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042-2

「おい、暗黒騎士もそうだが、この型紙(ステンシル)は何だ?」


「何って、古来から日本に伝わる有名な職業のものですよ。まあ、使う使わないはそちらに任せますがね」

 芹沢はオーバーに肩をすくめる。

 部長は型紙(ステンシル)を元通りに折り直してノートに挟む。そのあとウイスキーを勢いよく注ぎ、わざとがぶがぶと飲んだ。


「いよいよ明日は『引き渡し』になります。分かっているでしょうが飲みすぎないで下さいね。では失礼します」

 一礼して芹沢は殺風景な部屋から出る。


「……俺から渡すんじゃなく、りおなには富樫に渡してもらうか――」

 部長はウイスキーの残りを確認しながら一人つぶやく。

「暗黒騎士だけでも嫌がりそうなのにもう一枚がこれじゃあなあ、『やれやれ、頭が(いて)えぜ』」

 明日のことを考えると、どうしても酒の量が増えてしまう部長であった。



   ◆



「大丈夫ですか? 陽子さん。少々飲みすぎなのでは」


「えーーーー? 心配ないよ、()いじょうぶ()いじょうぶ。

 異世界のビールって甘くっておいしいねえーー。

 あーーーー、夜風が気持ちいいわーー」

 陽子はホワイトライオンの着ぐるみの前ジッパーを開けて、両手で仰ぎだす。

 タンクトップ一枚だけしか着ていない肌が露わになるが、本人は気にも留めない。仕方なくりおなが両手で隠す。

 少々呂律(ろれつ)が回っていないが明らかに上機嫌だ。


 ――焼肉屋でおごりじゃからって、何杯かグラスでビールを飲んでたのう。意外とストレスがたまっとるやもしれん。


「チーフさん、酔い覚ましに炭酸ちょうだい。明日に備えてシミュレーションやらないと」


 そう言いながらイルミネーションの光の下を歩く陽子の足取りは、少しふらついていた。

 普段は陽子の肩に乗っているソルも、陽子の少し後をついて歩道を歩いている。りおなは少し心配になってきた。


「なあ、チーフ、シミュレーションは一人でやるわ。ホテルに着いたら寝かしてやって」

 陽子はりおなに近づき腕をりおなの肩に回す。

「聞こえてるぞーー、()ーいじょーぶだーーって。いっしょにあの『灰色アタマ』やっつけよーー! おーー!」


 ――完全に絡み酒じゃ……

 明らかに酔っぱらっている陽子を少し煙たがりながら、りおなはぬいぐるみたちと一緒にホテルに向かった。



「ふーーん、これが私のアバター? よく出来てるねえ。でも、なんかアバターの目つき悪いんだけど」

 りおなと全く同じ感想を述べながら、陽子はソファーに寝そべって携帯ゲームを操作する。

 床には炭酸水、ではなく500ml入りの缶ビールが何本か置いてあった。陽子は缶を床から持ち上げ一口飲む。

 りおなはチーフを手で招き寄せ小声で話す。


「さっき、炭酸て言うてたじゃろ。なんでビールなん? 本人暴走するじゃろ」


「すみません。陽子さんが『ビールもスパークリングワインも缶チューハイも炭酸の一種だから大丈夫』と押し切られました」

 ベッドの上であぐらをかいて口臭用のカプセル、続けてチョコレートを食べているりおなに陽子が近づく。


「あーー、りおな一人でいーーことしてるーー。ちょーーだーーい」


 ―――幼児退行しとるわ、逆らわんとこ。

 りおなは陽子に口臭用カプセル、それに大量のチョコレートを陽子に渡した。

 焼肉屋でたらふく食べたであろうソルが、それでも小袋わけのチョコレートを何袋も口にくわえてソファーに移動した。


「なあチーフ、ひゅーじてぃんぐってどれくらいデカいと?」


「今、ミッションをダウンロードします。少々お持ちください」


 チーフはテーブルに向かいノートパソコンを操作する。

 りおなと陽子の携帯ゲームの画面に

 『ヒュージティングがBoisterous,V,Cの繁華街に出現した!

