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044-3

「時間もったいないけ、五体でいいわ」

「えっ!?」

 三浦は慌てふためいた。りおなと芹沢達を交互に見るが、芹沢は薄く笑い無言でうなずく。

 三浦はしゃがみこんで、ゴム人形を合計五体床に並べた。そのままりおなに頭を下げる。


「じゃっ、じゃあ僕はこれでっ! 無理しないで下さいねっ!」

 慌てた様子で三浦が闘技場から離れると芹沢が片手を挙げた。


 たちまち闘技場の上部に黒い煙が立ち込めだした。りおなは反射的に片手で口を覆う。

 ――直観で分かるわ、あの黒い煙は物質化した『悪意』じゃな。


 すぐに淡いピンク色の人形は、どす黒く染まり大きく膨れ上がる。

 四体は美術室のデッサン人形のような頭部を持つ、身長180cmほどの人型。

 残り一体は全身が硬いうろこのような外皮に覆われ、太い腕の先には長く鋭い爪が伸びている。


【フィギュアトルーパー四体とアーマジロ、アルマジロモチーフの合成ラーバ族です。じゃあ頑張ってください!】


 三浦からアナウンスが入ると、彼らが合成ラーバ族とか呼ぶ自立稼働するフィギュアたちは一斉にりおなに駆け寄る。

 一方のりおなはナイフの鞘のベルトを持って身体を左右にねじっていた。

 トルーパーの一体が、後ろを向いたりおなの後頭部目がけて殴りつける。


「ちょっとりおな――」

 陽子が叫ぼうとした瞬間、りおなは相手の拳の軌道を(あらかじ)め知っていたように上体を大きく右に傾ける。

 そのまま身体を低く落とし、後ろ足払いをトルーパーにかける。相手の足とバランスを一気に刈り取った。

 振り向きざまにりおなはナイフを、トルーパーの肩口から反対側の脇腹にかけ、一気に振り抜き切り裂いた。

 傷口からは黒い煙が立ち昇りトルーパーは一瞬にして動きを止める。


 間髪入れず新手のトルーパーが二体同時にりおなに襲いかかる。

 りおなはベルトを持ったままもたもたしつつも、バックステップで突きや蹴りを回避した。

 そのまま体勢を低くしてトルーパー三体の後ろに回り込む。

 全体の様子を把握できるところで、ナイフのベルトを閉めようと身体を捻る。

「んーーーー、んにゃーーーー」

 りおなの位置に気付いたトルーパーたちは一斉にりおなの方向を向いた。


 だが正対した時がトルーパー達の最期の時だった。

 右から順に脇腹、胸の真ん中、首とトルーパーを一体一か所ずつ突いていく。三体のトルーパーは黒煙を立ち昇らせ崩れ落ちるように倒れた。


 そのどす黒い煙をヴァイスフィギュア・アーマジロモデルが吸収し、今まで黄土色だった体色が赤黒く染まる。炎上(blazing)という現象だ。

 ぬいぐるみたちや陽子がはらはらした様子で、チーフと課長が落ち着いて見守る中、りおなは左手を挙げてのんびりした口調で告げる。


「あーー、ちょっとタイム」


 その様子を、一番緊張した様子で見ていた三浦はマイク越しに声を張り上げる。


【ギ、ギブアップですか? じゃあ一旦ヴァ……合成ラーバを止めます!】


 三浦がパソコンを操作すると、硬いうろこを備えたヴァイスフィギュアは赤く染まったまま動きを停止させる。りおなは左手を軽く左右に振る。


「あーー、まだ続けるけんど、このベルトってどうやって閉めると?」




「うん、これでいいわ。五十嵐……さんじゃったっけ? ありがとーー」


 りおなはキジトラ猫の着ぐるみ姿、バーサーカーイシューの上からホルスターのようにベルトを着ける。

 左腕の付け根部分に装着されたナイフの鞘に目をやった。

 ナイフを収納したり取り出したりを繰り返す。ベルトを着けるのを手伝った五十嵐は小さく息を吐いた。


「……そんなことより、ベルトを締めるんなら戦闘開始前にしろ。それに模擬戦だからって(あなど)るな。

 一瞬の隙が敗北を招く。それが解らないわけじゃないだろう?」


「んや、まあそこいらはうまくやるけんど……心配しとんの?」


「いや、俺はソーイングフェンサーの能力が知りたいだけだ。それに連戦すればお前に必要なものをくれてやる。気の抜けた戦いはするな」


「必要な……あーー、お休み?」


 りおなは(珍しく)可憐な感じで小首を傾げて尋ねてみた。

 だが、五十嵐はすぐに闘技場から離れていた。卓上マイクを使い芹沢がアナウンスする。


炎上(blazing)の状態で動きを封じるのは長時間出来ない。準備が整ったら再開しますよ】


 りおなが片手を挙げると同時に、芹沢はマウスをクリックさせる。

 真っ赤に染まったヴァイスフィギュア・アーマジロモデルは、少しジャンプしたかと思うと、スパイクのついたタイヤのように丸まった。

