050-2
破壊音と轟音とが街中にこだました。
咆哮のようなエンジン音が高層ビルの間を乱反射し、マフラーから吹き上がる黒煙は容赦なく大気を汚染する。
『種』に悪意を注入されヴァイス化したトレーラーは、交通法規どころか車道すら無視して、ゴーストタウンと化した街中を我が物顔で爆走していた。
意図的、というよりそれしかできないように、ヴァイストレーラーのトラクタ部分ははスラローム、蛇行運転を繰り返す。
その都度に牽引しているトレーラは連結部、カブラ部分から振り子のように左右に揺れビルの壁を破壊し、信号機や交通標識、看板がなぎ倒されていく。
その様子はとてもキュクロプスを輸送するためのものではなく、退屈しのぎに危険運転を繰り返しているだけのようだった。
そして天野は、公園のベンチで休憩しているかのように、トラクタのルーフ部分に腰かけくつろいでいた。
「あーー、いたーー! おーむらぶちょーー、トレーラーつれてきましたーー!
じゃあ開拓村までお連れしまーーす!」
能天気な声とは裏腹に、ヴァイストレーラーはりおなと交戦しているキュクロプスめがけて一気に加速した。
尋常ではない悪意や殺気を感じたりおなは早々に飛び退いた。
ヒルンドを駆る陽子も同様に空中へ避難する。
りおなはビルとビルの間に入り身を守る。その様子にキュクロプスは嘲るような声を浴びせた。
【どうした!? 逃げる支度でも始めたか!?】
「そーやない! 後ろ、後ろ!」
【誰がそんな使い古された手に引っかかるか! どうせ振り向いた瞬間に奇襲でも仕掛けるつも――――】
大叢が拡声器でがなるキュクロプスの声は、激しい衝撃音でかき消された。
あろうことか、アクセルを吹かしきったヴァイストレーラーがキュクロプスの脚に衝突した。
キュクロプスはその巨体に似合わない滑稽さで、派手に吹っ飛ばされる。
20mほど宙を舞い、アスファルトの上を転がった。
その様子は余りにも突拍子もないため、りおなや陽子も絶句したままその場を動けず呆然と見ていた。
――ムチャクチャじゃ……。
地べたを這いつくばっていたキュクロプスは、震えながらもなんとか立ち上がる。
方向転換したヴァイストレーラー、それに乗ってスマートフォンを操作している天野に向かって叫ぶ。
【おい! なんで俺を撥ね飛ばす!? お前は俺をサポートしたいのか邪魔したいのかどっちなんだ!
それにこっちが話をしているときはスマホをいじるんじゃない! こっちを向け!!!】
「んあ? あーー。でも無事だったからいいじゃないすかーー。
それでどーーしますーー? ソーイングテンダーたちやっつけちゃいますかーー?
それとも開拓村に直行しますか――? 今やっつけなくてもこっちが開拓村に行けば勝手について来ますよーー」
ショッピングモールの屋上にいるりおなを向きながら天野は能天気に提案してきた。
キュクロプスの体勢を立て直した大叢はしばし逡巡する。そしてスピーカー越しに天野に告げた。
【……よし、この場はお前の提案に乗ってやる。この場でソーイングフェンサーたちを捕獲できないのは心残りだ。
だが、考えてみればこの場で捕まえなくても、開拓村を破壊すればすべては事足りる。
ソーイングフェンサーやはりこグマは、それらを片付けた後ゆっくりあぶりだせば済む話だからな。
もちろん、匿った者や協力者は、例外なく……ふん、それも一興だな。
そうと決まれば善は急げだ。天野、ヴァイストレーラーをこちらにつけろ! 目的地を開拓村に変更する!】
「はいはーーーーい」
天野が靴のかかとでフロントガラスをコツコツと蹴る。
ヴァイストレーラーは巧みな動きで、キュクロプスのすぐそばに自ら寄った。キュクロプスは貨車部分に乗り込む。
「このヴァイストレーラーはぁ、知ってのとおり見た目以上に凶暴ですから、立ったままだと危ないんでしゃがむか座るかしててくださーーい」
わざとらしくせき込んだあと、天野は右腕を上げ意気揚々と叫ぶ。
「じゃあ改めてぇ、開拓村破壊ツアーにぃ、レッツラ・ゴーーーー!」
それを合図に、アクセルを空ぶかししていたヴァイストレーラーが重々しく発射した。天野はりおなに向けてひらひらと手を振る。
「んじゃ行ってきまーーす。おみやげ楽しみに待っててくださいねーー」
りおなが駆け出すよりも先に、ヒルンドを駆る陽子がりおなに近づいた。りおなは躊躇なくイルカの背に飛び乗る。陽子がりおなの手を強くつかんだ。
ヒルンドはひときわ甲高く
「ケルルルルルルル!」
と鳴くとヴァイストレーラーを追うべく飛び立った。
「ある意味予想通り、ある意味最悪の事態だけどどうする?」
陽子の問いにりおなは頭をかきながら考える。
斜め下には暴力的にアクセルを吹かしながらも、比較的まっすぐ幹線道路を南下する巨大トレーラーの姿があった。
「まずは――――なんじゃったっけ?
