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第8話:世界を牛耳る通信魔導具『ヒマ端末』の誕生と、物理的に崩壊する祖国

『オーシャン・モール』の歴史的なグランドオープンから一週間後。

シーサイド・ガルドの街は、完全に帝国の新しい「中心地」として機能し始めていた。


「ルミア社長! 本日の入場者数、すでに十万人を突破しました! 地下の『宝探しダンジョン』は三時間待ち、中央広場のイリュージョン・シアターの特等席は一ヶ月先まで予約で埋まっております!」

「無人店舗『A&Lスマート・マート』の売上も絶好調です! 商品の補充が追いつかないため、ガウェイン航空輸送部長率いる飛竜便の臨時増便を要請します!」


 モールの最上階に設けられた『魔導商会A&L』の巨大なCEO執務室。

 次々と飛び込んでくる部下たち(元・王属飛竜騎士団の面々や、高給で引き抜かれた帝国の一流商人たち)の報告に、ルミアは優雅に紅茶を傾けながら完璧な指示を出していた。


「飛竜便の増便は承認するわ。ただし、飛竜の疲労度には細心の注意を払うこと。魔力回復ポーションを惜しみなく使いなさい。それと、無人店舗の品揃えに関して、客層の購買データはすでに抽出したわね?」

「はい! 午前中は貴族層による高級魔導具、午後は観光客による軽食と土産物の売上が突出しております!」

「なら、商品棚の『空間転送・自動補充システム』のアルゴリズムを時間帯で切り替えなさい。一番売れる時間帯に、一番利益率の高い商品が客の目の高さに来るように棚の配置を自動で動かすのよ」


 ルミアの容赦のない、そして一ミリの隙もないデータ至上主義の経営戦略。

 無人店舗で得られた「誰が、いつ、何を買ったか」という購買データは、彼女の頭脳によって完璧なマーケティング兵器へと変換されていた。


「ふふふ……笑いが止まらないわね。人件費ゼロで二十四時間フル稼働する店舗から、さらに無尽蔵のデータが吸い上げられていく。これを分析すれば、顧客が次に何を欲しがるか、完全に予測できるわ。まさに打ち出の小槌よ」

 報告を終えた部下たちが退室すると、ルミアは悪役令嬢も青ざめるような凄絶な笑顔を浮かべて高笑いした。


「相変わらずえげつないわね、ルミア社長」

 私は執務室の奥にある専用の開発ラボから顔を出し、呆れたように肩をすくめた。

 私の手には、油で汚れたスパナと、薄い板状の透明なクリスタルが握られている。


「あら、CTO(最高技術責任者)。貴女の狂った技術がなければ、私の計算式もただの机上の空論よ。……で、その手に持っている『板』は何? 先日のバルコニーで貴女が言っていた『ドライブスルー型・魔導ファストフード店』の試作品かしら?」


「ええ、そうよ。でも、ただの厨房の自動化じゃないわ」

 私はルミアのデスクの前に歩み寄り、その薄いクリスタル板をトンと置いた。


「ルミア。馬車に乗ったまま買い物ができる『ドライブスルー』の最大の弱点は何かわかる?」

「……渋滞ね」

 ルミアは即座に答えた。

「モールの敷地がいくら広くても、注文を受けてから調理し、商品を受け渡すまでの『待機時間』が発生する。一台につき三分かかれば、二十台並んだだけで一時間待ちよ。それでは富裕層やせっかちな冒険者は離れていくわ」


「大正解! だから、その『待機時間』を物理的にゼロにするために、これを開発したの」


 私がクリスタル板の表面を指でトントンと叩くと、板の内部に青白い光が走り、文字と画像が鮮明に浮かび上がった。

 そこには、美味しそうなハンバーガーやフライドポテトの幻影(立体映像)が、メニュー表のように並んでいる。


「何これ……!? 遠隔視の魔導具? でも、映っているのは景色じゃなくて……文字と絵?」

「私が名付けた、新しい通信魔導具よ! その名も『ハイパー・インタラクティブ・マナ・アレイ』! 略して『H.I.M.A.(ヒマ)』端末よ!」


「ヒマ……? 随分と気の抜けた名前ね」

「だって、人間って『暇』な時に無意識に手持ち無沙汰になるでしょ? そういう時に、この薄くて軽い板を眺めてもらうのよ」


 私は胸を張り、この革新的な技術の構造を解説し始めた。


「この板は、モール全体を覆っている巨大な魔力網ネットワークと常時接続されているの。お客様は、モールに向かう馬車の中や、自宅のベッドで寝転がりながら、この『ヒマ端末』の画面を指で操作する。そして、食べたいメニューをタップするだけ!」


