第二章‐1
四連休も最終日となる。アッシュたちは、今日の夕刻に、彼の星のある辺境方面へ向かう定期便に乗って、エリカたちの任地でもある彼の星へと帰還することになっていた。だが、それまでは自由時間だ。アリーセとサーニャが実家に戻っているので二人と一匹で朝食を済ませると、ホテルに荷物を預けて、エリカの案内で観光に出掛けることにした。
エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉は、今朝も少し服装について悩んだが、結局、今日も、アッシュの星のものと大差ないようなシンプルなデザインのパンツルックを選んで着ている。ホテルの部屋の姿見で服装を確認しながら、自分は意外と保守的なのかしら、などという感想が、軽い溜め息と共に浮かんだ。ブラウスの襟元には、忘れずに琥珀色のブローチ型の予備の魔装具も着けている。
彼女は昨夜のうちに、この辺りの観光名所をピックアップしておいてくれたらしい。列車に乗って、昨日買い物をした商業街区とは別の街区へと向かう。そこは、連邦最大の図書館や、公立、私立の美術館、博物館や、著名な劇場、音楽ホール等が立ち並ぶ、いかにも観光地という街区だった。
「おぉ、観光地っぽいな。芸術の都って感じだ」
そんなアッシュの感想に、エリカが笑う。
彼女の案内で、アッシュはチッピィを連れて、いくつかの美術館や博物館を巡った。相変わらず、チッピィは登録証の提示で、それらの施設にもフリーパスで入ることが出来る。午前中いっぱい美術館や博物館巡りという、まるで修学旅行のような観光を行った。このお堅い観光コースは、如何にも生真面目な彼女らしい選択だ。
アッシュは、芸術には特に興味もないし、造詣も深くなかったが、学校の授業で習った程度の、知っている限りの彼の星の芸術作品と頭の中で比較しながら見ることで、案外、退屈せずに鑑賞することが出来た。このセレストラル星系の美術品は、彼の星のそれとほとんど変わらないような絵画等から、そろそろお馴染みになってきた技術である、立体映像で表現された絵画――否、彫刻に分類されるのかもしれない――や、全くどうやって作ったのか、という以前に、どう見るのが正しいのかすらわからない四次元的な彫刻作品まで、多種多様だ。さすがにそれらの、彼の星ではお目に掛かれないような美術品を見続けていると、頭がくらくらしてきた。
博物館では、統一政府である、このセレストラル星系連邦樹立前の歴史を解説した展示や、それよりも遥か昔の歴史的遺物等が見られて、これもなかなか興味深い。なにしろ、彼の星では立派に現役で働いている家電製品と同じようなものが、歴史的遺物として展示されていたりするのだ。アッシュは、そういった彼の星ではお馴染みの品が展示されているのを見る度に、つい笑いが抑えられなくなってしまう。アッシュの星でもう二年暮らしているエリカにも、彼が笑う理由はわかったようで、その度に苦笑しながら人差し指を口元に当てて、静粛にするよう促した。そんな、彼らにしかわからないやりとりを何度か繰り返す。ほとんどの展示には音声による案内も用意されていたので、自動翻訳アプリのおかげでおよそ問題なく展示物の解説を聞き、それらの展示の内容を理解することが出来た。
なかでも、アッシュが一番興味を惹かれたのは、魔法の開発と魔装機の進化の歴史を解説した展示だ。魔法が開発された当初は、複雑な魔法陣を描いたり長い呪文を唱えたり、といった煩雑極まりない手続きを魔法使い自身が行っていたのだが、連邦樹立の少し前、天才的な発明家によって魔装機が発明されて、代わりにそれらの手続きを行ってくれるようになり、ある程度の魔力があれば誰にでも手軽に魔法が使えるようになったのだという。とりわけ、それ以降の、どんどん魔装機が小型化、高性能化していく様子は、アッシュの中で彼の星のコンピューターの発展の歴史と重なって、見ていて心踊るものがあった。アッシュは、その魔装機を発明したという発明家、レオニード=デル・ソーラスの晩年の肖像画の前で足を止める。エリカが不思議そうにアッシュに尋ねた。
「どうされました?」
「いや、今、俺が魔法を使えてるのは、この爺さんのおかげか、と思ってな」
アッシュの返事にエリカが小さく笑う。
「デル・ソーラスが自宅のガレージで魔装機の試作一号機を完成させたのは、二十代の初め頃だそうですよ」
