050-1 暴 走 runwild
「……すごい、すごすぎますよ、りおなさん! 身長差だけでも単純に12倍、ウェイトだったら数千倍もあるようなヒュージティング、『キュクロプス』を相手に渡り合うなんて!」
Rudiblium Capsa本社の社員三浦は、感動のあまり芹沢に報告するのも忘れ感嘆の声を上げる。
りおなたちとキュクロプスの闘いの巻き添えを食わないように、ある程度距離を置いてその成り行きを見守っていた。
だが、我を忘れて歓声を上げていた。
しかし、すぐに我に返り携帯電話を操作し芹沢を呼び出す。
【はい、芹沢です。
ああ、三浦か。ソーイングフェンサー、いやキュクロプスは無事か? 今、交戦中か? 場所はどこになる?】
【あっ、はい、今キュクロプスはBoisterous,V,Cの市街地でりおなさん……ソーイングフェンサーと交戦中です。
今現在、被害者は出ていませんが、A地区のショッピングモールが一部破壊されました。
僕が見た感じでは――そうですね、りおなさんと陽子さんが被害を拡げないように食い止めているようですが】
【……そうか、わかった。キュクロプスの闘いを見ておきたい。
三浦、自分の安全を確保する前提で、闘いの様子を動画に収めておいてくれないか? もちろん全部じゃなくていい。
それとだ、もしキュクロプスがそこから移動するときは、またこちらに連絡を入れてくれ、よろしく頼む】
そこまで言うと芹沢は通話を切った。体つきこそ華奢な青年そのものだが、頭部が豆柴犬の三浦はバギーを律儀にコインパークに停める。
携帯電話でキュクロプスとりおなの闘いを撮影しだした。
◆
「おじーちゃん、はりこグマたちってあそこにいるの?」
「チーフさん、あれが『さくせんその二』にさんかするひとたち?」
このはともみじは、アイボリーの着ぐるみを着こんで口々に尋ねる。
お互いに見分けがつくように、それぞれこのはは緑、もみじは赤のちょうちょ結びにしたリボンを前掛けに着けていた。
「ええ、皆さんが協力してくれれば、ヒュージティングと闘っているりおなさんたちの援護ができます」
チーフは車を下りる。
そこにははりこグマの群れ、正確にはりおなが創ったはりこグマの着ぐるみと、防具屋が発注した廉価版の着ぐるみを着た住人たちが大挙して集まっていた。
先導役は、りおなが縫浜市のマンションで創ったぬいぐるみたちや『エムクマとはりこグマ』に出てくる住人達が積極的に務めている。
「では、始めますか」
チーフは携帯電話を操作すると駐車場に丸めた大きな布が現れた。
布は淡く光りながら、アスファルトから数十cmほど浮かんでいる。
かと思うと、意思を持っているかのようにするすると伸びて拡がっていく。
チーフは巨大なジッパーを下げ大きく開いた。
「さあみなさん、順に入っていってください。なるべく大人の方は下の足のほうへ。子供の方は頭や胴体部分に行ってください」
チーフが告げるとアイボリーのクマの群れは、順に開かれたジッパーから大きな布の中に入っていった。
「おじーちゃん、わたしたちも中に入ります」
「これで、りおなさんをてだすけします」
双子が部長に宣言すると、部長は何か言いたそうにしたが、大きく一つうなずいた。
双子もうなずきを返し、布の中に入る。
そのあとでオオカミとキジトラネコの着ぐるみを着たエムクマとはりこグマ、それに細長い紺色のながクマも中に入った。
課長は布の端をもって大きく上下に揺らす。
「これなら、小さいほう一体はなんとか動かせそうね」
ほどなく、駐車場にいたスタフ族は全員布の中に納まる。
チーフはローファーを脱ぐと膨らんだ大きな布によじ登り、勢いよくジッパーを閉じてそのまま飛び下りる。
――――ドクン!