 私が画面上のハンバーガーの画像を指で弾く。

 すると、画面に『調理開始:完成まであと六十秒』という文字が表示された。


「ここで注文したデータは、光の速さで本社の『全自動ゴーレム厨房』に送信されるわ。注文を受けた瞬間に、炎魔法を宿した調理特化型ゴーレムがパティを焼き始め、風魔法で油を切り、完璧なハンバーガーを六十秒で完成させる!」

「なっ……! 事前注文システム!?」


「そう! だからお客様が馬車でドライブスルーの受け取り窓口ゲートに到着した瞬間には、すでに出来立て熱々の商品がパッケージされた状態で待っているの! あとは窓口で『空間転送』を使って馬車の中に商品を落とし込み、例の『魔導ブレスレット』で自動決済するだけ。注文、会計、受け渡しにかかる時間は……驚異の『ゼロ秒』よ!」


「…………ッ!!」

 ルミアはクリスタルの板を震える手で持ち上げ、画面のメニューをスワイプ(指で滑らせる)した。

 信じられないほど滑らかに画面が切り替わり、今度はポーションの販売リストや、モールの地下ダンジョンの混雑状況までが表示された。


「アリス……貴女、これがどういう意味を持つか分かっているの?」

 ルミアの声が、かつてないほど低く、凄みを帯びていた。


「ドライブスルーの渋滞解消なんて、この技術の『オマケ』に過ぎないわ。この『ヒマ端末』を安価で帝国中の市民にバラ撒けば……人々は暇さえあればこの画面を見るようになる。そこに『新商品の広告』を挟み込んだら?」

「あっ」


「さらに、市民同士がこの端末でメッセージをやり取りできる『通信機能』や、商品の感想を書き込める『掲示板機能』を追加すれば……帝国の情報流通、広告媒体、そして人々の購買意欲のすべてを、我が魔導商会A&Lが完全にコントロールできるということよ!! 物理的な店舗すら不要になる、『超遠隔・魔導電子商取引(Eコマース)』の誕生じゃない!!」


 ルミアの脳内で、瞬時に世界を支配する完璧なWebビジネスのスキームが完成していた。

 彼女はもう、ファストフードのことなど頭にない。この一枚の板が持つ「情報データの覇権」という恐るべき価値に気づき、全身を歓喜で打ち震わせていた。


「あはははは! 凄まじい! アリス、貴女は本当に常識というものを知らない化け物ね! これで帝国の情報網は完全に私の手の中に落ちたわ! 商人ギルドの連中、明日には全員首を吊るしかないんじゃないかしら!?」


「……相変わらず、君たちの考えるビジネスは国家を揺るがすな」


 突如、執務室の重厚な扉が静かに開き、漆黒の軍服に身を包んだユリウス大公が姿を現した。

 彼の背後には、護衛の騎士すら連れていない。完全に彼一人のプライベートな訪問だ。


「ユリウス様! お待ちしておりましたわ!」

「大公閣下! 見てください、私の新しい大発明を!」


 私は嬉々として、ルミアから奪い返した『ヒマ端末』をユリウスに差し出した。

 ユリウスは氷のように冷たく、しかし鋭い知性を秘めたアメジストの瞳で、その薄いクリスタル板を見つめた。


 彼は私が教えるまでもなく、画面の構造を瞬時に理解し、長くて美しい指で画面を操作した。

 メッセージ機能を開き、文字を打ち込む。


『……この板があれば、伝令鳥も、高位の念話魔導師も不要になるな』


 ユリウスの低い呟きに、部屋の空気が一瞬で張り詰めた。

 商人であるルミアが「広告と商取引」の覇権を見出したのに対し、帝国の軍事と暗部を統べる彼が見出したのは、「絶対的な軍事通信網」としての価値だった。


「前線の部隊長にこれを持たせれば、遅延ゼロで戦局の画像と文字情報が司令部に届く。敵の通信を傍受するリスクもなく、暗号化も容易だ。アリス、君はとんでもない『戦略兵器』を創り出してしまったぞ」


