039-1 出 発 departue
「んで、その新しい装備、暗黒騎士じゃったっけ? どーいうデザインじゃの?
あと、ほんでりおながこれから戦うのんは白塗りで口が裂けたヤツ?」
りおなはキャンピングカーのソファーに腰かけてチーフに確認する。
陽子は課長が用意した寝間着に着替えてソファーでラム酒を少量垂らしたホットミルクを飲んでいる。
ミルクの匂いにつられたタイヨウフェネックのソルが同じようにミルクの相伴にあずかっていた。
一行は夜中のうちに芹沢が言っていた開拓村、そしてノービスタウンにいる住人を集めるため村に向かう。その足でRudiblium本社に向かうためだ。
車の運転は(陽子は頭数に入れず)課長とチーフが交代でする手はずになっている。
外は真っ暗闇で時折『情報の海の生物』や、夜行性の動物がたまに行きかうが基本的には静かだ。
「全身ラバースーツでネコ耳コスプレじゃったらりおな着んからな」
りおなも寝間着に着替えて毛布を体に巻き付けて、はちみつ入りのホットミルクを飲んでいる。
――車の中っちゅうんは振動が気持ちよくて眠たくなるんじゃけど。
チーフが前に開発してたっていう新装備『暗黒騎士』っちゅうのんが気になって、眠気飛んだわ。ものすご 悪い予感しかせん。
「身体中から真っ黒い煙みたいなの出たりしないじゃろな」
「りおな、映画の見過ぎだって。そんな演出実際のにあるわけないでしょ」
陽子は笑いながら言うが、りおなは気が気ではない。
――なにしろ『魔法』とか言われて実際に出てきたんはでっかいグミとかパインとか、最後にチョコレートやし。
前もって聞いておかんとと心身の衛生面にいくない。
「デザイン画としてはこんな感じですかね」
チーフがタブレット端末を差し出してきた。
覗き込んで見ると鈍く光る黒い金属に、赤銅色の縁取りや装飾がなされている全身鎧という出で立ちだった。
兜にはしっぽのようなフリンジとネコ耳が(さも当然のように)付いている。
――ぴったりフィットの全身レザースーツっちゅう最悪の事態はないようじゃな。
そんでもゲームなんかだとベタ過ぎるデザインじゃ。こんなかっこだと落ち着いてハンバーガー屋にも入れん。
「なんだ、ふつーっていうかかっこいいじゃん」
陽子は率直な感想を言うが、りおなは『他人事じゃと思うて』と内心毒づきながらチーフに尋ねる。
「んで、これどうやって創ると?」
「基本は黒いレザーを縫製します。
それにレイピアの能力を介して、ダークマターや他の素材を合成して創りますね。
重量は革よりも少々重いくらいですが耐久力や硬度は遥かに上がります。
ヴァイスフィギュアの悪意やそれらを凝縮した闇の攻撃に対しては与しやすいです。
ですが逆に『ダークナイト』を装備している間はソーイングレイピアの縫製能力や、心の光を吹き込み悪意を浄化する能力が極端に弱体化します」
「んじゃバーサーカーみたいに他の武器とかあんの?」
「ええあります、『暗黒剣』が使用できますね」
「そのまんまじゃ」がくりと首を落とすりおなに陽子が尋ねる。
「他の装備って言ったけどバーサーカーって?」
「あー、色々あるんじゃけどぱっと見は着ぐるみ寝間着みたいやけん、面白くなか」
「えー見たーい、どんなのー?」
「いいけど別に」
りおなはしぶしぶ立ち上がり、変身の文言をトランスフォンに向かって唱える。瞬時にキジトラネコの着ぐるみ寝間着姿になった。
「……ちょっと前に表で着るの流行ったけど、なんでみんな着てたんだろうね」
頼んだのは彼女自身だが、いたたまれないような声色で陽子が感想を言う。
その言葉でりおなは青い宇宙生物の着ぐるみを着た角刈り青年の話を陽子にする。
「あれからりおなの中では、表で着ぐるみ着るんがちょっとトラウマになってた」
「まあ、異世界で着る分にはいいんじゃない? で、他の武器って言うのは?」
