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とある放課後の誤解

 下り階段の中、夕暮れの紅い光に照らされている。

 普段しないことをすると逆に不自然に感じてこの場から早く立ち去らなきゃという気持ちが湧いてくる。

 俗にい言う『初めて一人で服売り場に言ったら店員が怖くて即効で店を出た』ってやつか。……違うな。

 正しく言うなら店の雰囲気が怖くてだな。

 そうか、慣れない環境や状況に陥れば人は緊張してテンパってそこから逃げたいと思うんだろうな。

 うん、多分それだ。

 夕日がもう落ちかけて薄暗い校舎内。生徒の声もだんだんと減ってきて、先生が校舎内の見回りを始めている頃だ。

 いや、ここまでなら何も思わない。

 見慣れている校舎だし、木島先生のせいでこの光景も見慣れてしまった。

 おかしいのは今の状況――

 なんで女子が俺の下敷きになってんのーー!


 ……数分前

 俺は確か教室を出て階段を降りようとしていた。

 その後、俺は安海先生との約束(命令)を思い出して、憂鬱になったから軽くため息をつくとこうなっていた。

 なんで?

 確かため息をついた時、何かにぶつかって倒れたような……

 恐る恐る、俺の下敷きになってる女子に目をやる。

 スリッパの色からして多分同学年。華奢きゃしゃで触れれば壊れてしまいそうなぐらい弱々しく見える。

 小さくて、顔は見えないけど、多分可愛い(俺の勘)。

 そんな彼女を俺は押し倒して、上乗りになっていた。

 こ、この状況は誰かに見られたら絶対勘違いされる。教師だろうと、男子だろうと、女子だろうとこんな場面シーン見たら誰もが俺が襲ってるって思われるに違いない

 おまけに二次元だとこういった場面シーンはビックイベントで主人公とヒロインが出会うイベントだっりするけど、三次元じゃただお互い気まずくなるだけというか、無駄に恥ずかしくなるだけなんだよな。

「あの……どいてもらって…もいい?」

 その声は囁くような小さな声で透き通るように俺へと伝わってくる。

「あ、……ご、ごめん」

 急いで体を起こすと、詫びるように頭を振り下ろす。

「いいよいいよ、そんなに謝らなくて…」

 そう言う彼女の素顔は俺の思っていた通り、というかそれ以上に可愛いものだった。

「あの時、私の方からぶつかっちゃったから……ごめんね…」

「そんなことないよ、俺もちゃんと前見てなかったからな、お互い様だ」

 こ、これはなんてご褒美だ。最後の最後にこんな可愛い子と出会えるまでか、こうやって話せるなんて。

 ここ最近の俺の生活はオネイ教師に酷使され、ドS教師に弄ばれ、散々な目にあってきたけど、ちゃんと神様は見ててくれるんだな……

 これから明日も頑張れそうな気がする。

 などと悦に浸っていると、転んだ拍子にぶちまけたかばんの中身を彼女は一つずつ拾い上げていた。

「俺も手伝おうか?」

「……うん、じゃあ」

 

「これで全部か?」

「…………うん、多分」

 鞄に詰め込んだものを確認しながらやや遅れて反応する。

「でも、やっぱり優しいね、藤間とうま君」

「そうか?」

 ん、あれ?

「そうだよー、私が落としたものまで拾ってくてたからね」

「ああ、そう」

 すいません、これには私欲が入ってます。

「それにしても、どしてあんなにものが入ってたんだ?」

「私、美術部員だから。必要な画材とか家に取りに行ってたんだよ」

「それなら明日持ってこればいいのに」

「…私、低血圧だから朝苦手なんだ。だから朝だと持ってくるの忘れちゃうんだよ」

 …さいですか……

「じゃあこれからそれ、美術室持っていくのか?」

「…そうだよ」

「なら持ってってやろうか」

「いいよ、見た目ほど重くないし…」

「でも、外、だいぶ暗くなってきてるぞ」

 すると彼女はちょとんとした顔をした後、クスクスと笑い始める。

「まさか、送ってくれるつもりだったの?」

「そのつもりだったけど」

 そんな笑いながら言われても……

「やっぱり藤間くんはいい人だね。噂どうりだよ。もしかしたらそれ以上かも!」

 そうしてまたクスクスと笑い出す。

 噂? なんだそれ。それにさっきから感じるこの違和感か何だろ……

「私、この学校の近くだから大丈夫だよ」

「でも女の子の夜道は危ないし、心配だよ」

「あははははっ、藤間君お父さんみたいなこというね。そこまで人がいいと逆にこっちが心配だよ」

 ……心配したのにおもいっきり笑われた。しかもなんで俺、心配されてんの?

