048-3
「言われんでもアンタは止めちゃる。まずはそのデカいオモチャから降りんかい」
大叢は戦慄し、声がする方を振り向く。
そこにはごく至近距離で、ソーイングレイピアを構えるりおなの姿があった。
「全く、こんなでかいもんよく造るにゃーー。こういう人型ロボットって格好ばっかりで、値段が高すぎてムダばっかり出るって聞いたけんど」
りおながトレーラーの貨車に乗り、他人事ながらぼやき出す。大叢は外付けスピーカーでがなりだした。
【おい! 誰に断わって乗っている! さっさと降りろ! 俺はこれからお前たちの開拓村を潰しに行く!】
「そんなこと言われて『はいそーですか』って言うヤツの顔 見てみたいわ。
今降りてくれればこっちも何もせんわ。
ただ、いろいろ壊したりみんなを泣かすヤツには、りおなは容赦せん。相手がぬいぐるみでもやっつけるわ」
【ふん! それこそそんな要求飲めるか!
まあいい、お前に構っている暇はない。相手はこいつらがしてくれるそうだ】
大叢はハッチを少し開け、そこから人形をバラバラと車道に投げる。と同時にトレーラーを発車させた。りおなが合図を送るより先にチーフたちが乗ったハイエースはいち早く発車していた。
りおなは待てと叫んだが、その言葉は届かなかった。アスファルトの上ではフィギュアたちが悪意を吸って膨れ上がりつつある。
「あーー、もうこればっかし。手持ちのフィギュアが増えるのは嬉しいんじゃけど、時と場所考えて欲しいわ」
りおなは膨張途中のヴァイスに突きを見舞うが剣針が当たった部分から大量の黒い煙『悪意』が噴き出す。
――なんじゃと? 膨らんでる最中は、怪人フィギュアにダメージ与えられんのかい、前もって言っとけ。
悪意に満ちた人形は合計四体、それまでの動物のデザインからかけ離れたパワードスーツや、サイボーグ。
それに塩化ビニルでできてはいるが、ロボットなどSFがモチーフのものだった。
一様に戦いなれた様子でりおなを取り囲む。見えなくなったトレーラーの方をちらりと見るとりおなは小さくつぶやく。
「――――『疲れた時こそ、リズミカル』」
数分後、りおなは苦戦しつつもヴァイスフィギュアを倒した。
アスファルトに落ちている人形を拾い上げた。
大叢の後を追おうとすると、その時四輪バギーが来た。見覚えのある相手をりおなは呼びつける。
「うん、あんた通りがかってよかったわ。走っても追いつけるけど疲れるけ」
りおなは三浦が運転するバギーの後ろに立ち乗りする。一方の三浦は両肩に手を乗せられて困惑しながらハンドルを握っていた。
「……あの、このことは、大叢部長には……」
「ああ、悪いようにはせん。トレーラー見かけたら、りおな降りるけ。それよりだいぶ離されたから飛ばして」
――尊敬する芹沢課長は『この世界を改変する』、大叢部長は『開拓村を破壊して現行を保つ』。
五十嵐さんは何も言わないけど、各地を調査してそのレポートを辛辣にだけど、簡潔なレポートにまとめ続けてる。
三浦は芹沢に指示されたまま、キュクロプスを載せたトレーラーを追っている。
彼には、今現在の自分の立ち位置がよく解らなかった。
例えばどこかの派閥に入りそこに尽くすということもない。
だからといってあちこちにいい顔をしながら、状況次第でいい方に取り入り漁夫の利を狙うなどということとも無縁だった。
一般のスタフ族と変わらないほど善良で勤勉、相手の言葉を疑う事を知らないグランスタフ三浦は混乱していた。
何が正しいのか誰を信じればいいのか彼自身には解らない。ただ指示されるままハンドルを握り大叢部長を追う。
そこで三浦は気付いた。今日のこともそうだが、自分は言われるまま疑問を抱くことなく行動している。
芹沢はいつも自分の立ち居振る舞いをほめてくれるが、同時に『相手を疑うことも必要だ』とも言っていた。
――あの言葉の真意はどこにあるんだろう。
例えば芹沢課長も自分の後ろに乗ってるソーイングフェンサーさんも、立場がちがうとはいえ、自分が信じるもの、守るべきもののために戦っている。
でも、僕は……
三浦がしばらく考え事をしていると聞きなれないコール音が聞こえてきた。後ろに乗っているりおなが通話を始める。
【りおなさん、今大丈夫ですか?】
【おう、なんじゃ?】
【今陽子さんがBoisterous,V,Cで『作戦その二』の協力者を集めています。
ヒュージティングを止めるのは、Boisterous,V,Cの南側、比較的建物や住人たちがいないエリアにしましょう。
やつは現在コンビナートを走り抜け、市街地をまっすぐ突っ切って開拓村に向かうはずです。
下手に市街地戦を挑むのはいたずらに被害者を殖やすだけです】
【わかった、んで、双子の子ぉらは、どっか安全な場所に避難さしといて】
【部長もそう言ったんですが、二人とも『作戦その二』に加わると言って聞かないので、そのまま乗せたままです。
