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043-2

「んで、いくら?」

 りおなは課長に詰め寄る。


「Rudibliumのセオドア中銀貨一枚よ。それなら初見のお客さんも安心して買えるわ」


「中銀貨いちまい……あーー500円くらいか」


「わたしたちもかいました」


「すっごいかわいいし、てざわりもいいですよ」

 部長の孫このはともみじが、リュックからりおなが創った『作戦その一』を一枚ずつ出して自慢げに広げて見せる。


「え、あんたがたも買ったと? お金は? 部長……おじいちゃんがおこづかいくれたと?」


「いえ、おとうさんとおかあさんのおてつだいをして、少しずつためました」


「おつかいいっかいとかおふろそうじとかで銅貨3、4まいとか。

 がんばったときには、わたしたちふたりに小銀貨1まいとかもらえます」


「よくできたご両親じゃのう」りおなは素直に感心する。


「それにおとうさんはこう言ってました。

 『かどにサービスざんぎょうをしいるきぎょうも、だまったまま言われたことだけやりつづけるじゅうぎょういんも、けっかてきにけいざいをよわらせる』

 って」


「そうです、

『てきせつなろうどうにはてきせつなほうしゅう、たいかをしはらわないと、けいざい、ひいてはしゃかいをくさらせる』

 とも言ってました」


 りおなと陽子は、双子の話を聞きながらお互いに顔を見合わせる。


 ――利発そうな子ぉらだとは思ってけんど、見た目4歳くらいのぬいぐるみの子供たちから、そんな話を聞かされるとは夢にも思わんかったわ。

 やっぱしこの子らも小さいながら『業務用ぬいぐるみ』じゃな。



   ◆



「んーー、やっぱりこの世の中で一番素晴らしいのは全ての見返りを求めず、無言で忠実に淡々と言われたことをきっちりやる。

 そういう従業員を多数抱える企業。

 それ以上に凄いのは、無私無欲の精神で労働を(まっと)うさせる使う側のカリスマ性だよねえ」


 Rudiblium本社の地下研究所にて、目下次期社長と目されている大叢は目を細めた。

 自分の希望通りに全身黄金色に着色されたヒュージティング、巨大な鋼鉄の巨人を見上げて感嘆の声を上げる。

 対して作業を終わらせた作業員たちは、簡素なベンチに横たわったまま、大叢の話など当然耳には入らない。最初から聞くつもりもないようだ。


 そこへ、作業着に着替えてあちこち金色の塗料にまみれた芹沢が、大叢へ説明を始める。


「繰り返しの説明になりますが、操作マニュアルはそちらのタブレット端末に送信してあります。

 このムーバブル・ヒュージティングですがRudiblium本社やBoisterous,V,Cで稼働しているそれとは比べ物にならないくらい、サイズだけでなく出力も遥かに高い代物になっています。