りおなは左手を前にかざすと、先が曲がった猫のしっぽのような棒が現れる。
「これのこと。名前は『キンクテイルメイス』。カタい相手とかに有効じゃって」
「へえー、他には? まだ装備品てあるんでしょ?」
陽子の言葉をチーフが遮る。
「二人とも、もう二時間ほどで開拓村に着きます。住人をなんにんか拾って今度はノービスタウンに直行します。今のうちに少しでも休んでおいてください」
「んーそうだね、んじゃ失礼して先に休むわ。りおな、チーフさん、課長さんお休みなさい」
言うが早いか陽子はソファーに横たわり毛布をかぶった。ソルもそれに倣い毛布に潜り込む。
チーフからの目配せを察したりおなは、無言でカップをチーフに渡し、服を寝間着に戻したあと毛布を被って横になった。
「りおなさん、開拓村につきました。そろそろ起きてください」
「う~~、ぎにゃ~~~~」
チーフに身体を軽く揺さぶられたりおなは、不機嫌そうに起きた。乾燥気味の両目をしばたたかせる。
「んー、もう着いたと?」
大きなあくびをしながら、毛布をかぶったまま上体だけ起こす。そこには休む前と同じ状態のチーフがいた。
「チーフ、寝んかったと?」
「いえ、30分ほど仮眠を取りました。ここではながクマときこりのジゼポ、たれ耳ウサギのロップを連れて行きましょう」
「うん、わかった」
りおなが毛布をかぶったまま外に出ると、開拓村の外観は朝出かけた時より住居や倉庫、畜舎などがさらに増していた。
その上、洞窟で採取したであろう『輝きの欠片』を燃料にする街灯も五本ほど建てられている。
りおなは何度目になるか分からないカルチャーショックを受けた。
村は深夜という事もあり大半の住人は寝静まっているが、それでもなんにんかは仕事をしているらしく、あちこち動いているのが夜目にもわかる。
「りおなさん、こちらへ」
チーフに促され村の広場正面の大きな建物の前に来ると、縦にひょろりと長いシルエットが暗がりに浮かぶ。
「ながクマ、留守番お疲れ様」
りおなが長身のクマをねぎらうと、ながクマは大きめの箱のようなものを取り出す。水色に塗ってあるそれは前に引っ張る綱をつけた手押し車だった。
フゥム、エムクマとはりこグマに頼まれて作っておいた。
「へえ、いいにゃあ」
りおなは取っ手を持ってがらがらと押したり引いたりしてみる。シンプルながら頑丈そうだ。
――これ、絵本と同じデザインやから、クマたちが創られる前の記憶をもとにして作ったんじゃな。
そこにきこりのジゼポとたれみみウサギのロップも集まる。
それぞれレザー製のベルトやベストを着けていた。
――ちょっと見ん間にすっかり開拓民じゃな。自給自足する国民的アイドルグループみたいにたくましそうじゃ。
「他連れてくのはおらんと?」
「そうですね、では今度はノービスタウンへ向かいましょう」
りおな達が車を停めていた場所へ戻ると、今まで乗って来たものよりも一回り大きなキャンピングカーが置いてある。
課長が眠ったままの陽子を横抱きして新たな車両に移す途中だった。
「りおなちゃん、これから人数が増えてくから、こっちの車に乗っていきましょう」
りおなは小さくうなずく。課長に横抱きにされている陽子の寝顔は、同性で年下のりおなから見ても可愛らしく見えた。
――普段は過ぎるくらい明るく振る舞っとるけど、さみしさの裏返しかもしれんな。
「起こしちゃかわいそうだから、このまま寝かしておきましょう」
りおなは小さくうなずき、車の居住スペースを確認する。寝室にはベッドが二つあり一つには双子とクマふたりが移されてぐっすりと眠っている。課長は左手のベッドに陽子を移した。
「んじゃ、私も少し休むわ。りおなちゃんは?」
「助手席で寝るわ。チーフに聞きたいこともあるし」
りおなが毛布をかぶったまま助手席のドアを閉めようとすると、ミーアキャットの家族が全員で一行を見送りするように集まってきた。