はりこグマの着ぐるみを着ていれば、なまじな装備よりも守備力が高いですから――】
「すいません! ソーイングフェンサーさん! 今富樫主任と話してるんですか!?」
三浦は急ブレーキをかけた。りおなは思わずつんのめる。
「うぉっ!」
「すいません、通話変わってもらえますか?」三浦はりおなから携帯電話をひったくるように取りチーフと話し出す。
【富樫さんですか!? お世話になってます、開発部所属の三浦と言います!】
【ああどうも、富樫です。何かご用ですか?】
【いえ、用というかお聞きしたいことがありまして。
あの、富樫さんは開発部でも同期の芹沢さんと競うように成果を上げて、業績はトップだったそうじゃないですか?】
【ええ、そんな頃もありましたね】
【でも、花形部署の開発部門を蹴って、窓際も窓際の極東支部へ自分から異動したじゃないですか。
それは何故なんですか? 今そんな状況じゃないっていうのはよく解ってるんですけど一度聞いておきたいと思いまして】
チーフは少し思案した後口を開いた。
【そうですね、あまり偉そうなことは言えませんが、私なりに『原点に帰る』ということに忠実になったらこんな感じになりましたね】
【……原点……】
【ええ、異論や反論はあるでしょうが、やはり『ぬいぐるみは人間を癒すもの』と私は考えています。
事情こそわかりませんが、何か問題か悩みを抱えているようですね。
迷っているなら、最初の気持ちに立ち返ってみてはどうでしょうか】
【最初の……】
【例えばそうですね、最初にグランスタフになった時の気持ち。
あるいは入社した時の、開発部門で成果を上げた時など様々な『最初』があります。
今の状況や考えが、その時の気持ちより優先されるということは、必ずしもないですが指標にはなると思います。
こんなところでいいですかね?
一度じっくり話したいですが我々も急いでいるので。
ではりおなさんをBoisterous,V,Cまで連れてきてもらえますか?】
【はっ、はいっ! お安いご用です!】
【お願いします】
三浦は携帯電話をもってなぜかうっとりしていた。たまりかねたりおなはバギーのクラクションを鳴らす。
「取り込み中悪いけんど、りおな急いでるけ、急いでくれんか」
「はっ、はいっ!喜んで!」
三浦はまたハンドルを握る。この少女を乗せていけば何かわかる。そう信じてアクセルを握り直した。
◆
同じ頃、陽子はBoisterous,V,Cの中でチーフが発案し、りおなが形にしていた『作戦その二』の協力者を募っていた。
――チーフさんの説明だと『作戦その一』、つまりはりこグマの着ぐるみを着たぬいぐるみさんたちをメインに街の南端、開拓村に一番近い場所に集めておいてほしいっていうことだったわね。
陽子は、りおなが創ったぬいぐるみたちと一緒に希望者を集めていた。
――でも全部はこのひとたちに説明できないし、おもちゃの国のひとたちだけあって集まりとか楽しい事が好きなんだろうね。
なんか和気あいあいとしてて、どうにも調子が狂うなあ。
「そりゃね、
『大叢って言う本社のキレた部長が、巨大ロボを輸送して開拓村を壊しに行くから、阻止するのを手伝ってくれ』
って言っちゃったら、集まるものも集まんないけどさあ……」
陽子はエムクマとはりこグマを連れながら、住人たちを誘導し着ぐるみの下で息を吐く。
――このひとたちには『これからみんな一緒になって大きい事をする』くらいのざっくりした説明しかしていないからなあ。
にもかかわらず、スタフ族たちは何も疑うことなく集まってくる。
念のため、と課長から相当額のRudiblium通貨をもらい、お菓子屋でかなりの量を買い込んで希望者に渡して回る。
その甲斐もあって、たいした説明もないままぬいぐるみたちは順調に集まっている。現代日本ではまず考えられない光景だ。
チーフは「もしヒュージティングと市街戦になった場合バラバラに逃げ回るよりも『作戦その二』に参加していた方がより安全だ」と説明していた。
「そうは言ってもねえ、こののほほんとしたヒトたちを巻き込むのはねえ、なんだかなーー」
◆
Boisterous,V,Cのホテルの一室で、アイボリーのクマが群れて移動するのを見下ろしながら、微笑みを浮かべて紅茶を飲む少女がいた。
背格好は高校生ほどか、いわゆる美少女でこの異世界Rudibliumにあって人間の姿そのままだ。
服装はブレザーに酷似しているが、体の各所に植物の葉のような意匠が施されている。
そして、テーブルには双子螺旋の木の枝の意匠の杖があった。
「それで、どうします? このまま大叢部長は放置しますか?」
質問に対して少女は嫣然と微笑み、無言でアタッシュケースに視線を送る。
尋ねた方は無言でうなずき、アタッシュケースの中身を確認するとそれを持って一礼しそのまま部屋を出ていく。
少女はまた部屋の外を見下ろす。
部屋の外の喧騒とは裏腹に少女の時間は和やかに、だが刻一刻と過ぎていった。




