BLは誰もの人生を狂わす
さてと。
俺は教室を出た後、更衣室で着替を済ませ何事もなかったかのように平然と体育館に入った。
体育は先週からバスケが始まっていて周りの温度差が俺とは別次元だった。
ちなみに体育は4組と合同で、普段見ない奴と接したりするのは緊張していつまでたっても慣れない。
まあ人数多くて休憩が多く入るのは嬉しい限りなんだが。
「よう、やっと来たか」
来てそうそう話しかけてきたのは立花櫟。この学校で俺を俺として認識している数少ない生徒の一人だ。
おまけに中学から一緒でよく俺に絡んできた、中学からの唯一の友達だと俺は思っている。
「今日はやけに遅かったな。エロ本でも読んで欲求不満でも解消してきたのか?」
「俺は学校でそんなものを読む度胸も持って来る度胸もねえよ」
「…相変わらずだな」
こいつはとんでもない発言をたまにするが、俺に気を使うような発言もまたしない。
俺はこいつのそういうフランクなところが好きで長く友達でいられてるのかもしれないと、いつも思う。
ちなみに櫟は4組だから話す機会は体育ぐらいしかないわけだ。
は~、俺の人間関係狭いな。
いや、俺は浅く広くより、狭く深く付き合うタイプなんだ。
友達百人よりも一人の親友を大切にするタイプなんだから何の問題もない。
「そういえばお前に相談したいことがあるんだけど……」
「何、何? 女の事。とうとう陽斗にも気になる女子ができたのか。お兄さん嬉しいよ」
うんうんと頷きながら俺をからかうようにほくそ笑む。
「違う違う、勘違いするな。そんな浮ついた話じゃねぇよ」
「じゃあ何なんだよ」
なぜそこで残念そうな顔をする。人で遊ぶんじゃよ。
「昨日拾ったものなんだけど、お前に一様確認して欲しくてな」
それは俺が昨日暗闇の中から探り当てたもの。大体何かの見当は付いているんだが、俺よりも櫟の方が詳しいからな。最終的な判断はこいつに聞きたいと思っているんだが、どうなんだろう。
「――でその拾ったものって?」
「ここじゃ見せらんねえから放課後頼めねぇか?」
「ああ、OK」
教室に戻るとフレンドリーにクラスの女子たちと会話する杏の姿があった。
そうだよな、俺なんかに話しかけて来るくらいだ。人並みくらいにはコミュ力があってもおかしくない。
何を落ち込んでいるんだ俺は。
それよりもやらなきゃいけないことがあるだろ。
そう、俺は今木島先生の補佐を探すという無理ゲーに挑戦中なのだ。
無理ゲーでもなんでも必ずやらなきゃいけない任務なんだけど。
じゃないと精神的にも肉体的にも死ぬ。
俺はそうやって自分を鼓舞しつつ、どうするか考えるけど全くもって案が出ない。
仕方ない。取り敢えず昼休み進路にいってみるか。
「ううっ……胃が痛い」
昼休み、俺は進路までの道のりを歩く。
一歩一歩近づいて来ると思うと気が重く、胃が重たくなる。
何も食べてないのに……。次の授業絶対休もう。
扉の所まで来て開けるか開けまいか迷っている。…もう誰か開けてくれよ。
それにいつもこの葛藤やっている気がするな。
流石に飽きたんで思い切って扉を開ける。
「こんにちは。1年3組藤間陽斗です。木島先生はいらしゃいますか?」
こんなにきっちりした挨拶をして入室するのは久しぶりだ。今まで適当だったからな。
そんな感慨にふけっていると対面ですごい形相で、こっちを見る先生がいた。
木島先生だ。
ここ重要だぞ。この間の件もあるし、今どういう状況になっているか説明しないと今後に関わってくるからな。
ここは慎重に、最低限勘違いはされない様に……
「木島先生あのですね、お願いがあって来たんですけど、聞――」
その先は木島先生は手で制してそれ以上言わなくていいと言うような素振りを取る。
嫌な予感しかしないんだけど……
「言いたい事は分かってるわ。私の補佐に戻りたいのでしょう。そのために来たのよね、陽斗君?」
思いっきり勘違いをしていたので前もって心の準備をしていた俺は何の躊躇もなく言うことができた。
「違いますよ、そんな訳ないじゃないですかー(笑)」
「あぁ!? じゃあ何しに来たのよ!!」
すいません、少し躊躇なさ過ぎました。
と、反省しつつ話を進める。
「あの、教師補佐について話に来たんですけど、俺が二人の補佐になってそれが公式に認められて、でもそれはルール違反という事だったので俺と安海先生で話をして木島先生の新しい補佐を見つけるという結論に至りました」
「そんな事私聞いてないですけどー」
だって言ってないんですもん。ってか何で喋り方がギャル風なんだ。気持ち悪いからやめてくれよ。
「たとえ聞いてなくても決まったことなんですから文句言わないでくださいよ」
「そんな事言ってもね、私は私にも半分君を使わせてくれと頼んだだけなのよ~。それがダメなの?」
「ダメなんですよ。さっきも言った、通り二人の補佐の掛け持ちはルール違反ですし、僕が先生の代わりの補佐を見つけるで手を打ってくれませんか?そのために先生の話を聞きに来たんですから」
「……話?」
よし、食いついた。このままうまく話を持っていけば……
「そうなんですよ。俺の代わりをやって貰うんで先生から人選の参考になるような意見を聞こうと思いまして……」
「そう、それならいいわ。よく分かってるじゃない」
よし、これで代わりの奴を考えて貰えそうだ。
「先生の要望をできるだけ多く取り入れたいと思っているのでどんどん言っていって下さい」
「じゃあまず、男子限定」
