セカンドハウス
不幸だ。
不運だ。
きっと今日は仏滅にちがいない。
あいつに‥‥
あいつに出会ってしまった。
「そういやさぁ。お前と初めて会った日。お前突き落とすときにうっかり時計壊れたんだよ。弁償しろ40万」
そして今僕は、ゆすられている。
「は?」
「兄貴が俺の20歳の誕生日に買ってくれた。大事な大事なだーいじな時計なんだよ。だから捨てるわけにもいかなくてさぁ、修理代が、びっくりするぐらいかかったんだよなぁ。
お前払えよ」
「あんたが、無理やり突き落としたんだろ。そんな大金払う理由はない」
「払えない‥‥か、お前ニート臭いもんな」
またニートって言われた。
そんなに僕は働いてなさそうに見えるのだろうか。事実、仕事はまだない。
首根っこをつかまれて歩みを進ませられる。
「じゃ身体で払ってもらいましょうか」
「放してくれ」
じたばた暴れても首をつかんだその手は離れなかった。
はじめてあった日も、顔が負傷した。
胡散臭い髭と死んだ目がただでさえ怖いってのに、がたいはでかく、しかも力は強い。
僕が弱いだけかもしれないが。
いったい、どこに売られると言うのだろう。
労働なら向きませんよ僕は。
なら、体の中身ですか。
だれか助けて。
連れて行かれたのは、暗い路地裏から地下に降りる汚い扉。壁や床に、紙切れがベタベタ貼り付けられて、もとの壁も床も分からない。
緑色に近い蛍光灯が、貼り付けられた紙を不気味に照らしている。
やくざが何かの事務所なんだろうか。
「あーにーきー。起きてるかー」
奴が低い声で兄貴を呼ぶ。
刑事や、やくざ物のドラマで見てた連行されるシチュエーション、死ぬくらいなら必死で逃げるだろうと馬鹿にしていたが、いざ、いざ本当にそうなると‥‥。
足がすくんで動けないものですね。お父さん。
おととい、飛び降り自殺しようと考えてたのは、気の迷いだったんですね。お母さん。
おじいちゃんごめんなさい。僕は今日ここで二度と会えなくなると思います。
「失礼ね。昼間っから寝てないわよ」
扉を開けて出てきたのは、兄貴じゃなくて、女の人だった。
「ん!!」
女の人に奴は僕を見せびらかすように、突きつける。
痛い。首が痛いんだ。
「何」
「新しいバーイト」
「こいつ、俺に借金があるんだが、働くところがなくてさあ。体つきもナヨナヨで、なんか顔がもう不幸そうだろ。仕事が無いんだよ。兄貴のとこなら、顔が不幸でも、暗いからわっかんないだろ」
「借金って‥‥いくら」
「40万。それだけただ働きさせて」
「かわいそうに。かまわないわよ」
「兄貴。素敵。じゃ円満解決。がんばれよ。バーイト」
「靖丞が勝手に決めたけど。嫌なら来なくていいのよ」
「仕事内容は‥‥」
「ここは、ライブハウス。受付・ドリンク・掃除ぐらいかなぁ。PAは無理そうだし」
ここは‥‥ライブハウスなのか。
はじめて来た。
PAてのは何のことだか分かんないけど、受付とか掃除なら、出来そうな内容だった。
「お願いします」
「そう。お名前は、いつから来れる」
「黒田幸光です。今からでもかまいません」
勤務時間は夕方17:00から次の日の朝6:00まで、制服はなし。
勤務時間は長いけれど、無理だったら好きな時間で帰っていいっていう条件で、僕はここのアルバイトになった。
金額の話はしてないけれど、好条件すぎるよな?
与えられた第一アイテム、ホウキでカウンターの下を掃いていく。
砂と、細長い紙切れと、えんぴつ‥‥。
いろんなものが落ちてるんだな‥‥。
「そーだ。幸光くん。ステージの横に空音ちゃんが寝てるから。掃除終わったら起こしてあげて」
カウンターの向こうから店長の声が聞こえる。
人の気配なんてしなかったけど、誰か他にいたんだ。
ステージに上がると、どこかで見た女の子。
一昨日は川の中で、昨日はゲーセンで見かけた彼女だった。
まあ、奴の身内の店なら、彼女がいてもおかしくないのかな。
「おはようございます。ソラネさん」
「むー。マサオさーん。まだ昼よう」
わけの分からないことを言いながら、覚醒する。
悲しいことに、僕の瞳を見て「だれ?」と言った。
昨日も、一昨日もお会いしましたが、覚えておられないのですね。
僕は、毛嫌いしたり、ドキドキしたりしてしっかり覚えているのに。少し、ショックだった。
「新しいバイトさんだよ」
「ここで働くの?」
「靖丞に借金があるから、無理やりなんだけどね。黒田幸光くんっていうの」
「ふーん。じゃ、ゆきちゃんか、よろしくね」
ソラネさんが笑う。
ゆきちゃんなんて呼ばれたこと無いけど、全然嫌な気がしなかった。
それから、僕の名前はゆきちゃんになった。
「マサオさん。優しいからよかったね」
「だれ、マサオって」
「はれぇ。セイスケのお兄さんだよ。店長のマサオさん」
彼女は彼だった。
久々に更新しました。
あと、ランキングから外しました。一定の所まで行ったら正常に戻しますね。
半年近く放置したら、この小説は完結される予定がありませんって言われるんだね。びっくりしたよぅ。