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047-3

「どうやらおとなしく投降するようだな。さあ、おとなしくはりこグマをこちらによこせ」

 りおなはひとつ息を吐きチーフに視線を送ると、チーフは無言でうなずいた。


 ――まあ作戦なんて、勝つためのもんでなくて保険みたいなもんやけ。


 りおなは心の中でつぶやくと、ハイエースのスライドドアを開ける。

「あっちのヤツが呼んどるさけ、はりこグマ、行ってくれん?」


 前掛けを着けたクマは大きくうなずく。そこへ双子がクマの腕をつかんで引き止める。


「りおなさん、なんでですか? あんなやつにわたしちゃだめです!」

「はりこグマは、りおなさんがつくっただいじなおともだちでしょう? ぜったいいやです!」


 双子は必死にこらえていたものが決壊しそうで、今にも泣きそうな顔だ。

 その様子を見ていた部長は、こらえ切れずに目をそらす。

 だが、チーフはいっそ冷酷ともいえるほどの無表情のまま双子の手を引きはがしにかかる。


「これもRudiblium全体、そして皆さんの未来のためです」

 いつも通り淡々と双子に説明する。

 その台詞で、大叢に胸ぐらを掴まれて持ち上げられても、相手を見据え続けていた双子が、両方ともわあわあ泣きだした。

「うわああああああん! そんなあ!」

「うわああああああん! いやです!」


 チーフは双子の手をやんわりと外す。

「りおなさん、これ以上引き延ばしても誰のためにもなりません。大叢に引き渡しましょう」


 りおなはクマのぬいぐるみを抱き寄せるが、アイボリーのクマは手足を動かし暴れだす。双子は嗚咽(おえつ)したままだ。


「うん、なんだかいたたまれんくなってきたわ。

 おーーい! 今から渡すけ、そのロボクマひっこめといて」


 りおなは小さいクマと手をつないで大叢に近づく。灰色の顔を持つグランスタフはヴァイスアロイ・グリズリーを片手で制した。


「ふん、最期まで抵抗するかと思いきや、意外と殊勝じゃないか。

 いいだろう、そういう態度は嫌いじゃない。今の今までムーバブル、ヒュージティングを開拓村までトレーラーで輸送して叩き潰そうかと思っていたが、気が変わった。

 ヒュージティング輸送は取りやめにしよう。

 いいだろう、はりこグマは俺の方で大事にする、約束しよう」


 それを聞いたりおなたちは一様に顔をしかめる。

 双子が泣きじゃくっているのを、部長や課長がお菓子を見せてなんとかなだめにかかっていた。


 大叢は下卑た笑みを浮かべてしゃがみこんだ。アイボリーのクマを抱き上げるが、クマは大叢の顔を押しのけて何とか離れようとする。

 りおなはいつも以上に不機嫌な表情で、その様子を見ていた。


「どれ、生命を吹き込む縫い針、『白銀の針』はどこだ? 前かけの裏か?」

 大叢はクマの身体をあちこちまさぐったり前かけを無遠慮にめくったりする。

 だが、針どころかめぼしい道具は何も持っていなかった。


「ははあん、貴重な物だから隠し持っているのか。どこだ? ……このジッパーが怪しいな」

 大叢はクマの背中についていたジッパーを乱暴に開けた。

 ジッパーを端まで下ろすとアイボリーの布の中から真っ白い布地が現れる。大叢は今にも涎を垂らさんばかりに中を見ていた。

 その様子を見たりおなは唇を尖らせ心の中でつぶやく。


 ――これで『作戦その一』開始か。

 まー、どっちにしたってこいつらとの戦いは避けて通れんけんのう。



  ◆



「これが『作戦その一』かーー。まーー、攪乱(かくらん)っていうの? 目くらましにはぴったりだけどね。

 まさかここまで流行るとは思わなかったわーー」


 Rudiblium Capsa本社に最も近い、Boisterous,V,Cで陽子は一人感嘆の声を上げる。


 歩道を歩くと五分もしないうちにりおなが創った『作戦その一』を着たスタフ族が表を闊歩(かっぽ)していた。

「りおなが創ったやつ以外のも出回ってるみたいだけど、流行り過ぎじゃない?」

 陽子は一人つぶやくと、今朝まで自分たちが泊まっていたホテルに向かう。


 ホテルのロビーには大勢のおもちゃたち、ぬいぐるみやブリキの人形、少ないが美少女フィギュアなどが滞在していた。

 陽子はドーム状のアイテム『ポータブルシェルター』を片手に目当てのぬいぐるみたちを探す。


「ええっと、ながクマさんはっと」

 陽子は目的の一団を目で追う。

 喫茶コーナーに探していた縦に細長い紺色のクマ、ながクマはいた。

 りおなが創ったぬいぐるみの団体、その中に大きめの白オオカミと比較的小さめのキジトラ模様のネコのぬいぐるみが仲良くミルフィーユを食べていた。


「大丈夫だった? エムクマと、それから、はりこグマ(・・・・・)


