かいわの たんしゅくじゅつ
かいわの たんしゅくじゅつ
「……問題はあのクッソ長いアルフォンス王子の口上ですわ」
アネットに髪を梳いてもらいながら、ヴィオレッタはぼそりと呟く。
アネットは鏡越しに何とも言えない顔をしてから、ぼそりと返した。
「何か今、令嬢のお口から聞こえてはならない言葉が聞こえたような気がしますが、聞こえなかったふりをします。何が問題なのですか」
「よい心がけですアネット。聞かなかったことにしてちょうだい。それで問題というのは――」
言いかけて、ヴィオレッタは押し黙る。
この状況、つまり巻き戻って婚約破棄の夜会の日を繰り返していることを知っているのはヴィオレッタだけ。
アネットに本当のことを言っても、昨日のごとく「悪役令嬢ものを読みすぎたんですか?」と聞かれて終わりだろう。
だが……彼女の有能さは「使える」。
かといって、事情は聞かないで言うことを聞いて、では彼女も動きようがない。
(有能な彼女を味方につけるのが最初の難所ですわね)
まずは自分だけでどうにかしてみる必要がある。といっても、できることなどたかが知れている。
いろいろ迷った末、ヴィオレッタはまず一般論を装って話をしてみることにした。
「話がアホほど長い人がいるとしますでしょう」
「アホほどって。お嬢様、お嬢様はこの国唯一の公爵家、アルヴィオネ公爵家の公女でいらっしゃるのですよ? そんなアホほどとかいうものじゃありません」
「わかってますわ。でも言いたくもなるのです。『その結論を先延ばしていらん事ばかり言う口に拳を突っ込んでガタガタ言わせてやろうか』と」
「奥様に殺されかねない暴力的な言動をお控えくださいませ」
「大丈夫、これ母上からの受け売りですわ」
「うそぉ」
「で、話を戻して」
この世のものを見たとは思えないような調子で遺憾の意を表明するアネットの声は聞こえなかったふりをして、ヴィオレッタは繰り返す。
「いるとしますでしょう、アホほど――」
「はい非常にお話の長い人ですね! 拳を口に突っ込まなくていいので、話を続けてください!」
アネットのほうが慌て始めたので、言われた通り話を続けることにする。
「結論を先に言ってもらうように促すには、どうすればいいのかと思いまして」
「結論を先に、ですか」
きゅ、とリボンでまとめてもらって、鏡で後ろ髪の部分を確認させてもらいながら、ええ、とヴィオレッタはうなずく。
「だって拳を口に突っ込んだらその分タイムロスになりますでしょ」
「その前にお嬢様が大変暴力的な人として周りから非難の目を集めることになると思いますが」
「やっぱり突っ込むのは拳じゃなくて丸めた靴下とかのほうがいいかしら」
「…………」
アネットは黙り込んだ。もしかしたら、その有効性を少し考えてくれたのかもしれない。
「……あのですね、お嬢様」
しばらくして、控えめにアネットはつぶやく。
「そのような物理攻撃を行使せずとも、話の続きを促すことはできます」
「具体的にはどのように?」
「そうですねえ……」
アネットはしばし考えた末、うん、と小さくうなずいて続けてくる。
「真っ正直に、『結論を言ってください』とお願いするのが一番だと思いますよ」
「結論を言ってください、とお願いする」
言われた言葉を復唱する。
王族の言葉を遮ってはいけないと教育されてきたが、二度も三度もあの口上を聞かされるのはごめんだ。
文章の都合上大幅にカットされているが、結論の婚約破棄を宣言する前に、アルフォンス王子はいかにヴィオレッタがひどい女か、ニーナがいかにけなげで優しい女か、そしてヴィオレッタがニーナをいかに手ひどくいじめているか、ないことないことないことをいろいろと話してくれるのである。
その所要時間、推定30分。大変な時間のロスだ。
あれをできるなら5分、いや、5秒に収めたい。
「やってみる価値は……ありますわね」
そう、一世一代の勇気を出して、ヴィオレッタはアネットの助言に従うことにしたのである。
――そして、夜会の時間。
「ヴィオレッタ・エル・アルヴィオネ! 貴様ニーナが優しいのをいいことに――!」
アルフォンス王子がこちらを認めて叫び始めたその瞬間を狙って、がっと音がするレベルで一歩踏み出し、王子に詰め寄る。
「――結論を」
「……へっ」
返ってきたのは素っ頓狂な声。
ニーナというらしい女も目と口をカッ開いて唖然としている。
お願いが聞こえなかったのだろうか。ヴィオレッタはもう一度お願いすることにした。
「結論を、仰って」
しばし、沈黙。
アルフォンス王子は左右を見渡し、誰も動かないのを見て取って、なぜか今にも泣きだしそうな顔をしながらぽそぽそと小さな声でつぶやく。
「えと……あの……婚約、破棄……したぃ……です……」
「そうですか承知しましたお受けしますわ。ではこれで」
喜色満面のカーテシー。
(勝った! これで最短記録更新ですわね!)
さあこれで颯爽と立ち去るだけ。
そう思って顔を上げた瞬間、信じられない光景が目の前に現れた。
「うっ……ぐ、ふぐぅ……、やだぁ……!」
目にいっぱい涙を浮かべたアルフォンス王子が、がばっとヴィオレッタにしがみついてきたのである。
「は!?」
そう叫んだのはヴィオレッタか、腕を振りほどかれたニーナのほうか。
一気に精神年齢も見た目年齢も5歳児レベルまで退行した王子が全体重をヴィオレッタにかけてくる。
「うわぁぁぁぁんやだやだやだぁぁぁぁ!! ヴィオレッタいっちゃやだぁぁぁぁぁ!!!」
号泣しながらヴィオレッタにしがみついてくる5歳児……もといアルフォンス王子。
婚約破棄を申し渡されたはずの相手に縋りつかれて意味も分からず立ち尽くすヴィオレッタ。
ただ一つ、重要なことが一つ。
(ああ、これは、最速での婚約破棄失敗、ですわね……)
絶望とともに、ヴィオレッタの目の前は暗くなっていった。




