052-1 悪 竜 AziDahaka
「ああ、……なんていう……」
Rudiblium Capsaの社員三浦は出かかった言葉を最後まで吐き出すことができなかった。
自分の上司、それも次期社長に最も近いとされる部長職の大叢。
彼が操縦していた巨大ヒュージティングのキュクロプスが彼の制御を離れ突如暴走しだした。
陽光をまぶしく反射するほどに黄金色に塗装された機体はどす黒く染まり、金属製の装甲は爬虫類の皮膚のようにグロテスクに蠢く。
そして胸部ハッチにいた大叢をつまみ出したあと、彼の頭を紙くずのようにくしゃりと潰した。
頭部を潰され空中に出された手足は、糸がもつれたマリオネットのように、ばらばらに動き出した。
だがすぐにその動きも止まる。
キュクロプスは無造作に手を離すと、大叢の身体はアスファルトに落ちた。あたりには静寂が広がる。
『……チーフ……!』
『りおな』の意図を察したチーフは大叢の身体に駆け寄った。
スーツの上着を脱いで大叢の顔に掛ける。
そのまま身体を担いでその場を離れる。
三浦は少しの間茫然と成り行きを見守っていたが、頭を振り携帯電話を取り出した。
【はい、芹沢。……三浦か、今度はどうした?
……そうか、解った。ああ、お前には成り行きとはいえ、つらい役目を押しつけてしまったな。
それでキュクロプスは? どうなった? そうか……解った。お前は自分の安全第一で頼む。キュクロプスの撮影は後回しだ。よろしく頼む】
「ふう……まさか、こんな結末になるとはな」
ため息交じりにつぶやいたのを安野は耳ざとく聞きつけていた。
――芹沢君? だいぶ動揺してる、というより今起こってる事に対してどうしようか頭の中で対策を立ててるようね。
考え事をする時の彼の癖、親指を鼻づらに当て黙り込むのでそれが見て取れる。
直接尋ねようとしてから少し考え、テーブルの上の携帯電話のメール機能を呼び出しボタン操作をする。
少しの間文字を打ち込んでから画面を芹沢に見せる。
その文面は【大叢部長かキュクロプスに何かあったの?】
――彼の態度から察するにソーイングフェンサーが敗ける、もしくは劣勢というのはまずあり得ない。
何か異変が起きたとしたらキュクロプス、もしくは大叢だということは想像がつく。問題はその中身ね。
内容いかんによっては、周りの士気に関わりかねない。
携帯電話の画面を確認した芹沢は、安野の携帯電話を受け取るとさらに文字を入力しだした。
【大叢部長が暴走したキュクロプスに、頭を潰されたらしい。生死不明だが、まず助からないと見ていいだろう】
我知らず息を呑む安野に対して、芹沢はアイコンタクトで声を出さないように安野に告げた。
そのまま携帯電話を操作する。
【念を押すまでもないが、いまこれを周りや社内に伝えれば動揺が広がるだけだ。このことは伏せておいて事後処理を続ける。
今我々がやるべきは、キュクロプスが破壊したインフラを回復させる。それが第一だ】
携帯電話を戻された安野は、再び携帯電話に新たな疑問を打ち込む。
【キュクロプスが暴走した原因って何? まさかあなたがヒュージティングに何か細工したの?】
画面を見た芹沢は首を小さく左右に振る。そして両手親指で携帯電話を素早く操作しだした。
【以前この世界に人間界の少女が来て、ヴァイスフィギュア製造の技術、それから生体コネクタガンのデータを渡したといったろう? その彼女がまた来たんだ。今回俺は会っていないがな。
おそらく、ソーイングフェンサーの力量を見極めに来たんだろう】
安野は視線でその少女がRudibliumに来た理由を尋ねる。
【推測だが、力量を見極めた上で今後の対応、ソーイングフェンサーを懐柔するかこの場で倒すか選ぶんだと思う。少なくとも俺ならそうする。
場所をRudibliumに選んだ理由は、人間世界と違って事を少々荒立てても自分が被害を被ることは無い、そう思っているはずだ】
他人事のように、恐ろしい推測を液晶パネルに打ち込む芹沢を見て、安野は絶句する。ただそれだけに芹沢の推測は的を射ている。それだけの説得力があった。
「どうした? ふたりとも。何かあったのか?」
無言で携帯電話を操作しているのを不審に思った五十嵐が芹沢に尋ねる。芹沢は無言のまま携帯電話を五十嵐に手渡した。
無表情のまま画面に表示された文字を読み終えた五十嵐は二人に倣い文字を打ち込む。
【こんなまだるっこしい事は苦手だがほかに仕方がないな。大叢部長のことはほかの社員にどう説明する?】
【問題はそこだな、うまく落としどころを考えないと、今後のRudibliumの指針に影響が出る。
舞台がRudibliumっていうのは気に喰わないが、異世界の能力を持つ者、それにニンゲン同士のケンカだ。決着をつけてもらった方がのちのちありがたい】
携帯画面を操作したあと、芹沢はデスクをピアノを弾くように指で触れた後口の端を吊り上げる。
「ふう、これだけRudibliumに損害を与えてくれたんだ、後始末は誰にお願いしようかな」
◆
『ふーー、よーやく金ピカロボ止められたと思ったら今度は真っ黒ロボかい。おまけにごっつくなりやがって。』
りおなが憑依した体長18mの巨大なクマのぬいぐるみ、ギガはりこグマ――
――ここでは便宜上『りおな』と呼称する――が人目もはばからず毒づく。
商業都市、Boisterous,V,Cで猛威を奮っていた巨大ロボット『キュクロプス』。
その搭乗者大叢が暴走したキュクロプスにコックピット部分からつまみ出され、おおよそ思いつく以上の残忍な方法で活動を休止させられた。
そしてキュクロプスは別の『何か』に支配され、行動を強制させられている。
鋼鉄の巨人は、『りおな』が弾き飛ばした胸部ハッチを手に取り胸に押し当てる。
ハッチは溶接したかのように、元の場所に納まる。
それと同時に動物のように胸部が上下に動き出した。
『ねえ、りおなさん。あなたのソーイングフェンサーの能力を確かめるのにここじゃ手狭だから場所を移さない?