 名前を呼ばれたぬいぐるみたちは、陽子に手を振って頭の部分を脱いだ。

 そこからオレンジ色の無表情なクマと、少しだけはにかんだアイボリーのクマの顔が現れる。

 それを見た陽子は大きく息を吐く。


「まあぬいぐるみだからできることだよねーー。着ぐるみで(・・・・)影武者(・・・・)創る(・・)だなんて。

 あっちは大丈夫かな、バラしたらもうガチ勝負だろうけど、話し合いが通じる相手じゃないしね。

 ……それにしても、まだ売り出して二時間も経ってないんでしょう? 凄い増えたねーー。

 君たちが変装してるってチーフさんに聞かされてなかったら、ひとりひとり訊いて回ってるとこだったわ」


 陽子は感心しながら辺りを見回す。

 ホテルロビーの中にもりおなが創った『作戦その一』、つまりは はりこグマそっくりの着ぐるみ姿のスタフ族がたくさんいた。


 代金が中銀貨一枚、日本円にして500円ほどと子供のおこづかいでも買えることでりおなが創っていた着ぐるみは販売数分で完売していた。


 りおなが創った『はりこグマ着ぐるみ』は仮に身長や体格が着ぐるみよりはるかに大きくても普通に着られる。

 その上、体格がはりこグマと全く同じになったりソーイングフェンサーの『心の光』による各種補正効果がついていた。


 それに加えチーフが防具屋の主人に発売日以前に『ソーイングフェンサーが創った小さいクマの着ぐるみを売り出す』と宣伝していた。

 そのために、品切れになるのを先んじて予見していた防具屋が、知り合いの洋裁店すべてに発売日より先にはりこグマの着ぐるみを多数発注していた。


 この廉価版は体格を補正させる効果こそないにせよ、サイズをSからXXLまで多数揃えていたため様々な種族が買い求めていて売れ行きは好調。

 さらに防具屋が他のおもちゃ屋やお菓子屋、ファンシー雑貨点などに教えたために各店舗はこぞってはりこグマグッズを大々的に販売しだした。


 オリジナルの『作戦その一』ことオリジナルのはりこグマ着ぐるみはたった216着しか販売されていない。

 だが、その余波や経済効果はすさまじくBoisterous,V,Cはにわかにはりこグマ祭りともいえるくらいの異様な盛り上がりを見せていた。


 不意に陽子の携帯電話が鳴る。りおなたちとの連絡用にチーフに渡された物だ。


【はい、こちら『フェンリル』。用件は?】


【こちら『ケット・シー』、対象『グレーヘッド』にミッションNo1が発生、

 速やかにミッションNo2に移行。

 なお、『グレーヘッド』は当初の予想通り『アイアンジャイアント』をトレーラーにて開拓村へ輸送する模様。以上】


 そこで通話が切れた。言うまでもなく『フェンリル』は陽子、『ケット・シー』はりおなのことで、今回の作戦を進めるにあたってチーフが二人に与えた呼び名だ。


「ふーー、んじゃ行くかーー。エムクマ、はりこグマをお願いね。あとこの子たちと留守番してて」


 陽子はポータブルシェルターのスイッチを押すとRudiblium本社から非難させてきたぬいぐるみたちが現れる。

 陽子の頼みにオレンジ色のクマはうなずきを返す。エムクマとはりこグマはそれぞれ着ぐるみのフードをかぶり直した。



