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050-3

「おーい、でっかいはりこグマーーーー!」


 りおなは目の前まで来た、身長6mのはりこグマに手を振る。

 暴走運転を繰り返した挙句に、ヴァイストレーラーは立体駐車場に頭から突っ込んだ。

 それを尻目にに、近づいてくる巨大はりこグマと合流するべくりおなは三浦に先を急がせた。


 ――あの暴走トレーラーが自滅してくれればベストなんじゃが。

 運転性能はともかく耐久力が異常に上がってるトレーラーに、それは期待できんじゃろうなあ。

 まずは街中でまっさきに標的にされるじゃろうから、クマと合流して安全確保せにゃいかん、先回りせんと。



   ◆



 大きなはりこグマは、りおなを見つけるとその場にぺたんと座り込んだ。部長たちの乗っている車を車道においてりおなをしげしげと見る。


「うっ、うわっ!」


 三輪バギーにまたがったまま三浦はのけぞるが、りおなはバギーを降りクマに近づく。近くですんすんと匂いを嗅いだ。


 ――思った通り出来立てのぬいぐるみの日向(ひなた)の匂いじゃ。


 りおなが首を上げ片手を挙げるとクマも手を挙げ返した。


 りおなはトランスフォンを操作し、キングサイズのキャラメルポップコーンやキャンディー、巨大なチョコ菓子を出現させる。りおな一人では食べきれない、かなりの量だ。

 ポップコーンのふたを開けて渡すと、クマは手に取りくんくんと匂いを嗅いだ後一息に口に流し込む。


 ――りおなでも1か月くらいかけて食べきる量じゃけど、このクマにしてみれば味はともかく量がぜんぜん足りんみたいじゃな。


 今度は器用に蓋を自分で開け5個まとめて口に入れる。


「おーー、やっぱり甘いもんは大好物みたいじゃのう」


 りおながさらにお菓子を出現させると、車から降りてきた部長が苦言を呈する。


「おい、のんびり菓子食わしてる場合じゃねえぞ。ヒュージティングやらトレーラーをなんとかせにゃ一番デカいこいつが真っ先に攻撃されるぞ」


 部長の指摘通り、強力で邪悪な気配が二つ。

 隠れるようでいてはっきりとした『悪意』がこちらに近づいてくるのが、目を閉じなくても手に取るように解った。


 ――まあにゃ、このままじゃと暴走トレーラーとか金ピカロボが、りおなより先にクマを狙うじゃろうし、どうしたもんか。


「りおなちゃん、ソーイングレイピアの柄の部分を眉間に当てて念じてみて。直接口で言うよりぬいぐるみたちとスムーズに意思の疎通ができるから」


 言われるまま、レイピアのミシンの形をした柄を額に当て念じると、目の前のクマの考えていることが手に取るように解った。


 ――どうもこのクマが一番したいことは『もっとおかしがたべたい』じゃな、まあ当たり前か。


 りおなが『危険が迫ってくるから逃げよう』という提案と、先ほどまで交戦していたキュクロプスやヴァイストレーラーの視覚イメージを同時にクマに送ると、巨大なはりこグマは一つうなずき立ち上がった。


