ウタヒメ
「休憩時間あげるからカウンターから外でていいわよ。どうせうちの歌姫の時は暇だから」
店長がそう言うので素直にカウンターから外に出て席に座る。
馬鹿みたいにたくさんの人が、ステージの前に固まっていた。
他の人が歌っているときはテーブル席にちょっと人が座っていただけなのに、知らない間にホールは人でいっぱいになっていた。
「誰か有名な人でも出るんですか」
カウンター越しに店長に声をかける。
「ゆきちゃんもよくよく知ってる人。ある意味有名人ね」
店長が笑ってそう言うと、ホールに流れていた有線がブチッと途切れる。
同時に埋め尽くす客から歓声があがった。
ギター音とキーボードの電子音がスピーカーから流れ出すと照明がステージを照らす。
立っていたのは、あのセイスケとソラネさんだった。
「はいはい。こんばんは。今日も遊んでってね」
僕と話をしている調子で変わらない彼女が言葉を発すると、観客からは悲鳴に近い叫び声が響く。
気が狂ったかのように‥‥。
熱狂的なファンと呼ばれる人たちは正常な人から見れば、絶対おかしくうつる。
ただ歌を歌うだけの人。有名な俳優。それを見ただけで、絶叫するのはありえない。
したくても恥ずかしくて出来ない。
テレビでよくみる「オキャクサン」の気持ちは僕には理解できなかった。
でも、歌が始まると、
僕も観客の気持ちが良く分かった。
騒ぐことまではしないけれど、彼女の声がびっくりするぐらい耳に残っていて、なんていうか、そう、歌った歌がいつまでも頭を流れている。頭が忘れたくないと繰り返すように。
「ソラネさんてすごいんですね」
店長に素直に感想を言った。
「歌がすごいの?曲がすごいの?それとも歌詞かな」
よく分からない質問をしてくる。
僕は感覚的に「ウタ」と答えた。
その感想で店長は満足そうで、「じゃあ、カウンターお願いね」と笑っていった。