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終章‐2

 四連休明けの火曜日。アッシュ――いや、倉嶋(くらしま)篤志(あつし)は、朝早く起きると、四日ぶりに白髪染めを済ませ、右腕を肩から指先まで包帯で巻いてから、チッピィをリードで繋ぎ、お馴染みの川原に散歩に出掛けた。

(チッピィ、散歩、好き!)

 篤志の前をひょこひょこと歩くチッピィが言う。朝が早いのは多少辛かったが、清々しい気持ちでもある。これからは、これを毎朝の習慣にしなければならない。散歩を終えて、いったん家に帰ると、チッピィにおとなしく留守番しているように言い聞かせ、学生服に着替えてから登校した。自宅アパートから彼が通っている高校までは、徒歩通学だ。十数分、歩いて高校に到着すると、登校する大勢の生徒たちに混じって校門をくぐり、下駄箱で上履きに履き替えて、四階の自分の教室に向かう。教室に入って、窓際の一番後ろという誰もが羨む特等席に鞄を置くと、クラス委員、蒲郡(がまごおり)紫子(ゆかりこ)の席に歩み寄った。

「おはよう、委員長」

「委員長って言うな。おはよう、倉嶋」

 紫子が座ったまま振り返ると、肩の高さで真っ直ぐに切り揃えたストレートの黒髪がふわりと広がる。篤志は前置きもなく、ポケットからセントラルピラーの土産物屋で買ったストラップを取り出して、彼女に差し出した。

「これ、約束してた、旅行のお土産な」

 紫子は一瞬笑顔になったが、すぐに取り繕うように少しそっぽを向く。

「ホントに買ってきてくれたのね、意外。まぁ、せっかくだから貰っておくわ」

 そう言って、ストラップを受け取った。ストラップに付いている、セントラルピラーをかたどったタワー型の飾りを眺める。

「これ、どこのタワー? スカイツリーじゃないわよね? そんな近くじゃ、旅行にならないもの」

「さぁ、どこだろうな」

 篤志はにやにやしてしまう。

「当てたら、なんでも一つ、言うことを聞いてやるよ」

 絶対に当てられないと思って、そんなことを言った。だが、その言葉が、紫子のやる気に火を点けてしまったようだ。

「言ったわね。絶対に当ててやるわ。横浜マリンタワー? 神戸ポートタワー? 通天閣?」

「外れー」

 篤志は、くっくっく、と意地悪く笑う。紫子は頭に血を上らせて言った。

「待ってなさいよ! ネットで日本中のタワーを調べてやるんだから!」

「おぅ、頑張ってくれ。あぁ、そうそう、そのストラップ、幸運のお守りだし、今じゃもう手に入らないレア物だから、大事にしてくれよ」

 セントラルピラーは、あれだけ派手に壊れたのだ。復興されるにしても、かなり先のことになるだろう。

「なに、それ? このストラップが幸運のお守り? 意味わかんないわね……。それに、もう手に入らないって、このタワー、閉館しちゃったってこと?」

「まぁ、そんなとこだな」

 紫子の疑問に、適当に相槌を打つ。紫子は、少し意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「今のは、大きなヒントになっちゃったわよ? 絶対、調べて、言うことを聞かせてやるからね!」

 そう言う彼女に、篤志はまた、くっくっく、と笑う。

「さぁて、出来るかな? んじゃな」

 篤志はひらひらと手を振ると、自分の席に帰っていった。紫子は、そのストラップをもう一度、仔細に眺める。そして、携帯電話を取り出して、そのストラップを付けると、満面の笑顔になった。それを見ていた女子生徒たちが、紫子の席の周りに集まってくる。

「なになに? 倉嶋くんからプレゼントー?」

「そんなんじゃないわよ。単なる旅行のお土産」

「えー、でも、わざわざお土産買ってきてくれたわけでしょー? やっぱ、紫子と倉嶋って、付き合ってんのー?」

「付き合ってなんかないわよ! わたしとあいつは、そういうアレじゃないんだから!」

 紫子の席の周りは賑やかだ。その会話を聞くともなしに聞き流しながら、篤志は鞄の中身を机の中に移す。

「おっす、倉嶋」

「ん? あぁ、っはよぅ、伊勢田(いせだ)

 いつの間にか、友人未満のクラスメイト、伊勢田誠人(まこと)が前の席に座っていた。

「俺に、土産は?」

「なんで、おまえに土産買ってきてやらないとならないんだ?」

「……倉嶋って、そういうやつだよな」

 誠人が拗ねたように言う。可愛くない。

「そういう台詞は、俺に恩を売ってから言え。ギブアンドテイクだ」

「へーへー」

 篤志はそんなどうでもいい会話をしながら、包帯に包まれた右手を眺めた。勿論、今は魔装具は着けていない。『彼女』の形見のそれは、首から提げた巾着袋に入れて、シャツの下に仕舞ってあった。さすがに、これでもう、暫くは魔法を使う機会もないだろうな、と篤志は考える。両手を挙げて伸びをした。これからまた、退屈だが平和な日常が始まる。

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