 住人を守るためにも市街地での操縦は控えてください。それから――」


 大叢は芹沢の説明を片手を振って遮る。

「いや、いいよいいよ。僕は実戦で真価を発揮するタイプだからね。

 さっきも言った通り社長には僕の方から伝えておくから朝礼は出なくていいよ」


「そうですか、『では最後にもう一つだけ』、この機体は特殊な燃料(・・・・・)を積んでいますのでくれぐれも可燃性の物や施設には近づかないでください」


 芹沢が言い終わるより先に大叢はその場を離れていた。

 当然のように作業員たちには言葉をかけるどころか、一瞥(いちべつ)すらしない。その様子を見ていた芹沢は微笑みを浮かべる。


 そこへ、ベンチへ腰かけていた作業員のリーダーが芹沢に近づく。

「なあ(せり)さん、あの塗料だが、ほんとに使ったのか?」


 おずおずと尋ねられた芹沢は作業用コンテナから塗料のスプレー缶を一本取り出した。

 ジャグリングするように空中でもてあそぶ。表示には『可燃性、危険!』とあった。


「これのことだろ? 使おうかどうしようか迷ったんだが……やめた。

 あの、部下を部下とも思わない無自覚な馬鹿にニホンの『カチカチ山』を体験してもらおうとか考えたがな。

 一般市民に被害が及ぶのは俺が望むところじゃない。

 それに、みんなで協力して創ったんだ。俺たちは(・・・・)大事にしようぜ」


 芹沢はことさらに快活そうな声を上げた。


「さあみんな、今日は疲れたろう? 24時間営業の居酒屋で悪いが俺から一杯奢らせてもらう。

 今日は俺の方で一日出勤扱いに処理しておくから、みんなはこれで上がってくれ」


「いいんですか? 芹沢さん」

 ベンチでぐったりしていた作業員たちが、急に元気を取り戻し立ち上がる。


「ああ、早朝、でもないな。深夜出勤の罪滅ぼしも兼ねてる。

 何より俺は俺で朝礼に出て、社長の長ったらしい訓示を聞かされずに済むからな。

 俺の方は仕事が残ってるから、酒は付き合えないのが残念だが、みんなで楽しんでくれ。

 どこかのドラ息子の馬鹿話でも(さかな)にしてな」


 芹沢と従業員たちは、地下研究所を充実感に満ちた足取りで立ち去る。その様子を黄金色に染められた鋼鉄の巨兵は、黙ったまま見下ろしていた。



   ◆



「さあみなさん、Rudiblium本社へ向かいましょう。現地には9時半くらいに着きます」


 ホテルのチェックアウトを済ませた一行は、マイクロバスに乗りBoisterous,V,Cを後にする。

 運転は課長、全体のスケジュールはチーフが担当するらしい。

 幹線道路は都市の朝らしく、三車線共に混雑こそしていたが日本の首都圏とは違い、クラクションの音が全く聞こえず全体の流れはとてもスムーズだった。


「いよいよおじーたんと会えますね」


「おじーたんしゅっちょうでつかれてないかな?」


 双子は口々に話し合う。その様子は当然だが、部長が実は囚われの身だという事を全く感じさせない。


 ――この子らのためにも部長は無事に帰らさんといかんのう。


 りおなはトランスフォンを操作し、大小様々な駄菓子を出現させた。

 大きな容器に入った串カツを取り出すとと、匂いにつられたぬいぐるみたちやタイヨウフェネックのソルがりおなの周りに集まる。

「はい、遠慮せんで食べて」


 お菓子をひとしきり配り終わったりおなは、ラーメンスナックをぱりぱりと食べぼんやりと遠くを眺める。

 外の風景は開発中の工場ターミナルのように巨大な重機が増え、赤土の大地がコンクリートで(なら)されていく。

 アスファルトで舗装された道路はスムーズにバスを走らせてくれるが、それとは裏腹にりおなの心は緊張の度合いを増していた。


「考え事? ぼーっとしてたよ」

 声がする方向を振り向くとそこには陽子がいた。

「さっきチーフさんから計画聞いたけど、シンプルっちゃあシンプルだよねえ。まあ、下手に小細工するよりましだけどさあ。

 まあ、計画なんて最終的的には出たとこ勝負だしね。

 最悪の場合は……だけどね、私とヒルンドと一緒にこの世界から離脱してくれって」


 いつになく真剣そうに話す陽子をりおなは見つめ返す。

 チーフは――少し離れた座席に座りいつも通りパソコンを操作している。陽子はそのまま話を続けた。

「人間ふたり乗せて、デジョンクラックを通り抜けるのはまだやったことないけどね。まあなんとかなるでしょ」


 そこへソルがやって来てりおなの膝に乗り陽子に抗議するようにキイキイと鳴き出す。

「あーー、別にあんたを置いてこうってわけじゃないから。

 ただデジョンクラックを通り抜けるのが、定員制なのか重量制限なのか『説明書』には書いてなかったからねえ。こればっかりは行き当たりばったりってわけにもいかないし……。

 この世界いいヒトたちばっかりだから一回お留守番して――」

「ふーーーーーーっ!」


 陽子が言い終わるより先にソルは全身の毛を毛を逆立てて抗議する。

「わーーかったーー、居残りは無しにするから。その代わりヤバイ状況とかになったら寝てないで真っ先に教えなさいよ」


 陽子の言葉を受けて、ソルはりおなの膝の上でくるくると回りだす。

 それから辺りの匂いをすんすんと嗅ぎだし、りおなに何かせがむようにつかまり立ちする。

 りおなは腰のポーチから細長いチョコ菓子の赤い箱を取り出しソルに見せた。


「『食うかい?』」



 Boisterous,V,Cからさほど離れていないのに、辺りの光景は大型コンビナートのように大小様々な車両が行きかっていた。

 武骨な外観の工場やコンテナの多数積まれた区域が広がっている。


 それに太陽光パネルや巨大な球体の石油タンクのような建造物など、言われなければ『おもちゃの国』だと判らないくらい近代化が進んでいた。

 その光景を眺めていたりおなは、何とも言えない圧迫感に襲われる。周りはなにくれとなく気を遣ってくれているがやはり緊張しているのだ。


「大丈夫ですか? りおなさん」


 チーフの声でりおなは我に返る。チーフがすぐ近くに立っていた。彼は小声で話す。

「大叢が搭乗するであろうヒュージティングも脅威ですが、伊澤の『縫神の縫い針』の持つ闇の攻撃への対策がまだ立っていません。

 どこかで新たな型紙(ステンシル)からイシューイクイップを仕上げて、ダークマターを注入しないと。

 最悪あの縛られた棺(チェインド・コフィン)の餌食になってしまいます」


「あーー、あれねーー。まーーあれもっかい喰らうのは……めんどいにゃーー。

 着たくないけど仕方ないにゃーー。どっか作業できる場所とかある?」


「ええ、私たちが本社勤務していた時、懇意にしていた企業がいくつかあります。そこのオフィスを間借りしてさっと創ってしまいましょう」


「なんか、突貫(トッカン)じゃのう。まあ今日に始まったじゃないけんど。

 …………うーーん」


「どうしました?」


「んや、気になることが二つくらいあるんじゃけど」


「ええ、私が解る範囲でいいならお答えします」


 それなら、とりおなはチーフに対して疑問を提示する。

「まず、昨日携帯ゲームでシミュレーションしたムーバブル・ヒュージティング、じゃったっけ? それの性能とか、デザイン。

 あとは操縦するやつの性格、とかってどれくらい実際のと同じなん?


 あと、りおなもそうじゃけど、あんたがた極東支部の面々。そんでからりおなが創ったぬいぐるみたちってこの世界の(Rudiblium)本社にしたらお尋ね者で、本社に入るより先に捕まるんじゃなかと?」

チーフはまず、と前置きして話しだす。


「ヒュージティングについては基本的なデザイン、戦闘能力はほぼ実物と同じです。

 ただ、全く同じではトレーニングにならないので、機動力や攻撃パターンは多少増しています」


「ふーーん、そこいらはわかるけんど、なんでそんな開発中のロボットの情報チーフが知っとうと? ハッキング?」


「……これは、りおなさんが気を悪くすると思うので伏せておくつもりでしたが、本社のさる筋から情報提供(リーク)がありまして……」


 りおなが先んじて答える。



「セリザワじゃろ」

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