051-2
『……ん? んーーーー。』
不意にりおなは目が覚めた時のように、意識が外界に接続されたのを感じた。
視界に映るのは、商業都市Boisterous,V,Cの巨大建築物の群れ。
――あれ? さっきまでと感じが違う。建物とか道路が全部ミニチュアみたいに小っさく見える。
なんでかさっきより見晴らしいいにゃあ。
首元に違和感を感じたので下に目をやると、フリル付きの白い前掛けを付けていた。
『――んんっ?』
――なんか様子がおかしいにゃ。
今さっきファーストイシューに装備変更したばっかしじゃのに。
前掛けの端を手でつまもうとすると、丸くて白い手先が視界に入った。
驚いて手を顔の高さまで挙げて動かすと、分厚いミトンのように親指とそれ以外の四本指が連動して開いたり閉じたりする。
――物はつかめるみたいじゃが、細かい作業には向かん手じゃ。んでもミトンなんていつはめたっけ?
思わず両手で顔を触ってみる。
――んんん? 妙にふかふか、っていうよりもふもふしとるな。
そんで丸くて大きいし顎もない。りおなの顔はすべすべじゃし、あごはシャープやぞ。
そうこうしていると、急に先ほどからの違和感と今の自分の状態がつながった。
目の前には自分と同じサイズのキュクロプスが、距離を置いて警戒している。
『あ、あーーーー。』
『りおな』は自分の『声』にも驚く。
スタフ族たち、この世界の住人たちが使うのと同じ声帯を振動させて発声するのではなく、聞く者の心を振るわせる『直観の声』だ。
やっぱり、実際にやってみんとわからんもんじゃのう。
『りおな』は上体を軽く左右に回し、改めて自分の姿を確認する。
ソーイングフェンサーりおなは、身長18mの超巨大はりこグマに意識を憑依させ一体化していた。
陽子は、イルカのヒルンドに乗りながら成り行きを見守っていた。
――今回のは……私も色々異世界で見てきたけど、極めつけにすごいねえ。
両手足としっぽだけにグラスウールを詰めた超巨大な布は、りおなが入るとジッパーが締まる。
コンプレッサーで空気を送り込まれたように、一気に頭と胴体が膨らんだ。
――あちこち見回す顔つきとか、無害で可愛いクマっていうよりは……警戒心と好奇心が両方とも強いネコみたい。
おまけにぬいぐるみなのに、眉間にしわが寄ってて妙に達観してる、っていうより場馴れしてる。
つきあいはそんなに長くないけど、見た目はとにかく中身がりおなっていうのがはっきりわかるわ。
その大きなぬいぐるみに、チーフが場違いともいえる提案を投げかける。
「こんな時に、いえ、こんな時だからこそですね。今憑依しているクマとその巨大はりこグマに名前を付けてください。
名前を与えられれば、巨大クマたちはさらに魂が確立、安定するはずです!」
『りおな』が下に目をやると、身長6mの巨大はりこグマが足元にすり寄ってきた。
――見た目は6mで大っきいけど、オリジナルのはりこグマができたてのころより、さらに赤ちゃんぽいにゃあ。
巨大はりこグマは顔をすり寄せながら、『りおな』にお菓子をねだっているようだ。
『りおな』は巨大はりこグマの頭をなでながら少し思案する。
『んーーーー、んじゃこっちのクマは『メガはりこグマ』。んで今りおなが合体しとんのは――『ギガはりこグマ』でいいじゃろ。』
「ちょっとりおな、安直過ぎじゃない!?」
陽子がヒルンドに乗り飛び回りながら、苦言を呈する。
『んや、いまなんかマグナバーガー思い出したけ。
あーーなんかお腹へったわーー、早く帰ってマグでメガセットとかギガセットとか食べたいわーー。』
