047-1 召 喚 summonvalet
「りおなちゃんは、部長と合流できたかしら」
大柄な身体に似つかわしくない淡いイエローのフィアットを運転しながら、課長は助手席のチーフに尋ねる。
「いえ、幸か不幸か先に大叢に接触しました。この反応は……ヴァイスと交戦しそうです」
チーフは携帯電話を操作しながら説明する。
「それは、どっちのヴァイス? Rudiblium製? それとも……」
「この反応は、両方です。大叢は経緯は不明ですが、どこからか『種』を入手しています」
後部座席では前かけを着けたアイボリーのクマが助手席によじ登り、チーフの耳をぺしぺしと触る。りおなのことが心配なようだ。
「大丈夫ですよ、はりこグマ。りおなさんのことは確かに心配ですがここは部長たちとの合流を優先しましょう」
「りおなちゃん、気をつけて」
課長は幹線道路を避けながら、ビル街の間を走り抜けた。
◆
「アンタ、なんでそんなもん持っとうと?」
前傾姿勢を保ったままりおなは大叢に尋ねる。
問われた大叢は左手で無造作にハリネズミのぬいぐるみを首をつかみ、自分の上を羽ばたいている『種』を見ながら酷薄そうな笑みを浮かべる。
「ああ、これか? 広報課の天野にもらった。こことは違う異世界のテクノロジーらしいな。
Rudibliumとは違って手軽にヴァイスフィギュアを生み出せる。まったくもって素晴らしいよ」
「そうじゃなか、アンタが左手に持ってるぬいぐるみじゃ。言ってまえばアンタらの先祖みたいなもんじゃろ」
大叢はさらに口の端を吊り上げる。
「何を言ってる? これはただの布と綿の塊じゃないか。
我々偉大なぬいぐるみとは似ても似つかない。こんな物が大事ならくれてやるよ」
灰色の腕がぬいぐるみを乱暴に放り投げた。車道に投げられたぬいぐるみは当然のように黙して語らずアスファルトを転がる。
りおながハリネズミのぬいぐるみを拾おうと駆けだした瞬間、宙を舞っていた邪悪な種子『種』はぬいぐるみの首元に腹部の針を突き刺した。
――くっ、このっ!
りおながレイピアで『種』を突き刺そうとした瞬間、ぬいぐるみから大量の鋭い針が噴き出すように一気に伸びてきた。りおなは歯噛みしてその場を離れる。
「俺はその『ミュータブル・シード』の性能を知らないんだ。よく見せてくれ、ソーイングフェンサー、大江りおな」
大叢は手に持っていた人形を全てアスファルトに投げていた。上空の黒い霧が人形たちに降りてきて吸い込まれて、見る間に膨れ上がる。
Rudiblium製の動くゴム人形、ヴァイスフィギュアは三体、合金製のヴァイスアロイは一体。
それぞれシャムネコに陸ガメ、それにダイオウグソクムシ。合金製のはヒグマを模したロボットのようなデザインだ。
それに大叢が放り投げたハリネズミのぬいぐるみは既に『種』に浸食され、体長2mほどのハリネズミに人間を混ぜたようなデザインになっていた。
軽く身震いしただけで、背中を覆う鋭い針同士が当たり妙な音を立てている。
りおながはめているコンタクトレンズには、目の前のヴァイスの名前『ヘッジホッグマン』と表示されていた。
「……ふっ……ざけんなっ!」
りおなは小さく叫ぶ。その怒りは大叢の振る舞いではなかった。
――恐らくセリザワが創ったんじゃろ? あのヴァイスフィギュアのデザインはーーーー!
どんな生き物を選んどんのじゃい! あのセンス見てツッコまずにいられっか!