あーーっとあれ、『しょうをいんとほっせば』……
……まあいいや、トレーラーから金ピカロボを下ろすだけじゃったら意味ないけん、トレーラーに直接乗り込んで『種』引っぺがすわ」
「簡単に言うけどあの変てこアイドルみたいなのがあそこにいるし、無理じゃない?」
陽子の指摘通りだった。ヴァイストレーラーは最初のうちこそ直進していたが、そのうち徐々に蛇行しだした。
その様子は喩えるなら――――誤解を恐れずに表現するならば、学校の成績があまりよろしくない学生や未成年者たちが、原動機付二輪車をヘルメットをかぶらず夜中に危険運転をしているさまにも似ていた。
【おい! なんでこんな雑な運転なんだ!? ソーイングフェンサーに追いつかれるだろうが!】
キュクロプスの拡声器で大叢はがなるが、一方の天野はどこ吹く風だ。
「えーー? ヴァイス化の影響でちょっと精密動作性-E(超ニガテ)になってるだけですってーー。
だいじょうぶ、これだけ揺れながら走ればソーイングテンダーも飛び乗って攻撃したりできませんてーー。
もーーーー、ぶちょうは心配性ですねえ。そんなに気にしなくてもいいですってばーー」
すると、りおなが急に飛行中のヒルンドから飛び降りた。陽子は携帯電話を手に取っている。通話をしているのだ。
ヒルンドは両側の前びれを大きく膨らませ、街のはずれまで一気に飛び去った。
りおなはヴァイストレーラーの遥か後方を走っている。と、不意に脇道に入った。天野はその様子を振り向いて眺める。
「もうあきらめた、ワケじゃないよねーー、やっぱり」
ほどなく、4輪バギーに乗ったりおなが三浦を伴って現れた。正確には三浦が運転するバギーの後部に立ち乗りしている。
ただ、先ほどとは違う点があった。
りおなは三浦の後ろから、ソーイングレイピアの切っ先を彼ののど元、無害で従順な豆柴の首の下にぴたりと付けていた。
「りおなさん、こんなことしなくても、僕はキュクロプスやあなたの行動を順次報告するよう、芹沢さんにたのまれてますから。
だからソーイングレイピアを下ろしてください。運転に集中できません」
困惑する三浦の背中にりおなはごく軽くひざ蹴りを見舞う。三浦は身を固くした。
「んなこた、わかっとるわ。
あんた、言っても会社側のぬいぐるみじゃろ? 後で裏切ったとか言われんように、りおなに脅されたとか口裏合わせるっちゃ」
返事をしようとして振り向こうとしたその瞬間、三浦の背中にりおなはさらにひざ蹴りを入れた。
「安全運転せい!