不意に大きな鼓動が一回、駐車場に大きく響いた。
布の塊の一端、二つの耳がついた丸い部分――頭がゆっくりと上がる。
続けて両腕、そして両足ををアスファルトに着け『作戦その二』はゆっくりと立ち上がった。
そしておぼつかないながらもゆったりとした足取りで、駐車場から市街地に歩き出す。
「どうやら、成功ですね」
チーフは真上を見上げ感慨深げにつぶやく。
チーフたちが考案し、りおなが創った『作戦その二』――それは身長6mもある巨大なはりこグマだった。
◆
そもそもの発端はある日のりおなの発言からだった。
陽子やエムクマたちが見守る中、ぬいぐるみ創りの作業の手を休めて、チーフに尋ねる。
「なー、りおなが創れる生命を持ったぬいぐるみって、一番大きいのでどれくらいまで大きくできると?」
チーフはいつもするように、あごの下に手を置いて思案する。
「はっきりとは言えませんが、10~20mくらいなら可能ですかね」
「はーー、やっぱしそれくらいかーー。
いや、なんかおっきいの創って、頭のところにコックピットみたいなもん置いてロボットみたいに操縦できたら面白いじゃろうなーーと思って」
「創るだけなら、たとえば50mほどでも際限なく創れるでしょう。
ですが、単純に等倍、2倍にするのであれば外側の布の面積を二乗の4倍、『心の光』を吹き込む綿の体積は三乗の8倍に相当しますからね。
大きなものを創るとなれば、同じ大きさのものを複数創るよりも作業量が増えます」
「あーー、そっかーー」
「それに、創った後のことも考慮に入れないと」
「あと?」
「ええ、普通のぬいぐるみなら、作った後防水加工などを施してモニュメントなどに使えばいいですが、りおなさんが言っているのは生きたぬいぐるみですからね。
この世界、Rudibliumでは、体格差や外見での差別はないでしょう。
ですが、それでも他と比べて異様に体格が大きいと食べる量もけた違いになりますし、住む場所などそれなりに不便は出るでしょうね」
「んあーー、それもそうか。
こないだダンジョン入ってでっかい自販機と戦ったじゃろ?
あれくらいのんと、一対一で互角に戦えるぬいぐるみがいたらいいにゃーと思って。
そんでも、そうか……そんだけでかいと洞窟の入り口でつかえて入れんかー」
「そう気にすることはありませんよ。冒険者は『落胆する者達』を倒すことで成長しますから」
「んー、そーでなくてマンガのひみつ道具みたいに、状況に応じてサイズ変えられるぬいぐるみがいたら便利じゃなーと思って」
チーフはりおなの提案を聞き流さず、さらに考え込んだ。
「そうですね、少し検討してみます。言われてみれば大きいぬいぐるみがいると便利な状況もあるかもしれません」
そのやり取りを受けて、陽子が右手を顔の高さまで挙げた。
「チーフさん、私も質問。そのぬいぐるみに詰める綿なんだけど、綿花から採れる、いわゆるパンヤだけしかソーイングレイピアの『心の光』って込められないの?