「へぇ。専門の研究機関の人間とかじゃないのか。それで、そんな若い頃から、こんなすごい発明をしてたなんて、天才ってのはいるもんだな」
感心したように言うアッシュに、少し真面目な調子でエリカが言葉を返した。
「それは連邦樹立の前夜という時期のことでした。時代の要請もあったのでしょう。ほんの数年で最初の魔装機の量産体制が確立されて、統一戦争に大量に投入され、十二年続いた戦争の最中、何度もバージョンアップを繰り返したそうです」
「そうか。戦争が技術を発展させるってのは、ある意味ホントなんだな」
相槌を打って、アッシュは改めてデル・ソーラスの肖像画を見上げる。三つの惑星に存在する無数の国家を全て統一するような、大きな戦争だ。使用する武器が安全装置を掛けた魔法になることで、どれほど多くの人命が救われたのだろう、と感慨に耽る。しかし、エリカが肖像画を見上げる視線には感謝の念などは含まれていないことには、アッシュは気付かなかった。個人で大きな戦闘力を有する魔法使いは、生身で航空戦力や戦闘車両の相手をさせられ、多くはその命を散らすことになったというのが戦争の真実であることには、彼は気付く由もない。エリカも、自分たちの文明のそのような血生臭い歴史をわざわざ教えることもないだろうと思い、なにも言わなかった。
「……アッシュ、そろそろ行きましょう」
「ああ」
エリカに促されて、二人はデル・ソーラスの肖像画の前から離れ、博物館を出る。アッシュは、肖像画に挨拶するように右手を振っていた。彼としては、自分に魔法を使えるようにしてくれた恩人のような気持ちでいるのだろう。エリカは、複雑な気分で困ったような笑みを浮かべてしまう。だが、彼女とて、勿論、百年以上前の統一戦争を直接知っているわけではない。学校で習った程度だ。士官学校で戦争の詳しい記録を学んでしまったせいで、デル・ソーラスに対してもあまりよい印象を持てずにいるのだが、悪いのは魔装機を造った彼ではなく、魔法使いを徴兵して非道な運用をした当時の連邦や各国の軍部なのだろうと頭では理解している。デル・ソーラスに対しては、アッシュのような態度でちょうどいいのかもしれない、と思うことにした。
「そろそろ腹が減ってきたな。昼飯時じゃないか?」
博物館を出ると、そんなエリカの感情には無頓着に、アッシュが言う。エリカは微笑みながら、時計を見て答えた。
「そうですね。では、昼食にしましょうか」
二人と一匹で少し歩いて、これもエリカが調べておいてくれた、この辺りでも名が売れているらしい、第二惑星ディーダの専門料理店に入り、昼食を摂ることにする。
「この店は、ペタラという、貴方の星でいうピザのような料理がお勧めらしいですよ」
「ピザか……。いいな。じゃあ、それにするか」
エリカの言葉に、アッシュは、『彼女』と一緒に彼の家で食べたピザを思い出して、そう答えた。エリカが注文すると、やがて窯から取り出した大きな木製のへらに乗った、円盤型のピザらしき料理が運ばれてくる。アッシュは、さっそく一切れ手に取って頬張った。上に乗ったチーズが火傷しそうに熱い。暫く、はふはふと熱い息を吐いてから、飲み込んだ。具は、燻製肉と香草のようで、意外とシンプルだった。
「うん。うちの星のピザとあんまり変わらないみたいだ。美味いな」
「アッシュ、お行儀が悪いですよ」
エリカに窘められる。見ると、彼女はナイフとフォークを使って、そのピザ状の料理を食べていた。そういえば、この星のピザはナイフとフォークを使って食べるんだった、と『彼女』から聞いた覚えのある知識を思い出す。アッシュは照れ笑いを浮かべてナプキンで手を拭い、改めてナイフとフォークを持って、そのピザ状の料理を食べ始めた。さすがに、食べ終わってみるとエリカのほうが多く食べていた、ということはなかったようだ。ちょうど半分ずつ食べていた。チッピィは、骨付きの燻製肉を食べて満腹になったらしく、テーブルの下で身体を伸ばしてくつろぎながら、その骨を齧っている。二人は、ディーダのマカビカブルという地方特産のジャローという、アッシュの星のコーヒーに似た飲み物を食後のお茶として飲みながら、この後の予定を話し合った。
「アッシュ、午後からはどうされます? まだ、この辺りには見るところがたくさんありますけれど、もし飽きてこられたのなら、移動してテーマパークのようなところに遊びに行ってみるという選択肢もありますよ」
