第三章‐3
陸軍首星防衛隊所属、アマーリア=ウィルナー=クァトロロッソ=ロスロレンツィ少尉は、不機嫌さを隠そうともしない。
(まったく。またどこかのおばかさんたちが、おばかな真似を仕出かしてくれましたわね。これだから、ディーダはセレストに比べて百年遅れている、なんて言われるのですわ!)
プライドの高い彼女にとっては、自分の故郷の星が見下されていることが、我慢ならなかった。
ディーダ・ギルガル民族解放戦線を名乗る武装集団が、首都セレスト中心街のセントラルピラーを占拠し、電波ジャックで犯行声明を堂々と放送したのが、つい先刻。この首都セレストの防衛を担当している、アマーリアの所属する陸軍第一首星防衛師団第一連隊第一大隊がすぐさま出動した。
セントラルピラー基部に到着したアマーリアは指揮車両から降りて、自分の指揮する第五小隊の各員に、割り当てられた配置に付くよう指示する。アマーリアの気持ちとしては、すぐにでも突入させたいところだったが、上官であり、この現場の責任者でもある大隊長からの指示は、待機だった。犯行声明で展望台に二百名ほどの人質がいることが明らかになっていたし、セントラルピラー基部のエレベーターホールには武装したテロリスト及び、なんらかの魔法的処置が施されているらしい、全身を黒い装甲で覆った兵士が立て篭もっており、容易には突入出来そうにない、というのがその理由だ。セントラルピラーの外部に設けられた非常階段を上るか、飛行魔法が使える隊員を使って、タワーの外から直接、展望台に突入させようという案も出たが、展望台内部の様子がわからない為に迂闊な突入をするわけにもいかないこと、それに、展望台の周囲及びセントラルピラー基部から数十メートル上空をぐるりと黒い装甲の魔法兵士たちが取り囲んで警護していることなどから、この方法も実行に踏み切るには至らなかった。勿論、このような場合の定石として、展望台内部の様子を、観測魔法を使って探査しようとしたのだが、展望台全体にテロリストの魔法使いによる妨害魔法が仕掛けられており、内部の様子を探査することが出来なかったのだ。結局、テロに対応する為に出動してきた部隊としてはお粗末な話だったが、セントラルピラー基部を遠巻きに包囲するだけで、なんの動きも取れていないのが現状だった。
おそらく、政府閣僚の間では、テロリストたちの要求に対する対応が協議されている真っ最中なのだろうが、そんなことは現場には関係ない。アマーリアは苛々と指揮杖を掌に打ち付けながら、大隊長からなんらかの指示が出されるのを待つ他なかった。ジリジリしながら、ただ時間だけを空費する。
その一方、アリーセとサーニャは、セレスト中央駅で合流すると、エリカの指示通り、セントラルピラー基部へとやってきていた。警官隊がセントラルピラー基部の周囲に耐物理結界を張って封鎖しており、その周りには大勢の野次馬が集まっている。その結界の壁には『立入禁止』の文字が明滅していた。警察が事件現場を封鎖するのに使用する、強度はほとんどない、人の出入りだけを防ぐ為の簡易的な結界だ。その結界は高さが二メートルほどの天井のない円柱型だった。つまり閉じていない。セントラルピラー基部の周囲を、耐物理障壁で囲っただけと考えたほうがわかりやすいかもしれない。二人は野次馬たちの後ろからそれを確認すると、顔を見合わせた。この状況では、やることは決まっている。二人の間で、言葉もなく、意思の疎通が行われた。
「『フライト』ぉ」
「『フライト』」
二人とも躊躇なく飛行魔法を起動する。サーニャはいつもの額冠型の魔装具をかぶっているし、アリーセも赤い石のペンダント型の予備の魔装具を身に着けているので、魔法を使うのにはなんの問題もなかった。問題があるとすれば、街中で魔法を使うのは法で禁じられているわけではないが、不文律として非常時に限られている、ということのほうだろう。二人はポーンと野次馬もろとも障壁を飛び越えた。二人ともスカート姿、特にアリーセのスカートは短かったが、そんなことを気にしている場合ではない。二人は封鎖結界の内側に着地した。近くの警官がそれに気付き、二人を制止しようとする。
「こら、入ってはいかん!」
「陸軍の者ですぅ。通してぇ」
アリーセが、赤い石のペンダント型の予備の魔装具から、身分証の立体映像を表示させた。警官がそれを確認する。
「――しかし、あんたたち、辺境警備隊じゃないか。中の首星防衛隊とは関係ないんじゃないのかね?」
