049-2
【それは本当か!? だとしたらどこにいる?】
その言葉に天野は大仰に肩をすくめ、解らないというジェスチャーをする。
「ただ、言えるのは何か着ぐるみ着て、別のスタフ族になりすましてるってことですねーー。
ひとりひとり身体検査してたら日が暮れますし、ソーイングチェイサーかそのお友達に聞いた方が速いですね――」
【……何か策でもあるのか?】
尋ねられた天野はアタッシュケースを開け、中身をキュクロプスに見せる。
そこにはぬいぐるみに『悪意』を注入し、暴力という形で辺りにまき散らすおぞましい物体『種』がいくつも入っていた。
天野はそのなかでも、ひときわ大きく羽のように羽ばたく四枚の葉が生えた物を取り出す。
「これでそのキュクロプスはパワーアップしますから、頑張ってあのイルカを撃ち落としちゃってください」
『種』はふわりと舞い上がると、キュクロプスの左腕に貼りつく。
次の瞬間、キュクロプスの腕が大きく跳ねた。
操縦者の大叢の意志とは関係なく激しく振動する。見る間に金色に塗装された外装に細く鋭い針が無数に生えてきた。
【これは……】
大叢が感嘆の声を上げる。
「ロボットものの定番、『予期せぬパワーアップ』ってやつですよーー。
さっきソーイングベンダーと戦わせた、ハリネズミのヴァイスフィギュアいたじゃあないですかーー。
それのデータが『ミュータブルシード』に蓄積されてますから。
じゃあがんばってくださーーい」
言うだけ言うと天野はその場から離れた。キュクロプスの腕が自動的に陽子たちに向けられると、ポーチの中にいたソルが今まで以上に唸り声を上げる。
「ヒルンド、離れて!」
陽子が叫ぶのとほぼ同時に、ヒルンドは身体を翻し大きく羽ばたいた。
キュクロプスの左腕が巨大な蟲のように蠕動すると、何十本もの針をヒルンドに向け撃ち出した。
ヒルンドが建物を盾にかわすと、鋭い針は窓ガラスをいともたやすく貫通する。
「おーー! すごーーい、ニードルガンだーー! イルカさーーん、がんばってーー!」
「あいつーー、自分が原因のくせしてーー!」
陽子は逃げつつも大きな建物を旋回飛行して回り込み、天野の後ろを取ってアタッシュケースを奪おうとした。
が、手を伸ばしてあともう少し、という時に瞬間移動でかわされる。
「おーむらぶちょーー! イルカはあそこですよーー、撃っちゃってくださーーい!」
瞬時に最初に現れたショッピングモールの屋上に移動して、キュクロプスに声援を送る。
ヒルンドは先ほどとは比べ物にならない、広範囲での逃走劇を繰り広げることになった。
十分に距離を保ってキュクロプスと対峙していると、陽子にもはっきりとわかるほどの邪悪な気配が辺りに漂う。
陽子がそちらを見た時に背筋に冷たいものが走った。
さきほどのおぞましい物体、りおなたちが『種』と呼んでいた物が、キュクロプスの持っている機銃に憑りついた。
陽子が叫ぶより先に機銃は生物じみた異形に姿を変えた。
意志を持ったように、咆哮を上げながら砲弾を辺りにまき散らしだした。キュクロプスは機銃を両手で持ち、陽子たちに狙いを定める。
砲弾が命中するその瞬間、陽子が目を閉じると何かを弾く音と共に、周囲にフルーツの甘い香りが広がった。
「まーたアイツけ。いっぺんシメたらにゃいけんな」
陽子が目を開けると、そこにはソーイングレイピアを構えたりおなが乗っていた。
「もいっちょ、『トリッキー・トリート、グミ・ショット』!」
レイピアの剣針が輝きを増した。キュクロプスが機銃を乱射するとヒルンドは飛んでかわしキュクロプスの真上を取る。
「『スラッグ・ショット』!!!」
りおなが最後の文言を唱えると、紡錘型の巨大なグミが複数一気に射出される。キュクロプスが反応するより先に機銃が砲弾を乱射しグミを撃ち落とした。
【どうした!? それでしまいか!?】
「もちろん、違うっちゃ」
りおなは瞬時に青いつなぎにピンク色のネコ耳ヘルメットといういでたちの、『ギミック・ミミックス』にイシューチェンジして、キュクロプスの後ろを取る。
巨体が振り返るより先に『ギミック・ミミックス』のサブウェポン『ヒュージ・モンキーレンチ』でヴァイス化した機銃に打撃を加える。
長さ1,2mほどもあるレンチが機銃に直撃し鈍い音が響いた。
――チーフの説明だと、機械系とかヴァイスアロイなんかの、金属製の相手に効果的にダメージを与えるらしいけんど。
『種』でパワーアップしとるにゃあ。構造そのものが変化しとんのか。
銃身が少しへこんだだけで思うようにダメージを与えられない。
ならば、とりおなはソーイングレイピアで憑りついていた『種』を突き刺す。
数瞬痙攣したあと、いびつな種子は枯れるように縮み機銃から剥がれ落ちた。
返す刀でりおなは逆袈裟に巨大なレンチを振りぬく。一瞬で機銃を部品ごとばらばらに破壊した。
【貴様! よくも!】