エリカが魔装機の操作端末を開いて、グローバルネットで調べた観光ガイドを表示しながら聞いてくる。アッシュは少し思案して、口を開いた。
「そういう観光地もいいけど、せっかく別の星に来たんだ。もっと、生の人々の生活が見えるようなところにも行ってみたいな。この星の普通の人の生活が、うちの星とどの程度同じで、どのくらい違うのか、ってのを肌で感じ取ってみたい」
「生の人々の生活、ですか……。では、ダウンタウンのほうを少し散策してみますか? 私もあまり足を踏み入れたことがないので、上手くご案内出来るかわかりませんけれど」
エリカが細い顎に人差し指を当て、少し視線を上に向けてそう言う。アッシュは彼女の提案に頷いた。
「ああ。じゃあ、午後は下町探検だな」
「はい」
エリカも同意してくれたので、それで午後の予定が決まる。二人と一匹は店を出ると、今度は少し長めに列車に揺られて、首都セレスト郊外のダウンタウンへと向かった。街の高いところを走るモノレールから駅前の様子を見下ろしてみて、適当に賑わっていそうな駅で下車してみる。その駅前に広がる市場の、大勢の人が行き交う賑やかな雰囲気は、アッシュの星の彼の街やエリカたちの駐留基地がある街の商店街の雰囲気とよく似ていた。違うのは、市場を歩いている人たちの見慣れないデザインの服装と、カラフルな髪の色、それに市場に並んでいる異星の品物だけだ。
「あぁ、こういうところの雰囲気は、やっぱりどこの星でも変わらないんだなぁ」
「そうですね」
なんとなく安心したようなアッシュの感想に、微笑んでエリカが相槌を打った。チッピィをリードに繋いで連れたアッシュとエリカは、市場のあちこちの店を覗いて歩く。その様は、まるで休日の昼下がりの買い物をする新婚夫婦ででもあるかのようだ。そんな、らしくもない連想をしてしまい、エリカは顔を赤らめて、その想像を頭から振り払った。幸い、隣のアッシュはなにも気付いていないようだ。
二人と一匹は、その駅前の広い市場から、さらに地元住民の生活に密着しているような商店街にまで入り込んでみた。その商店街の様子は、本当にアッシュの街の商店街と変わらないように見える。そうしてチッピィのリードを握り、エリカと並んで商店街を歩いていたアッシュは、やがて一軒の店に目を留めた。
「あれ、ゲーセンか?」
「ゲーセン、とはなんですか?」
「あぁ、ゲームセンターの略だ。ちょっと寄ってみてもいいかな?」
その略語が通じなかったらしく聞き返してくるエリカに答えて、アッシュはその異星のゲームセンターに入ってみた。雰囲気は少し暗い。アッシュは話にしか聞いたことはないが、彼の国の一昔前のゲームセンターのような雰囲気だった。エリカが、少し不安そうに彼の後をついてくる。
アッシュは、相変わらずエリカに金を借りて、そこに並んでいるゲームを遊んでみることにした。やはり立体映像で映像が表示されているそれらのゲームの内から、格闘ゲームらしいものを選んで、席に座る。操作形態はレバーが二本にボタンが四つで、彼の慣れ親しんだゲームとはだいぶ操作形態が違うようだ。
「コインいっこいれる、っと」
そんなことを言いながら、エリカに一回分の料金を入れてもらい、ゲームを始めてみる。
「インド人を右に!」
などと言いながら適当に動かしてみたが、あっという間にコンピューターの操作する対戦相手にKOされてしまった。
「む。なかなか手強いな」
どうやら、二つのレバーが左右の足の動きに対応しており、それを操作することでキャラクターを移動させるようだ。左右のレバーに二つずつ付いたボタンが、それぞれ左右の手足での攻撃に対応していて、レバーの入力とボタンとの組み合わせで技が出るらしい。立体映像で表示されるキャラクターの上には体力ゲージらしきものが浮かんでいて、攻撃を受けるとこれが減り、先になくなったほうが負けになるようだ。操作形態はだいぶ違うが、ゲームシステム的には彼の国の格闘ゲームとそう変わらないように思えた。
アッシュはエリカにせがんで、もう一回分の料金を入れてもらう。今度は先ほどよりも、ずいぶん上手くなった。敵の攻撃を二本のレバーを操作して回避し、適当にボタンを乱打することによって、偶然、技が繋がる。そんなことの繰り返しをしているうちに、かなり勝ち進むことが出来た。しかし、残念ながら、コンピューターの操るボスキャラらしき相手にKO負けを食らってしまう。
「くぅーっ、惜しい!」