 ヒュージティングを街の外へ誘導し行動不能にせよ!』

 というミッション名が表示される。

 それを見たりおなは少し眉間にしわを寄せる。


「なあ、これ

 『ひゅーじてぃんぐをコナゴナにせよ!』

 でもいいんじゃなかと?」


「破壊するのは最終手段ですね。まずは駆動機関を停止させ行動不能に陥らせるのが先決です」


「まあ、いいじゃん。とにかくやってみよ」

 画面内の舞台はりおなたちが滞在している街,夜のBoisterous,V,Cになっていた。

 ネオンや街路灯が煌々(こうこう)と輝くが住人の影は見当たらない。


「住人がいるさまを忠実に再現すると、処理が重くなるため割愛しました。そろそろ現れます。二人とも心の準備をしておいてください」


 チーフの説明に対してりおなはあぐらをかいたまま、陽子はりおなと同じベッドに寝そべったまま、ビールをちびちび飲んでいる。


 ビルの一つがシャッターでも下ろすように、道路に面した外壁が横長のパーツに分割してガラガラと降りてくる。そこに灰色の巨大な人型ロボットが立っていた。


「でかっ!」


りおなは思わず声を上げる。

「チーフ、これさっき見た看板ロボよりでかいんじゃけど、大きさどれくらいあると?」


「体高は18m、重量が装備品なしの状態で43,4tあります。都心に設置してあるアニメの巨大ロボとほぼ同じサイズですね」


「こんなんと戦うんかい」

 りおなは思わず脱力する。

 ――このヒュージティングのスピードとか武器とかははわからんけど、強そうじゃな。

 ソーイングフェンサーの装備でも下手すっと、パンチ一発でぺっちゃんこになりそうじゃ。


 ビルに偽装した格納庫(ハンガー)から現れたヒュージティングは、少しの間歩いていたが、りおな達を目視すると走り出した。

 一気に距離を詰めてくると、目算で100m程あった両者の距離がすぐに縮まる。


「おーー! 来た来た! んじゃ作戦通り散開したあと死角から各個攻撃、目標を街の外に連れ出したのち撃破!」


 ――作戦も何も、打ち合わせなんてしとらんじゃろ。


 と心の中でつぶやきながら、りおなは自身のファーストイシューのアバターを操作しソーイングレイピアの剣針(けんしん)をヒュージティングの頭上、ビルの看板に突き刺し跳躍する。