 そのままりおなめがけて猛然と突っ込んでくる。


 ぬいぐるみたちが悲鳴を上げる中、りおなはサイドステップで横にかわす。

 アーマジロモデルは軌道修正して追撃してきた。

 りおながジャンプしてかわすと真っ赤なタイヤのようなヴァイスは、バウンドしてりおなをさらに追い詰める。

 高速回転する硬いうろこがりおなに激突する瞬間、りおなは反撃に転じた。


 ナイフを両手持ちし、相手の左肩に当てる。

 そのまま振り抜かず、左肩に添えるようにナイフを当て続けると、激しく火花が吹き出した。アーマジロモデルの攻撃は威力が少しだけ弱まり軌道を逸らされた。

 その機を逃さず、りおなは相手の身体を蹴ってその場を離れる。

 闘技場の隅、芹沢や五十嵐、三浦がいる側に移動したりおなは彼らに背を向けナイフに目をやる。


「ありゃあ、やっぱりちょっと削れとるわ」


 陽子はたまりかねてチーフに耳打ちする。

「ねえチーフさん、りおな大丈夫? 下手したらやられちゃうんじゃ……」

 チョコレートブラウン色に体毛の色を変えたチーフは、細いあごに手を当て少し考える。

 ナイフから目を離したりおなとチーフが目が合うと、チーフは陽子に告げた。

「陽子さん、万が一に備えて皆さんに少し下がってもらいましょう」


 チーフに促された陽子は課長たちと一緒に、ぬいぐるみを闘技場からさらに5m程後ろに下げた。

 一度は丸まった状態から立ち上がり、直立体勢体勢に戻ったアーマジロモデルだったが、瞬時に飛びあがり丸まった状態で回転攻撃を仕掛ける。


「これで勝負が決まるな。三浦、念のためにパソコンやテーブルを後ろに下げろ」


 五十嵐がつぶやくと芹沢は無言でうなずいた。

 三浦はおろおろした様子で成り行きを見守っていたが、五十嵐と一緒にテーブルを後ろに下げる。

 高速回転を仕掛けてきたヴァイスフィギュア・アーマジロモデルにりおなはまっすぐ突っ込んで行った。陽子や三浦は思わず肩をすくめて目を見開く。


 りおなは先程と違い真正面から待ち構えていた。

 ナイフの切っ先を上に向け、バレーボールでスパイクを受けるような構えを取る。

 りおなの持つナイフの切っ先は相手の正中線、身体の中央を捉えた。

 コンマ数秒、切っ先とうろこが接触する瞬間、りおなは腰を上げて体重移動した。

 悪意に満ちた凶暴なスパイクタイヤを上に跳ね上げる。


 絶妙なタイミングで威力を削がれたアーマジロモデルは、そのまま斜めに飛び上がり、闘技場の四方を囲っているガラスの壁に激突した。

 派手な衝撃音とともに分厚いガラスの壁に細かく亀裂が入り、透明なガラスが真っ白く染まった。

 必殺の一撃を封じられたアーマジロモデルは回転できずに身体が伸びきる。

 その一瞬を逃さずりおなは跳躍し相手のうろこでおおわれていない部分、脇腹にナイフを突き立てた。

 傷口からおびただしい黒煙が立ち昇る中りおなは両手でナイフを深く押し込む。


 床に降り立ったりおなはこと切れたヴァイスフィギュアに一礼する。そのあと、芹沢たちに告げた。


「んで? このままで終わりじゃないじゃろ? あと何戦くらいやればいいと?」

 三浦は驚きで声が出なくなるが、芹沢は歓喜のあまり満面の笑みを浮かべる。


「そうですね、予定ではあと2~3戦してもらう予定ですが、体力は大丈夫ですか?」

「体力よりモチベーションじゃね。あと武器」

 りおなはナイフの切っ先を指でつまみ五十嵐に渡す。

「り……わたしが普段使ってる武器よりちょっとやわいわ。替えがあったら交換して」




 りおながナイフを交換している時、陽子はチーフに尋ねる。

「ねえチーフさん、りおながあんな風にヴァイスフィギュアをいなすって予想してたの?」


「そうですね、アーマジロモデルではないにせよ、回転攻撃を仕掛けるシミュレーションは既に飽きるほどやりこんでましたから。

 さすがに上にというのは携帯ゲームには搭載していませんでしたが」

「……あーー、そう」


 相変わらずしれっと答えるチーフの態度を見て、陽子が脱力しているとそこに芹沢が近づいてきた。




「いやあ、助かりますよ『ウルフィー』さん。あなたは『冒険者』の中でも特殊なアイテムを持っていると風の噂に聞きました。

 砂からガラスを作るだけでなく修復もお手の物だとか」


 陽子は無表情にアーマジロモデルがぶつかったガラスの壁を、グラスクリスタライザーで修復する。


 ――前もってチーフさんから、こっちの素性とか持ってるクリスタライザーの能力は筒抜けだって聞いてはいたけど。

 話し方はともかく、確かに便利に使われるのは面白くないわね。