ああ、もちろんこの異世界や住人を気遣ってじゃないわ。
私、ガラスが割れる音とかコンクリートの砕けた欠片が舞ってホコリまみれになるのが嫌いなの。
そうね、ここから5kmほど離れた所に手ごろな平原があるでしょう? そこへ移動するわよ』
提案、というより有無を言わさぬ口調で『声』が指示してきた。その上から目線の対応に『りおな』は少しむすっとする。
「りおなさん」
すかさずチーフが『りおな』の足元まで両手を口の前に添えて叫ぶ。
「ここは向こうの提案を飲みましょう。理由はともかくこれ以上街を破壊されずに済みます」
『りおな』はしゃがんでチーフを手に取りしげしげと見つめた。
『あんた、いつもよりちっちゃくなっとらん?』
「ギガはりこグマの身長が18mでりおなさんの身長が152cm。
対して私は人形サイズは17、5cmで今現在は175cmですから、縮尺の関係で普段の三分の二程に見えているはずです。
それよりも、あの黒いキュクロプスを市街地から離さないと」
その言葉に反応したわけではないだろうが、キュクロプスは前傾姿勢を取り全身を震わせ出した。
その動きに呼応してキュクロプスの首の付け根、両肩にひとつずつ憑いていた『種』が大気に満ちている黒煙を吸収しだした。
寄生されている鋼鉄の巨人は、苦しそうにうめき声をあげる。目に見える形で存在する『悪意』を吸収したふたつの『種』は枝葉を大きく広げる。
ほどなく伸びきった漆黒の枝葉は翼竜の翼のように形を変えた。
『……グルルルルルルル!』
キュクロプスは一声吠えると黒い翼を羽ばたかせた。強い風が砂埃を巻き上げる。両足でアスファルトを蹴り商業都市Boisterous,V,Cを飛び去った。
「りおなさん、ではさっそく追いましょう」
『んーー、あんたはどうやって連れてけばいいじゃろ。作戦とか聞こえやすいように耳の上とかがいいかのう?』
「いえ、振り落とされる恐れがありますから。そうですね、前掛けと首の間がいいかもしれません。
今のりおなさんは耳ではなく、直観で聞こえていますから。アドバイス等はそこでします」
『りおな』は言われるままチーフを自分の首と前掛けの間に入れる。
『よし、向かうか。
んでさっきの話じゃけど、このぬいぐるみの状態ってあとどれくらいもつん?
活動できんくなると胸のランプとか点滅するんけ?』
『りおな』は飛び去るキュクロプスを目で追いながらチーフに尋ねる。
「はっきりとは言えませんが、もって十分、先ほどのような大技を使えばその半分ほどでしょう。
ただ、『心の光』を有効に活用すれば必ず勝ち筋は見出せます」
『うーーむ、前聞いたような気もすっけど、やってみるか。
んじゃ、メガはりこグマ、行ってくるけお留守番しちょって。』
『りおな』はメガはりこグマの頭をぽふぽふと撫でた(両方ともぬいぐるみなので、振動がお互いの身体全体に響く)。
撫でられたメガはりこグマは嬉しそうにもじもじしていたが、『りおな』に手を振って見送った。
『りおな』は幹線道路を駆け、一気にBoisterous,V,Cの入り口までたどりついた。
『あんなとこ飛んどるわ。』
キュクロプスはその巨体に不似合いそうに、空中に翼を軽く羽ばたかせたまま浮かんでいた。
真下には切り立った断崖、そして背丈の低い草がまばらに生えた荒野が広がっている。
『ノービスタウン』から来る時に見た、エネルギー補給用のコンビナート、それに輸送用のタンカーが並んでいる大きな港からはだいぶ離れた場所だ。
『りおな』が真下まで駆け寄るとキュクロプスはゆっくりと下降してきた。そして浮かんだまま、さらに『種』が三つその機体に憑りつく。
『なんじゃ、また変形するんか? もーーーー。
こーいうときは一回街に戻って、宿屋泊まってセーブさしてもらうのがスジじゃなかと?』
「りおなさん、宿屋はもちろんセーブは……」




