039-3
「さあ、着いたわよみんな」
課長の声でりおなは目を覚ます。まず最初に気付いたのは身体に毛布がかかっている。
上体を起こしてあたりを見回すと、ソファーになんにんかぬいぐるみたちも寝ていた。陽子はソファーに腰かけ読書をしている。
キャンピングカーの外は少し薄暗いが、強い白色灯が上から射していて周りには様々な車が停まっている。どうやら駐車場のようだ。
「あれ? いつのまに日本に帰ったと?」
りおなが寝起きの頭でぼんやり考えていると、窓越しに無人の赤いオープンカーが通り過ぎる。
――わっ、なにあれ? 誰も乗っとらん。
驚いたりおなが目を見張るとポルシェらしき車はぬいぐるみ、スタフ族をなんにんか乗せて走り去っていった。
「この街はRudiblium本社に近い街、Boisterous,V,Cよ」
「ボイステレス、ビー、シー……」
「直訳すると『陽気で騒がしい塩化ビニール』ってとこかしらね」
りおなのつぶやきに課長が答える。
「この街は部長が今いる本社ビルから、5kmくらい離れたベッドタウンて感じかしら。
前もって芹沢君には連絡しておいたから、部長にはもうすぐ会えるってことで話はついてるわ」
りおなは課長に顔を近づけるように手招きして、小声で耳打ちする。
「部長は監獄とかに入れられとらん?
上下青と白のボーダーの囚人服着て、足にボウリングの球みたいな重しつけられて。
そんでから一日一食で、『腐ったパン』しか食べさしてもらえんとか」
「そこは大丈夫よ、出入制限とかはかけられてるみたいだけど、食事とかは快適だって。頼めば新聞とかお酒も出してくれるみたいだし」
「そうなん?」
「ただ、このはちゃんともみじちゃん、それにりおなちゃんに会えないから寂しくってヤケ酒ですって」
「じゃあアル中にならんうちに、早いとこ助けたらんと」
「そうね、なるべく早く帰って来てもらわないと。さあ、みんな起きてちょうだい」
課長の声で寝息を立てていたぬいぐるみたちが目を覚ました。きょろきょろと辺りを見る。
――みんなにはただ遠出をするとしか言っとらんけど、りおなの態度でなんとなくただの観光で来たんじゃないっていうんはわかるみたいじゃなあ。
みな特にはしゃぐ様子もなく身支度を整え、キャンピングカーを降りる。
「ほんでどこ行くっと?」
バーサーカーの着ぐるみのフードを目深にかぶってから、りおなはチーフに尋ねる。
「まずはホテルにチェックインしてひと息つきましょう。陽子さんは万が一のこともありますから、こちらで衣服を用意します。それに着替えて下さい」
「いや、お気遣い無用。私にはこれがあるから」
陽子は駐車場の端まで行き、得意げにグラスクリスタライザーを上に掲げた。眉間に当てながら何か念じる。
舗装されていない地面の砂利が粉砂糖のような白い砂になった。
それから意志を持ったように陽子の身体にまとわりつき、あっという間に白いオオカミの着ぐるみになった。
外見は滑らかできれいな毛並みに覆われている。着ぐるみが完成するとソルが陽子の肩に乗った。
「これならぬいぐるみに見えるでしょ」その場でターンを決める。
「ええ、それなら目立たないわ。じゃあ出発しましょう」バスガイドよろしく課長は皆に告げる。
「だいぶ、ノービスタウンとは違うのう」
りおなは列の最後尾について街を見上げて感想をつぶやく。
この世界に来て最初に訪れた街、ノービスタウンはヨーロッパの片田舎のような石畳と石造りの街並み。
開拓村は主に木でできた建造物が主だった。
だがここBoisterous,V,Cと呼ばれる街はコンクリートやプラスチックでできた巨大商業都市といった様相だった。
地上数十m程の高さに透明なプラスチック製のチューブやレールが立体的に配置されていた。
その上を列車や車が等間隔で滑るように移動している。
街中がニューヨークや香港のように派手なネオンで彩られていた。すでに陽も落ちかけているのに煌々と明るい。
