第一章‐1
陸軍本部施設内を二人と一匹で歩いて、一階の大食堂に到着する。広い大食堂は、本部施設棟から張り出すような形で設置されているようで、その天井はガラス張りになっていた。昨晩は細かな雨が降っていたのだが、それは今朝には止んで、今はそのガラス張りの天井のあちこちに水滴を残すのみだ。ガラス張りの天井からは、麗らかな午後の陽射しが降り注いできていて気持ちがいい。正面も全面ガラス張りの窓で、その向こうには一段下がったところに広い敷地を持つ練兵場が広がっており、そこで大勢の軍人たちが訓練をしている様子が見て取れた。ロープを使って高い柵を乗り越えたり、地面に敷かれた網を匍匐してくぐり抜けたり、というアスレチックのような訓練だ。アッシュは、軍隊ものの映画でこういうシーンを見たことがあるような気がするな、などと思う。
先導するように前を歩いていたエリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉は、大食堂のメニューの見本がずらりと立体映像で陳列されているガラスケースの前まで来ると、アッシュのほうに振り返った。長い黄金色の髪がひるがえり、陽射しを反射してキラキラと光を放つ。エリカはガラスケースの中の料理の見本を指して、口を開いた。
「軍の食事というと、不味いものだと思われがちですけれど、この本部施設の大食堂の料理はなかなか評判がいいんですよ」
「ふーん、そうなのか。――じゃあ、どれがいいかな?」
アッシュは相槌を打って、眼鏡のアンダーリムを押し上げて位置を調節すると、ガラスケースに陳列された料理の見本を眺め始める。勿論、アッシュには、このセレストラル星系の料理などわからないので、あくまでも見た目で決めるしかない。そういえば、彼の国のファミレスで一緒に食事をしたとき、『彼女』もメニューの写真だけで注文を決めていたな、という記憶が頭を過ぎった。
この食堂はカフェテリア形式になっているらしい。注文を決めたアッシュは、エリカに食券を買ってもらってカウンターに向かった。名ばかりとはいえエリカたちの部隊の現地協力員であるアッシュにも、軍から手当てが出ることになっているが、それはまだ振り込まれていないので、彼は未だにこのセレストラル星系においては無一文だ。アッシュは、カウンターで食券と引き換えに料理を受け取り、空いているテーブルに着いた。エリカも、運んできた料理のトレーの隣にベレー帽を脱いで置くと、彼と向かい合わせにテーブルに着席する。もう正午をだいぶ回った時間だったので、食堂内の席の埋まり具合はまばらだ。チッピィは、食堂の料理人の好意で、肉の欠片がたくさんこびりついている大きな骨をもらったので、それをテーブルの下で齧っていた。
「いただきます」
アッシュは、自分の選んだ分厚いハンバーグのような料理をナイフで切り分けてみる。すると、中から、とろりと半熟の卵の黄身が溢れ出した。『黄身』と言ったが、どちらかというと赤みが強く、濃いオレンジ色に見える。どうやって調理するものか、アッシュには想像も付かないが、これはどうやら、半熟卵をポーチドエッグにしたような料理だったらしい。そういえば、前述のファミレスのときには、『彼女』はハンバーグを食べていたな、と思い出した。この半熟卵のポーチドエッグのような料理を期待してそれを注文したのだとしたら、切ってみても中からなにも出てこないことに、さぞやがっかりしただろう。そう思うと、少しおかしい。そんなことを考えながら、切り分けたポーチドエッグのような料理を口に運んでみる。肉は、一昨日も食べたハラウという彼の星の牛に似た家畜の肉のようで、卵は、彼の星のものよりも濃厚な味がした。料理の味付けは、彼の星のデミグラスソースによく似た味だ。馴染みのあるような味のおかげか、その味付けは彼の好みにも合う。
「うん。確かに、美味いな」
「お口に合ったようで、なによりです」
ラザニアのような料理にフォークを刺しながら、エリカが微笑んだ。アッシュは、食事をしながら、どうでもいいことではあるのだが、今までなんとなく気になっていたことを尋ねてみる。
「ところでさ、ここで海軍って言うと宇宙軍のことを指すんだろ? 実際の海にいる軍隊は、なんて呼ぶんだ?」