コンタクトレンズ越しに見えるダイオウグソクムシの表示名は、『ジャイアント・アイソポッドマン』となっている。
りおなの脳裏には嬉々として開発に勤しむ芹沢の姿があった。
「……芹沢とも一回勝負せにゃいかんにゃーー」
りおなは気持ちを切り替え、ヴァイスたちの群れに集中する。
はた目には怪人たちの種類に脈絡のない混成一個旅団のようだが、統制が取れているように見えた。
ある者はりおなに接近戦を挑み、ある者は注意深く距離を保ち様子をうかがっていた。
先に仕掛けてきたのはシャムネコのヴァイスだった。
表示は『サイアミーズ・キャットガール』とあった。
――体型は女のひとみたいじゃし、全員が男じゃないみたいじゃな。
素早く距離を詰め、長く伸びた爪でりおなに接近戦を挑んできた。
りおなはサブウェポンの円月輪を投げつけるが、余裕でかわし爪で払い鋭い突きを見舞ってきた。
カウンター気味に足を縫い付ける『スロウショット』を見舞う。
相手の動きを阻害するソーイングレイピアの特殊攻撃だ。
一瞬だけ動きが停まったシャムネコヴァイスだったが、光の糸を爪で切り裂き今度はりおなに回し蹴りを繰り出す。
だが、蹴りが当たった瞬間、シャムネコヴァイスは膝から崩れ落ちアスファルトに突っ伏した。
元のフィギュアには戻らないが少し痙攣するだけで動きはほぼ止まっている。
りおなはすぐさま、シャムネコヴァイスの首にレイピアを突き立てた。
体内の『悪意』が『心の光』で浄化され空に立ち昇る。あとには小さな人形が残った。
りおなは頭の中でチーフの解説をおさらいする。
『シーフイシューですが、魔法が一切使えなくなる代わりに様々な特殊能力、盗賊の名が示すようにヴァイスたちの様々なものが盗めます。
それは物質的なものに限定されずに、例えば『マリス スティール』、この技は文字通りヴァイスの『悪意』を盗み動きを止めます。
一見地味ですが、乱戦の場合はすばやく相手戦力を減らせるので有効ですね。
また、盗んだ悪意は自動的に心の光で浄化され悪意の量に応じた『ダークマター』に変換されます。これはほかの装備で有効に使えるので捨てずにとっておいてください』
「便利になるのはいいけんど、そんだけりおなの仕事が増えるだけっちゃ」
りおなは小さい声でぼやく。
怪訝な顔をする大叢だったが、りおなはシャムネコの人形を拾うと、トランスフォンを操作した。
人形は虚空に消えトランスフォン内に収納される。りおなは次の標的に対してレイピアを構える。
今度はリクガメとダイオウグソクムシ、鋼鉄のヒグマ、最後に直立歩行するハリネズミのヴァイスが大挙して襲ってきた。
「――ったく、こんなか弱い少女相手に一対四かい」
りおなはいつも通り軽口を叩きながらも、ヴァイスたちに臆することなく向かう。
「まずこの一番ふざけたヤツからっちゃ」
まず手始めに、とりおなは『ジャイアント・アイソポッドマン』、ダイオウグソクムシヴァイスに狙いを定める。
左手に意識を集中すると投擲武器が現れる。
真っ赤な太陽を模した円盤状の武器ライジングサンをマカロフ投法で投げつける。
だが、背中側に対して比較的柔らかそうな腹部にも大したダメージを与えられなかった。
「まあこんなもんか」
りおなが次の戦術を思案していると、遠巻きに大叢が挑発してきた。
「どうした? 『縫神の縫い針』と同等の能力を持つソーイングレイピアはそんな程度か?」
「お前にだきゃーー言われたないんじゃい」
りおなは小声でつぶやき、腰のポーチからトランスフォンを取り出す。
「もちろんこれだけやないけん、そこで見ちょれ。新装備見せたるわ」
りおなはバックステップで一旦距離を置くと、トランスフォンを左耳に当て変身の文言を唱えた。
「ネクロマンサー・イシュー・イクイップ、ドレスアップ!」
りおなの足元が不意に黒く染まった。
その色もただの黒ではなく、生理的な嫌悪感をもよおす赤みがかった黒い円が血の染みのようにアスファルトに広がる。
血溜まりを思わせる広がりの端が、幾条もの触手のように伸びあがりりおなに覆いかぶさった。
りおなは一瞬息を呑んだが心を強く保つ。
――こんなもんは前に受けた『縛られた棺』に比べればどーってことないわ。
「まったく、それにしてももっちょい演出考えてくれっちゃ」
瞬時に装備が切り替わった。
りおなは自分の腕や手を見る。新装備は先ほどのシーフとは全く違うものだった。
