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ながすぎる おせっきょう

ながすぎる おせっきょう

「……相手のほうが足が速いという事実に、今まで気が回っておりませんでしたわ」

「泣きじゃくって話にならないうえにほっとくと30分もしゃべり続ける、大人以上に足が速い5歳児って一体……」


 アネットの言葉を聞くととんでもないバケモンなような気がするが、事実なのだから仕方がない。


「というわけで、追われても逃げ切るだけの脚力が必要ですわね」

「それこそ、一朝一夕で手に入るものじゃありませんよ?」

「というか、ドレスそのものが邪魔ですわね、むしろ」

「お嬢様、一応舞台は夜会会場だってこと忘れてません?」

「もちろん」


 もちろん忘れている。


「こういう場合どうしたらいいんでしょう」

「うーん……」


 髪を梳きながら、アネットが考え込む。


「方法としては二つですね」

「と言いますと?」

「相手を足止める『デバフ』と、こちらの足を速める『バフ』です」

「なるほど」


 ヴィオレッタはデバフに注目した。もちろん自分のバフは必要だが、限界がある。

 対して相手が即行で追ってくる可能性さえ潰せてしまえば、夜会会場から家へ逃げかえるのもたやすいかもしれない。

 だが、アネットの考えは逆のようだ。


「とはいえ、相手に危害が加えられてしまうようなまねはできません」

「……そうでしたわね」


 いけない。相手が王子だということをすっかり忘れるところだった。もちろんヴィオレッタだって淑女である。最悪アルフォンスを爆砕してしまおうとか考えたりはしていない。ないったらない。

 アネットは大まじめにつぶやく。


「ですからやれるとして……目つぶし」

「なるほど」


 繰り返すが、ヴィオレッタもアネットもアルフォンスをどうにかしてやろうなどと思っているわけではない。ないったらない。……多分。


「では、こちらの初速を上げる『バフ』と相手の追ってくる気をそぐ『デバ――」

「目つぶしですわね!」


 アネットは黙った。やる気になったヴィオレッタの実行力はすさまじいものがある。これは間違いなく「とうっ」と相手の目を突いて逃げるつもりでいる。


「お嬢様、直接相手の目をつぶすのはよくありません」

「あら、どうしてです?」

「……身をひるがえして逃げるだけ初速が遅れるからです」

「なるほど」

「加速のために、あるいは加速に乗じて放った何かが結果として相手の視界を奪った――これなら、お嬢様の加速を邪魔せず、相手の視界も奪えます」

「具体的には……?」

「つまり――煙幕」


 すく、とヴィオレッタは立ち上がる。そして、言った。


「アネット、ぺったんこの靴と、足さばきがよくなるドレスを用意して。あと煙幕も」

「かしこまりました、お嬢様」


 しずしずとお辞儀をするアネットにうなずく。

 さあ、これであとは、夜会を待つだけだ。


 ◆ ◆ ◆


「ヴィオレッタ・エル・アルヴィオネ! 貴様――」

「失礼、婚約破棄の話でしたらお受けしますわとぉーぉうっ!」


 叫ぶアルフォンス王子めがけて煙幕をたたきつけると、思い出してカーテシーをした。

 それからきゅっとターンしてクラウチングスタート!


「げっほ、ごほっ……! ヴィオレッタぁぁぁどこぉぉぉぉ!!」


 泣き叫ぶアルフォンス王子の声が遠ざかる。


(これで完璧ですわ!)


 あとは馬車に飛び乗って家に帰るだけである。――そう思った矢先。


「なんだっ!?」

「わかりません、夜会で突然煙幕が焚かれました!」

「王族の皆様を非難させろ!」


 どやどやどや、と入ってきたのは騎士たち。

 騎士団長が煙の中から飛び出して逃げようとするヴィオレッタの腕をつかむ。


「ヴィオレッタ嬢! これはどういう状況ですか!」

「アルフォンス殿下が婚約破棄をしたくせにわたくしにしがみついて泣くから煙幕を張って逃げる途中ですの!」

「あんたが原因かぁぁぁい!!」


 騎士にあるまじき口調で、騎士団長の雷が落ちた。


「ヴィオレッタ嬢! そこへお座りなさい!」

「いえあの」

「お座りなさいといっているのですっ!」

「えっと……」


 ヴィオレッタがちょこん、と座り込むと、騎士団長は滾々と説教を始めた。


「いいですか、あなたはアルヴィオネ公爵家のご令嬢、王族に次ぐ地位のある家の令嬢なのですぞ! それを、それをなんですかあなたはぁぁぁ!!」

「でも」

「でももストライキもありません! ご両親が見たらなんというか!」

「『いやぁ、ヴィオレッタは今日も元気だねぇ』と言ってくださいましたわ!」

「この子にしてこの親ありかぁぁぁぁぁ!!」


 頭を抱えている騎士団長。

 その間に、煙を越えてきたアルフォンス王子が追い付いてくる。


「あ、やっと見つけたヴィオレッタ! なんで逃げるんだよぉぉぉ!」

「ぅげ。」

「なんだよ『ぅげ。』ってぇぇぇぇ!」

「殿下っ! 殿下も殿下です! なんですその涙と鼻水でぐっちょぐちょの顔は!」

「ぅげっ、騎士団長!」

「なにが『ぅげっ』ですか! あなたもそこにお座りなさい! いいですかだいたい……!」


 アルフォンス王子もどう対応したものかわからなくなったのか、ぐすぐすとしゃくりあげながらヴィオレッタの隣にちょこんと座り込む。


「王族としての誇りが……!」

「……こうなると長いんだよなぁ……」

「公爵令嬢としての節度ある行為を……!」

「……知ってますわ……」

「すでにデビュタントを迎えられたお二人が……!」

「じゃあなんで逃げたんだよぉぉぉ……!」

「もう少し上級貴族や王族たるお立場というものを……!」

「殿下がわたくしに婚約破棄を突き付けながら追ってくるからではありませんの!」

「きちんと話を聞かんかぁぁぁぁぁい!!!」


 ときどき落ちる騎士団長の雷を聞きながら、ヴィオレッタとアルフォンスは顔を見合わせてため息をつく。


(次は騎士団長の対策も必要ですわね……)


 そう思いながら、ヴィオレッタは目を閉じた。

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