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040-2

「却下」


「りおなさん、こう言ってはなんですが部長と合流しない限り日本に帰れません。協力してください」


「もういい、日本帰らんでぬいぐるみと開拓村で仲良く楽しく暮らして生きてく。

 日本初のぬいぐるみ開拓者としてこの世界に名を残すけん」


 言いながらりおなは毛布にくるまり亀のポーズを取った。チーフは椅子に腰かけてから、天井を仰ぎ見て一つ息を吐く。

 そのあといつものようにサイドテーブルにノートパソコンを広げキーボードを叩きだした。



   ◆



 ちょうど同じ頃、rudiblium Capsa本社にて代表取締役社長こと、伊澤は一つの決断を下した。人間界を侵略するのにヴァイスフィギュアだけでは決め手に欠ける。彼はそう判断した。

 本社ビル地下に設立されている各種開発を行う研究所(ラボ)に社員数名を集め彼らに命令を下す。


「我々グランスタフが搭乗できて、自分の身体のように操作できるヒュージティング種を制作してもらう。

 担当は芹沢、五十嵐、三浦、(あずま)、それに大叢(おおむら)君に就いてもらう。

 特に大叢君には大きな期待を寄せている。他の社員に負けないようしっかり頼むぞ」


 命令を受けた三浦は社長直々の指示に大いに喜ぶが、五十嵐はいつも通りの渋面で一礼し他の部署から急遽来た東はきょろきょろとあたりを見回す。


「社長、頼まれていた『チェインジリング』の装置ですが」


 芹沢は言いながら数字の8の字になったの銀色の金属を伊澤に渡す。

「おお、これか。実験は済んでいるのか?」


「いえ、この世界には適当な人間がいませんから。もし不安でしたら一旦地球に赴いてデータを集めてきますが」


「いやいい、お前たちはヒュージティング製作に集中しろ。

 ふふふ、もうすぐだ。これで俺の願いがすべて叶う。

 そうだ芹沢、例のソーイングフェンサーについてだが。調査はどうなっている?」


「はい、『情報の海の生物』のカメラ機能による画像ですがどうやら病床に臥せって動けないようです。復帰するとしてもしばらく時間がかかるかと思いますが」


「どんな画像だ? 見せて見ろ」

 言われるまま芹沢はタブレット端末を取り出し伊澤に渡す。その画面には木造の建物の中で毛布をかぶっている姿があった。


「画像は粗いですが毛布をかぶって苦しんでいます。直接行って確認しますか? 適任は五十嵐になりますが」


「いや、いい。五十嵐君はヒュージティング開発に専念しろ。

 ――何をしている? 早く作業に取り掛かれ。俺は私用があるのでこれで上がる」


 伊澤は言うだけ言うとさっさと研究所兼工場を後にした。言われた芹沢はタブレット端末を操作し設計図を作成しだす。

 五十嵐は素材になる鋼材やプラスチックなどの在庫を確認しだした。三浦はパソコンの画面を確認する。コリーの頭部を持つグランスタフの東は芹沢に尋ねる。


「あの、芹沢……課長。俺、いや、私は何をしたら……」


「いや、俺のことはさん付けでいいし、肩ひじ張ったしゃべり方もしなくていい。

 君は確かスタフ族じゃなくティング族の(・・・・・・)身体を換装して(・・・・・・・)グランスタフになったんだったな。ティング族の時の記憶や経験を俺たちに教えて欲しい。それが何よりの手助けになる」


「俺が知ってることなんて何もないっすよ」


「いや、ティング族だったころの身体“Gummi chalybs”つまりはラバースティール、ティング族の硬さと柔軟さを併せ持つ合金、あれの組成が今回の開発には必要だ。