メインストリートは片側三車線の大きな道路で、道の両端にはオレンジ色の街路灯が立ち並んでいる。
街の中に入るとファーストフード店やパン屋、お菓子工場に保育園、建築現場や病院、警察署に消防署、建築現場や教習所など子供がなりたい職業の職場がかなり大規模に展開されている。
まるで都市そのものがアミューズメントパークになったような、異様な光景だった。
部長の孫ふたりは幼いながらも慣れた様子だった。
だが、りおなが創ったぬいぐるみたちはもちろんのこと、りおなや陽子も物珍しそうにあちこち見回している。
街中いたるところにぬいぐるみことスタフ族や、全身金属製のティング族、ゴム製のラーバ族や木製のウディ族がいた。
あちこち行きかい仕事をしたり、買い物に勤しんでいるようだった。
その中に会ってりおなが今まで見ていない種族もいくらかいた。
人間に近い整った顔の人形が、他の住人たちに混じって普通に生活している。
かと思えば身長6mほどの巨大ロボットが高層ビルの建築現場で他の住人たちを踏まないように慎重に作業をしている。
「都内のテレビ局の近くの駅に18mの実物大のロボットはあるけど、あれは動かないもんねえ。
こっちのは、金属なんだろうけど関節とかは結構伸び縮みするんだね」
大きな動くロボットを見て陽子は大きな目を丸くしてつぶやく。彼女もだいぶ驚いているらしい。
「人間に近い姿をしているのはフィギ族でこの街には多いですが、Rudiblium全体では数が少なく長寿の傾向が高いです。
あの工事作業をしているのはこの世界ではヒュージティングと呼ばれています。
一般車両や路線バス、列車などもティング族の一種ですね」
りおなと陽子と同じく一行の最後尾を歩くチーフが解説を加える。
「ほぁーーーー」
――なんか、りおなの方が小さくなったみたいじゃーーーー、あーー上見上げて首痛い。
りおなの生まれ育った神奈川県の縫浜市は、首都圏の中ではベッドタウンに位置する。
それでも東京にも面しているため距離も近いし、商業施設などはそれなりの規模がある。
友達と休日渋谷や原宿に出かけた時も、それほどカルチャーショックは感じなかった。
だが、この街は過ぎるくらい豊かで活気に満ち溢れている。りおなはこの街にすんなり溶け込める自身が無かった。
「田舎の子が一人で上京したらこんな気分になるのかのう」
身の内に何とも言えない疎外感を味わいながらりおなはつぶやく。
「この街は、人間界の子供が大きなおもちゃ屋さんに入った時の高揚感が投影されている模様ですね。
主だって比較的作られて間もない新しいおもちゃが転生した時、住居をこの街に選ぶ傾向が高いようです。
活気に満ちていますが、その反面住み心地が良くないと感じる住人も少なくないみたいです。
この街の周辺には、高い確率でスタグネイトの巣窟が発生するようです」
チーフはりおなの意見に賛同しつつ説明を続ける。
一行は20分ほど歩き20階建ての大きなホテルにチェックインした。
「りおなさんと陽子さんはそれぞれ個室でいいですよね。陽子さんの分はこちらで払いますから」
「うん」
「せっかくだからお言葉に甘えるわ。異世界でこんないいホテル泊まれるとは思ってなかったし」
「今、夕方5時半ですから夕食は7時半にしましょう。一階で食べられるようですから」
りおなと陽子にカードキーを渡しながらチーフが告げる。
「あれ、2時間って何すんの? 自由時間?」
「いえ、イレギュラーな事態があってもノルマはノルマですし」
「ノルマって……まさか……」
りおなの問いにチーフは一言だけ返す。
「ウェアラブル・イクイップ創りです」
「むぎゃーーーーん」
りおなは反射的に受け取ったカードキーを天井めがけて投げつける。
カードキーの向かう方向を陽子とソルだけでなく、りおなが創ったぬいぐるみ全員が目で追っていた。




