052-2
「りおなさん、宿屋はもちろんセーブは……」
『りおな』の軽口に対してチーフはツッコミを入れるが、その言葉は途中で打ち切られ、代わりにチーフは息を呑んだ。
空中でキュクロプスはさらに変貌を遂げる。胴体や足が細く伸びだし恐竜のように形を変えた。
それが終わると今度は両腕、それに頭部が耳障りな音を立て伸び始める。
『今のうち攻撃しちゃろか。』
『りおな』が駆け寄ると急に強い風が吹き荒れた。『悪意』を伴うその突風は布地の身体をが焼けるように熱く息苦しかった。
不規則にうねりながら、伸びきった腕と頭部の先端が同時に上下に裂けた。いくつも角が生えた爬虫類の顔が現れる。
三つの首は、厚い布を力任せに引き裂いたような甲高い不協和音を奏でた。
そこでキュクロプスだった『もの』は変貌を終える。
『――――ドラゴン? それとも怪獣か?』
『この私の最高傑作であなたの実力を測らせてもらうわ。
この子の名前はそうね、『悪意』に満ちたドラゴンだから『アジ・ダハーカ』がいいわね。
さあ、遠慮はいらないわ。ソーイングフェンサーの能力、存分に発揮して』
あたりに響く声が止むのと同時に漆黒のドラゴンは羽ばたき、上空へ飛んだ。
「アジ・ダハーカ、ゾロアスター教の悪神、アンラ・マンユ、別表記でアンリ・マユの配下で3頭3口、6眼を持つ悪竜とされています。
あらゆる悪の根源を成すとされていますから、Rudibliumの『悪意』を吸収しきった今の状態では、相応しい名前かもしれません」
戦術指南を請おうとしたした『りおな』に、間髪入れずチーフが話を続ける。
「あの通り飛び回っていると接近戦はまず無理です。お菓子魔法トリッキー・トリートで迎撃しましょう」
思わず首元のチーフを見やる『りおな』にチーフはさらに続ける。
「ええ、今のギガはりこグマの身体でも魔法は使えます。
――――」
空中を旋回していたアジ・ダハーカが『りおな』めがけて襲いかかってきた。
『りおな』は大きく開いた三つの首を見据えながら文言を唱える。
『コンフェクショナー・イシュー・イクイップ、ドレス・アップ!!』
掛け声とともにギガはりこグマの身体が強く輝く。それと同時に『りおな』はダ・ハーカに向けて右手をかざした。
『パイン・ショット!!!』
直径2mほどの無数の輪切りパインが、高速回転しながら漆黒の悪竜めがけて撃ち出される。
アジ・ダハーカは回避できずにその巨体に何発も魔法弾を受けた。
『『『グォォォオオオオオッ!!!』』』
三つの首は同時に咆哮を上げる。空中で大きく羽ばたいた竜は、上空へ舞い戻った。
「りおなさん、トリッキー・パインはまだ空中に舞っています!
りおなさんのイメージで操作できますからもう一度攻撃してください!」
――よっしゃ、戻れ、輪切りパインちゃんたち。
『りおな』は言われるままに内面に意識を集中し、手のひら(?)をすぼめるように握りこんだ。
空中に散らばっている、トリッキー・パイン一つ一つが手足の延長のように動き、再度アジ・ダハーカに向かう。
『『『ギュァァァァァァアアアアア!!!』』』
黒煙をまとったドラゴンに幾条もの光の輪が飛び交い、その巨体を切り刻んでいく。が、切り裂かれるのは黒い煙のみだ。
『当たってはいるけんじょ、ダメージはないみたいじゃのう。
ほんで、イシューチェンジできとるん? 見た目装備が増えた様子もないけんど。』
『りおな』は自分の身体を見回す。一瞬だけギガはりこグマの身体が光ったが特に変わった様子もない。
「りおなさん本人がイシューチェンジしているので、ギガはりこグマもそれに呼応して魔法が強化されています。
それよりも」
『おう、こうなったらヒットアンドアウェイより直接攻撃じゃな。
ギミック・ミミックス、イシュー、ドレス・アップ!!!』
『りおな』がさらに文言を唱えると、アイボリー色の巨体がオレンジ色に輝く。
『『『ォォォォォォォオオオオオオッ!!!』』』
アジ・ダハーカが、きりもみ飛行しながら『りおな』に襲いかかってきた。
巨大な竜は体当たりをしかけた後、三つの大きな顎で『りおな』の耳や顔に噛みついた。
『いでででで! 痛いっての!! 離さんかい!!!』
『りおな』は手でかじられている顔を払おうとしたが、手が短すぎて肝心の耳までは手が届かない。
『こんにゃろ!!!』
苦しまぎれに放った突きがアジ・ダハーカの腹部を捉える。アジ・ダハーカは後方にふっ飛んだ。
今度はこっちの番じゃ。『ハイ・ジャンプ』!
