042-3
「おーーし! りおな、そのまま引きつけといて」
陽子がゲーム機を操作すると、陽子を乗せたヒルンドのアバターが錐もみ飛行しながら、ヒュージティングの周りを何度も旋回飛行する。
たちまちヒュージティングの身体には白く太い鎖が何条も巻き付いた。
鎖の先端は、ポリゴンで造られた大地にしっかり打ち込まれている。
「おっし、これでしばらく動けないはず! 総攻撃だーー!」
りおなは画面に表示されている技の名前、『ドルフィンチェーン』という表記に少しげんなりしながら、新たな装備をお菓子職人に変更し攻撃に加わる。
「トリッキートリート! スプリット・グミショット!!」
りおなのアバターが叫び、無数の巨大なグミが巨体を縛る鎖のすき間に何度も当たる。相手の体力バーが少し減った。
「これでも少ししか減らんか」
ぼやくりおなを尻目に、陽子がヒュージティングに攻撃を加える。
陽子のアバターがグラスクリスタライザーを一振りすると、巨大な氷柱状のガラスの槍が巨体に連続して当たる。
体力バーがりおなの時より大きく減った。
――なんやなんや、なんでりおなの方がダメージ低いんじゃ?
当然りおなは面白くない。ノートパソコンの画面を見ているチーフをまた手招きで呼び寄せる。
「どー考えても向こうの方が向こうの方がダメージでかいじゃろ。なんじゃ、ひいきしてんのか?」
「いえ、そんなことはないです。ダメージ算出方法は一言では説明できませんが、現実に即したものです。それに」
チーフはそこで一旦言葉を切る。
「それに陽子さんの攻撃ではヒュージティングの駆動機関を停止させることはできません。
『心の光』を過剰注入して駆動機関を暴走、停止させる必要があります。ただ、そのためには外装を破壊して、エンジンを露出させるのが先決です。
この手の大型の相手には、根気よくダメージを積み重ねることが重要です」
「まー、言いたいことはわかるけどさーー」
りおなが頭をぽりぽりかいているとすぐ隣で
「やったー!」という歓声が響いた。
陽子がガッツポーズをして、三本目の缶ビールを飲み干す。
りおながゲーム画面に目をやると、ヒルンドのアバターがヒュージティングを鎖ごと引きちぎり吹き飛ばしていた。
ヒュージティングは5mほど吹っ飛び、胸の外装が剥がれている。
「おっしゃあ! これだったら私一人でもやっつけられるわー! 覚悟ーー!」
陽子はへべれけになりながらも巧みなボタン操作でアバターを操作し、駆動機関を攻撃する。が、今度は思ったようにダメージを与えられない。
「えーー? 装甲より中の方がカタいよーー! なんでーー!?」
縛めから解けたヒュージティングは立ち上がった。
陽子のアバターはヒルンドに乗ったまま距離を置く。そこへりおなのアバターが鋼鉄の巨人に近づく。
高く跳躍して露出した胸や腹部の駆動機関をレイピアで何度も斬りつけると見る間に体力バーが減っていった。
「やったー! よーし、このままガンガンいってやるーー!」
今度はりおながガッツポーズをしてから、ヒュージティングに対して一旦距離を置いた。
りおなは得意満面でアーモンドチョコを頬張る。
それとは対照的に、陽子が苦々しい顔になった。
ベッドの上を転がって端に行き缶ビールのプルトップを乱暴にあけ、喉を鳴らして一気に飲む。
ぐびっ ぐびっ ぐびっ
ゲーム機に向かうその目は完全に据わっていた。
「むーー、ここからが本番だーー! 本気出す!!」
陽子はアバターを操作し『ドルフィンランス』を選択、ヒュージティングに突っ込んだ。
イルカの鼻先に装着された槍の穂先は、確かにヒュージティングの駆動機関に当たった。
が、同時にヒルンドの長い胸びれがりおなのアバターの後頭部に命中した。
ヒュージティングに叩きつけられ地面に落ちるりおなのアバター。
それを意にも介さず、陽子はボタンを連打してヒュージティングに連続して攻撃を加えていた。
「なあ」
りおなは目を半開きにして陽子に抗議する。
「今、イルカのヒレがりおなに当たったんじゃけど」
「えーー? あーー、ごめんごめん。こういうのは勢いが大事だからさーー。少々のダメージは気にしないで畳みかけないとーー」
陽子はまたも缶ビールに口をつけた。
りおなはアバターをバーサーカーにイシューチェンジさせ、露出した胸部に『ネコキック』を見舞った。
弾丸のように一直線にヒュージティングに向かう。
向かった先には――……陽子のアバターがあった。
背中からもろに両足蹴りを受けた陽子のアバターは、ヒュージティングにぶつかり地面に墜落した。
「ちょっとーー! りおなーー!?」
陽子の抗議に対し、りおなはゲーム画面に目を向けたまま冷たく言い放つ。
「『一回は一回ですから』」
結局――――、事前に『連携訓練をして打倒ヒュージティングに弾みをつける』というチーフの計画は、もろくも崩れ去る。
ゲーム画面内ではりおな、陽子、それにヒュージティングがそれぞれを攻撃しあうという、醜い三つ巴の泥仕合の様相を呈してきた。
