041-3
「全く、いくらやっても終わらない仕事を『食っても減らないメシ』とか喩えるがこの場合はまさにそれだな」
Rudiblium Capsa本社の地下研究所の休憩室でベンチに腰かけた芹沢は、遅い昼食をとりながらつぶやく。
芹沢が選んだのはコンビニおにぎりにカップ麺、野菜ジュースと日本のサラリーマンと同様、素早く栄養補給することのみに特化したものばかりだ。
「ぼやいてる割に楽しそうに見えるのは俺だけか? 芹沢。また家にも帰らずここで仮眠を取ったろう。いくらなんでも身体を壊すぞ」
五十嵐は栄養バーをかじりつつ、ドリンクタイプのプロンテインで流し込みながら芹沢に苦言を呈する。彼は彼でまた憔悴した様子だ。
「まあ、滅多にない機会だ、たまにはいいだろ。
なにせ巨大な合金ロボ、ヒュージティングを一から造るんだ。
逆にこれで乗らないやつの顔が見てみたいもんだ。
なんだ? 三浦はお手製弁当か。その可愛らしいのは女子が作ったんだろう。
……彼女か? いいもんだな」
茶化すでもない芹沢の言葉に、弁当箱を持ったまま照れる三浦がいた。
「……はい、実はそうなんですよ。『研究所で作業がある』って言ったら朝渡してもらいました」
「相手は誰なんだ? 本社の娘か? ちゃんと教えろよ」
芹沢の追及に三浦ははにかみながら答える。
「ああ、はい、同期で入社した経理の子です。
新歓の飲み会で知り合ってから連絡先を交換して……時々お互いの家に泊まったりするんですよ」
「おおー、いいな、青春だな。俺にも紹介してくれ。ぜひその娘に言いたいな。
『三浦君のおかげで、現場は円滑に回ってるからとても助かってます』ってな」
「えっ! そうなんですか? いやでもそんな事ないですよ。僕なんて先輩たちの足を引っ張ってばかりですから」
「いいや、自分を卑下するな。お前の謙虚さと誠実さは、この荒んだ職場にあってなお輝くものだ。
体よくサボろうというやつに、お前の身体の綿を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。なあ? 五十嵐。お前はどう思うよ?」
「さあな、俺には解らん。それよりお前が当てこすってる大叢氏だが」
「うん、やつがどうした?」
「明日が結婚記念日とか何とかで、早々に上がらせてもらうと言って直帰した。
何でも『今日はプレ結婚記念日だから入念に準備しないと』、そう俺に言ってきた。
『芹沢課長にはくれぐれもよろしく頼む。ヒュージティングは僕が乗るからミスが無いように仕上げてくれ』……だったかな」
「……五十嵐、それは何時くらいの話だ? そう言えば姿が見えないとは思っていたが」
「大体10時55分くらいか。お前が資材課に連絡して材料を発注してた頃だから間違いない」
芹沢はそれを聞くと、カップ麺を食べる手をしばし止めて沈黙する。そのあと大きく息を吐いた。
「……まあいいんじゃないか? 奥さんを大事にするっていうのもサラリーマンにとっては大事だからな。
三浦、お前は大叢氏の事をどう思う?」
芹沢は心にも無いことを言いつつ三浦に水を向ける。
「……そうですね、奥さんの事は大事にするべきだと思いますが。
でも僕たちサラリーマンは仕事第一ですね。あまり度を超えて家庭を大事にしすぎるのはどうかとは思います」
「うんそうだ、満点の回答だ。やっぱり彼女さんに会わせてお前のことを言わせてくれ。
『君の彼氏はサラリーマンの鑑だ。彼のような部下を持って我々は誇りに思います』ってな」
手放しで褒められた五十嵐は弁当箱を持ったまま照れている。
その様子を好ましげに眺めながら、芹沢はカップ麺のスープを全部飲み終えた。
おにぎりの包装フィルムや、二つ折りにした割り箸をカップの中に入れた。
ビニール袋に入れて持ち手を結わえゴミ箱に捨てる。
「ふう、ごちそうさま」
芹沢は大きく伸びをする。
組み立て中の巨大な合金製のロボット、ヒュージティングの足元まで行き、胸部の操縦席を仰ぎ見つつ、一人つぶやく。
「曲がりなりにも次期社長に目されているのが、今からこんな体たらくじゃあな。この会社もそう長くはないな」
言いながら床に転がった太いボルトを拾い上げ、上に掲げて眺める。
「『会社員が外に出たら七人の小人あり』か?