 とはいえ特別に何かしてもらう必要はない。君の生体パルスを測定してティング族が滑らかに動く時の『心の光』を解析させてもらう。

 まあ、今日は見学で構わない。まだ素体すら完成していないからな。もう少ししたら上がって構わないぞ」


「芹沢君、そういうことなら僕も上がっていいかな」


 芹沢と東の会話に割って入ったのは大叢だった。

義父(おとう)さん、いや社長からはヒュージティングに搭乗するのは僕だと言われていてね。

 今まで引き継ぎなんかでバタバタしていたんで、久しぶりに早く帰ろうかと思うんだ。奥さんや子供たちも僕の帰りを首を長くして待っているだろうからね」


 大叢の申し出に対して芹沢は少し考えていたようだったが、すぐに口を開く。

「ええ、構いません。我々は残って作業します」


「じゃあ頼む。僕が乗るやつだ、息子たちにも見せてやりたいんでね。機能だけでなく格好いいのを造ってくれ。じゃあお先に、お疲れさま」


 芹沢は返事をせずに会釈だけして作業に戻った。最初に大叢が、続いて芹沢達に一礼してから去る東の足音が完全に遠のくと五十嵐は芹沢に近づく。


「いいのか? ゆくゆくは取締役になるとはいえ、今は実質お前の部下だろう? あまり好き勝手やらせるのはまずいんじゃないのか」


「ああ、下手に口出しされて現場を荒らされるよりこちらであらかた進めていた方が何かと効率がいい。

 なにより現場の苦労も挫折も知らないお坊ちゃんのお守りしながら、ムーバブルティングを造るのは骨が折れるからな。

 一番の理由はこんな面白い開発を他に譲ってたまるかってことだがな」


「ならいいが。このヒュージティングは生きた状態で造るのか?」


「いや、そんなことをしたら操作する際に動きのロスが出る。

 素体に『心の光』を巡らせて、操縦席に着いたやつの手足の延長になるように造った方が取り回しが利く。

 なによりそいつの立場で考えてみろ。創られて自我を持った直後に頭に違う相手が乗せられて、意のままに動かされる。俺なら耐えられないな。

 だからこいつの精神(なかみ)はあえて作らずに、どんがらのままでいいだろう。

 それにこの過程で得られるものも大きい。生きたティング族以外でラバースティールが実用化されれば応用が利く。例えばそうだな、新たなヴァイスの開発とかな」


「芹沢さん、それって……」

 遠巻きに話をうかがっていた三浦が気弱そうに手を挙げる。

「以前開発を中止した合金製版のヴァイスフィギュア、『ヴァイスアロイ』ですよね。

 フィギュア程の機動性や柔軟性はないものの腕力や耐久力、剛性に関してはそれを遥かに上回るって……

 やっぱり人間世界の侵略のための戦力を拡充するんですか?」


「うん? まあ、そうなるかな。まあ、量産するしないはさておき試作品だけでも造っておいて損はないと思うしな。

 五十嵐、お前もぼやいてただろう? ヴァイスフィギュアはもちろんここいらのダンジョンに巣食う深層のスタグネイトも動きがぎこちないせいで、戦いに面白味がないってな。

 その埋め合わせじゃないが、力と硬さで勝るヴァイスを創るのも一興だろう。

 外回りに()んでたお前を開発に引き込んだのはそういう理由だ。近くにいれば性能検査にかこつけて実戦訓練もできるしな」


「まあ、俺は構わないが。

 それよりも芹沢、社長が気にかけていたソーイングフェンサー、あれの安否確認は本当にいいのか?

 天野は移動能力はあっても交渉ごとに不向きだっていう理由で外していたが」


「ああ、それに関しては問題ない。天野とほぼ同期で入社した荒川を調査に向かわせている。俺が直接研修したからな、不用意なことはしないだろう。

 やはり気になるか? 前からソーイングフェンサーと手合わせ願いたい言ってたからな」


「それもそうだが、もし無事ならどうなる? 社長に報告は当然として、問題はそのあとだが」


「まあ、直接対決は避けられないだろうな。無事なら、だが。

 『たら、れば』を言ってても仕方ない、まずは荒川の報告待ちだ。あいつなら富樫やソーイングフェンサーのぬいぐるみたちが造った開拓村の住人にも警戒されず調査できるだろう。

 俺達は今しなけりゃならんことをやっとこうぜ」


いつになく楽しそうな様子の同僚を見て五十嵐は胸の(うち)でため息をつく。

 ――この様子だとソーイングフェンサーの持ち主は無事で、社長と再戦するべく動いているな。

 部下を向かわせたというのは建前で実際はもう復活している。今の口ぶりでは言外にそう匂わせた感じだ。

 相手を疑う事を知らない三浦はともかく『縫神(ほうしん)の縫い針』がある以上、俺や芹沢も含めて下剋上は不可能。

 取れる手段は表向き従う形を取って、ソーイングフェンサーの不利にならないように水面下でどう動くかだが――


 五十嵐は作業する手を止め芹沢の背を見ながらひとり考える。


 ――今造っている搭乗可能なヒュージティング種やヴァイスアロイの量産は明らかにソーイングフェンサーの障害になる。どうするつもりだ? 芹沢。

 それともソーイングフェンサーに社長をぶつけて共倒れを狙っているのか?


 五十嵐の無言の問いかけに当然気付く様子もなく、芹沢は駆動系の設計について三浦と討議していた。

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