無職の時間
バイトをクビになって、今日から本当に無職になった。
家に一人で居ても気分が重いから、とりあえず目的なしに外に出た。
むしむしする気候の中では、目的なしで長時間うろうろすることは不可能で‥‥、とりあえずの避難所にゲームセンターを選んだ。
平日のゲーセンなんて、あまり人が居なくて快適かと思っていたが‥‥理想と現実は少し違う。
人が居ないのは正解だったが、会いたくない人が居たのは、ここから出て行けと神様が僕に言っているのだろう。
この間の、自殺志向の女の子だ。
彼女が居るって事は、あの変な男もいるはずだ。
つかまれた顎がちくちく痛い。
体がそこに隠した痛みを思い出したように、突然痛み出した。
ただ、彼女の隣には、金髪、黒いスーツの男が居たが。あの変な男は見当たらない。
まぁ、平日に、金髪、黒のスーツでゲーセンなんて、普通の人じゃないだろうけどね。
「空音。何食べたい?」
「‥‥さくらもち。それ以外は嫌」
それだけ言うとまた額をテーブルにつける形で上半身を倒れこむ。そのまま彼女は動かない。
「なんで桜餅なんて言うんだよ。
そんな古臭いもの、こんなとこで売ってる訳ないじゃん」
両手で頭を抱え、絶叫する男。
「そこのお前」
そして僕を指差し近寄ってくる。
「お前。ニートだろ。いやそうに違いない。今から俺は桜餅を買いに行って来る。その間、俺の空音に何か危害は無いか、側で見張ってろ。
暇なはずなんだからいいよな」
僕の承諾も無いまま男は手を引っ張り、眠ってる彼女の横に座らせるとゲームセンターから出て行った。
桜餅を買いに行くって。
暇なのは間違いないが、何でこの子を押し付けられるのだろうか。
両手をだらんと下にたらし、額だけで上半身を支える形で机に倒れこんでいる女の子。不気味さが漂うこの女に、危害なんて加わるはずはないだろう。
律儀に側に居てやる必要もないし、とりあえず帰ろう‥‥。
席から立ち上がろうとして、うっかりテーブルを動かしてしまった。
ほとんどの体重を乗せていた彼女の体がバランスを崩しテーブルから落ちそうになる。このまま落ちたら額からコンクリートに打ち付けることになる。びっくりして彼女を抱えた。
彼女の席に座らせて、ガラスの壁にもたれさせる。
彼女はまだ目を覚まさない。
どんなに疲れているというのだろう。
ぐちゃぐちゃになった髪を綺麗にしてあげると、自然と寝顔を正面から見る形になる。そして気が付いた。
ものすごくかわいいということに。
初めて会った日に殺されそうになって、笑顔でびっくりする言葉を語る、完全に変な女というレッテルが僕の目を曇らせていたのだろう。
さらさらの長い髪。ちょっとブラウンがかった長いまつげは目じりだけがくるんとカーブしている。僕の知ってる他の女の子はまつげをベタベタに黒くして、なんかの機械で無理やり挟んで全体的にカーブを付けている。そんないやらしい感じはしない。
ちょっとピンクかがった頬と、全体の肌の色がいいバランスでマッチしていて、なんだかかすみかがって見える。
前言撤回。
こんなにかわいいんだから、このままほおっておいたら確かに誰かになにかされそうだ。
僕が守ってあげないと、そんな思いが席にとどまらせた。
「知らない香り」
そう呟いて、彼女の目が開く。
「あれ。あいつは?」
びっくりして見ていた目をそらす。
「さくらもちを買いに‥‥」
「そお。で、君はなんでここにいるの」
「帰ってくるまで、ここに居ろって」
「そっか、悪いね。あいつ病気だから。しっかし何で桜餅なんだねぇ」
それは貴方が先ほど食べたいっておっしゃったからです。
さくらもち、完全に寝言なんだな。
あの男かわいそうに。
「昨日セイスケが食べたいっていってたからかなぁ」
大きなあくびをしながら、そう呟くと彼女は又夢の世界へ。
せっかく、立ち上がらせたのに、またもやガラスの机に倒れこんだ。
ごんって鈍い音がする。
し‥‥死んだんじゃないのか。
てか、セイスケってだれ?
第1条
第4号
生計の途がないのに、働く能力がありながら職業に就く意思を有せず、且つ、一定の住居を持たない者で諸方をうろついた者
僕は無職ですが、まだ、おうちがあるので軽犯罪法違反じゃありません。