どこまでちやほやされれば気が済むんだ? あの見た目だけの中身がないボンボンは。
そんなにヨメが大事なら、首に鎖でも付けて、そこらじゅう引きずり回せばいいのにな。
まあ、いいや。向こうがあの手この手でサボるんならこっちにも考えがある」
芹沢はボルトにナットを嵌め親指で回しナットを上下に動かす。
「考え無しのお坊ちゃんには、お灸をすえてやるのが上司の務めだ。痛い目に合わせてやるのも一興だな」
芹沢はボルトをスーツのポケットにしまってから、少しだけ笑みを浮かべた。
◆
「お疲れさまです、りおなさん。よく頑張りましたね」
チーフの言葉でりおなは我に返る。
「んあ、ああ? 終わり? ……はあ、そうか、終わりかーー。
……………終わりかーーーーッ!!!」
りおなはソーイングレイピアを両手で構え全身に力を込めながらレイピアを高々と掲げ大きく叫ぶ。
そのあとで脳に酸素を送り込むべく、人目も憚らず大きな欠伸をした
「ふゎぁぁぁぁぁぁーーーーーーぁぁぁぁああああーーーーっとお!
んじゃあ、ちっとお昼寝するわ。チーフ、ソフトクリームって用意できる?」
りおなは変身を解除してグレーのスゥェットの上下に着替える。
「はい、あります。フレーバーはなにがいいですか?」
「んー、あればマンゴー。無ければチョコ」
「ええ、両方ありますからツインソフトにしますか?」
「うん、持ってきてーー。食べたら寝るわーー」
言うが早いかりおなはベッドにダイブした。
チーフが部屋を出てからりおなは改めて部屋中に散らばっている、今日一日の成果を見渡す。
「――――我ながらよう頑張ったわ。もーー二度とやらん」
りおながクッションを真上に放り投げていると、ドアをぽふぽふと叩く音がする。 エムクマとはりこグマが部屋に入ってきた。
りおな、おしごとおつかれさま。
チーフさんがさぎょうおわったからあそびにいってもいいって。
「うん、無事終わったわ。あーー、つかれたーーーー」
りおなは立ち上がり、はりこグマの両手を持ってぐるぐると回りだした。長い単純作業からの解放感も手伝って、限界まで速く回転させる。
「おわったおわったらったったーーーー」
それが終わると今度ははりこグマを天井ぎりぎりまで放り投げてキャッチしてを繰り返す。
「ぎゅーーーーんぎゅーーーーんぎゅぎゅーーーーん」
アイボリーのクマのぬいぐるみは、嬉しそうにされるがままになっていた。
そこへチーフが戻ってきた。銀色の丸いトレーにステンレス製のスタンドに三本ソフトクリームを立てて運んでくる。
「りおなさん、ソフトクリームを持ってきました。食べてください」
「おーー、待ってました。んじゃ食べよっか」
はりこグマを床に下したりおなはクマふたりにソフトクリームを手渡す。
クマたちが美味しそうに食べているのを眺めながらりおなもソフトクリームを口に運ぶ。
「んで、結局何着くらい創ったと?」
「合計で216着ですね。この短時間でお疲れ様でした。
明日頃合いを見て『作戦』に使います」
言いながらチーフはりおなが創ったものを丁寧に畳んで一か所に集め、携帯電話を操作して亜空間に収納した。
コーン状に焼き上げられた薄焼きワッフルをぱりぱりと食べながらりおなはチーフに伝える。
「んじゃ、ちょっこし寝るわ、お休み」
「はい、今4時半くらいですから7時近くになったら起こしに来ますね」
チーフは言いながらりおなとクマたちにタオルケットをかけた。
「うん、おぁすみーーーー」
りおなはまたも大きなあくびをして目を閉じた。
「りおなーー? 起きてる? 入るよーー」
ノックの音とともに陽子が部屋に入ってきた。りおなはゆっくりと目を開ける。
「おはよう」
「んーーおはよーー」
りおなはトランスフォンから目薬を出現させ両目に点眼する。
「チーフさんが焼肉屋さんの予約とれたからみんなで行こうって」
「んーー、今思ったんじゃけど」
「うん、何?」
「この世界、普通のウシやらブタはおらんじゃろ。何の肉かと思って。もしヘビとかじゃったらどーしよ」
「そこは大丈夫なんじゃない? 気にしなかったら平気だよ」
「そうは言ってものう……まあいいや、留守番しててもしょうがないし」
りおなはトランスフォンを取り出しバーサーカーにイシューチェンジする。その光に反応してエムクマとはりこグマも目を覚ました。
「部長を迎えるプレ祝いじゃ、体力回復のためにもたっぷり食べるか」
Rudiblium Capsa本社にほど近い街、Boisterouus,V,Cは夕方にあってなお賑わいを増している。