「…笑いすぎだ」

「ごめん、ごめん」

 謝ってる割にはまだ腹抱えて笑ってるんだけど……

「あー、ほんとごめんね、でもさ藤間君はいい人だから人の頼みをホイホイ聞いたり、簡単に詐欺で騙されそうで心配だよ!」

 なんだ、そういう意味か。納得すると安堵のため息を漏らす。

 あれ、でもそれって……

「ってそれってダメなやつじゃん」

 そんな事実知りたくなかったよ。ただいい奴だったなんて。

 知って悲しくなるなら、こんな事実知りたくなかった、知らない方が幸せだったよ。

 まだ知らない方が多くの人に素直に尽くせたのに…

 と、遠い目で窓の外の沈みかけの太陽を見つめる。

 ああ、何も知らないあの頃の俺に戻って誠実に生きたい。

 実際、都合のいい、利用しやすい人間だって思われてたのが悲しいよ。

 こっちは良心でやってるのに……

 あ、だからあの教師どもは俺のそういう性格知ってて利用しやがったんだな。

 そう思うと無性に腹がたってきた。

 …………いや、ものは考えようだ。

 俺は知らなかったから今までこき使われてきたんだ。あのオネエ、ドS教師どもに。

 ここで自分の実態を知ったのは正解かもしれない。

 そう思うと彼女に感謝だな。

「ありがとう」

 急に手を握られ、はたまた急に感謝され、どういう経緯でこうなったかの意図がつかめぬまま戸惑いながら言った。

「………う…うん……」

 その彼女の頬は少し夕焼け色に染まっていた。


「じゃあ、あんまり遅くなるといけないからもう行くね」

「……ああ」

 そう言うと彼女は階段を軽いステップで駆け上がっていく。

 そしてフワッとスカートを翻しながら振り返る。

「じゃあ、またね藤間君」

 そう言うと彼女はまた階段を一段ずつ駆け上がっていく。

 そんな後ろ姿を見ている俺は何故か『また明日』と返すことができなかった。

 タイミングがなかったとか、いうのが恥ずかしかったとかじゃなくて、何だろ、俺はまだ彼女について納得できていないところがあった。

 この胸に残る違和感。それも名前を呼ばれる度に強く感じる。……名前…ん、ああ…そうか。

 あることに気づき、彼女を呼び止めようとするが、彼女の名を俺は知らない。

「あ……ちょ、ちょっと待って……」

 言葉を詰まらせながらも、必死になって呼び止める。

 すると、その言葉に反応して彼女は振り返った。

「……どうしたの?」

 不思議そうな顔をして俺を見つめる。

「いや、その…お前、なんで俺の名前知ってんだ?」

 そう、俺は彼女に自分の名を名乗っていない。

 だから彼女は知るはずがない。知っているはずがない。

 たとえ、同学年だったからといっても、俺はクラス内でも名前を覚えられていない自信と自覚はある。

 だから彼女が俺の名前を呼んだときすごく違和感を感じたんだった。

「名前……うん、そりゃあ知ってるよ、有名だもん」

 有名? そんなはずは………

「みんな知ってるよ、あの進路に出入りしている唯一の生徒だって!」

 ああ、それが原因かー。

「でも、進路に出入りしているだけでこんなに有名になるもんか?」

「そりゃそうだよ、なんたって校内一危険な場所って噂の場所に平然と一週間も出入りしてたんだから」

 平然とは間違いだ。この一週間俺だっては辛かったんだよ。

 あ、思い出したら気持ち悪くなってきた。

「それにしても俺ってそんなに有名だったんだな」

「うん、自覚した方がいいよ」

 悪い意味でな。

 しかし、そうかもな。俺は分かっているつもりで何も分かっていなかったのかもしれない。

 やっと俺の胸にストンと落ちるものがあって、全てに納得がいった。

「呼び止めて悪かったな。あ……あとついでに…よかったら……名前も教えてくれないか?」

 少々照れながら言うと、彼女は笑って

「明日になれば分かるよ」

 そう言い残すと急いで階段を駆け上がっていった。

 ……明日…か

 

 辺りを見るともうすっかり日は落ちたようで、校舎の中も闇に包まれ、昼間とは全く別の姿を見せている

「俺も帰るか」

 そう呟いて、階段を降る一歩を踏み出す。するとその時、俺は何かを蹴飛ばす感覚があった。

……ん?

薄暗い廊下に何を蹴ったか分からず、しゃがみこみ、手探りで探す。

「あ…あった、あった」

 拾い上げて見たそれはやけに薄い本だった。


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