 ユリウスの真剣な眼差しに、私は少しだけ頬を膨らませた。


「戦略兵器だなんて物騒なこと言わないでください。これはあくまで『馬車に乗ったまま、ダブルチーズ・飛竜バーガーの特大ポテトセットを、待ち時間ゼロで買うため』に作ったんですから!」


 私がむすっとした顔で言い放つと、ユリウスは数秒間、目を丸くして私を見つめ……。

 やがて、堪えきれないといった様子で、肩を揺らして低く笑い声を上げた。


「くっ……ふっ、ははははは!」


 彼が声を上げて笑うのを、私は初めて見た。

 氷の彫刻のように冷徹だった彼の表情が崩れ、年相応の青年のように、心底楽しそうに笑っている。その破壊力たるや凄まじく、私の心臓の魔力回路がキュンと悲鳴を上げた。


「……っ、ユリウス様、笑い事じゃないですよ! バーガーのバンズ(パン)の焼き加減をゴーレムに覚えさせるのに、徹夜でプログラミングしたんですから!」

「ああ、すまない。馬鹿にしているわけではない。……ただ、君が愛おしくてたまらないだけだ」


「なっ……!!」

 不意打ちすぎる甘い言葉に、私の顔は一瞬で沸騰し、耳まで真っ赤になった。


「世界を支配するに足る情報の覇権を握っておきながら、君の頭の中には『美味しいバーガーを早く食べる方法』と『暇つぶし』しかない。その圧倒的な技術力と、権力に対する無欲さのアンバランスさが……私を狂わせる」


 ユリウスは私に歩み寄り、片手で私の腰を引き寄せると、もう片方の手で私の顔をそっと上向かせた。

 アメジストの瞳が、至近距離で私を真っ直ぐに射抜く。


「ユ、ユリウス……様……っ」

「アリス。この『ヒマ端末』と情報網は、間違いなく帝国のみならず、世界中の権力者が血眼になって奪いに来る代物だ。他国のスパイや、帝国内の腐敗貴族たちが、君の命を狙うかもしれない」


 彼の声は甘く、しかし絶対に零度の殺気を周囲に漂わせていた。

 私を害する者は、すべて消し炭にするという明確な意思。


「だが、案ずるな。面倒な政治的交渉、他国への牽制、特許の完全な防衛……汚れ仕事はすべて私が引き受ける。君が創り出した『H.I.M.A.』は、表向きは『便利な生活必需品』として、私が帝国の国策として大陸中に普及させよう」

「ユリウス様が……そこまで?」


「当然だ。君は私のものだからな。君は何も心配せず、ただ自分の知的好奇心の赴くままに、その素晴らしいバーガーの厨房を作り続ければいい。君の『楽しい遊び』は、私が命に代えても守り抜く」


 それは、パトロンとしての誓いを超えた、一人の男からの重すぎる、そして甘すぎる絶対的な庇護の約束だった。

 彼の大きな手が私の髪を撫でる。その心地よさと安心感に、私はすっかり毒気を抜かれ、小さく頷くことしかできなかった。


「……じゃあ、一番最初のダブルチーズバーガーは、ユリウス様にご馳走しますね」

「ああ。世界で一番高価で、美味い晩餐になりそうだ」


「(……あのさ、私が事業計画の計算してる横で、世界規模のイチャイチャを見せつけるのやめてもらっていいかしら? 液晶画面が熱で割れそうなんだけど)」

 ルミアがバインダーで顔を仰ぎながら、ジト目で私たちを睨んでいたが、ユリウスは全く意に介さず、私を抱き寄せたまま不敵に微笑んでいた。


 ◆◆◆


 その日の午後。

 モールの裏手に新設された、帝国初の『完全自動ドライブスルー・レーン』にて、歴史的な実証実験が行われていた。


「さあ、ガウェイン輸送部長! 馬車を出して!」

 私の合図と共に、ガウェインが御者を務める馬車が、専用のレーンへと進入してくる。


 馬車の中で、ルミアがテスト用の『ヒマ端末』をタップする。

『注文:特製A&L飛竜バーガーセット(ドリンク付き)』


 ピピッ!

