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モラ夫未満  作者: ひねみずうみ


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1/6

1.友人・島本(仮名)の話

 私がこのインタビューをしようと思いついたのは、最近、自分の見るありとあらゆる広告が、モラ夫の漫画やドラマばかりだったからだ。ちょうど仕事を辞め、実家に戻った私は暇を持て余していた。せっかくだからと友人とランチに行ってみれば、既婚者の友人の口から出てくるのはもれなく夫の愚痴だった。漫画やドラマになるほどのインパクトの強いモラ夫にはなかなかお目にかかれないが、そこまでには至らないがイケていない夫の話にはよく遭遇する。今や個人もインプレッションで収入を得る時代。それをネットに載せれば、小銭稼ぎができるのではないかと思ったのである。


 私が最初にインタビューをお願いしたのは、大学の友人・島本(仮名)である。彼女と私はかつて同じ人間科学部に通っていて、一時は二人とも臨床心理士を目指していた。彼女は私の、「夫についてインタビューをして、愚痴を含めてネットに載せさせてほしい」という提案を快諾してくれた。彼女は、同じような問題に悩む妻たちのストレス発散コンテンツになればいいという私の思いに共感してくれたのもあるが、たとえネットに載せたとしても、それで自分のことだと気づく夫ならこんな愚痴を吐いていない、とのことだった。島本は社会人になってから知り合った夫と結婚して七年。三歳の息子がいる。彼女曰く、夫は典型的な、イケていない夫だという。


「離婚するほどじゃないんだけどさぁ」


 彼女がインタビューの最初に発したのは、私がこれから何度も耳にすることになる言葉だった。


「なんていうの? ホラ、無能の武器化?」


 私が何それ、と聞くと、島本は丁寧に説明してくれた。

 家事や仕事において、俺には難しい、苦手だから、などと言って、相手に「もう私がやる!」と言わせる手法らしい。

 例えば、と島本は続ける。


「洗濯物をお願いするじゃない。うちドラム式だから、入れて乾燥までかければ正直猿でもできるのよ。さて、夫はどんな無能さを披露してくれたと思う?」


 洗剤の入れ忘れ? デリケートな素材のものを一緒に洗ったとか? そう私が聞くと、島本はややドヤ顔で首を振った。


「子どものゴム製のおもちゃを一緒に洗って、乾燥までかけたの。開けてみたらもう、くっさくて! タオルにも子どもの服にも、臭いが染みついてたの」


 私はうわぁ、とリアクションするとともに、感心すらしてしまった。厳密には無能の武器化というのは、ただ俺はできないと主張してくることを言うのかもしれないが、島本にとって夫のその行為はまさにそれなのだろう。


「私が怒ってたら、『洗い直せばいいんだろ』とか言ってくるのよ。でももうその時夜の十時過ぎてて。こいつ絶対寝落ちするじゃん。朝起きて、乾燥後の洗濯物を中に入れっぱなしだった、くらいならいいけど、もしかすると乾燥かけるのを忘れて、洗濯しただけの濡れた状態の服が朝まで中に入ってるるかも、とか思うとさ。『もういい! 私がやる!』って言っちゃうの」


 島本はその時の怒りを思い出したのか、少し息を荒げていた。私はつい先日まで営業をしていたこともあり、頭ではつい改善策を考え始めてしまっていた。まず子どものおもちゃが洗濯物に入る状況を防げないのだろうか? 服を脱ぐときにチェックすればいいのでは?

 だが、それを彼女に言うことはしなかった。今回私が目的としているのは、モラ夫未満の夫の愚痴をエンタメとして昇華してもらうためだからである。


 結局、その後はずっと、島本だけが洗濯をしているのだという。


「あとは……そうだな、買い物に行って、ちゃんと言ったものを買ってきてはくれるんだけど、ホラ、買い物袋がそのまま台所に置いてあるのね。ちゃんと冷蔵庫に入れるところまでして! て言うとやってくれるんだけど、こないだはしまい忘れた生魚のパックが一晩台所の床に置かれてて」


 島本は先に子どもと寝落ちしてしまっていたのだという。買い物に行ってくれるだけでも、また、それをちゃんとしまおうとしてくれるだけでもいい夫ではないか、という気持ちが頭に過ったが、これもまた口に出さないでおいた。


「結局、全部の家事のチェックをしないといけないわけ。それだったらもう、自分が全部やっても一緒だし、そのほうがストレスも感じないんだよね」


 私はそれを聞きながら、結局は性格の差なのだろうな、と思った。あること、たとえば掃除という家事について、部屋の汚れたが気になるほうは先に気づき続けるし、気にならないほうはいつまでも気づかない。島本の夫にも悪意があるわけではないだろう。純粋に、気づいていないだけなのだ。

 離婚原因の第一位は性格の不一致だと耳にしたこともある。程度の差はあれ、どこの家庭もこういった問題を抱えていそうだ。そういう意味では、このインタビューには需要がある。私はそう確信を持った。

 好きで結婚したんだから我慢したら、とか、そういう相手って分かっていたんでしょう、というアドバイスは意味をなさない。すでに過ぎ去った事象であり、今起きている問題への解決には繋がらないだろう。


「聞いてくれてありがと。すっきりしたわ。どんな記事になるか楽しみにしてるね」


 島本はそう言ってくれたが、素人が書くものだから期待しないで、と言っておいた。そして、削除や修正を希望する場合は連絡してね、とも伝えた。

 彼女は晴れやかな顔で去って行った。それだけでもこのインタビューを行った意味があるというものだ。

 私は手応えを感じつつ、店をあとにした。

 母に頼まれた買い物をして家に帰ったら、このエピソードに若干フェイクを織り交ぜて文章を書き、ネットに載せるだけだ。

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