エリカがフォークを口に運ぶ手を止めて、答えた。
「あぁ、それは陸軍の一部になりますね。例えば、この惑星セレストの海を防衛する部隊は、陸軍第一首星防衛師団第四から第六連隊に当たります。そうですね……、海軍を宇宙軍とするなら、陸軍は惑星軍とでもいうところでしょうか。このセレストラル星系連邦に所属する有人惑星は勿論、辺境の文明レベルの低い有人惑星なども含め、惑星上でのことについては全て、私ども、陸軍の管轄になります。貴方の星でいう陸海空軍全てを統合したものが、私ども、セレストラル星系連邦の陸軍だと思って頂ければわかりやすいかと思います。ですから、陸軍と言っても、艦隊も航空戦力も保有しているんですよ」
「なるほどな。……で、巨大ロボットなんかは保有してないのか?」
アッシュのふざけた問いにも、エリカは生真面目に考え込む。
「巨大ロボット、ですか? えぇと、警備用の自動戦闘機械や、ドル・スコット・モックレールは違いますね……」
「ドル・スコット・モックレール?」
初出の名詞の翻訳にタイムラグが発生するという自動翻訳アプリの弱点が出たので、翻訳されなかった単語を問い返した。
「偵察用の遠隔操作型小型戦闘機械です。……あら? 警備用の自動戦闘機械は翻訳されたんですか? どこかで聞いたことがおありでしたか?」
「……ああ。前にな」
その名前は、この自動翻訳アプリの入っている魔装具の元の所有者が、かつて一度口にしている。事情ありげなアッシュの様子に、エリカは特になにも突っ込まず、気付かなかった振りをして元の話を進めた。
「レヴン・メグム・ウォートレグ――土木作業等に使われる重機に分類される人型に近い形の作業用の機械や、トロン・モックレール・ジャード――危険箇所等での作業用の遠隔操作型のロボットのようなものならありますが、おそらく、貴方が仰っているのは、そういうものではないんですよね?」
明るい調子で尋ねてくるエリカに、アッシュも感傷を振り払い、敢えてばかばかしく説明をする。
「ああ。アリーセが見てるアニメに出てくるみたいな、人が乗り込んで戦う、ビームとかを発射したりするような巨大ロボットだ。変形とか合体とかすれば、なお、いいな。そんなのは、ないのか?」
「残念ながら、ありませんね。それは戦力として、戦闘車両や航空戦力と比べたときに、あまりアドバンテージを感じられません」
「ないのか、巨大ロボット……。残念だ」
おどけて溜め息を吐くアッシュの言葉に、エリカが軽く笑った。科学が発達しても、必ずしもアニメのような未来がやって来るとは限らないようだ。アッシュは、巨大ロボットは漢の浪漫なのになぁ、などと、半ば本気で残念に思う。その間に、手を止めていたフォークを口に運び、スープも一口飲んでから、口元をナプキンで拭うと、エリカが口調を改めてアッシュに向き直った。
「話は変わりますが、アッシュ、本日の査問委員会で、今回私どもの本星まで来て頂いた目的は全て果たしたわけですけれど、この後はどうされます? なにかやっておきたいことなどはありますか?」
今回の旅行の為に予定していたアッシュの国の暦での四連休はまだ三日目の午後だったが、思ったよりも順調に目的を達成出来たらしい。エリカのその問い掛けに、アッシュは、巨大ロボットの件は頭から追い出して、少し躊躇ってから、昨日から考えていたことを思い切って頼んでみた。
「実は、ちょっと、やりたいことがあるんだけど、多分、結構な額の金が必要になると思うんだ。エリカ、貸してもらえないか?」
「それは……、えぇ。私も、赴任先である貴方の星では使えないおかげで、俸給がもうずいぶんと貯まっていますから、ある程度の額でしたらお貸し出来ますけれど。なにに使うおつもりですか?」
エリカの問いに、アッシュは真面目な顔になる。
「あぁ、『彼女』の墓を作ってやりたいんだ。戸籍のほうではまだ危難失踪扱いで、死亡宣告が出るのはずっと先だから、気が早いと言えば気が早いのかもしれないけど。でも、屋敷や航宙船を処分することにしちまったから、なんていうか、『彼女』の居場所がなくなっちまうような気がしてさ。だから……」
アッシュのそんな感傷的な言葉にも笑うことなく、エリカは神妙に頷いた。