「んじゃ、どっか身体を隠せるとこに移動するか――」


 りおなの声は、聞きなれたくもない暴力的な轟音で遮られる。

 ヴァイストレーラーが、りおなたちめがけてまっすぐ突っ込んできたのだ。

 その貨車にはキュクロプスがつかまり立ちしてルーフ部分には天野が仁王立ちしていた。

 ――あのスピードじゃと十秒もせんうちにりおなやクマを撥ね飛ばすのは確実じゃ。


「ところであんた、動画撮るんじゃろ? ちょっと離れとって」


 三浦にそう告げたりおなはトレーラーの軌道上に進んだ。

 赤紫色で顔以外をすっぽりと覆うローブをまとったりおなは、左手を天に向け高く掲げた。

 りおなの様子に驚いた三浦は、怖気づきつつも携帯電話を取り出し動画撮影を始める。


「おーー、ついに観念したかーーーー。かくごーーーー!」


これまでにない加速で、りおなに突っ込んでくるトレーラーだったが、りおなは動じない。


「こうなったら逃げも隠れもせん、真っ向勝負じゃ!」


 いつの間にかヴァイストレーラーのごく真上には、灰色の暗雲が立ち込めていた。

 りおなは強く左手を握りしめ、最後の文言を唱える。


「『従者召喚(サモン・ヴァーレット)』、錆び付いた自動販売機ラスティ・ベンディング!!!」



 キュクロプスの搭乗者、大叢と天野は不意に夜が来た、そう思った。

 視界のすべてが不意に暗闇で覆われる。

 次に天野には洞窟の中の()えた臭い、そして鉄錆の香りが頭上からしてきた。

 思えば異常を臭いで感知できたことが、その後の行動の決め手になった。


 次の瞬間、雲の中から赤茶けて鉄錆に覆われた巨大な自動販売機が、中空から出現した。

 咆哮を上げ、かつてりおなと洞窟(ダンジョン)内で対峙した巨大な自動販売機。

 それが引力に従い自動落下する。その着地点にヴァイストレーラーが突っ込んでいった。


 ヴァイストレーラーは防衛本能でブレーキをかけたが間に合わなかった。異変に気付いた天野は驚愕に顔を歪めその姿を一時虚空に消す。

 悲鳴のような破砕音と共にトレーラーのフロントガラスが砕け散りバンパーは紙屑のようにちぎれ飛んだ。

 同様にかつて頑丈な鉄でできていたであろうラスティ・ベンディングは、紙パック入りのジュースを落とした時のように下部がひしゃげた。


 それでもトレーラーの暴走は止まらない。

 自動販売機を巻き込みつつ前輪を大きく左に切り、鉄錆をまき散らしながら雑居ビルの閉まったシャッターに突っ込んだ。

 衝撃でキュクロプスは路上に派手に転がる。


 その一瞬の隙を見逃さず、りおなはトレーラーのルーフ部分に跳躍した。すかさず『種』を切除しようとするとまたもや天野が現れる。


「おーーっと、貴重な『ミュータブル・シード』を減らされては困りますねーー。どーか、お引き取り――」


 天野のセリフは最後まで語られることは無かった。

 巨大なコウモリの群れが、両腕の被膜をバサバサと羽ばたかせ次々と襲いかかる。


「アンタの行動パターンなんざお見通しじゃ。あの金ピカロボやっつけるまでどっか行っちょれ!」


 りおなの手には、トレーディングカードが何枚も握られていた。

 ダンジョンで戦った落胆する者達(スタグネイト)ならず者の従者(ヴァーレット)として召喚するための依代だ。


 天野は悲鳴を上げながら、トレーラーのルーフ部分から飛び降りた。その一瞬の隙を見逃さず、天野の足元にさらにカードを何枚も投げつける。


「アンタの瞬間移動は、連続ではそんなに遠くへ飛べんじゃろ? この場でやっつけられんでも、足止めだけはさしてもらうわ」


りおなが投げたカードからは二足歩行の脂ぎったブタの亜人種、通称『醜豚鬼(オーク)』が何体も出現した。

 普段防虫剤の香りが漂う街中に、換気が不十分な養豚場のような悪臭が立ち込める。


「きゃあーーーーッ!!! 臭い!!! 臭いっ!!! なんてことすんの!?

 このクサいブタなんとかして!!!」


 天野は瞬間移動でかわすが、移動地点にコウモリの群れが我先に襲いかかる。

 りおなはすかさずカードを投げつけさらに『醜豚鬼(オーク)』を召喚、連携攻撃で天野を牽制する。

 そしてトレーラーに寄生している『種』を切り落とした。


 ――おっしゃ、これでひとまず金ピカロボが『開拓村』まで輸送されるのは阻止したわ。あとは――


 不意に背後で大きな『心の光』が揺らぎ、『悪意』が増幅するのを感じて、りおなは反射的に振り向いた。

 そこにはキュクロクプスに胸ぐらをつかまれている、巨大なはりこグマの姿があった。

 大きなクマはつかまれた首を振りほどこうとするが、体格差が大人と幼児ほども違うキュクロプス相手には、どうすることもできない。


【残念だったな、ソーイングフェンサー! 俺が思うに探しているはりこグマはこの中にいるんだろう!?

 心配するな、キュクロプスにスタフ族は攻撃できん。ただこいつのジッパーを下ろして中のはりこグマを取り出すだけだ。

 よし、ジッパーは……これだな。んっ!? なんだ!? 開かないぞ!! 何をした!? ソーイングフェンサー!!!】


 救出に向かうりおなにキュクロプスは蛸の触腕が蠢く右腕で大きなはりこグマの頭を掴んでりおなに向けた。


【おっと、動くなソーイングフェンサー! ただ単に攻撃できないだけで、こいつを行動不能にする方法はいくらでもある!

 まずはそうだな、変身を解いて変身アイテムのトランスフォンをこちらに渡せ!】


 んんーー!! んんーーーーーー!!!


 クマは手足をじたばたさせる。

 りおなは何もできずに歯噛みしながら、頭を掴まれたままの大きなはりこグマを見詰めていた。



   ◆



「ふう、やっと終わった。チーフさん、約束の甘くて冷たいの、お願いねーー」


 陽子はチーフの方を向きながら額の汗を拭う。表情は疲れた中にもやり遂げた充実感があった。


「お疲れ様です、ではフローズンシェイクをどうぞ。

 フレーバーは疲労回復や美容を考慮してグレープフルーツにしました。もちろんソルさんにも同じのを用意してあります」


「ありがとーー。うーん、これこれ。あーー、冷たくて気持ちいいーー」


 陽子は手渡されたプラスチック製のカップを頬に当てて涼を取ってから、ストローでゆっくり飲みだした。

 ソルは地面におかれた深皿のシェイクを舌で勢いよく飲みだす。

 陽子は飲みながら、今しがた自分がグラスウールを入れた『作戦その二』に目をやった。


「おまけでしっぽにもグラスウール入れたけど、どーするの? この状態じゃ運べないでしょ」


「いえ、それは――」


 不意にソルがキイキイと甲高い声で鳴き出した。

 突如『作戦その二』が立ち上がろうとしたのだ。

 だが、頭部や胴体に厚みが全くない状態では直立するどころか両腕を持ち上げることすらかなわない。引力に従って両手が地面につく。砂埃が風と一緒に舞った。



 呆気に取られる陽子を尻目に『作戦その二』は誰もが予想だにしない行動に出る。


 両手足を地面に垂直に立て、布と綿でできた巨大なリビングテーブルのような姿になった。そして丸いしっぽを己を鼓舞するように震わせる。



 乾いた風が舞う街のはずれで、陽子だけでなくチーフも言葉を失い成り行きを見守る。



 頭と胴体部分が薄いままの『作戦その二』こと、全長18mもの超巨大はりこグマは四つん這いのまま、猛然と商業都市Boisterous,Ⅴ,Cへと駆け出して行った。

 

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