ぐっ、いきなり的を絞ってくるとは。
「ないか他にないですか」
「あるわよ、どんどんいって行くから。えーっと、イケメンで身長が175センチ以上はあって仕事が早くて面白い話ができて、私に従順な男子」
そんな奴居ねえよ!! 少なくともこの学校にはな。ただでさえそんな高スペックな人間いないのになんだよ最後の、従順って。Mか、Mがいいのか。
ただでさえ進路に来たがる男子はいないというのに……
「先生……今の男子の場合の要望だったんで、女子の場合はなんかないですか?」
すると先生は嫌そうな顔をして
「私、女に興味ないし」
と、あっさり切り捨てられた。
ダメだ、こんなんじゃあ絶対探せねえ。
頭を抱えて嘆いていると、先生はないかを思いついたかのように本棚から一冊の本を取り出す。そして俺の前に突き出した。
「女生徒で認めるならコレについて語り合える子なら補佐にしてもいいわよ」
……これって
「私、男の子同士が組んず解れつしているの見るの興奮するのよね~」
やっぱりBL本か。ってかなんでそんなもの進路の資料と一緒に並べてんだよ。間違えて取らなくてよかった。
と、安堵しつつ遠目で先生が突き出したBL本を眺める。
「私、BL好きだけどそれについて話す相手がいないからBLについて話せる子なら補佐にしてもいいわよ」
くっ、上から目線で腹立つなー。でも今はこの案が一番望みありそうだ。そう思う自分が少しおかしい気もするが、俺は思い当たる節があった。
なんとか探せそうなメドがたったので俺は木島先生にお礼を言って早々に進路指導室を出た。
放課後、俺は櫟との約束のため、4組へ向かった。
緊張しながら教室を覗き込むと待っていてくれたようで、俺を見つけると手を大げさに振っていた。
「よー、待ってだぜ。―で、例のブツをを早く見せてくれよ」
「おい、まだ他に生徒いるんだから誤解されるような言い方すんなっ!」
「へへ、悪い悪い。余りにも陽斗が勿体振るからどんなものか気になってつい興奮しちまってよ」
そこ興奮するのおかしいだろ。
と、突っ込んでいると話が進まなさそうなのでスルーして続ける。
「多分そうだろうと思うけど、こういうのは専門外でな。お前のほうが詳しそうだと思って」
曖昧な言い回しで例のブツを出すと、それを見た瞬間櫟の顔が一瞬にして強張る。
「なあ、それお前が買ったのか」
「いや拾ったんだけど、本物かどうか確かめてもらいたくてな」
「いやー、確かめるも何もそれってBLの同人誌だろ」
俺も薄々は思っていた。っというよりほぼ確信していた。この男同士が抱き合っている表紙絵。やけに薄い本の厚さ。これはやっぱり同人誌というヤツなんだろう。
「やっぱりか!!」
「そうだよ、それ以外考えられねえだろ。ってか何で俺に聞いてくるんだよ。俺はBLは読まねえよ」
「だってお前の姉ちゃんBL好きって言ってたじゃん」
そう、櫟の姉は極度のBL患者で自分だけでは飽き足らず話し相手が欲しいがためにBLの話を弟の櫟に一時間し続けたという恐ろしい経歴を持つ。
そのため櫟はBL恐怖症になり一枚絵を見ただけで鳥肌が立つらしい。
「陽斗、そんな恐ろしいもん見せんじゃねえよ」
明らかにさっきよりも不機嫌な口調で拒否してくる。
当たり前か。自分の嫌いなもの見せられたんだから。
「すまん、悪かったよ。でもこれで確信が持てた。これがBLだってことかはっきりした」
「でもその本がBLって分かったところでどうするんだよ。自分で読むわけじゃあるまいし……」
「それは…まぁ、色々とな」
言葉を濁すように言うと櫟が焦って取り乱しながら言い返してきた。
「はぁ? 本当に読む気か? やめとけよ、頼むから」
……こいつがここまで動揺したところを見るのは初めてだ。最初から読むつもりなんて無いけどここまで言われると少し罪悪感もある。
それに俺はコイツにだけは嫌われるような事はしたくない。
「読む気なんてさらさらねぇよ。けど、ちょっと別のことにな」
すると安堵したのと、何かを悟ったように櫟の張り詰めた表情が緩む。
「まぁ、それならいいんだけどよ、ロクでもねぇことには使うんじゃねえよ」
「………ああ」
ロクでもねぇ事にはな。
それからというもの取り敢えず木島先生の補佐(俺の後釜)の当ては何とかできたが、どうやってその補佐についてもらうか、いくら考えても答えは出てこなかった。
いや、考えが無いわけじゃない。
だけど今俺の中にある考えは非人道的で、鬼畜で、人として最低な手段しかない。
だからこれを使うのはどうなっても最終手段だ。
できれば使いたくはないんだけど……
それにその手段を使う事によってどれだけ相手が傷つくかは俺には分からない。それに今この手段を使うほど俺には度胸も勇気も行動力もない。
だからこの手段は本当に本当の最終手段だ。これは使わないように穏便にこと治めたい。
けど俺はいつまでもその考えを貫き通せるのか? 関係ない周りの人まで巻き込むようなことがあったらどうする?
俺には分からない。
でも、もし何も思いつかなかった時、俺はその時は……
俺はまだその先を考える事ができなかった。
いや、考えたくなかった。少しでも望みがあるのなら別の何かに縋りたかった。捨てたくはなかった。
どんな結末になったとしても、望まない結末だったとしても今俺が思い描いているものよりかは幾分かはましに思えるから。
だから俺は別の手段を考える。
……………でないと今俺が思い描いている事は相手を傷つけることしかできないのだから。