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048-2

【では、『キュクロプス』というのはどうでしょう。

 人間世界に伝わる、神々よりも古い巨人族の末裔で巨大な一つ目が特徴です。このヒュージティングは頭部用カメラが一つだけですしね。

 今言ったキュクロプスというのは、人間界の神よりも先に地上に栄えていた種族です。

 天空神ウラヌスと大地母神ガイアの息子たちで、兄弟のヘカトンケイル族とともに――】


【そんな説明はどうでもいいが、その名前は気に入った! 

 よし、機関始動! 微速前進! 『キュクロプス』発進!】


 意気揚々とヒュージティングを操縦する大叢だったが、その様子は泥濘(ぬかるみ)を進む子供のように覚束(おぼつか)ないものだった。

 本社裏口は舗装が薄いためか、キュクロプスが一歩進むたびにアスファルトが砕け路面が崩される。たまりかねた芹沢が携帯電話で進言する。


【大叢部長、間もなくトレーラーが来ます。輸送した方が速いのでそこでお待ちください】


 だが、キュクロプスは大股で幹線道路に向かった。天野はなにが面白いのか小躍りしながら拍手している。これにはさすがの芹沢も顔を下に向けた。

 機嫌でも悪くなったのか、珍しく足をせわしなく踏み鳴らしだした。

 その足元を五十嵐は一瞥(いちべつ)するが、やがて目をそらしキュクロプスを見やる。鋼鉄の巨躯はまだ視界の届くところを大股で歩いていた。


「ふう、これは大叢部長と密に連携をとる必要があるな。三浦、悪いが連絡係をしてくれないか?」

「えっ! 僕ですか? 僕はアスファルトが砕かれてますから、総務部の土木維持管理課に連絡して、舗装工事をやり直してもらうよう伝えようと思ってましたが……」


 それを聞いた芹沢は一旦足踏みをやめ、そばにいた五十嵐に感慨深げに言う。

「その発想は無かったな。聞いたか? 五十嵐。

 やはりお前はサラリーマンの(かがみ)だ。今のうちから事後処理を考えているなんてな。

 その連絡は俺たちでやっておく。会社の備品で四輪バギーがあるんだ。キュクロプスとは絶えず距離を取って、現状を逐一俺たちに報告してほしい。

 まずはキュクロプスがどこにいるか、それにソーイングフェンサーとの交戦状況。

 最後にこれが一番重要だ。Rudibliumの施設その他の被害状況、これを随時こちらに連絡してくれ。

 この役目は危険が伴うが、お前が一番適任だ。頼んだぞ」


 五十嵐は無言でうなずく。言われた三浦はまばゆいばかりの笑顔になる。

「はいっ! 僕なんかを信頼してくれてありがとうございます! がんばりますっ!」

 三浦は頭を下げると駆けだしてその場を離れる。あとには芹沢、五十嵐、それに天野が残された。


「さて、これからどうするか。とりあえず天野は社長に大叢部長が出撃した、そう伝えてくれないか」


「はーーい、りょーーかいでーーす」

 天野は芹沢たちに仰々しく敬礼したあと、妙なポーズを取り姿を消した。


「ふう、瞬間移動(ポータル)か。便利な能力だが、使うやつが使わないと宝の持ち腐れだな。

 五十嵐は俺とヒュージティングの事後処理に回ろう。……なんだ? どうかしたか?」

「さっきの靴音だが、わざわざモールス信号で伝える必要があったのか?

 俺だけに伝えるならメールでもなんでもよかったろう」


 芹沢が靴を不規則に踏み鳴らす音、それは不機嫌だったからではなく五十嵐だけに自分の憶測を伝えるためだった。


「まあ警戒するに越したことはないからな。それにあえてアナログな手法で伝えるのも、面白いと思ってついやった。内容はわかったな?」


「ああ、心配しなくても俺は無駄口は叩かん。それに今さら驚くような情報でもない。

 心配なのはヒュージティングだ。何をどれだけ壊すのか見当もつかない」

 言いながら五十嵐は本社ビルへ戻る。芹沢も後に続いた。



   ◆



 Rudiblium本社から500mほど進んだ所で、『キュクロプス』を操縦する大叢は本社に向かう巨大トレーラーを発見した。

 鉄の巨体で大きく両手を振る。

【おい! あまり遅いからこっちから出向いてやったぞ! 早く方向転換しろ!】


 驚いたトレーラーの運転手はキュクロプスの近くに停車する。


「はい、申し訳ないです。今まで伍番街、Rudiblium本社の巨大ゲートが閉まってまして、開くまで駐車場で待機してました。これが遅延証明書です」


 キュクロプスの外見と大叢の剣幕におののいたブルドッグ顔の運転手は、こわごわ書類を運転席から大叢に見せる。

 キュクロプスは五本指のマニピュレーターで紙切れを奪い取り、親指と人差し指で書類をすり潰した。

 さらに怯えた運転手は、それでも空のトレーラーをなんとかバックさせ、もと来た道を戻るよう方向転換した。

 空の荷台に『キュクロプス』が乗り込み、両足と腰部分をワイヤーとジャッキで固定して、上体は起き上がったまま腕で貨車をつかみ固定させる。


【よし、出発しろ! 目的地は『ノービスタウン』のさらに南、開拓村だ!】


 大叢の怒号を合図に、運転手はトレーラーを発車させる。

 ものの1分もしないうちに、対向車線から白いハイエースが走ってきた。大叢はキュクロプスの後部カメラで確認すると運転手に一言告げる。


【止めろ】

「はっ! はいっ!」

 運転者はブレーキを目いっぱい踏みトレーラーを停車させた。ハイエースも前方で停車する。

 大叢はキュクロプスのハッチを開けハイエースに向けてアナウンスする。


【ソーイングフェンサー! 予告通り俺はこの『キュクロプス』でお前のぬいぐるみが創る開拓村を破壊する! 止められるものなら止めてみろ!】


 返事の代わりに色とりどりの魔法弾、巨大なグミが飛んできた。グミはキュクロプスの腕や肩に当たるが鈍い金属音を立てるだけでびくともしない。

 大叢がほくそ笑んでいると、不意に空いたハッチの横から声がした。




「言われんでもアンタは止めちゃる。まずはそのデカいオモチャから降りんかい」

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