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041-2

「何、これ……」


 画面には分厚いコンクリートの壁で囲まれた大きな円形の要塞都市の端が映し出されていた。

 その()を威圧するような外観は、ノービスタウンのようなのどかさもBoisterouus,V,Cのような賑わいもない。

 ただ、他者を排除し自身の権威を示したい、そんな圧力を感じるような外観だった。

 陽子はカメラの画像表示を止め、目を閉じ大きく頭を左右に振る。


 ――りおなは部長さんていうぬいぐるみのひとと会わないと、この世界から脱出して日本に帰るのは難しいみたいね。

 とはいってもあの子ひとりで向かわせるのは、よくないよね。


 陽子はヒルンドの背中に乗ると、左足を金具に固定して右足でヒルンドの背中を三回タップする。

 ヒルンドは一声鳴き声を上げると体長ほどもある長い胸鰭(むなびれ)を大きく一度羽ばたかせるた。その巨体はふわりと舞い上がる。

 そのまま厚く立ち込めた雲の下を当てもなく飛び回らせる。


 ――今みたいに考えがまとまらない時とか気分がくさくさしてる時は、バイクで流すように飛び回ってもらうのが一番ね。


 頬に当たる生暖かい風を感じながら、陽子は年下ながら人間世界の悪意と戦う少女の手助けをするように決意を固めていた。



   ◆



「おはようございます、りおなさん」


「んーー、おはよう」


 りおなはチーフがドアをノックする音で目が覚めた。

 ベッドの上で軽くストレッチをしながら深呼吸し、タオルケットを頭からかぶったまま部屋のドアを開ける。


「今日の『勤務内容』は何かね? 富樫主任」


 わざとまじめくさった口調で確認する。

「はい、朝食を皆さんで摂られたあと、部長の引き渡しに向けて準備を整えます」

 服装も普段通り、スーツにネクタイ姿のチーフはいつもの感じで返してきた。


「わかった。朝食はルームサービスかね?」


「いえ、せっかくですから一階のフロアでみんなで食べましょう」


「うむ、わかった。着替えてから降りる」

 りおなはチーフが去るのを見送ってから大きく伸びをする。

 窓の外を見ると、薄暗い街並みにオレンジ色の曙光(しょこう)がうっすらと差し始めている。

 東京やニューヨークのような賑わしい街が動き出したのだ。

 眩しい明かりに目を何度かしばたたかせてから、りおなはバスルームに向かった。



 チーフの提案した作戦を実行するため、りおなは朝から作業に追われていた。

 顔を洗って身支度を整えてから自室の家具を全部隅に寄せた。

 入念なストレッチで身体を(ほぐ)してから作業に取り掛かる。

 作業している間は珍しく愚痴や不平不満をこぼさずに、無言でソーイングレイピアを揮っていた。

 単純作業で脳内の酸素が不足すると遠慮なくあくびをして回復させる。

 ハイカロリーなチョコレートドリンクを一息に飲み干し、糖分補給を繰り返し行った。


 その甲斐あって午前中には目標の6割ほどまで達成できていた。一行はホテルの一階で昼食を摂る。


「ほんとに(おご)ってもらっていいの? チーフさん。日本円だけどやっぱり滞在費とか食費は払うよ」


 陽子がサンドイッチ片手にチーフに話す。

 服装は一般の宿泊客に警戒されないように、ホワイトライオンのメスの着ぐるみにしていた。


「いえ、陽子さんはりおなさんだけでなく、ぬいぐるみたちの命の恩人ですから。お気遣いなく」


 チーフはりおなのためにサンドイッチを運びながら陽子に返す。


「改めて面と向かって言われると照れるんだけど。

 いやね、私だけでなく、ソルとヒルンドのごはんもそっちで持ってもらってるからさーー。

 ふたりとも誰に似たんだか大食いだから申し訳なくって。

 ……りおな、大丈夫? さっきから全然食べてないけど」


「…………んん? んあ、ああ~~~~。うん、だいじょうぶ、だいじょうぶ。ちゃんと食べるけ心配いらん」


「いや、今ものすごい目見開いてたよ。いくら異世界でも女子がそんな顔してたらダメだって。ちゃんと食べないと身体もたないよ」


「んーー、ありがと。うん、食べるわ」

 言いながらりおなは、目を両手でこしこしとこすり両手を口に当て大きくあくびをした。

 ――んんーー、いかんいかん。自覚してる以上に呆けていたらしいわ。


 改めてテーブルの皿に目を落とす。

 皿にはサンドイッチやサラダがバランスよく盛り付けてあった。フォークを手に取り、野菜サラダから食べだす。


「ほんとに大丈夫? チーフさん、あんまり根詰めさしちゃダメなんじゃない?

 言ってもりおなはまだ中学生なんだから、無理させちゃかわいそうだよ」


「あーーーー、んやだいじょうぶ。内職の伝説作るつもりでやっとるさけ。

 それにこれちゃんと終わらせられれば部長も『出張』から帰って来られるけん、ちゃっちゃっと終わらさんと。

 『ときに富樫君、残りはどれくらいだね?』」

 あごに手を当てて尋ねた。


「はい、残りはあと4割くらいです。今のペースを保てば4~5時間で終わりますね」


「んじゃ一気にやっつけるわ。

 んで、この街焼肉屋さんてある? 作業終わったらお昼寝して『お疲れ焼肉』したいわ」


「ええ、あります。では作業が終わったら全員で行きましょう」

「それ聞いてちょっとやる気(モチベ)上がったわ。うん、午後も頑張ろう」


 りおなはロースハムサンドイッチを両手で品良く持って、はむはむと食べる。

 陽子はその様子を心配そうに眺めながら、それでもそれ以上は何も言わずにサンドイッチを口に運ぶ。

 ホテルの昼下がりは比較的和やかに過ぎていった。

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