました。


「なんだ? この匂い、こげくさい」


 飛び起きて表に出ました。表には雪が降っています。チョコレートでできたライオンはガラスケースに入ったままです。

 テオブロマは街の異変に気づきます。夜空の雲が赤く染まっているのです。


「火事だ――――!!」


 すぐさま毛布とバケツを何個も抱え火が出ている場所にかけつけます。

 木でできている家から、もくもくとけむりがふき上げていました。

 テオブロマはドアをけやぶり、中にいた猫の家族を助け出しました。

 近くの井戸から水を汲んで燃えている家にかけます。

 近所から出てきた住人たちも協力しに来てくれました。

 一時間もすると火は消し止められました。みんなほっとします。


「うう、さむい。おなかがすいた」


 助け出されて、毛布にくるまれていた子猫たちがみいみいと泣いています。

 何か食べ物があればいいのですが、真夜中なのでお店は開いていません。


「どうしよう……そうだ! ちょっと待っていてくれ」


 テオブロマは走ってお店に戻りました。

 南京錠の鍵を開け鎖をほどき、ガラスケースを外します。

 それから、店の奥からハンマーとのこぎり、おのを取り出しました。

 そして――――




   ***




「うん? なんだかいい香りがするぞ」バクの大工さんが鼻をひくひくさせます。

「ほんとだ、甘くて香ばしい香りだ」シマウマの花屋さんも匂いのもとを探します。

「あっちからしてくるぞ」サイの鍛冶屋が指さした方向からテオブロマがやってきました。

 手には大きな鍋を抱えています。


「さあ、これを飲んで」


 毛布にくるまれた子猫は差し出されたカップに口をつけます。


「あったかい、それにすごく甘い。

 ライオンさん、これホットチョコレート?」


「そうだよ、まずはこれであったまって。

 みなさんもどうぞ、量はたくさんあります、良かったらのんでください」


 街のみんながテオブロマの店に行くと、台座の上にあったチョコレートでできたライオンはハンマーで粉々に壊されていました。

 その隣にはコンロがすえられていて、チョコレートと牛乳と生クリーム、それらがたっぷり入った大きな鍋がくつくつと煮立っていました。


「みなさん、お代わりはたくさんあります。えんりょなくめしあがってください」


 それを聞いた住人たちは大喜び。

 長い行列を作って、ホットチョコレートを飲んで温まってからそれぞれの家に帰りました。


 あくる朝、テオブロマはチョコレートでできたライオンの残り部分を、湯せんで溶かしなおしました。

 溶けたチョコレートを子猫の形にくぼんだ金型に流し込みます。

 冷えたら型から出して、子猫型チョコレートをたくさん作って包み紙にくるみました。


 そして、たくさん積まれた子猫チョコレートをお店の外の台座で売り始めます。


「お客さん、来てくれるかな」


 テオブロマの心配をよそに、今までとは比べものにならないくらいのお客さんが来てくれました。

 みんなうれしそうにチョコレートを買っていきます。


「いや、あんたはもっとこわいのかと思ってたぜ。ゆうかんな上に優しい。それに気前がいいな」

「もっと早く来ればよかったわ」

「このチョコレートもおいしそうだが、他のお菓子も買いに来るよ」


 みんな口々に言ってチョコレートを買ってくれます。


「あっ、ライオンさん、きのうはありがとう」


 助け出された子猫たちが、お母さんと一緒にテオブロマのところに来ました。

 子猫はポケットから小さな銀貨を出して、テオブロマに渡します。

 テオブロマは、子猫チョコレートをだいぶおまけして子猫にわたします。

 チョコレートを受け取った子猫たちは、とてもうれしそうです。




   ***




 テオブロマは不意に店の奥、砕いたチョコレートのかたまりを見ました。


 ――――これでいいんだよね。ありがとう、チョコレートでできたライオン。


 テオブロマは嬉しくなって笑顔になりました。


 その様子は、彼の顔は鼻筋にしわが寄り、口の端がめくれ上がって牙がむきだしです。




 テオブロマは――――やっぱり笑顔になるのが下手でした。




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