037-3
そのまま祭壇の下に転がっているソーイングレイピアに向けて手をかざすとレイピアは瞬時に右手に納まった。
祭壇の周りに満足そうに突っ伏している住人たちを見回す。
目を閉じてぬいぐるみたちの『心の光』を確認するとまさに風前の灯火といった感じで弱々しく明滅している。
――りおなを通しての闇で汚染されるのからは解放されたけんど。このままじゃとみんなが動けんくなくなる。
ソーイングレイピアの柄を眉間に当て、りおなは強くイメージを思い描く。すぐにレイピアが強い光を放った。
そのままレイピアを両手で頭上に上げ『心の光』を一気に放出する。
光が住人たちに降り注ぐとすぐにひとり、またひとりと住人たちが起き上がってきた。
体調が元に戻った開拓村の住人はりおなに一礼して三々五々解散していく。最後のひとりが起き上がると放心したりおなは、伸びをしながらあくびをする。が、すぐに顔をしかめた。
「チーフの腕、なんかぐちゃぐちゃになっちょうけど何これ? 変な匂いするし、えんがちょ?」
「いえ、りおなさんの心に巣食っていた『闇』です。それをレイピアを介在して除去したため物質化しました」
「んじゃ、早いとこ燃えないゴミに出さんと。課長、ビニール袋持ってきて」
「いえ、これはソーイングレイピアで浄化してください。放っておくと緩慢に土地が汚染されます」
「んーー、わかった」
りおなはソーイングレイピアを構えた。汚泥の塊のようになったチーフの左腕に『心の光』を注ぎ込む。程なく悪臭は無くなり、直径1m弱の真っ黒い球体になった。
「こうなれば大丈夫です。トランスフォン内に収納しておきましょう」
「ねえ、これは何になるの? 見た所鉄の塊みたいだけど」
陽子が歩み出て黒い物体を手の甲でコツコツと叩く。
「ええ、純度や密度だけで言えば鉄が一番近いはずですね。いずれ必要になるかもしれませんから、りおなさん収納しておいてください」
言われるままりおなはトランスフォンを拾って操作し黒い物体を収納する。
その後、陽子に向かっておじぎをした。
「なんか、ノービスタウンのひとら連れて来てくれたみたいで、ありがとうございます。お礼は、なんかおいしいものおごりますんで」
りおなの言葉を受けて陽子がひらひらと手を振る。
「いやー、いいよー。お礼ならヒルンドに言ってやってー。
それよりもそっちのヒト、チーフさんだっけ? 腕治してやったら?」
「あーー………いや、下手に治すとと何かまたなんかやらかしたり、こっちにめんどい仕事まわしたりするけん、しばらくこのままでいいわ」
さりげなく物騒なことを言うりおなを課長がやんわり止める。
「ダメよ、りおなちゃん。ちゃんと治してあげないと、富樫君にラーメン作ってもらうんでしょ?」
「あー、それもそうか。んじゃ課長チーフのスーツ脱がして。んでチーフの型紙出して」
言われるまま課長は袖が全部とれたスーツを脱がせた。
両腕がもげた状態のチーフは少し痛々しいが、本人は痛みを感じないのかいつも通り飄々としている。
「じゃありおなちゃん、富樫君の腕を付け根から切り落としてちょうだい」
指示通りにりおなはチーフの肩口を両方とも切り落とす。
「今度は両腕のステンシルを撮影して。布と綿はこれね」課長が厚手の麻布と綿を出す。
言われるまま作業を進めていくと感心したように陽子がつぶやく。
「へえー、そうやってぬいぐるみ創るんだ」
「うん、結構手間じゃけど、レイピアが勝手にやってくれるから、作業自体はミシンやるよっか楽じゃね。最後のイメージ保てられればぬいぐるみに生命吹き込められるけ」
「ふーん」
りおなは麻布をレイピアの切っ先で指し示すと布地は光を帯びふわりと浮かび上がった。りおなは呼吸を整え布地を一気に切り抜いた。
――手は当り前じゃけど五本指じゃな。手や指はだいぶ細長いかんじやね。
そのまま布地同士を縫い合わせ、綿をレイピアで指し示し『心の光』を吹き込んだ。
そのまま両腕の肩口から綿が自動的に両腕に詰め込まれていく。作業は合計で三分もかからなかった。
「んじゃ、縫い付けるけ、チーフそこで動かんで」
りおなはできたての両腕をチーフの肩に移しソーイングレイピアで縫い付けた。
「富樫君、調子はどう?」