 そのデータは瞬時に厨房へ飛び、四本の腕を持つ調理ゴーレムが目にも止まらぬ速さでパティを焼き、バンズに挟み、袋に詰める。

 ここまでのタイム、わずか四十五秒。


 馬車が受け取り窓口ただのクリスタルのアーチを通過した、その瞬間。

 空間転送魔法が発動し、ルミアの膝の上に、熱々のバーガーセットが入った紙袋がポンッと出現した。

 同時に、腕のブレスレットから代金が自動で引き落とされる。


「……完壁よ。馬車は一度も停止することなく、注文から受け取りまで六十秒で完了したわ。まさに魔法のファストフードね!」

 袋から熱々のポテトをつまみ食いしながら、ルミアが歓喜の声を上げる。


「味も完璧だ。ゴーレムの火加減の制御に一ミリの狂いもない。アリス、君は天才以上の何かだな」

 横でバーガーを優雅に口に運んだユリウスも、満足げに頷いた。


 情報通信網インターネットの概念と、完全無人の厨房システム。

 私の狂った発明とルミアの経営手腕は、またしても帝国の常識を物理的に破壊し、莫大な富を生み出す新たなインフラを完成させたのだった。


 ◆◆◆


 ――一方で、私たちが栄華を極め、甘い日常を謳歌しているその頃。

 完全に置き去りにされた祖国、王国の状況は、もはや「崩壊」という生易しい言葉では片付かない地獄絵図と化していた。


「ひぃぃぃっ! お、おやめください陛下! それ以上魔法陣に物理的な衝撃を与えれば、防衛システムが作動してしまいます!!」

 王城の地下、財務省の金庫室。

 国王は血走った目で、巨大なハンマーを振り上げ、国庫の扉を叩き割ろうとしていた。


「ええい離せ! ルミアの認証がなければ開かないだと!? ふざけるな! 国庫が開かなければ、明日食べるパンすら買えんのだぞ! 力ずくで壊すしか……!」


 ガンッ!!

 国王が渾身の力でハンマーをミスリルの扉に叩きつけた瞬間。

 私が仕掛けておいた『不正アクセス迎撃プログラム』が作動した。


『警告。物理的破壊工作を検知。対象の顔面に向けて、消えない屈辱の烙印を射出します』


 機械的な音声と共に、扉の魔法陣から強烈な光が放たれた。

 ボシュウッ!!


「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」

 国王の顔面に、特殊な染料を混ぜた魔法のスライム液が直撃した。

 それは鮮やかなネオンピンク色をしており、水で洗おうが魔法で拭おうが、今後十年間は絶対に落ちない『アリス特製の超・油性塗料』であった。


「へ、陛下!! お顔が……お顔が派手なピンク色に!!」

「目がぁぁ! 痛くはないが、威厳が完全に消え失せたぁぁぁ!!」


 国庫は開かず、国王の顔はピンク色。

 騎士団には給料が支払われず、暴動が起きるのは時間の問題であった。


 さらに、地下深くの第二鉱山。

 ツルハシを振るっていたギルバート元王子は、頭上からパラパラと崩れ落ちてくる土砂を見て、顔面を蒼白にしていた。


「お、おい……嘘だろ。まさか……」


 この鉱山は元々地盤が緩く、崩落を防ぐためにアリスが三年前に『広域・地盤強化結界』を構築して支えていたのだ。

 しかし、アリスという強大な魔力供給源がいなくなったことで、結界の魔力は完全に枯渇。魔法陣の光が、フッと消え失せた。


 ゴゴゴゴゴォォォォ……!!!


「あ、アリスがいないと……この国は、物理的に崩れるのかぁぁぁ!!?」

「崩落だぁぁぁ! 逃げろぉぉぉ!!」


 轟音と共に崩れ落ちる天井。

 ギルバートは悲鳴を上げながら、泥だらけになって坑道を逃げ惑うしかなかった。

 彼がかつて「ガラクタ」と呼んで見下していたアリスの技術が、文字通りこの国の根幹(物理)を支えていたという絶望的な真実に、死の恐怖と共にようやく気づかされたのである。


 無能な者たちが自業自得の破滅を迎える中。

 帝国では、一枚の『板』が人々の生活を激変させ、世界を股にかけた『魔導商会A&L』の圧倒的な支配が、いよいよ本格的に幕を開けようとしていた。


(第8話 終わり)

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