アッシュはさらにエリカにせがんで、もう一回分の料金を入れてもらった。エリカが子供を見るような目で、そんなアッシュを見守っている。
「男の子って、こういったものが好きですね」
「そうだなぁ。そういうところも、どこの星でも共通なのかな?」
エリカの少し呆れたような感想に、ゲームをプレイしながら、半ば上の空でアッシュが答えた。そんなこんなしているうちに、向かいの席に対戦者が座り、乱入してくる。初めてプレイするゲームでの対人戦だ。アッシュは緊張するが、だいぶ操作に慣れてきていたのか、苦戦はしたが、なんとか勝利出来てしまった。その後は、堰を切ったように立て続けに乱入される。調子に乗ると実力以上の力を発揮するタイプのアッシュは、それらの挑戦者をことごとく返り討ちにしてやった。最初は物静かに観戦していたエリカだったが、アッシュが五人抜きを達成する頃になると、手を叩いて喜ぶようになっている。しかし、六人目の挑戦者は、それまでの相手とは格が違っていた。アッシュは、ここまでの実戦の中で身に付けた技術を総動員して戦いに挑んだが、善戦空しく敗れてしまう。負けたことは悔しいが、初めてのゲームでここまでやれたことが爽快な気分でもあった。アッシュに勝利した相手が、ゲームをクリアすると彼に話し掛けてくる。
「おまえ、見ない顔だけど、なかなかやるな」
その対戦相手は、生意気な口を利いているが、アッシュよりだいぶ年下に見えた。このセレストラル星系では、アッシュくらいの年齢になると働いているのが一般的なので、平日の昼下がりなどという時間にゲームセンターにいるのは、アッシュの国でいう小学校に当たる、基礎学校に通っている子供たちくらいなのだろう。
「ああ、旅行者でな。おまえも強かったぜ」
アッシュは、対戦相手の少年にそう応じる。彼は右手を差し出してきた。
「またこの辺りに来ることがあったら、寄ってくれよな。また対戦しようぜ」
「ああ。また、いつかな」
アッシュは握手に応じる。異星の少年と、ゲームを通じて奇妙な友情を育んだ。エリカが、それを微笑ましそうに見守っている。アッシュはその少年に別れを告げ、エリカとチッピィを連れてゲームセンターを後にした。
それからまた、ぶらぶらとダウンタウンの商店街を散策する。
「あ、あれ、本屋か? ちょっと覗いてみてもいいかな?」
「本でしたら、昨日買ったじゃありませんか。まだなにか要り用なものでも?」
本屋へ入ろうとするアッシュに、エリカが尋ねた。
「いや、今度は、純粋な興味だ。この星のマンガはどんななのか、ちょっと立ち読みしてみたい」
「そういうことですか」
アッシュのその答えに、エリカが笑って頷く。彼は本屋に入って、マンガ雑誌のコーナーに向かった。その中から適当に一冊を手に取って、立ち読みしてみる。しかし、これは失敗だった。自動翻訳アプリは視覚にまでは効果を及ぼさないので、台詞が読めないのだ。そのおかげで、ストーリーが全くわからない。それに、何冊かパラパラと流し読みしてみたが、どのマンガも写実的な絵の、彼の国でいうところの劇画のような雰囲気で、彼の個人的趣味には合わなかった。
(アリーセが、うちの国のマンガやアニメに夢中になるのもわかるな)
そんなことを思う。様々な絵柄やジャンルを取り揃えた彼の国のマンガ文化は、やはり他の文化圏と比べると相当に突出しているものらしい。適当なところでマンガ雑誌を棚に戻す。店の中には紙の本だけでなく、電子書籍のパッケージが並んでいる売り場もあったのでそこも覗いてみると、立体映像で表示されるマンガなどもあることがわかった。見本があったので見てみたが、やはりこれも精巧な3DCGで、実写と見紛うばかりの映像だ。どうやら、このセレストラル星系のマンガは、基本的にこのような写実的なものが主流らしい。この文化圏のマンガの傾向がわかって満足したので、軍事情報誌らしいものを読んでいたエリカに声を掛けて、チッピィのリードを引き、一緒に本屋を出た。
それからまた、商店街に並ぶいろいろな店を見て歩く。以前、任地であるアッシュの星でエリカは惣菜屋でアルバイトをしていると聞いたことがあるのだが、それらしい惣菜屋を見付けたので指を差して、バイトしているのはああいう店か?と聞いてやると、彼女は頬を膨らませて拗ねた。