「あーーごめん、次からもっとガラスとか壊さんようにやるわ」


 りおなは陽子に両手を合わせる。


「いやいいけど、あんまり見る側をひやひやさせないで。

 私はともかくぬいぐるみたちが心配するから」


「んーーわかった。にしても強化ガラスまできっちり修復できるんじゃのう」

 りおなはきれいに直されたガラスを拳で軽くたたく。


「うん、グラスクリスタライザーをもらった時からガラスの製法とか色々調べてはいたからね。

 強化ガラスの作り方は二種類くらいあるらしいんだけど、これ持ってイメージするだけで硬度とか剛性とか自然に変えられるみたい。

 んじゃがんばってね」


 りおなはそれに応えてひらひらと手を振る。

「いいですか、ではそろそろ始めますよ」


 芹沢の掛け声でりおなはストレッチを始め、三浦が闘技場の中に入って闘技場の隅にまたゴム人形を並べだした。


「あっ、あのっ、さっきは凄かったです! 今度はさっきより手強くなってますから気をつけて下さい!」

 りおなは三浦の言葉に神妙にうなずく。


 だが、三浦の心配は杞憂(きゆう)に終わった。

 ヴァイスフィギュアの強化モデル五体を、ナイフを一本だけを装備したりおなが、やりなれた雑用をこなすように次々と倒していった。


 それならばと、りおながヴァイスフィギュアを五体倒した直後、芹沢はヴァイスフィギュアの合金版、ヴァイスアロイを二体投入した。

【合金製の種族、合成ティング族です。名前はそれぞれ『メタル』と『トリガー』。

 もちろん射出される弾丸は模擬専用のゴム弾です。殺傷能力は低いですが、当たればだいぶ痛いですね】


 身長2m強の巨大だが俊敏な二体を、りおなはさらに速いスピード技で相手を攪乱(かくらん)しだした。


 強化ガラス製の壁まで使った、三次元的な攻撃回避をするりおな。

 それに業を煮やしたヴァイスアロイ二体はりおなの誘導に全く気付かなかった。

 りおなを挟み撃ちにして渾身のパンチを繰り出すが、結局ヴァイス同士でクロスカウンターをお互いにくらわせてしまう。

 のけぞった一瞬の隙を衝かれ、ヴァイスアロイたちは一体ずつ仕留められてしまった。



 りおなは首の駆動系のパイプを切断され、動かなくなったヴァイスアロイたちに合掌したあと芹沢達に告げる。


「さ、次はなんじゃ? 戦車か? 恐竜か?

 その前に次勝ったら、みんなにアイスクリーム(おご)ってほしいわ。

 フレーバーは……そうじゃね、つぶあん……小倉も捨てがたいけどあれば甘酒アイスで」


 いつもよりハンデがある中、三連戦しても余裕のりおなを見て芹沢は笑顔を浮かべ、三浦は感動のあまり震えている。

 そして五十嵐は自分のスマートフォンを操作しだした。

 瞬時に、服装がスーツからタクティカルベストを着けた軍服姿になる。


「いいだろう、勝ち負け関係なく俺が(おご)る。模擬戦の最後の相手は俺が務めるが、それでいいな」


 五十嵐は闘技場に入り三浦に向かって片手を挙げる。

 三浦がパソコンを操作すると、鉄塊と化したヴァイスアロイたちは縦のマトリクスに変換され綺麗に消え去る。


「次からはナイフではなくこれを使え」

 りおなが受け取ったのは、スポーツチャンバラで使うエアーソフト剣だった。

 刃に当たる部分は60cm、初心者が使う武器でもある。


「お互いナイフなんて振り回して致命傷を受けては面白くないだろう? 戦いは楽しまないとな」


「そんなもんかのう」

 りおなは少々名残惜しそうに、ナイフのベルトを外し五十嵐に渡す。

 ――前にチーフから聞いてた、いろんな所のスタグネイトを調査して、データなんかをレポートにまとめていたのはこのひとじゃな。

 顔は無表情やけど楽しそうなんはよくわかるわ。


「なんていうかあんた、少年マンガでよくいる『戦いを通じて分かり合うタイプ』じゃのう。

 ああーー、あれだ、りおなが勝ったら仲間になってくれるんじゃろ?

 『お前の次のセリフは「俺に勝てたらな」だ』!」


 エアーソフト剣を向けられた五十嵐は、少しの間上を向いて黙り込む。


「……分かった、考えておこう」


「言わんのかい」


 思わず脱力して反射的に突っ込むりおなだったが、この時改めて思い出した。


 ――業務用ぬいぐるみ、グランスタフ。

 呼び方は違ってもこいつら、頭身の高いぬいぐるみたちは肝心なところでりおなの予想とはぜんぜんちがうリアクションとるさけにゃあ。




 さっきまでの高揚感も忘れ、りおなはエアーソフト剣を何度か振りだした。

 内心で少しぼやく。



「なんだかなーー」

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