『ふはははははは、こいつは人質じゃーーーー、いのちが惜しくばおとなしく止まれ――――!!!』」
芝居がかったりおなのセリフを黙殺して、ヴァイストレーラーは勢いよく加速する。りおなはなんとなくいたたまれなくなった。
「なんか……悪いことしたのう」
気遣われた三浦は、目線を下げて少しだけ哀しげにつぶやいた。
「気にしないでください」
◆
「さってと、やりますか]
大きく伸びをして陽子がクリスタライザーを取り出し構える。
場所はBoisterous,V,Cから少し離れていて、舗装されている道路以外は荒涼とした大地が広がっている。
――――なんかこう、アメリカ映画のハイウェイみたいだね。
「ではお願いします」
チーフに促され陽子は無言でうなずき、クリスタライザーの銀水晶部分を眉間に当て強く念じた。
陽子の回りの砂が、意思を持ったように動き出し淡く光を放つ。
チーフが携帯電話を操作すると、巨大な巻かれた布がその場に現れた。
幅は8mほど、太さは1mほど。地面から少し浮いている、その巨大な布は呼吸でもしているかのように緩んで、膨らんだり締まったりを繰り返している。
「改めて見ると凄いねえ。この状態でも生きてるの?」
「いえ、言うなれば孵化する前の卵のような状態でしょうか。ですが魂の脈動は確かに感じます」
「うん、言われてみれば『心の光』だっけ? りおながぬいぐるみ創るの見てから私にもなんか解るようになってきたわ。
ねえ、私でも『心の光』って使えるの?」
スーツ姿のぬいぐるみは首肯する。
「もちろんです、本来はクンダリニーヨーガなどの、イメージトレーニングに由来されるものです。
それは、ソーイングレイピアなどのクリスタライザーを介在すると、物質を操作するエネルギーとして発露されます。
ほかのクリスタライザーは私たちは確認していませんが、陽子さんが操るグラスクリスタライザーにも微弱ながら『心の光』があります。
イメージを強く保てばさらに大量に注入できるでしょうね」
陽子はこくこくとうなずいた。
「私も、グラスクリスタライザー手に入れたとき、速読法とかDVDでだけど受講したけどさーー。
さすがに『イメージを光らす』っていうのは発想になかったわーー」
陽子は瞑目し深くゆっくりと呼吸すると彼女の周囲の砂が淡く光りながらその形状を変えていく。
大地に広がる赤茶けた砂を純白の綿、グラスウールに姿を変えていった。
それに呼応するように、巻かれていた巨大な布は自然に広がっていく。
綿が全く入っていないので厚さは全くないが、ひとつのぬいぐるみとしては規格外の大きさだった。
厚さはないにせよときどきむずがるようにぴくぴくと動く。目を開けた陽子は大きく息を吐いた。
「ふわーー、やっぱりこうして見ると大きいねえ。チーフさん、この子の身長ってどれくらいだっけ?」
「体長は18m、昔からの表現ではビルの5階か6階くらいに相当します。りおなさんが交戦しているヒュージティングと体長だけは同じですね」
チーフの説明に陽子は少し眉をひそめた。
「それだと、ウェイトとかでは全然負けてるってことじゃない?
それにこの『作戦その二』? 確かにあの金ピカロボと大きさは同じでも中身はクマでしょ? 互角どころかそもそも闘えるの?」
立て続けに疑問を投げかける陽子に、チーフは真顔で答える。
「確かに、ただ単に生命を吹き込んだだけでは、いかに大きくても勝ち目はないでしょうね」
眉間にしわを寄せて抗議しようとする陽子をよそに、チーフは言葉をつなげる。
「ですから我々が用意できる最も大きな身体に、今現在考えうる最強の戦力を搭載して、あのヒュージティングと闘ってもらいます」
――最強の戦力、っていうのが誰かまでは解らないけど、まあやるだけね。
陽子はグラスクリスタライザーをタクトのように揮うと、それに合わせてグラスウールが意思を持ったように動き出した。
「んじゃあ、グラスウールを中に詰めるわね。……全身だと30tくらいか……」
「いえ、せっかくですが、グラスウールを詰めるのは両手足だけで構いません。それでも総重量は8tほどになります。陽子さんにはだいぶ負担になりますが」
「うん、乗り掛かった舟だし、全身詰めるよっかは楽だわ。んじゃチーフさん、ジッパー開けて」
チーフは一つうなずいて右足のローファーを脱いだ。そして左足で跳びあがり大きな布の上に乗る。
右足で優雅に飛び乗ると今度は左のローファーを脱いだ。
左手でローファーを持ち靴下のままふわふわと浮かぶ布の上を歩いた。
首の付け根にある20cmほどの大きなジッパーを持って駆け出すと背中の口が大きく開く。
チーフが手を振って合図すると、陽子はグラスクリスタライザーを構えて念じた。
するとグラスウールはそれ自体が白熱球のように輝きだした。
そのままグラスクリスタライザーを新体操のリボンのように揮う。それに呼応してグラスウールが噴水のように吹き上がり、ジッパーの口から入った。
陽子は周囲の砂をガラス繊維に変えてジッパーから投入すると、ぺしゃんこだった手足は波打つように動き徐々に膨らむ。
陽子は軽い貧血にも似た脱力感に襲われだした。頭からは血の気が失せ、冷汗が額ににじむ。
心配そうに近づくチーフを見て陽子はかぶりを振った。
「私ならまだ大丈夫。その代わりに終わったら、冷たくて甘いもの用意してくれる?」
無言でうなずいたチーフは大きな布の手足の膨らみに目をやった後、りおなに思いを巡らせていた。