りおなと陽子のアバターが、それぞれを攻撃しても全くダメージを受けないという仕様が、状況が拘泥させる一因を作ってしまう原因に拍車をかけていた。
りおなと陽子は最初のうちはそれぞれ互いに大技を連発して、アバターを攻撃しあうだけだった。
「うりゃ!」
「とうっ!」
だが程なく片方がベッドの上の羽毛枕を投げつけて、アバターではなく生身のケンカに発展していった。
かたや焼き肉の食べ過ぎでスタミナが有り余っているりおな。
かたや久しぶりのアルコールで目の据わった陽子が、取っ組み合いを始めそうになった。
そのとき、間に入ったチーフが二人の(ここだけは息の合った)ボディーブローで吹っ飛ばされた。
「……ぐぅっ……」
「がるるるるるるるる」
「ぐるるるるるるるる」
チーフは自分の眉間に拳を当てて少し思案したあと、正体を無くして低く唸り声を上げる二体の獣を止めるべく課長に携帯電話で連絡を入れる。
阿鼻叫喚の地獄絵図と化したホテルの一室。
それにBoisterous,V,Cをゆっくりと包み込むようにRudibliumの夜は更けていった。
◆
「いやーー、実にいい朝だ。どう例えればいいんだろう、憑き物が全部落ちたというのはこういう気分のことを言うのかな」
能天気な大叢の背中を眺めながら寝不足気味の芹沢は目を細めて心の中で嘆息する。
――その憑き物とやらをこちらになすり付けてくれるなよ。おかげでまたサービス残業が増えたんだぜ。
芹沢は朝早くに電話で大叢に叩き起こされた。
「『完成したヒュージティングの画像を子供たちに見せたい。
画像を添付したメールを送信してくれ』だって? 誰にも考えつかないような下らない理由で起こされたぜ」
芹沢は一旦通話を切った。
忌々しげにたまたま撮影した画像を選択してメールを送信した。
数分も経たないうちに再度携帯電話のコール音が鳴る。
着信拒否をするわけにもいかず、不承不承通話のアイコンをタップする。
今度は理由も言わずに職人数人と一緒にRudiblium本社の地下研究所に至急着てほしいとのことだった。
再度通話を切ったあと時刻を確認すると、午前5時。
出来る限り時間を稼ぎたかったがそうもいかずに、芹沢は懇意にしている作業員の電話番号やメールアドレスを確認した。
地下研究所には、集められた芹沢や薄灰色のつなぎを着た数人の作業員が整列していた。全員どことなく所在なさげにしている。
それに対して大叢は、一言の謝罪も感謝の言葉もなくさっそく本題に入る。
「君たちを呼びだした理由だが、何か解るかな」
「いえ、皆目見当もつきません。これだけ朝早くという事はかなり重要なことでしょうか」
大叢は我が意を得たりとばかりにうなずく。
「そうだ、このヒュージティングのカラーリングがね、僕にはそぐわないようなんだ」
芹沢は乾燥気味の目で鋼鉄の巨人を見上げる。
昨夜突貫作業でも、作業員が細心の注意を払って造ったその色はつや消し、マットな黒一色でまとめてあった。
「せっかくヒュージティングを操縦して、華々しくソーイングフェンサーを駆除するんだ。もっと映える色がいいね」
大叢が背中を向けているのをいいことに、芹沢は目を細くして精一杯の皮肉をぶつける。
「では、地球、日本のアニメのように全身赤く塗って頭に一本角でもつけますか」
それを聞いた大叢はくるりと振り向き笑みを浮かべる。
「馬鹿言っちゃ困るよ、僕が乗るんだよ? 全身くまなくゴールド一色に決まっているじゃないか」
それを聞いた芹沢は、天井を仰いでまばたきを繰り返した。
――――ぷっ、 くくっ
作業員たちは顔を横にそらしたり帽子を深くかぶり直す。どうやら笑いをこらえているらしい。
「社長には僕から言っておくから朝礼には出なくていい。
それじゃあ頼むよ、僕は朝食を食べていないから一度家に戻る。出来上がりを楽しみにしてるから、じゃあね」
それだけ言い捨てて芹沢は研究所を後にした。
芹沢は五人の作業員たちに深々と頭を下げる。
「申し訳ない、今言われた通りに仕上げてくれないか。埋め合わせは今度の件が片付いたら俺の方からみんなに奢らせてほしい」
その言葉を受け、古参の作業員が帽子を取って返事を返す。
「いや、芹さんの頼みじゃイヤとは言えないが。ホントにいいのかい? 全身金ぴかに塗っちゃあ、どこにいてもまるわかりだぞ。
的もでかいから、相手に有利にしかならないんじゃないのか?」
「乗る本人がいいって言うんだからいいんだろう。
それよりみんな起き抜けで来たから腹減ってるだろう? 塗料を調達するついでにハンバーガーか何か買って来るよ。
塗料を持ってくるまで時間があるから、エアーブラシを用意したら少し休んでいてくれ。塗装には俺も参加する」
てきぱきと塗装の準備を始める作業員たちを見てから、芹沢はエレベーターに乗り込む。
エレベーターの監視カメラに顔が映らないように背を向けながら芹沢はひとりつぶやいた。
「――最後の仕込みをどうしようか考えていたが、まさか向こうさんから水を向けてくれるとはな。
俺はともかく作業員、それに社員を蔑ろにした奴から、足元に火が付く。それを身をもって教えてやらないとな」