   ◆



「だっ! 誰だ、お前は!」


 大叢はアイボリーのぬいぐるみを抱えたまま頓狂な声を上げる。

 抱えられたぬいぐるみは顔部分を脱いで大叢に告げた。


 残念だったな、おれ(・・)ははりこグマじゃない――


 白地に黒い耳の犬の顔が現れ、大叢の胸を蹴って腕から逃れた。


 ――おれはジゼポ、きこりのジゼポだ! おまえがなにをしようがかまわんが、かいたく村はおれたちの村だ! ぜったいちかづくな!


 ジゼポが大叢の足に殴りかかろうとしたが、それより先に大叢が犬のぬいぐるみを真上からにらみつける。

「たかだかスタフ族風情が、俺に対して命令とはいい度胸だな! はりこグマをこちらによこせば開拓村は大目に見ようと思っていたが、気が変わった!

 ムーバブル・ヒュージティングで完膚なきまで叩き潰す!」


 大叢は足元にいるジゼポを蹴り飛ばそうとしたが、そこにりおなが割って入った。


「交渉決裂だな、もっとも貴様らは遅かれ早かれ倒す予定だったが」


 そこに巨大なトレーラーが突っ切ってきた。りおなはジゼポを抱え車道を離れる。


「あのトレーラーでヒュージティングを輸送する! お前たちはそこで指をくわえて見ていろ!」


「やなこった、アンタらはここで止める!」


 りおなは一気に距離を詰め大叢の肩を一突きしようとしたが、直前に不思議な動きでかわされた。


 ――なんじゃ、今の動き。テレポートでもしたんか?


 りおなが(いぶか)っていると大叢の後ろから見覚えのある、だが見たくもない相手が姿を現す。


「どーもー、すいませんねーお取込み中」


「アンタは…………」


 りおなは絞り出すようにつぶやく。そこにはピンク色の美少女アイドルのような姿のグラン・スタフ、天野がいた。


「ここで大叢ぶちょーにリダツされるの困るんですよー。

 ぶちょー、今からヒュージティングを積んだトレーラーに連れてきますケド、どーします? かいたく村まで運転します?」


「もちろんだ! 俺の手で開拓村をぶっ潰す!」


「だ、そーですよ。どーしますか? ソーイングジェンダー(・・・・・)さん」


 天野は二つのトランクを大叢に渡しながら尋ねる。

 問いを投げかけられたりおなは偏頭痛をこらえるような表情をしつつ、無言でレイピアの剣針を天野に飛ばした。

 天野は大叢を伴って消え去る。


 ――んじゃ、ぶちょーをトレーラーに乗せますんで、ガンバって止めてください。ではヨロシクドーゾー。


 虚空に耳障りな声が響く。りおなはトランスフォンを取り出し陽子に連絡を取った。



 大叢と天野は瞬時に本社裏口に着いた。憤懣遣るかたなしといった大叢は方で息をしている。

「あちらにヒュージティングが用意されてるみたいですよ? ぶちょー」

 返事を待たずに大叢は刺されたほうに駆けだす。

 その様子を見た天野は大叢の背中を見てひとりつぶやく。




 せいぜいかませ犬役、ガンバってくださいね、おーむらぶちょーー。

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