このおやにして このこあり
「というわけで、仮病ですわ」
「わかりましたお嬢様。仮病ですね」
重々しいヴィオレッタの言葉に、アネットも重々しく応える。ちなみにいったい何が「というわけ」なのかは、アネットには一切わかっていない。
「ですがお嬢様、お一人だけの夜会欠席はさすがに難しいかと」
「あら、どうしてですの?」
アネットは自分の主であるヴィオレッタの両親を思い浮かべる。アルヴィオネ公爵と、その妻であるクリスティーネ。二人は一言でいえば「親ばか」である。
「ただお嬢様が熱を出したというだけで、国の行事をすべてすっ飛ばし、この世の終わりのような顔をして看病なさる奥様と旦那様です。仮病などすぐに気づかれます」
「そこでわたくしに一計がありますの!」
元気よくそういうヴィオレッタに、アネットは首を傾げた。いやな予感しかしない。
「五点着地ですわ!」
「ごてんちゃくち。」
「もしもの時のためにこれを練習していて全身打撲を負ったということにしますの」
「大失敗してて草」
「何か?」
「いえなんでもありません」
アネットはうっかり本音が漏れた自分を叱咤した。お嬢様の専属メイドとしてあるまじき行為である。
「ちなみにお嬢様がおっしゃる『もしもの時に五点着地が必要な状況』とは」
「ベッドから転げ落ちた時ですわ!」
「普通なら全然必要じゃなくて草」
「何か?」
「いえ、何でもありません」
アネットは返す返すも本音が漏れてしまう自分を叱咤した。お嬢様専属メイドとしての自覚が足りていないのではないだろうか。
「……なんなら本気でベッドから転げ落ちてもいいかもしれませんわね。仮病でなく本当の理由で夜会を休めますわ」
「なんでそんなに夜会に行きたくないんですか」
そう言いかけて、アネットは言葉を探した。自分の主であるヴィオレッタがここ最近、婚約者であるアルフォンス王子に冷たくされ、しかも王子が男爵家の養子だという元商人の娘にうつつを抜かしているというのは、アネットにもよくわかっている。それがヴィオレッタにとってどれだけ、その心を傷つける状況か、ということも。
「夜会に行けば最速で婚約破棄するのが難しいから、とりあえず殿下と鼻突き合わせずに済ませられないかとルートつぶしに入ったところですの」
「えー、どういうことー」
何でもない声で返ってきた言葉が若干どころか相当意味が分からなかったので、アネットはどうしても本音を抑えることができなかった。
「ともあれ、五点着地は難易度が高すぎます。あれは軍人たちが血のにじむような訓練を積んで、初めて可能となる秘技中の秘技——」
「そ、そんなすさまじい技でしたの!?」
「とても、お嬢様のような運動音痴……いえ、運動機能が著しく劣る……いえ、ちょっと運動が苦手かもしれないと言えなくもない、むしろ運動がとっても苦手と言っても過言ではない方が一朝一夕でできるものではありません」
「それは納得するほかありませんが、言い方というものがあるのではなくて!?」
こほん、とアネットは咳払いをして失礼いたしました、と深々と礼をする。若干主への礼を欠いた発言をしたような気がしないでもない。
「ともあれ、ベッドから転げ落ちるような行為はお控えください。私としてもとても心配です」
「……そうですわね。ありがとうアネット」
ヴィオレッタは心配そうに眉を寄せるアネットの言葉に、素直にうなずくしかなかった。
と言いつつ、ヴィオレッタには秘策がある。なにせ、ヴィオレッタには時間がいくらでもあるのだ。おそらく繰り返しの時間が。いくらでも。
どうあがいたところで仮病やけがで夜会を欠席しようが繰り返してしまうのなら、何が何でもあのアホ王子を何とか黙らせて最短で夜会から逃げてくる必要がある。どうしても五点着地が必要なのだ。
(なんとかして、アネットから五点着地の練習法を詳しく聞き出す必要がありますわ)
くじけない、めげない、諦めない。ヴィオレッタの美点である。欠点ではない。ないったらない。
(それに、ベッドから転げ落ちる真似はよせとは言われたけれど、2階から飛び降りるなとは言われてないですもの)
強烈なポジティブシンキング。ヴィオレッタの美点である。アホの子とか言ってはならない。
「問題は今回の夜会をどうさぼるかですわねー」
「さぼりは決定なんですか」
「ええ、今回はさぼりルートで行きますわ」
何が「今回は」なのかは、アネットはわからない。だがヴィオレッタがそう言ったのなら、全力でその「さぼり」をサポートするのもメイドの務め。アネットはでは、とうなずき、顎に手をやって考える。ヴィオレッタもそれに合わせて難しい顔をして考え込んだ。
「熱を出した、というのはだめかしら」
「ダメですね、国中の氷を買い占めた奥様と旦那様が悲鳴を上げながら看病に走る姿が目に浮かびます」
「おなかが痛い」
「それもだめです。国中の湯たんぽを買い占めた奥様と旦那様の姿が目に浮かびます」
「骨折した」
「5点着地まだあきらめてませんね?」
「あ、諦めてますわ! じゃあ……気分が乗らない」
「奥様と旦那様は許してくださるでしょうが、今回の夜会は王家主催。陛下の顔に泥を塗ることになります」
「アルフォンスアホ王子が嫌い」
「本音出ましたね。ダメです。ガチで王家にケンカ売ってどうするんです」
「アルフォンスバカ王子に会いたくない」
「ですから、王家にケンカを売ってどうするんです」
——二人は気づかなかった。
あまりに夢中になりすぎて。
ヴィオレッタの両親が、こっそり様子を見に来ていたことを。
「まあ、ヴィオレッタったらあんなに楽しそうに話を!」
公爵夫人が嬉しそうに胸元でこぶしを握る。その肩を抱き寄せたアルヴィオネ公爵も、うんうん、と嬉しそうにうなずいた。
「これまでアルフォンスアホ王子のことでいろいろと気をもむことも多かったろうに。少し元気になったようでよかったね」
「本当ですわ。まったくあのアルフォンスバカ王子は何とかなりませんの?」
この親にしてこの子あるというべきか、この子にしてこの親ありというべきか。正直アルフォンス王子のことは、公爵夫妻からもヒドイ言いようなのである。
「そうだ、今回の夜会で陛下とも話をしてみようじゃないか!」
「それがいいですわね!」
——素敵な両親の計らいで、ヴィオレッタは話に夢中になっているうちに夜会をすっぽかした。
ちなみに夜会当日、公爵自身から婚約解消を打診されたアルフォンス王子は、「やだぁぁぁぁぁ!」と泣きじゃくって騎士団長に説教を食らったという。
……とはいえ、繰り返し令嬢、ヴィオレッタにとってそれは、また別のお話。