「レーナさんのお墓ですか……。わかりました。では、昼食を食べ終えたら、墓地を買う手続きに参りましょう」
「ありがとう」
彼の頼みを承諾してくれたエリカに、アッシュは頭を下げる。顔を上げると、今度は話を彼女のほうに振ってみた。
「エリカのほうは、なんかやっておきたいこととか、ないのか? せっかくこうして本部まで来たんだし、同期の友人を訪ねてみるとかさ」
「同期の友人ですか……。そうですね……。本部常勤で、ある程度親交がある、というと彼女くらいでしょうか……。でも、もしかすると、彼女のほうが、私に会いたくないかもしれませんし……」
アッシュの提案に、エリカは細い顎に人差し指を当てて考え込む。
「?」
彼女の珍しく煮え切らない態度に、アッシュが疑問符を浮かべるのと同時に、彼の後方から透き通った少女の声が掛けられた。
「あら? 珍しい顔がいらっしゃいますわね」
その声に振り向くまでもなく、声の主はコツコツコツとヒールが床を叩く音を立てて、彼らのテーブルの脇に歩いてくる。浅黒い肌に、両サイドを綺麗に編み込んだセミロングの藍色の髪、勝気そうなつり目の藍色の瞳。整った小作りの顔のその口元にはほくろが一つあり、それが年齢不相応な艶を醸し出している。エリカと同様に、濃緑色を基調とした階級章の付いた詰襟の上着にタイトなミニスカートという陸軍女性士官服姿で、ベレー帽も頭に斜めに乗せていたが、足元はブーツではなく踵の高さが五センチ以上もあるエナメルのような光沢の素材の白いハイヒールで、見たところ武装もしていないようだ。その代わりに、右手に三十センチほどの長さの指揮杖を持っているので、ひょっとすると、それが魔装杖なのかもしれなかった。その周囲には、部下なのか、十人ほどの取り巻きを連れている。
「あ。あんたは――」
アッシュは、その少女の顔に見覚えがあった。先刻まで出席していた査問委員会の席で、議事録を取っていた少女だ。自分が声を掛けられたのかと思い、アッシュは彼女に言葉を返そうとするが、彼女のほうは、アッシュをちらりと一瞥しただけで興味もなさそうに視線を外し、エリカのほうに向いてしまう。そして、腕を大きな胸の下で組み、指揮杖の先端を形のいい顎に当てると、エリカに声を掛けた。
「お久しぶりですわね、エリカ」
「アマーリア……、お久しぶりです」
エリカが少し警戒するように躊躇いながら挨拶を返す。アマーリアと呼ばれた少女は、その腕を組んで指揮杖を顎に当てたポーズのまま、にんまりと意地の悪い、しかし、どこか優雅な笑みを浮かべて、言葉を継いだ。
「首席サマが殿方と二人きりでお食事なんて珍しいこと、と思ったのですけれど、殿方ではなくバブーリンでしたのね」
「アマーリア……!」
その言葉を聞いたエリカが、微かに責めるような響きを声に込める。
アッシュが今使っている自動翻訳アプリは、その発言者特有の喋りの間やイントネーションまで完璧に再現してのける優れ物だが、初出の名詞の翻訳に若干のタイムラグが存在するのが唯一の弱点だ。アッシュは、彼女の台詞の中で自動翻訳されなかった単語を、エリカに尋ねてみた。
「バブーリンって、なんだ?」
「……貴方の星のチンパンジーのような動物です」
エリカが申し訳なさそうに説明する。
「チンパンジー?」
これまで、このセレストラル星系の住人には散々未開惑星の住人扱いされてきたが、サル扱いされたのはさすがに初めてだった。
「失礼なやつだな! エリカの知り合いか!?」
多少、気分を害した様子のアッシュの言葉に、エリカは代わりに謝ってから、互いを紹介することにする。
「はい、申し訳ありません。――アッシュ、ご紹介しますね。こちらは私の士官学校での同期で、首星防衛隊に所属するアマーリア=ウィルナー=クァトロロッソ=ロスロレンツィ少尉です。――アマーリア、こちらは我が小隊の現地協力員で――」
「あぁ、結構ですわ。私、おサルさんのお名前を覚える趣味はございませんの」
アマーリアは、にんまりと笑ったまま指揮杖を軽く振って、エリカの言葉を遮った。今度は自動翻訳されたが、揶揄する響きをたっぷりと込めて『おサルさん』などと翻訳されると、余計に腹が立つ。こんなところで、自動翻訳アプリもその高性能ぶりを発揮することもないだろう、と理不尽な怒りを覚えた。サル扱いにさすがに我慢が出来なくなったアッシュは、アマーリアに食って掛かる。
