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憂鬱な土曜の朝

 そして週末。

 気づいたら週末になっていた。

 いや、週末まで特に何もしなかったわけじゃない。どうにか後任者に補佐についてもらおうと色々と策を考えては没にし、策が浮かんでは没にし、ちぎっては投げちぎっては投げみたいなことの繰り返しを今日の今日まで繰り返してきた。

 そして気づけば土曜の朝。

 浮かぶ案も自分がどうしたいのか、どこに向かっているのかも分からないまま今に至る。

 結局俺はこれからどうすればいいのだろう。

 こんなに気分の悪い朝を迎えたのは初めてかもしれない。俺を照らす朝日も鳥の囀りも土曜日だという余裕と喜びも今の俺には不快の要素の一つでしかない。

 取り敢えずこの状況を改善しないと来週も同じ事の繰り返しが起きそうでその次も、その次も永遠に終わらない鬱のループにはまりそうなそんな気がした。

「取り敢えず起きるか」

 だるく重い体をゆっくりと起こし、手で支えながら立ち上がる。特に体調が悪いわけじゃないけど、昔から染み付いた拒否反応なのか、なかなか布団から出る気にはなれなかった。

 だって休日の天国でしょあそこは。

 それからはっきり目を覚まし、天国から脱出を果たしたのは五分後のことだった。

 我ながら情けない。

 

 それから俺はリビングに向かい、当然のように朝食が無いことを確認すると、キッチンで俺のいつもの朝食の準備を始める。

 食パンをトースターに入れ、焼きあがるまでの間に目玉焼きを焼く。ちなみに俺はソース派なのでその辺よろしく。

 出来上がった所でコップに牛乳を注ぎ、パンと目玉焼きと一緒にデーブルへと運ぶ。

 これが俺の朝食の定番だ。異論は認めない。

 そうして出来上がったトーストを早速俺は口へと運ぶ。

 まぁ、いつも食べてるからこれと言った感想も特にはないが、あえて言うならいつもと変わらずうまい。

 そんな自己陶酔に浸っていると、後ろから俺を呼ぶ声がする。誰が俺を呼んでいるかってそんなのはもう明白だ。人気アイドルのような声、妖精のような容姿。そして俺にとっての天使。

 それはもちろん俺の妹、藤間陽香、中学二年生である。一見清楚系大人しめ女子に見えるが、その外見とは裏腹に活発で、人当たりがいい。そのギャップが男女問わず人気らしい。

「どしたの、なんかいつも以上に気持ち悪い顔してるけど……」

 俺にとっては妹の罵声など全て俺への尊敬と敬愛の言葉に脳内変換できる。

 これぞ真の兄。リアルお兄ちゃんだ。

「……お兄ちゃん、何でそんな勝ち誇った顔してんの」

「い、いやそんな顔してないだろ」

 いつもの癖で顔に出てたか。

「そんな事よりも何でいるんだよ」

「何? いちゃ悪いの」

「いや、兄からしてみれば休日を妹と過ごせるのはこの上なく嬉しいんだが」

「……気持ち悪っ」

「それにしても休日の、それも土曜にまだ家にいるなんて珍しいな」

 そう、俺の妹は最初に紹介した通り、可愛い。それは俺の兄としての過大評価ではなく、道端ですれ違えば振り返ってしまう様な、可愛らしさを持っている。

 だが、まだ中学生なため、幼い部分はあるものの確実にクラス、いや校内の可愛さでは上位に入るレベルだろう。だからクラスの男子からの遊びの誘いが絶えないらしく、毎週のように休日はいない。おまけにテニス部にも入っているため土曜の朝はいない。ちなみに期待のエースらしい。

 今の俺と偉い違いだな、全く、リア充の爆発しろ!!