りおなが軽く手を挙げてあいさつした。
すると、ミーアキャットたちが大きな麻の手提げ袋をふたつりおなに手渡してきた。麻の香りと共に焼き立てのパンの香ばしい匂いが辺りに漂う。
「あー、ありがとう。これ焼き立て? 夜遅いのにお疲れ様」
りおなの言葉にぬいぐるみのミーアキャットたちはいっせいにこくこくとうなずき、出来立ての自分たちのパン工場に戻る。
最後に子供のミーアキャットがなんにんか残っていた。
りおなが不思議に思っていると、後ろ手に持っていた細い板で作った虫かごの中に、体長15cmほどの黒光りするコオロギが何匹も入れられていた。
りおなは虫かごを至近距離で見せられて一気に脳が覚醒する。
「……えーーっと、これをりおなにくれると?」
りおなの問いに子供たちはこくこくとうなずく。
「……んや、おっきくてかっこいいけどりおなは飼えんわ。あんた方で可愛がって」
やんわり断ると、子供たちはお互いに顔を見合わせた。また何度か首を縦に振る。
気を悪くしたのか、とりおなが思ったのもつかの間、ミーアキャットたちは虫かごから大ぶりなコオロギを取り出して、頭からぱりぱりとおいしそうに食べだした。
それを間近で見させられたりおなは、視線を逸らしてドアを閉めた。
――もうあれだ、今日以降あの子らぁをだっこするのはやめよう。
そう心の中で強く誓った。
パンが入った袋を後部座席に移したりおなは、改めて大きく伸びをする。
時刻を確認すると深夜11時。異世界でもとっくに寝ている時間だ。隣ではチーフが特に疲れた様子もなく運転している。
「新しい腕は大丈夫? 問題いらん?」
聞かれたチーフはハンドルから明るいブラウン色の手を少し離し、握って開いてを繰り返す。
「おかげさまでご覧のとおりです。腕力や器用さは以前より上がっているかもしれませんね」
「それはなによりじゃけど、悪さできんようにドリルとかカッターとかつけちゃろうか」
眠気も手伝っていい加減な事を言ってしまい、失敗したと思ったが気付いた時には遅かった。
「ええ、換装用の装備なら多少は種類があります。ただ装備する際は別途料金などが発生しますが。
まあもっともりおなさんがいい顔をしないので実際に装着するのは見送りますけどね」
「……まあそうじゃね。それはともかくとしてあいつら、『妖怪モーイッカイユー』とか芹沢っちゅうのがはりこグマに構うのはなんでじゃの?」
りおなはチーフに尋ねる。聞かれたチーフは遠くを少し見つめていたがやがて口を開いた。
「それは――――」
不意に後ろの方から聞きなれたキイキイという甲高い声が聞こえた。心当たりがあったりおなは右手を額に当てて上を向く。
「チーフ、車停めて。失敗したわ」
りおなが慌ててキャンピングカーの居住スペースに入ると、タイヨウフェネックのソルがベッドから抜け出していた。先ほどもらったパンの入った麻袋に首を突っ込んでいる。
りおなが呆れて襟首をつまんで引っ張り出すと、借りてきた猫のようにおとなしくはしていた。
だが、それでもしっかりと口にバターロールを咥えている。
りおなはソルの首筋を持ったまま顔の高さまで持ち上げて見る。
しゅんとした表情にはなっているが、それでもバターロールを離したりはしない。
そのまま視線を下に移すと飼い主の陽子はソファーに横たわって寝たままだ。その無邪気な寝姿に少し苦笑しつつもバターロールを二つソルに渡す。
「好きなだけあげると飼い主さんに怒られるけ、三個だけあげるわ。これだけあれば十分じゃろ。おやすみ」
りおなはソルを寝室に入れてから助手席に戻った。運転席のチーフがりおなを見つめている。
「りおなさん、さっきの話しの続きですが」
「えーとなんじゃったっけ、今眠いけん今度聞くわ」
りおなは言うが早いかシートベルトを締めたあと目を閉じる。チーフは何か言いかけようとしたが、すぐに運転を始めた。