「おい、あんた! 黙って聞いてれば、人のことをサルサル言いやがって! 俺は、豊臣秀吉じゃねぇぞ!」
「トヨト――? ごめんあそばせ。私、おサルさん語は解しませんの」
アッシュの国の歴史上の人物の名前が、このセレストラル星系の住人に通じるはずもない。アマーリアは一瞬、きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに済まし顔になって、彼の抗議を切って捨てる。そして彼女は、またもやアッシュを無視するようにエリカに向き直ると、不思議そうな表情を作った。
「それにしても、おサルさんを本星に連れてくるだなんて、よく連邦政府の許可が下りましたわね」
この星の存在を知らない未開惑星の住人を、と言いたいのだろう。それを察して、エリカが答える。
「逆です。こちらから申請したわけではなく、軍からの要請で彼には来て頂いています。査問委員会に出席して頂かねばならなかったものですから」
それを聞いて、アマーリアはわざとらしいほど感心したような表情で言った。
「あぁ。海軍第七艦隊旗艦を撃沈するだなんてとんでもない真似、いったいどこのおばかさんが仕出かして下さったのかと思っていましたら、貴女の隊でしたのね」
「……えぇ、まぁ……」
さすがに、エリカの返事は歯切れが悪い。
「うぐ……」
実際に、その海軍第七艦隊旗艦に攻撃を加えたのはアッシュなので、彼は、自分に掛けられた言葉でもないのに、その言葉に口を噤まざるを得なかった。それにしても、その戦艦ドラスネイルに与えた損害はせいぜい中破という程度だったはずだが、彼女の言では撃沈したことにされている。こうして噂っていうのは尾ひれが付いていくんだな、という暢気な感想が頭を過ぎった。
「まぁ、鼻持ちならない海軍のお歴々に、一泡吹かせて差し上げられたのは愉快なことでしたわね」
アマーリアは笑みを含んだ顔でそう言った後で、一転して、うんざりした、と言わんばかりの表情を作る。表情の豊かな娘だ。
「ですが、そのおかげで、人手が足りないなどと、この私までつまらない会議の書記に駆り出されてしまって、大変な迷惑を被りましたわ」
「それは、ご迷惑をお掛け致しました……」
エリカが、一応、謝罪の言葉を口にする。すると、アマーリアは、今度は、いささか芝居掛かった心配そうな表情をその顔に浮かべた。そして、指揮杖を軽くエリカのほうに向けて話を変える。
「まったく。せっかく士官学校を首席で卒業した貴女が、自ら辺境警備隊などという中央から外れた部署を志願したと聞いたときも、それはどうかと思いましたけれど。私、本当に心配しましたのよ? だというのに、それだけでは飽き足らず、このようなとんでもない事件まで起こしてしまって。――貴女、今回の件で完全に出世コースから外れましたわね」
「げ!?」
その言葉に、むしろアッシュのほうが焦った。確かに、あれだけのことをしたのだ。彼女の言うことは、もっともなのかもしれない。自分のせいでエリカの出世の道を閉ざしてしまったのだとすると、申し訳ない、では済まないだろう。しかし、エリカは、今度は毅然とした態度で言い返した。
「出世などには興味はありません。私は、人々の生活を守る為にこそ、軍に入隊したのですから」
その言葉は、建前や虚勢ではなく本心からのものに聞こえたので、アッシュは少しだけ安堵する。一方、アマーリアは、それを聞いて鼻白んだようだった。
「……そうですの。それはそれは、ご立派な志ですわね」
見るからに上昇志向の強そうな彼女のようなタイプには、出世に興味がない、などという言葉が信じられないのだろう。その反応は懐疑的なものだった。しかし、すぐに気を取り直したように、アマーリアは澄まし顔になって、また口を開く。
「ですが、人はそれぞれ、その能力に見合った地位に就いて、それに応じた働きをし、相応の責任を負うべきだとは、思いませんこと?」
「それは……、貴女の仰る通りだと思いますけれど」
エリカには、そのアマーリアの言うことは正論だと思えたので、渋々ながら頷かざるを得ない。
「貴女には、それだけの能力があるのですから、それに見合った地位に就かないのは、むしろ罪悪だと、私、思うんですのよ」