 いや、妹に言うセリフじゃねえな。

「私、今日部活休んだのよ」

「え、そりゃまた何で?」

「昨日、部活でちょっと手首捻ちゃって。それで明日試合だから大事をとって休めって」

「そうか、じゃあ今日一日は安静にしてろよ」

 そうして残ったパンの最後の一口を放り込み牛乳を飲み干すと食器を片付け、部屋に戻ろうとする。

「待って、お兄……」

 今誰かに呼ばれたような……

 振り返ると口篭りながら俯き、俺の裾をそっと掴んでいる陽香がいた。

「……お兄ちゃん。お願いがあるの。聞いてくれる?」

「ああ、いいよ。お兄ちゃん陽香のためなら何でも言うこと聞いてあげる」

 と、二つ返事で了承する。

「え、そんなあっさり⁈」

 兄には守り通さなければならない掟が幾つかある。そのうちの一つが『妹のお願いは絶対!!』

 妹がお願いと兄を頼って来てくれている、そんな妹を見捨てる兄がいるだろうか。いないな。

 兄というものはただただ可愛い妹のために尽くすものだから。だから俺は兄としての千載一遇の見せ場を逃したりはしない。

「で、何して欲しいんだ?」

「ちょっと買い物に付き合って欲しいなって……」

「なんだ、男のどいつかにプレゼントでもすんのか。それなら俺は付き合わんぞ」

「何お父さんみたいなこと言ってんの?」

 あれー、なにこれデジャブ。前にも誰かにこんな事言われた気がする。

「じゃあ何、俺にプレゼントでも買ってくれんの? だったら一生大事にするよ」

「……目がガチで怖い。シスコンも度が過ぎるとタチが悪いよ」

 陽香が本気で引いていたのでこれ以上は流石に言わないでおこう。

「話戻すけど、結局何したいんだっけ?」

「買い物よ、買い物。英語にするとショッピング」

「買い物か……」

「何? 嫌なの」

 陽香さっきのしおらしい感じとは違って喧嘩腰ですごく怖いよ。

「別に嫌じゃないけど……お前、怪我で部活休んでんのに、安静にしてなくていいのか?」

「いいのいいの。私はできるって言ったのに、無理やり休ませたのは先生なんだから」

 なるほど。期待のホープさんは扱いが違いますな。

「それに荷物を持つのはお兄ちゃんなんだから」

やっぱりそうか。

「……なら行くか。俺、今から準備してくるから陽香も準備してこい」

「うん!!」

 そう元気よく返事をすると鼻歌と共にご機嫌な足取りで二階へと上がって行く。

 俺はそんな陽香の笑顔が見れただけで幸せだ。って俺どれだけシスコンなんだよ。

と思いつつも、俺は宣言する。守りたいこの笑顔!!


 それから俺も買い物に向かうために服を着替え、財布やら何やらを鞄に詰めると妹を居間で待った。

「ごめんお兄ちゃん、待った?」

 そう言って2階から降りてきた妹の今日の服装といえば、夏らしい肩を思い切りだしたタンクトップに、ショートパンツ。明るめの色を基調とし、中学生らしいといえば中学生らしいが、兄からしてみれば露出しすぎな気が……

「ああ、2、3分程度だけどな」

 すると陽香は長いため息をついて呆れた様に俺を見る。

「お兄ちゃん、待ってても実際に待ってたなんて言っちゃあダメなんだよ。だからお兄ちゃんはモテないんだよ」

 何、いきなり何の話? 

「どうして待ってた事言っちゃダメなんだよ。確かにモテないのは否定しないが」

「そこは否定しようよ」

 否定しようにも事実だからな。っていうか存在すら知られていないからな。

「大体、『待った?』って聞かれて『○○分くらい待った』なんて言ったら器が小さい男だと思われるでしょ。相手にも気を使わせちゃうし、それに、デートの時の「待った?」「待ってないよ」っていう定番のやり取りができないじゃん!」

「何だそれ」

「え?分からないの。よくあるじゃん、アニメとかでさ!」

「ああ、あの初めてのデートのどうしていいか分からない沈黙が流れる、あのくだらない下りか」

「何それ。そんな残念なシーン、私は知らないよ。お兄ちゃんの感性残念すぎ」

 と、呆れた顔をしながら、小さくため息をついた。

 だって俺、そういうシーンなんて滅多に見ないし、早送りするからどういう感じか忘れちゃってるんだよ。

「ま、まぁ、俺にはよく分からんが、陽香が言うんなら正しいんだろうな。今度から気をつけるよ」

「それなら、よろしい」

 実際、まだ俺はそういったリア充ぽいことはよく分からない。いつも一人だし、その行動一つ一つの何が正解で、何が間違っているのかも分からない。が、まぁ真のリア充の自慢の妹がそう言うのなら間違いないのだろう。

 まあ、ぼっちの俺には縁もゆかりもない話だけど……。

 そんな事を思いつつ俺たちは家を出た。

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