例えばさ――」
陽子の質問に応えるべく、チーフはさらに考え込んだ。
「なるほど、それは発想の盲点でしたね。我々は綿といえば綿花しか思い浮かびませんでした。
確かにそれなら、綿の代用品として有用かもしれませんね」
そのあとで身体の綿を補う形も含めて『作戦その一』、『作戦その二』と段階を経て創られたわけだが――
◆
「やっぱり心配なのは身体の大きさよりウェイト、重さね。見た目は過不足なく膨らんでるけど実際はどれくらい詰まってるのかしら」
「『作戦その一』で創られた着ぐるみが216、ひとり3kgだとすると648kg。
加えてRudibliumで作られた着ぐるみを着た方や一般のスタフ族たちが目算で500にんほどでした。
ですから、外装部分も合わせて2,2tほどですかね。
ただ、りおなさんが『心の光』を吹き込んで補正がかかりますから、実質は6~7tほどになりますし、耐衝撃などの守備力もかなり高いはずです。
では我々も一緒に市街地に向かいましょう」
チーフたちは巨大なはりこグマを先導するため、再度車に乗り込んだ。
巨大なはりこグマは歩いているうちに、身体を動かすのに慣れてきたのか足取りが徐々に軽くなっていった。
歩幅も大きくなりスキップするように歩く。
本人はただ軽やかに歩いているだけなのだろう。
だが、身長6mもの巨大なぬいぐるみが車道を闊歩する様は、普段生きたおもちゃでごった返すこの街にあってなお奇異に映る。
チーフたちは巨大はりこグマの前に回り込むため裏道に入った。
「ところで今のあいつはなんて呼ぶんだ?」
部長が課長やチーフに対して素朴な疑問を口にする。
「『デカいはりこグマ』じゃなんだか締まらんし、適当な呼び方はなんかないか?」
「そうですね……いや、やはりりおなさんに考えてもらいましょう。その方があの大きなはりこグマも喜ぶでしょうし」
車幹線道路に出ると、巨大なぬいぐるみは物珍しそうに信号機を触ってみたり、車を持ち上げて遊んだりしている。
その様子は好奇心旺盛な赤ん坊のようだった。チーフたちは車を徐行してそろそろと近づく。
「おい、あいつははりこグマをただ大きくさせたんじゃないのか? どう見ても生まれて間もない感じだぞ」
「そのようですね、中にいるスタフ族はともかく、ただ単に『作戦その二』として創ったので、特にバックストーリーなどを設定していません。
大きいはりこグマとしてデザインしましたからね。
――さて、どうしたものか」
チーフがひとりごちると、巨大はりこグマはチーフたちが乗っている車に興味を示した。
すぐに近づいてぺたんと座り込んで、しげしげと中にいるチーフたちを見つめた。
かと思えばすぐに両手で車を水平に持ち上げた。部長は慌てふためいて大声を張り上げる。
「おい! 俺たちはガラガラやおしゃぶりじゃないぞ! それにお前はこれからりお……ソーイングフェンサーを助けるんだ。
お前さんのデカいがたいなら、あのヒュージティングともなんとか渡り合えるだろう」
部長の話を聞いた巨大なアイボリーのクマは首をかしげる。と、その時チーフの携帯電話の着信音が鳴った。
【はい、富樫です。ええ、そのようですね。
では『作戦その二』、いやもとい巨大はりこグマとそちらに向かいますので、それまではりおなさんのサポートをお願いします。
ではよろしくどうぞ】
「今のは陽子ちゃん? 何があったの?」
「ええ、天野が『種』を寄生させたトレーラーが、大叢が『キュクロプス』と呼んでいるヒュージティングのもとに辿りついたそうです。
トレーラーにキュクロプスを輸送されては、『開拓村』やノービスタウンが破壊される可能性がさらに高まります。『種』を切除するかさもなくば――」
チーフは車から顔を出し巨大なはりこグマに大声で告げた。
「私たちはこれから大きな仕事があります。それにあなたにも手伝っていただきたいのですが、よろしいですか!?
まずは、私だけ下ろしてこの車ごと二人をりおなさんの所まで連れて行ってください、お願いします」
チーフの頼みを聞いた巨大なぬいぐるみは、一回うなずいた。
チーフが車のドアを開け身を乗り出すと、巨大なクマはチーフの身体をやんわりとつかんだ。
そっと車道に下ろした後すっくと立ち上がる。
そして部長たちの乗る白いハイエースをバースデーケーキでも持つかのように両手で慎重に運び幹線道路を足早に進んだ。
部長はシートから少しずり下がる。
身長6mのアイボリーのクマは軽い足取りでアスファルトを進んだ。
「ふう、おもちゃにされずに済むのは良かったが、なんだか落ち着かねえな。こんな高い所を運んでもらうのはなんかこう……フワフワして落ちつかねえ」