そうして適当に歩いているうちに、いつの間にか裏道に入り込んでしまったようだ。通りを何本か奥に入っただけなのに、道は建物の陰になっていて薄暗く、路上にはあちこちにゴミも転がっていて、なんだかずいぶん雰囲気がよくない。けばけばしいネオンの店の前には、派手な服を着てプラカードを持った客引きが立っていたりもしたが、女性連れのアッシュに声を掛けてこないところを見ると、プラカードが読めなくても、そういう類の店なのだろうと推測出来る。隣を歩くエリカが少し不安げに、アッシュのシャツの裾を握ってきた。おそらく、無意識的な行動だろう。剣を抜けば無類の強さを発揮する剣士だが、やはり女の子なんだなぁ、などとアッシュは少々失礼な感想を抱く。そうして裏道を歩いていると、半地下になった店舗の魔法ショップらしき店を見付けた。
「ここ、魔法ショップみたいだな。ちょっと入ってみようぜ」
「入るんですか? なんだか怪しげな雰囲気ですよ?」
「まぁまぁ、案外、こういうところに掘り出し物があったりするもんだよ」
あまり気が進まなそうなエリカを説得して、アッシュはその店に入ってみる。入り口付近には、魔法のパッケージが棚に並べられていた。それを眺めたエリカが、眉をひそめて小声で囁いてくる。
「アッシュ、ここは違法な店のようです。これらの魔法のパッケージは、正規品ではありません」
小さな声だったが、店内が静かな為、聞こえてしまったのだろう。店の奥のカウンターにいる店主らしき中年の男が、ギロリと二人を睨んできた。その視線を受けて、エリカが身を縮めて、アッシュの陰に隠れる。アッシュは、敢えて店の奥のガラス張りのカウンターに近付き、そこに陳列された魔装機を眺めてみた。本物の剣から比べると玩具のように見える小さなナイフ型の魔装剣や、改造モデルガンをベースにしたらしい魔装銃等が並んでいる。確かに、これは違法な店らしい。彼のほうは連れの少女とは違って興味がある、と見られたのか、店主が話し掛けてきた。
「魔装機の改造もやってるよ。どうだい?」
「改造って、どんなことやってるんだ?」
その言葉に興味が湧いたので、聞き返してみる。店主はカウンターの中の、違法改造された魔装機を指して答えた。
「子供は見た目にこだわるからな。主に、外装をこういった武器型らしく仕上げるような改造を注文されることが多いんだが――」
と、そこで店主は声をひそめる。
「そんなのよりも、中枢演算装置に薬物刺激を与えて異常活性させる、高速化をお勧めしたいね。寿命は多少短くなるかもしれんが、処理能力は格段に高くなるよ」
このセレストラル星系連邦の法を知らないアッシュにはピンとこないが、店主の口ぶりからすると、どうやらそれは、外装を武器型のようにするなどという改造とはレベルが違う高い違法性を持っているようだ。それにしても、店主の言うその改造方法は、まるで生体に対するもののようだった。魔装機の本体は、アッシュにはどう見ても石のようにしか見えないのだが、考えてみれば、魔装機の仕組みについて彼はなにも知らない。
「それって、どういう――」
「……アッシュ」
思わず、詳しく聞こうとするが、後ろからエリカがシャツの裾を引っ張ってくる。それで、アッシュは我に返った。
「……いや、悪いな。とりあえず間に合ってるよ。邪魔したな」
アッシュはそう言うと、エリカとチッピィを連れて店の外に出る。
「……ドキドキしました」
エリカが胸を撫で下ろした。アッシュは彼女に謝罪しておくことにする。
「悪かったな、変なとこに入っちまって。それにしても、やっぱり、こういう店もあるとこにはあるんだな」
公務員であるエリカの手前、口に出すわけにはいかないが、これはこれで利用価値があるかもしれない、と思った。特に、魔装機の高速化というのが気になる。とりあえず、こういう店もあるということは覚えておこう。
それに、もしも改造に手を出すつもりなら、魔装機のハードウェアの仕組みについても勉強しておいたほうがいいのかもしれない。今は単純に、コンピューターのようなもの、という認識しかないのだ。だが、それにしては、彼の星のコンピューターとはまるで違う部分が多いような気がする。彼の星のものよりも遥かに進んだ科学の産物なので、理解出来るかどうかはわからないが、次の機会には、魔装機の仕組みについての解説書を入手することも検討するべきだろう。
「アッシュ、どうかされましたか?」
考え込んでしまったアッシュに、エリカが声を掛けてくる。
「……いや、なんでもない。行こうか」
アッシュは答えて歩き出した。