「買い被りです、アマーリア」
話が自分に及んだので、エリカは彼女の言葉を否定する。しかし、アマーリアは、指揮杖の先端を彼女の鼻先に突き付けて言った。
「ご謙遜も、過ぎれば嫌味ですわよ? 首席サマ」
「……」
控えめなエリカとしては否定したいのだろうが、士官学校首席卒業という事実がある以上、アマーリアの言うことはある意味正論なので、なにも言えなくなってしまう。エリカをやり込めたアマーリアは機嫌をよくして、また、にんまりと意地の悪い、しかし、優雅な笑みを浮かべて言った。
「まぁ、暫くの間、未開の惑星でおサルさんのお世話をしているのも、悪くはないのかもしれませんわね。案外、楽しいのではなくて? せいぜい、その『灰かぶり』頭のおサルさんに、たくさんの芸を覚えさせるとよろしいですわ」
アマーリアはちらりとアッシュを一瞥して言うと、腕を大きな胸の下で組み、指揮杖の先端を形のいい顎に当てるお得意のポーズを取る。
「いずれ、私がそれなりの地位に就いた暁には、貴女を辺境から呼び戻して、私の下で使って差し上げましてよ」
「……」
エリカはおそらく、余計なお世話、というようなことを言いたかったのだろうが、結局、言葉を飲み込んだ。
「それでは、首席サマ、ごきげんよう。ペットの躾はしっかりとして下さいませね」
アマーリアはそう言い残すと、高笑いをしながら、取り巻きたちを引き連れて、食堂の奥のほうに去っていってしまった。やや唖然として二人のやりとりを聞いていたアッシュは、我に返ると憤慨したようにエリカに言う。
「なんなんだ、あいつ! いったい何様だってんだ!?」
それに、エリカが済まなそうな顔で答えた。
「申し訳ありません。彼女は、だいたい誰に対してもああいった態度なんです。……彼女の家は、連邦樹立の直前まで第二惑星ディーダの、とある王国の王族だったとかで。現在では、確か、彼女のお父様は連邦議会の上院議員だったと記憶しています」
「それを鼻に掛けてる、と?」
「……いえ、そんなことは……」
珍しくエリカが言葉を濁す。そんなことは、あるのだろう。
「で、あれが、エリカの、あまり会いたくない相手ってわけか?」
アッシュが尋ねるが、エリカは少し頬を膨らませて首を振った。
「私が会いたくないのではなくて、彼女のほうが、私に会いたくないのではないか、と申し上げたんです。誤解なさらないで下さい」
確かに、それでは話が全然逆だ。そのおかしな言い方が少し引っ掛かったので、アッシュはまた尋ねてみた。
「どういうことだ? やけにエリカに突っ掛かってくることと関係あるのか?」
「はい。士官学校時代から、私ともう一人の友人は、どういうわけか彼女に目の仇にされてしまっているんです。ですから、彼女には、もしかしたら、嫌われてしまっているのかもしれないと思いまして」
そのエリカの言葉に、アッシュは少し頭を働かせる。
「エリカ、あいつに『首席サマ』って呼ばれてたけど、士官学校首席だったのか?」
「常に、というわけではありませんでしたけれど、えぇ、まぁ、そうです」
「それって、ひょっとして、そのもう一人の友達って人と、首席を取り合ってたとか?」
「はい。そのような感じですね」
「さらに言うと、そのせいで、あのアマーリアってやつは、万年三位だったりしたんじゃないのか?」
「その通りです。どうしておわかりになったんですか?」
アッシュの推理にエリカは驚くが、これだけ材料が揃っていれば誰にでもわかる。アッシュは心の中で苦笑した。エリカが黄金色の髪を揺らして小首を傾げる。
「それが、彼女が私たちを目の仇にする理由と関係があるんですか? 私には、未だに何故、彼女に目の仇にされるのか、よくわからないのですけれど」
あの手の上昇志向の強そうなタイプにとっては、自分より成績上位の人間など邪魔以外の何物でもないだろう。一方、そういう志向のないエリカにとっては、彼女のそんな思考は理解の範疇外なのに違いない。
「エリカは、わからなければ、そのままでいいよ」
貴重な純粋さを持つエリカを保護してやろうと思い、アッシュはそう言う。
「アッシュ、意地が悪いです。おわかりなら教えて下さい」
それを聞いて、エリカが拗ねるような声を出した。