課長が尋ねるとチーフは百貨店のマネキン、トルソーのような指を動かしてみる。
「ええ、支障なく動かせます。りおなさん、ありがとうございます」
ノースリーブのYシャツにネクタイ、麻の腕を持つチーフはりおなに深々と礼をする。その後、携帯電話を操作してスーツとシャツを新品の物に替える。両手は麻布のままだ。
「いいけど、あんた両手そのまんま? 結構不気味じゃけんど」
「ああそれでしたら大丈夫です」
言いながらチーフは両手に力を込める。するとぼんやり光った両手はすぐにふさふさとしたブラウンの毛に覆われた。
りおなと陽子は白目になって同時に『サギだ!』と心の中で突っ込む。
ノービスタウンの住人はあちこちに散らばり開拓村の様子を眺めている。
「ケルルルルルルルルル」という鳴き声が聞こえてきたので、天を仰ぐと空飛ぶイルカヒルンドが上空を旋回している。
空の端が紺色に染まってきた。りおなの長い漆黒の一夜がようやく明けたのだ。
「ふぁーーーーあ、もう朝かー。チーフ、夜明けのラーメン作ってー。食べたらちょっと寝るわー」
目線を陽子に移すと陽子もうなずく。
「うん、なんか私も疲れたわー。チーフさん、なんか軽めのラーメンって作れるー?」
「はい、あります。山形県の『冷やしラーメン』などどうでしょう」
「ああ、それいいわ。豚骨じゃとちょっと重いし」
軽くふらつく足取りでキャンピングカーの隣のコンテナまでゆっくりと歩く。エムクマとはりこグマ、それに陽子もりおなについてきた。
「色々あったけど、なんか面白いね、ここ」
陽子がりおなに笑いながら話す。ソルはポーチから抜け出してはりこグマの肩に乗った。
「えーー、毎日しっちゃかめっちゃかじゃけど」
りおなは話ながら心の中に何か引っかかるものを感じた。
――あれ? なんか忘れてるような気がするにゃあ、でも何かまでは解らん。
忘れてるってことはたいしたことでもないんかのう。
「まあ確かにね」
陽子が苦笑しているとキャンピングカーから小さい影がふたつ現れた。
ちょっともやもやするけんど、ま、いっか。
「「おはようございます、りおなさん。いい天気ですね」」
異口同音に部長の孫のふたり、このはともみじがりおなと陽子に挨拶してくる。
「あーおはよー、ふたりとも眠れた?」
「はい、ぐっすり寝ました。そちらの方は? 人間の方みたいですけど」
「ああ、初めまして。私は陽子。このおもちゃの国には初めて来るけど、あなたたちは?」
「はい、みながわこのはです」
「みながわもみじです」
――……あ、ひょっとして。
双子の自己紹介でりおなは心の中で引っかかっていたものが何かようやくわかった。
踵を返し広場中央に戻って板張りの祭壇を解体しているチーフや課長に小声で尋ねる。
「なあ、そういや部長見かけんけどどっか行っとるの? 今思い出したけどあん時チーフ、スーツでくるんで逃げてたけどあれは誰なん?」
「奴らが狙うとすればほぼ確実にはりこグマですね。ダミーとしてスーツに隠しました。実際はポータブルジェイルが当たるとき部長が間に入って身代わりになったようです」
りおなは辺りを見回す。
――……確かに昨日の夜張り切ってガキ大将リサイタルやっちょったけど、、今、姿が見当たらん。
「……えーと、どっか物陰でトイレしとるとか?」
「我々は排泄行為自体が無いのでトイレではないです」
「んじゃあ、つまり」
「部長が奴らに連れ去られました」
――一番めんどそうな結論をあっさり言いおった。
念のためにとりおなが振り返るが、幸い距離があるので孫ふたりに聞かれてはいない。
「んでも、部長に人質の価値なんてないじゃろ。どこまで行ったか知らんけどそのうちひょっこり帰って来るんじゃなかと?」
「天野はともかく、やつらはそう簡単に部長を開放したりはしないでしょう。
私が奴らの立場なら人質交換という形を取りますね。それに部長がいないとなると我々以上にりおなさんが困ります」
「なんで?」
「地球、人間界に行く際の異次元航行用のバスを持っているのは部長だけですから。
部長とバスがやつらの手に渡った今、りおなさんが人間界に戻る手段がありません」
りおなはチーフの話を聞き終わってから唇を突き出して20秒ほど沈黙し、棒読みで一言だけつぶやいた。
「………………いやーーん。」