おなかをさすりながら、悠長にしゃべるギガはりこグマこと『りおな』にキュクロプスが猛然と突っ込んできた。
カマキリの鎌を生やした左腕を唐竹割りに振るが、ギガはりこグマはメガはりこグマを抱えて横に跳ぶ。
ひとっ跳びで10mほど真横に跳んだ。
『おおっ、やっぱしデカい身体は違うのう。』
『りおな』は、メガはりこグマをファミリーレストランの屋外駐車場に避難させる。
『おし、んで次は――』
『りおな』は砕けたアスファルトの塊をいくつか拾い、親指(?)でキュクロプスめがけて撃ち出した。
キュクロプスの胸部ハッチに、三発ほど瓦礫の弾を浴びせる。
不意を衝かれたキュクロプスは、胸部ハッチに被弾して大きな音が響く。
ハッチは少々へこんだだけだが、中にいる大叢は衝撃におののいた。ギガはりこグマから少し距離を置く。
『うっしゃ、次いこ。』
それを確認した『りおな』は瓦礫をさらに拾い、ビルの屋上めがけて撃ち出した。その方向には、天野がいた。
アスファルトの塊は、成り行きを傍観していた天野めがけて高速で飛んで行く。間一髪天野はアタッシュケースを持ったまま瞬間移動する。
ほぼ同時に『りおな』は別の方向に右手を向け、アスファルトの破片を撃ち込んだ。
向かう先、ビルの屋上の鉄柵には天野が移動していて、その足元にアスファルトが命中する。
今までのへらへらとした表情とは打って変わって、天野には余裕が全くなくなっていた。
右手を構えたまま、『りおな』は天野に宣告する。
『この身体じゃとアンタの場所やら瞬間移動の行き先とかすぐ解るわ。どうする? アタッシュケース置いてどっか行ったら、この場は見逃しちゃる。
でもまだ『種』で金ピカロボのサポートするようじゃったら……。』
天野は歯を食いしばって『りおな』を睨んでいたが、やがてアタッシュケースを放り投げるように置いて霞むようにその姿を消した。
『りおな』はキュクロプスの方を向く。
『さて、と、仕切り直しじゃ。』
その言葉にキュクロプスの搭乗者、大叢は激する。
【貴様、どこまで卑怯なんだ! なぜ次から次へと姿を変える!?】
『アンタが卑怯とか言うな! 卑怯っていう単語がかっこよく聞こえるわ!』
『りおな』は両手首(?)をこきこきと鳴らす。関節こそないが手首の位置でしっかり動く。
改めてキュクロプスに半身に構え、両手を広げて叫んだ。
『こうなったら、その金ピカロボやっつけて、アンタを街のみんなに謝らしちゃる。
――しぇからしかヤツは撲らすけんね!!!』
『りおな』の宣言を待たずキュクロプスは一気に距離を詰め、蛸の触腕のついた右腕で胴体を突いてきた。
『りおな』は左腕で払おうとしたが、ギガはりこグマはりおな自身の身体より重心が高いため頭がふらつく。
そのためもろにボディーブローを受けた。
『ぐっ!!』
『りおな』は身体をくの字に曲げる。
その隙を逃さずキュクロプスは左腕の鎌を振るった。かわしきれず右肩に鋭い痛みが走る。
――当たり前、か。この身体でも痛いとかは普通に感じるわ。
それと同時に身体に満ちている『心の光』がキュクロプスの『悪意』で直接汚染されるのを感じ、苦悶の表情を浮かべた。
【やはり身体を大きくしただけでは、このキュクロプスには敵わないようだな!】
キュクロプスは続けて細い脚で蹴りを見舞うが、『りおな』は手でガードしバックステップで一旦距離を置く。
改めて斬りつけられた右肩を触ってみる。生地そのものを裂かれたわけではないが一筋黒く染まり、熱を持ったようにじんじんと疼いた。
見かねたチーフが『りおな』に叫ぶ。
「りおなさん、その身体は綿が十分に入り切っていないため、活動できる限界はもって数分です!」