警官が、私服姿の二人を見て、疑わしげに言った。アリーセは、どう説明しようかと迷う。お喋りは好きだが、硬い話は苦手なのだ。サーニャが事情説明をしてくれればいいのだが、彼女はカチェーシャからセレストへ向かう航宙船の中で居眠りでもしていたのか、まだなんとなくぼんやりしていた。彼女は自分などとても敵わないほど有能な同僚だが、寝起きが悪いのは困った欠点の一つだ、とアリーセは思う。そのとき、少し離れたところに見知った顔を見付けた。以前、上官であるエリカから紹介されたことがある、エリカの士官学校での同期だという少尉だ。あまり得意な相手とは言い難かったが、機嫌を損ねなければ比較的扱いやすいパーソナリティの人物だったと記憶していた。とにかく、知らない人よりは話を付けやすいだろう。そう思って、アリーセはサーニャの手を取ると、警官の脇をすり抜けて駆け出し、その少尉に呼び掛けた。
「ロスロレンツィ少尉殿ぉ!」
アマーリアは、自分の名を呼ぶ声が聞こえたので、そちらへ振り向いてみる。そこには、セントラルピラー基部の周囲を封鎖している警官の制止を振り切ってこちらに駆けて来る、二人の少女の姿があった。アマーリアは、その小柄な赤毛と細身の銀髪の、手を繋いだ二人組の少女に見覚えがあるような気がする。アマーリアは整った眉を寄せて記憶を探った。すぐに思い出す。
「貴女たち、確か、エリカの隊の――?」
「いえす、まぁむ。第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊所属ぅ、アリーセ=フィアリス軍曹でありますぅ」
「同じく、サーニャ=ストラビニスカヤ伍長であります」
赤毛と銀髪の二人の少女が、アマーリアの前に駆け寄って敬礼した。アマーリアは、それにおざなりなくせにどこか優雅さを感じさせる答礼を返すと、二人を制止しようと追い掛けてきた警官に向かって言う。
「彼女たちは、とりあえず通してもよろしいですわ。お下がりなさい。他の民間人を通さないようになさいな」
アマーリアは指揮杖を振って、その警官を下がらせた。そして、腕を形のいい胸の下で組んで、ことさらに不機嫌そうな表情を作り、二人に向き直る。
「それで、なんですの、貴女たち? 今、とても忙しいのですわ。貴女たちと遊んで差し上げているような暇はなくてよ」
不機嫌そうに言うアマーリアに、アリーセはしどろもどろになりながらも、エリカからの指示を全うしようと試みた。
「はわ! あのぉ、あたし――、いえ、自分たちは、エリカ――、いえ、小隊長より伝言を託されまして――」
そこへ単刀直入に、サーニャが爆弾発言を投下する。
「わたしどもの小隊長、エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉が、展望台の人質の中におります」
「なんですって!?」
思わず、アマーリアは金切り声を上げた。
「いったい、なにをやっていますの、あの娘は!?」
「はわわ!」
アリーセが慌ててなにか言おうとしたが、上手く言葉にならない。一方、サーニャのほうは走ったことで目が覚めたのか、普段通り淡々と言葉を紡ぐ。
「そのブラウスパーダ少尉から、展望台内部の様子を対策部隊の責任者の方に伝えるよう言付かってきています。――」
サーニャは事務的に、先刻、念話通信でエリカから伝えられたテロリストと人質の情報をアマーリアに説明した。『責任者』の一言が効いたのか、アマーリアはひとまず落ち着きを取り戻す。サーニャも、この少尉殿の扱い方は心得ていたようだ。アマーリアは腕を大きな胸の下で組んで、指揮杖の先端を形のいい顎に当てるお得意のポーズを取りながら、そのエリカからの伝言を聞いた。
「――わかりましたわ」
「あのぉ、あたし――、いえ、自分たちにご協力出来ることがあれば――」
アリーセが、エリカに指示された通り、協力を申し出ようとするが、アマーリアは指揮杖を振って、その言葉を遮る。
「情報提供には感謝しておきますけれど、辺境警備隊如きに手を貸して頂かなくてはならないほど、我々首星防衛隊は人手不足ではありませんわよ。貴女たちはおとなしく、そこで見ていらっしゃいな」
アリーセの鼻先に指揮杖を突き付けるようにしてそう言い残すと、アマーリアはくるりと踵を返して、今伝えられたテロリストと人質の情報を大隊長に伝えるべく、指揮車両のほうへと歩み去ってしまった。
あとに残されたアリーセとサーニャは顔を見合わせる。
「断られてしまいました」
「だねぇ。どうするぅ?」
とアリーセはくりくりした青い眼で、サーニャの無表情な碧眼を見つめた。しかし、そう言いながらも、アリーセの気持ちは既に決まっているようだ。すぐに、にぱぁっと笑みを浮かべて、サーニャに向かって言う。