かけ声とともに身長18mの巨大なクマが上空に飛び上がる。
アジ・ダハーカも負けじと大地を蹴り、空中に舞い上がった。
『りおな』は下から上昇してくるアジ・ダハーカに向かって叫ぶ。
『一気にケリちゃるわ! 『ネコキック』!!!』
次の瞬間、ギガはりこグマの身体は巨大な砲弾と化した。万有引力の法則を無視して悪竜めがけて一直線に飛んで行く。
クマの左足は真っ黒い胴体に深々と突き刺さった。そのままの勢いで『りおな』は悪竜の身体ごと地面に突っ込む。
『『『ガァァァァァァアアアアアアッ!!!』』』
断末魔の叫びを上げ巨竜は大地に直撃した。衝撃で地面に巨体がめり込み土煙が高く上がる。
『もう悪さできんようにしちゃるけ、待っとけ。』
『りおな』はアジ・ダハーカの背中に巣くう『種』を力任せに引きちぎった。
『『グォォォォオオオオオン!!』』
アジ・ダハーカの左肩に寄生していた『種』を手のひら(?)で握りつぶすと竜の首の一つが腕に戻り片翼が萎びたように縮んだ。
『りおな』が安心したのもつかの間、太い二本の首が鞭のようにしなる。
『ぐはっ!!』
顔を首で痛打された『りおな』は思わず後ずさる。その一瞬の隙をついてアジ・ダハーカは再び宙に舞った。
先ほどまでのスピードはないものの、戦意は全く衰えていない。二本の首は低く唸り『りおな』を威嚇する。
『――――ん?』
『…………ケテ……』
『なんじゃ?』
『タス……ケテ』
微かに聴こえてくる『直観の声』に、『りおな』は思わず耳を澄ませる。
確かに聞こえてきた助けを求める声は――――多数の『種』に侵食された巨大ロボット、ヒュージティング種から発せられていた。
――暗い所でちっちゃい子が泣いてるみたいじゃ。
『……チーフ、あのロボ君助けられん?』
チーフは数秒間をおいて自分の考えを述べる。
「身体に植え付けられた『種』を除去し、『心の光』を吹き込めばあるいは。
但し、全体にオーバーホールの必要があります」
『そんだけ聞けば十分じゃわ。』
『りおな』の発言にまたもどこからか『声』が響いてきた。
『あなたは、今戦っている相手にも温情をかけるの? そんな甘い考えだといつか、いえ今にも生命を落とすわよ』
『心配するくらいなら、ロボ君開放してほしいわ。』
『りおな』は上を見上げながらどこからともなく響く『声』に言い返す。
『だいたいこっちの力量見極めるんじゃったら、自分でするのが普通じゃろ。戦うんも誰かに任せて、姿も見せんで高見の見物かい! 偉そうにすんな、この卑怯者!!』
その言葉に反応し、その場の空気に言いようもない緊張が走った。『りおな』は思わず身を固くする。
『……この私を言うに事欠いて卑怯者ですって……?
気が変わったわ。アジ・ダハーカ、あのぬいぐるみを引き裂いてソーイングフェンサーを引きずり出して!』
『声』が止むと悪竜はまた咆哮をあげる。悪竜が荒れ狂う暴風の中心にいるようだった。
『ありゃ、図星突かれて怒らしたか? まずったかのう。
まあいいや、乗り掛かった舟じゃ一気に決着つけちゃる。
チーフ、もうこの身体、限界じゃろ? 有効なワザとかなんかなかと?』