 身体を(ひるがえ)して看板の底部に両足をつけ、膝を曲げて弾丸のようにヒュージティングに突っ込み頭部に斬りつけた。

 案の定高い金属音が響き鉄の巨人が一瞬たじろぐが、当然のようにダメージを受けた様子はない。

 ヒュージティングは右拳を自身の頭上にめがけて打ち込む。

 が、それより一瞬速くりおなのアバターは巨人の肩を蹴り難を逃れる。


 ――さて、どんげすんべえか。


 りおなが思案している瞬間、白銀の影がヒュージティングに突撃し胸部に突き刺さった。

 画面上部には『ドルフィンランス』と表示されている。

 ガラスの装甲の先端、イルカの鼻先に巨大な槍の穂先がついていて、それが鋼鉄の巨人の胸を突いたのだ。

 イルカのヒルンドのアバターは、胸に刺さったまま高速でスピンする。数秒間回転するとヒュージティングは上体を反らしそのまま後ろへ吹っ飛んだ。


「よっしゃ! やった!」

 携帯ゲームを持ったまま陽子は小さくガッツポーズをした。

 そのまま500mlのビールを飲み干した。そして新たな缶のプルトップを開け一口飲む。


「チーフさん、この装備は使えるわーー。自分では作ったことなかったけど実戦でも使えるね」


「ええ、危険は伴いますがヒルンドさんにも、攻撃または牽制に加わってもらいます。他の技はですね――――」

 陽子はビールを飲みながら、熱心にチーフの話に耳を傾けヒュージティングを街の外に追い出す攻撃に興じている。


 ――なんじゃーー、あっちばっかり。

 チーフ、りおなより年上(あと巨乳)じゃから、えこひいきしとるんじゃないじゃろな。


 りおなはその様子を苦々しく思いながら、アバターのイシューチェンジを行う。

 瞬時にアバターはキジトラ模様の着ぐるみ姿、そして全身をぴったり覆う強化スーツ、バーサーカーに変貌を遂げる。

 りおなはキンクテイルメイスを出現させた。巨大な足に連続して打撃を見舞うが、そのあまりにも大きな巨躯はたじろぎもしない。焦れたりおなはたまらず大声を出す。


「あーー、もう! 全然動かーーん! もーーしょうがにゃい、多少の犠牲は仕方ないけん、街中でやっつける!」


「りおなさん、それは最終手段です。イシューチェンジをしてヒュージティングを誘導してください」


「誘導ってどうやんの?」


「搭乗、操縦者が大叢ならほぼ確実に効く方法です。一回使えばヒュージティングの注意を一身に引きつけますが、同時に危険度も大いに増します。

 逃走経路などを確保した上で使わないと思わぬ反撃を受けます」


「うん、それは解ったわ。具体的にどうやると?」


 チーフはりおなにヒュージティング、それに大叢の誘導方法を伝える。りおなはゲーム機から目を離し一瞬だけ天井を仰ぐ。


「そんなコドモみたいな方法でちゃんと誘導できるっと? 仮にも次期社長候補なんじゃろ?」


「いや、あの『灰色アタマ』だったら今言った方法で大丈夫だって。それよりりおな、踏んづけられたり蹴られたりしないでね」


 ――さり気なく物騒なことを言いだすにゃあ。


 りおなは頭を軽く振って、アバターのイシューチェンジをする。

 そのあとヒュージティングの前面に回り込んで、チーフの指示通りの技を使う。

 瞬時に黒い巨大な身体が赤く染まった。肩から上部分が炎を吹きだしているようにも見える。


「何、これ!?」


炎上(Blazing)です。攻撃力や突進力が急激に跳ね上がります。凶暴さが増しますので、二人とも今以上に注意して下さい」


「なんじゃこれ? 赤いってことは通常の三倍くらい速いと?」


「いえ、そこまでは。出力は出せて1,4倍ほどですがそれでも実際のスピードはけた違いに速く感じるはずです。

 この状態への対策ですが――――」


 チーフの注意もそこそこに、りおなと陽子はアバターを操作しりおなは新装備の脚力で、陽子はイルカのヒルンドを駆りヒュージティングとの距離を一気に引き離す。

相手の視界から外れないように、曲がり角ではわざと相手の視界から離れないようにつかず離れずを繰り返す。

 が、交差点を曲がるたびに真っ赤に染まったヒュージティングは乱暴に両腕を振り回しや。

 ビルに設置してある看板や信号機を破壊していく。

 アバターによるシミュレーションとは言え、その横暴な振る舞いにりおなは下あごを突き出す。


「なんじゃこの『大きいお友達』は。気に入らん事あったら周りに当たり散らすんか?」


「ムダにリアリティー高いよねーー。でもこんだけムカつくヤツだと遠慮なくスクラップにできろわーー」


 言いながら陽子はヒルンドを緩急をつけて操り、頭の煮えたヒュージティングを誘導し街の外へ連れ出す。



 Boisterous,V,Cの外は舗装された道路以外は赤土の大地が広がり、遠目には樹高の低い灌木が生えていた。

 画面内では満月の明かりが静かに射す中、りおなと陽子のアバターに真っ赤に染まったポリゴンモデルのヒュージティングが対峙する。

 先に仕掛けたのはりおなだった。


 新装備(イシュー)のまま、サブウェポンの大きく穴の開いた円形の鉄製武器戦輪(チャクラム)投擲(とうてき)する。

 直径30cm程の鋼鉄の刃は緩く弧を描きながらヒュージティングのガラス張りの操縦席に直撃するが頭の上に表示された横長のバーはほとんど減らない。


 それでもヒュージティングはその鈍重そうな身体からは想像もつかないほど俊敏にりおなを追跡する。



 だが、りおなのアバターは脱兎のごとく駆け出しヒュージティングを引き離す。

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