課長を先頭にした一行はおのぼりさんよろしく上を見上げながら目的地に向かう。
りおなと陽子は日本の都会に慣れているため、大都市に対しての驚きは無かった。
だが、看板代わりのディスプレイかと思っていたショッピングモール前の巨大なロボットが、りおなたちが横切った時に腕を振り上げて大声を出したのには驚かされた。
「ふわーーーー、びっくりしたーーーー初めて見たわ、あんな看板」
ネコ耳フードを被ったままりおながつぶやく。
――チーフの説明じゃと、たしかお店と専属契約してる巨大鋼鉄人形種とかいう呼び方らしいにゃ。
「ねーー、日本じゃあそこまで動くロボット無いもんねーーーー」
りおなの意見に陽子も同意する。
そのまま歩道を歩いていると、通りすがりの背の高いスーツ姿のスタフ族が背中を逸らして大きな声で笑い出した。
仕立ての良いスーツの上には灰色の猟犬の顔が載っている。その両手には紙バックがいくつも下げられていた。
大柄なスタフ族は笑うだけ笑ったあと無遠慮にりおなに近づく。
「あっはっは、君たち面白いね、ヒュージティング・ディスプレイを知らないだなんてどこの田舎者だい?」
初対面にもかかわらずぶしつけな質問をりおなにしてくる。
むすっとしたりおなにチーフが助け舟を出してきた。
「ノービスタウンから観光で来ました。彼女たちは転生して間もないですから、ここの設備や風景が珍しいんですよ」
説明を終えたチーフに対し大柄なぬいぐるみ、グランスタフの大叢はじろじろとチーフを眺める。その様子は客観的に見て、とても教養の高さは窺えなかった。
「君は……見た感じグランスタフの一員みたいだけど本社では見ない顔だね。部署はどこだい?」
「私は極東支部所属の富樫といいます」
チーフは所属を特に隠しもせずに告げる。それを聞いた大叢は怪訝そうな顔をりおなやチーフに向ける。
「……極東……? ああ、以前義父さんが言っていた落ちこぼれ共の吹き溜まり部署かあ、噂には聞いていたけど実際に会うのは初めてだ。
僕は大叢、開発部の課長だ。実質トップだと思ってくれていい。
君はもう二人、窓際所属の上司に……あと人間の女の子、ソーイングフェンディ……だったかな。
とにかく義父さんの話じゃこのRudibliumに仇なす悪魔だって聞かされてる。
まあ、僕が陣頭指揮して造ってるヒュージティングにかかれば一ひねりだろうけどね。
その子に伝えといてよ。『痛い目に会う前にさっさと帰った方が身のためだ』ってね」
大叢の暴論に対してもチーフは顔色一つ変えず返答する。
「解りました、確かにお伝えします。大叢課長も大事無いように」
一方のりおなは歯を食いしばって聞いていたが、堪え切れずに大叢に向かって一歩近づいたが陽子にやんわりと肩を掴まれ引き戻された。
その様子に全く気づかない大叢は能天気に声を上げる。
「それじゃあ、富樫君これで失礼するよ。出来るサラリーマンは家族サービスにも余念がないからね。
いや、実を言うと例のソーイングジェンダーには会ってみたいんだ。僕のヒュージティングで遠慮なく叩きのめしてやりたいからね」
「そうですか、それも含めて伝えておきます。そうなるといいですね。では我々はこれで失礼します」
チーフは珍しくにこやかに返す。
「うん、そういう従順な態度は僕は歓迎するよ。じゃあ、そのお荷物のソーイングダンサーさえ倒せば君もお役御免なわけだ。そうなったら永久に休めるね。
僕もこれで失礼するよ、じゃあね」
言うだけ言うと大叢は紙バッグを持った右手を高く上げその場を去る。
りおなはごく薄い笑みを浮かべ、トランスフォンを操作し350mlの野菜ジュースペットボトルを二本出現させ、一本を陽子に渡した。
「お肉食べる前に食物繊維摂っとくと脂肪の吸収が抑えられるんじゃって」
言いながらりおなはペットボトルを縦に勢いよく降り出した。そのままチーフににこやかに尋ねる。
「なあ、チーフ、今の何? あんな〇〇〇〇初めて見たんじゃけど。
次会ったらすり潰してもよかと?」
「ええ、ヤツのことは噂には聞いていましたが伊澤の娘婿大叢です。
役職は課長ですが下馬評では縁故入社のドラ息子ですね。
見た印象はあの通り噂以上の代物です。
本来ならあんな程度の輩は私が露払いすべきなのでしょう。
ですがヤツはりおなさんを公然と侮辱しました。それ相応の報いと制裁を与えてください」
チーフは憤懣遣るかたなしという状態を笑顔で覆い隠しりおなに伝えた。
「それ聞いて安心したわ」
りおなは充分に振った野菜ジュースを一息に飲み干す。
「次に会ったら……けちょんけちょんにしちゃるけん」