「じゃあ、やっぱり、勝手にお手伝いしちゃうしかないよねぇ? エリカがいたら、きっとそう言うはずだよぉ」
それはどうだろう、とサーニャは思うが、いつものように口には出さない。一応、アリーセのほうがサーニャより階級が上だ。こういうときは上官に従っておくものだろう、とサーニャは、これからの行動指針の決定をアリーセに丸投げした。アリーセが、さも名案であるかのように言葉を続ける。
「とりあえず、あの飛んでる黒い人たちを狙える場所を見付けよぉ!」
アリーセの言葉に、サーニャは無言でこくんと頷いて同意した。狙撃に適したポイントを探す為、いったん封鎖区域から出て、セントラルピラー基部から離れることにする。再び、障壁もろとも野次馬たちを飛び越えた。街中で魔法が使われるのは、非常時に限られる。魔法を扱えるほど魔力値の高くない一般の人々にとっては、魔法を見ること自体が滅多にあることではない。飛行魔法を使う二人に、物珍しげな野次馬たちの視線が集まり、携帯端末のカメラを向ける者まで出てきた。さすがにスカートの中を撮影されるのは困るな、とアリーセが思ったところで、表情一つ変えずにサーニャが言う。
「警告。任務中につき、撮影はご遠慮願います」
その言葉でカメラを向ける者はいなくなったが、好奇の視線ばかりはどうにもならない。だが、二人はその視線を極力気にしないようにした。上官がテロリストの人質になっているというこの状況は、彼女らにとってはまさに非常時なのだ。つまり、街中で魔法を使うことにも、なんの遠慮も要らないということになる。都合のいい論法だが、そもそも、街中で魔法を使っていいのは非常時に限られる、ということ自体が不文律の為、『非常時』の定義が曖昧だ。二人は、今は非常時、と断定することで、それ以上思考することを止めた。議論の余地ならばいくらでもあったが、今はそれに付き合っている暇はない。彼女たちの行動が問題だったのならば、後日、軍のほうからなんらかの訓戒や処罰が下されることになるだろう。そのときになってから考えればいい、と割り切ることにした。
二人は野次馬たちの作る人垣の後ろに着地する。サーニャはさらに、常駐型の観測魔法を起動した。
「『オブザーヴェイション』」
彼女のこめかみの左右から、一対の青白い魔力のアンテナが伸びる。そうして、周囲の様子を広域探査しながら、アリーセと共に歩き出した。少し歩いたところで、一棟のやや低めのビルが、サーニャの意識に引っ掛かる。高さを計測。おそらく、ちょうどいい。頭の中に広げられた地図で、セントラルピラーの方角へ線を引いてみる。都合のいいことに、ビルとビルの隙間を縫うようにして、射線が通っていた。サーニャはそのやや低めのビルを、アリーセに指し示してみせる。
「あのビルの屋上が狙撃に適していると推定されます」
「あいあい。じゃあ、上ってみよぉ」
アリーセはサーニャの観測結果を信頼しているのか、疑いどころか確認の言葉すら口にしない。二人はそのビルに近付くと、屋上まで飛び上がった。またも周囲から好奇の視線が集まるが、任務中だと自分に言い聞かせて、その視線を意識の外に追い出す。そのビルの屋上に上ると、アリーセは、背負っていたゴルフバッグの中からアンチマテリアルライフル型の魔装銃の照準用ディスプレイをカメラごと外して取り出し、そのカメラをセントラルピラーの方向に向けてディスプレイを覗き込んだ。カメラの倍率を操作すると、ビルとビルの隙間から、セントラルピラーの周囲のこの屋上より少し低い高度を、ぐるりと黒い装甲の兵士が取り囲んでいるのが見て取れる。アリーセは一つ頷いた。
「うん。よさそうだねぇ」
長距離狙撃は、重力の関係で、やや撃ち下ろすようにしたほうが狙いを定めやすい。アリーセは、背負っていたゴルフバッグを下ろして、長大な銃身を持つアンチマテリアルライフル型の魔装銃を取り出すと、照準用ディスプレイを取り付け直した。首から掛けていたペンダント型の予備の魔装機を外して、荷物の中に仕舞う。それから、ビルの屋上に腹這いになって狙撃モードの魔装銃を構える、伏射の姿勢を取った。その脇に、常駐型の観測魔法の為の青白い魔力のアンテナを銀髪のおかっぱ頭の左右から生やしたサーニャが跪き、観測結果をいつでも転送出来るように、アリーセの肩に片手を置く。これで、狙撃の準備は完了だった。
「早く突入始まらないかなぁ。退屈しちゃうよぉ」
魔装銃のディスプレイを眺めて、リズムを取るように頭の右上で括った赤毛をひょこひょこ揺らしながら、アリーセが言う。その独り言のような彼女の言葉に対しては、サーニャはいつも通り、特になにも答えなかった。