全体が赤紫色のローブで、裾が金糸で縁取りされていた。肩とローブの正面、持ち出し部分が赤い大きなリボンのようにも見えるが、かえってそれも毒々しく映る。
頭は顔以外をすっぽりと覆う先端が鋭いネコ耳フードになっていて、額とこめかみ部分には猫の頭骨を模した飾りがついていた。
大叢はりおなの様子を鼻で笑う。
「なんだその格好は? 学芸会かなんかか? 今のところ四対一だがまさか卑怯だとは言わないよな!?」
「あーー、もちろん言わん」
りおなは懐から何かを取り出し放り投げる。
「こっちも仲間増やすさけ。
『サモン・ヴァーレット』!」
放物線を描いて投げられた三体のフィギュアは、見る間に巨大化して着地した。
姿はそれぞれ、蛙、蜥蜴、青白い魚の意匠を持つ身長2m強のゴム製の怪人たちだ。
大叢が放ったヴァイスを見ると一斉に胸を反らし、蛙と蜥蜴を模した怪人は天に向かって咆哮を上げた。
閑散としたビル街に猛る声が乱反射する。
「なんだ!? お前もヴァイスフィギュアを操れるのか?」
「んな悪意のカタマリみたいなもん、りおなはよー使わん。これは従者じゃ」
りおなは言いながらさらにチーフの説明を思い出していた。
時間は少し遡る。
暗黒召喚士という見た目も特性も変身アイドルからかけ離れた装備をりおなは創り終える。
ひとしきりチーフに愚痴ったあと、雑居ビルの一室でコーヒーを飲んでいた。
「『暗黒召喚士』の特殊能力ですが、一般的な魔法よりも使役魔法の能力が高いです。
具体的には『サモン・ヴァーレット』、従者召喚でりおなさんが今まで戦ったヴァイスやスタグネイトなどを召喚、使役することができます。
ただ、ヴァイスフィギュアに関してはRudiblium製のものに限定されますし、ヴァイスの場合は触媒としてもとになった人形が必要になります」
「それでかーー、倒した人形集めとけって言ってたんわーー」
りおなは初めて倒したヴァイスフィギュア、フロッグマンを思い出した。
訳も分からないうちに変身して、チーフの戦術指南を請いながらなんとか倒した。
――なんか、りおながこのカエル君と戦ってまだ10日も経っとらんのに、なんでか何年も前の出来事みたいに感じるにゃーー、なんでじゃろ?
「あと『種』で変身するやつ? あれはりおな好かんけ、やったらいけん」
「そうですね、りおなさんはそう言うと思っていました。『種』で変貌したものはカウントされません。
それからスタグネイトですがこれは触媒がなくても召喚できますが、実体化できるのは攻撃に移るほんの数十秒です。
ヴァイスフィギュアの方はぬいぐるみと違い、りおなさんと意識を共有、手足の延長のように操作できますが慣れが必要ですね」
「あーー、ちょっと質問。フィギュアはぬいぐるみと違って生命は吹きこめんの?」
りおなは挙手して質問する。
「残念ながら今現在は無理ですね。
ヴァーレットの動力源は『心の光』そのものではなく『悪意』を浄化して物質化したダークマターになります。
ダークマターがなくなると召喚は取り消されますが、その代わり単純な戦闘力に関しては〈冒険者〉のぬいぐるみたちを遥かに凌ぎます。要は適材適所ですよ」
「あと、仲間になるっちゅっても、戦った時より弱くなるんじゃなかと?
少年マンガとかゲームとかじゃと、それがお決まりみたいなもんじゃけ。
仲間になった時だけちょっと見せ場あるけんじょ、あとはそんな強くならんで、下手したらりおなから離れたところで、解説係でもしてるんじゃないんけ?」
りおなは事務デスクに頬杖をつきながら、トランスフォンを操作した。過去に対決したフィギュアを三体出現させる。
それらは精巧に作られていて今にも動き出しそうだ。
「いえ、りおなさんの心の光で浄化されたフィギュアはりおなさんと目に見えないつながりがあります。
直接戦わせるのはもちろん、りおなさんが戦闘経験を積めばヴァーレットたちも強化されます」
「ふーーん。ほんであとスタグネイトはどれくらい呼べると?」
「小型のものなら15体、大型なら2~3体でしょうか。ただ使い道としては陽動や足止めなどですね。
最後に彼らの名前ですが、りおなさんが自由につけられます、し変更もできます。
ぬいぐるみとは少し勝手が違いますが大事に育ててください」
りおなは薄焼きせんべいを食べながら、フィギュアを一列縦に並べてドミノ倒しをしながら聞いていた。
「なるほど、だいたいわかった」