キュクロプスが左腕を揮って針を射出しようとするより一瞬先に、りおなは腕に憑りついていた『種』を斬りつけた。
キュクロプスの左腕の禍々しい変化は消え元に戻る。
「これでようやく振りだしに戻せたっちゃ」
りおながつぶやくと、キュクロプスは拳の乱打でりおなを執拗に攻めたててきた。
――おーー、こわ。
んでもヴァイスフィギュアとかヴァイスアロイなんか、りおなよっかおっきい相手とだけ戦ってきたからにゃあ。
りおなにとってはでかいロボットの直接攻撃は、かわせんもんではなか。
スウェーバックや軽やかなフットワークで紙一重でかわしていく。
【おのれ、一撃当たれば貴様など……!】
搭乗者の大叢は声を荒げるが、りおなからすれば事前にシミュレーション済みのことだ。
チーフのアドバイスを心の中で反芻する。
――ヒュージティングのような大きな相手は、長いリーチやパワーが強みと言えますが、決定的とも言える弱点も確かに存在します。
それは――――
キュクロプスの拳が、唸りをあげてりおなめがけて振りぬかれる。
りおなはヒュージ・モンキーレンチで、軌道をわずかにそらし懐に潜り込む。
キュクロプスの搭乗者用ハッチめがけ腕を振りかぶり、一気に殴りつけた。
――リーチが大きすぎることです。
長い腕から繰り出される一撃は確かに強力ですが、撃ち込む瞬間や軌道さえ把握できれば、出すタイミングがわかりきったテレフォンパンチに過ぎません。
「『ゴブリンパンチ』!」
派手な衝撃音と共にキュクロプスの胸部がへこみその数十トンもある巨体がのけぞった。
りおなは着地し自分の手を見るが少し熱を持ったくらいで痛みは特にない。
【なんだと……? 何故生身の人間がそんなに強化される!?】
「聞きたきゃそのオモチャから降りるっちゃ。分かる範囲で説明したるけ」
りおなが今装備している装備『ギミック・ミミックス』は今まで倒した相手。
ヴァイスフィギュアやヴァイスアロイ、スタグネイトなどをデータ化して何体分かセットできる。
それにより、生身を遥かに超えた身体能力が身についたり特殊な魔法、技が使えるようになる。
どのように強化するかは選んだヴァイスの種類にもよるが、今のりおなは|悪意を注入された合金ロボ《ヴァイスアロイ》、グリズリーやヴァイスフィギュアリザードマンなど、攻撃力や守備力に特化したヴァイスをセットしていた。
その甲斐あって、一見勝負にならないようなキュクロプス相手でもなんとか渡りあえている。
りおなが息を一つ吐くとヒュージレンチを構え、キュクロプスと対峙した。
「もーー、そんなに体格差があってなんで圧されてるんですかーー? ダメでしょーー、もーー」
天野が屋上で両足をぶらぶらさせていたが、すぐにアタッシュケースを開けた。
中から『種』を取り出そうとした瞬間、ヒルンドが背後から近づきアタッシュケースを奪おうとしたがそれより一瞬早く、天野は姿を消した。
「今、手持ちの『ミュータブルシード』まだまだあるんですよ。パワーアップしますぅ?」
天野はキュクロプスの肩に乗り今しがたと同じように両足を交互に揺らしながら大叢に尋ねる。
りおなは先ほどとは比べ物にならない『悪意』を感じて、キュクロプスから反射的に距離を取った。
邪悪な気配が大気に満ちるのと同時に、キュクロプスの手足がいびつな変貌を遂げる。
最初は下半身、両足からだった。
太もも部分が膨れ上がり膝が前にせり出すのと同時に脛とつま先から踵が長く伸びる。
ほぼ同時に両腕がそれぞれ異質な変化を遂げていた。
右腕は長くうねって吸盤が多数ある細い触腕。
左腕は鋭い刃が何本も生えた鎌が、それぞれ外装部から生えてきた。
どの部分も金属製でありながら生物じみた生々しさがある。りおなは反射的に身震いした。
そんなりおなの横に天野が唐突に現れた。敵意をむき出しにするりおなに対し、天野は上体を左右に揺らしながら話し出す。
「えーーっと、いちおう説明すると、下半身、両足がぁシカに似た草食動物、ガゼルでぇ、左腕がカマキリ。
そんで右腕がタコのヴァイスフィギュアのデータがプリインストールされてますんで、なんとか対応してください。
んじゃ私は用事がありますんで、しつれいしまーーす」
言うだけ言うと天野は現れた時と同じように瞬時に消え去った。
【よーし、これで機動力は互角、いやお前たち以上になったわけだ。
今度こそお前たちを捕縛する。覚悟はいいな!?】
キュクロプスが膝を曲げ一気に跳躍すると、上空を旋回していたヒルンドと同じ高さまで飛び上がった。
旋回するより一瞬早くキュクロプスの右腕、タコの属性を持つ金属製の触腕が大きなヒレをつかむ。
【ようやく捕まえたぞ! おとなしく投降――】
その時、りおながレイピアでヒルンドに絡みついていた触腕を切り落とした。
いつの間にかキュクロプスの右肩に普通に乗っている。これには陽子やヒルンドだけでなく搭乗者の大叢も驚きを隠せない。
【貴様! なんでここにいる!】




